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2008/02/27

うちのパティシエ

娘もついにお菓子作りに興味を持ちだしほくそ笑む母。バレンタインも手作りケーキを作った。
生地は例によって娘好みのチョコ生地。昨年導入された電動泡だて器を使えばスポンジなんてなんてことない。パパにハートチョコ、太郎にアンパンマンチョコをデコレーションしてこのとおり。平日は時間がないということで2月の3連休に作ったのだか、その三連休太郎とパパはおなかにくる風邪をひき食欲不振。もたれながら食したとさ。
Sn340582バレンタインといえば、今年は従兄と実家に五円チョコの詰め合わせとお手紙を送った。とっておいた菓子折りの缶につめたのだが、缶がむき出しなのもなんなので、ハンドタオルをひいた。本当はハンカチのほうがよかったのだが、買いに行っている暇がなかった。来年はハンカチを忘れずに買うぞ。(私へのメモ)
職場は全く無視というもの気がとがめ、かといってあんまり立派なのを買うのもお返しとかで気を使われるのがいやなので、生協で小判チョコを買いおやつの時間に配ってもらうことにした。お愛想とはいえ、わりと職場の雰囲気が和みました。やはり甘いものやおいしいものは人の心を楽しくするのであります。
ちなみに職場の食堂のおばちゃんからも見覚えのある五円チョコレートをいただき、
「私の感性は食堂のおばちゃんと一緒なのだ。」
と自分のおかれている立場を実感しましたとさ。
小判チョコは私のぶんもあったのだが、1枚だけじゃさびしいから2枚にしたらさすが駄菓子でちょっと重すぎた。安くすんだが、これだったらちいさいけど箱に入ってるもっとおいしいのにしたほうがよかったかもと後悔した。来年はもっと時間もあるだろうからちゃんと試食しようと思うのだった。(私へのメモ2)
仕事の一環の職務に関する情報収集というなの新聞チェックをしているとき、恋愛について語っている連載記事で
「子供がバレンタインに興味を持ちだすのに抵抗を持つ大人がいるが、好きな男の子にチョコレートをあげたいという気持ちは恋愛の第一歩であり、動物として成人になり繁殖行動をおこすための第一歩でもある。これは性教育の第一歩でもあり、そういう気持ちを頭からひていせず、上手に育ててあげなければいけない。」
というようなことが書かれていた。(ものすごく私流理解なのであしからず)
この春から小学生、親が守ってやらないと生きていけない時期を過ぎ、親に守られつつも人として一人前に生きていく準備の始まりを迎えた娘の母として忘れてはいけないことだと思った。個人的に考えはいろいろとあるだろうが、やはり人も動物であり雄と雌がいるのだ。繁殖だけがすべてではないとも思うけど。

ちなみに昨年クリスマスのケーキはこちら。Sn340562生協でクリスマスデコレーションセットを買って飾ったらなんとこんな立派なケーキの出来上がり。結局ケーキなんてデコレーションだけって感じ?
甘えん坊太郎がうるさくてケーキを作る予定はなかったのだが、12月の始めの旦那のお誕生日の際回転寿司食べ放題と富山老舗デパ地下ホールケーキで大盤振る舞いをしてしまい、クリスマスケーキを買うのははばかられ・・・。

そしてこれが昨年太郎お誕生日のときのバースデーケーキ。Sn340497季節がイチゴというよりさくらんぼだったためさくらんぼをトッピング。しかし最近ケーキもマンネリ化したなと思っていたら、パティシエからも、
「今度はクッキーかクレープがいい。」
との要請があったとさ。


「ごえんがあるよ。」チョコレート
小判型はネットではみつからなかった。

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2008/02/24

母の会でございますのよ6

どどうのように
総合練習の前のレッスン日、やはり先生の方から当日スケジュールのプリントが配られた。
やっぱりな~。
まあいいいやと思いつつメモに目を通すと私が作ったメモと違うところが!
昨年はCクラスさんは一部で一曲踊って終了だったので、リハーサルは化粧なしででていっても戻ってきてまた化粧をして本番前の記念撮影だった。だが今年は2部で最初にポロネーズを踊り、それから娘たちの踊りがはさまり最後にマズルカを踊ってフィナーレまででて終わりなので、リハーサル前にメイクを終了しなければならなかった。火曜日クラスの人にはまだ私のメモを配っていなかったため、赤字で訂正して渡すことにしたが、土曜日クラスの人には訂正しなければならない。それより火曜日クラスの人に対しては私のメモを配るかどうかもものすごく悩んだが、何しろ火曜日は1人を除きすべて発表会が初めてな上、娘は土曜日クラスで火曜日のお母さんと話す機会もほとんどないので、やはり読んでくれる人だけでもわかってくれるほうがいいだろうと休暇をとって火曜日クラスの人にプリントを届けた。
Cクラスさんの子供たちはしたくはすべてお母さんがしないとできない。しかも専業主婦の場合あらゆる家事育児をこなしていて、他の家族では下の子の面倒をみるのもままならないことがある。楽屋は母親以外立ち入り禁止なので、ママは楽屋から離れなければならないだろう。そういうときママのいない子の分の準備をしてあげてほしかった。私がいればやるのだが、役員をやっていることもあり、他の用事でそこまで気がまわらなかもしれない。そして、楽屋では待ち時間が多い。暇つぶしの遊び道具も持ってきてほしかった。
他のお母さん方に変に生真面目でひかれるかもなと思いつつ、最後は自分のためでもあると思い渡しにいった。一度メモを作っることによって私が忘れずにすむ。メイクのタイミングを間違えたこともあり、改めて当日スケジュールを作りみんなに渡すことにした。他のお母さん方が読んでくれるかは定かではないがとりあえず、メモを作ることで自分のなかで整理がつくと思った。急いでメモを作り、火曜日のクラスに届けた。
金曜日に最後の当日練習があった。役員になって以来心身ともに疲労もピークで9時からのレッスンにちゃんと行けるか心配だった。そして、この日の全体練習で全体の流れを覚えて、当日Cクラスさん全員がちゃんとステージで踊れるようにしなければいけない、そのことで頭が一杯だった。とりあえず、土曜日クラスにメンバーにメイクをリハーサル前に終わらせることを伝え、あとは2部の「眠りの森の美女」の総合練習開始とともに未就学児のCクラスさんが騒がないように一緒についていた。他のお母さんがたは子供たちから離れて練習を見ていたが私は子供たちがちゃんと出て行くのを見届けたかったのと、騒がないか心配で一緒にいた。
総合練習ではお姉さんたが衣装をつけて発表会用の踊りを通しで踊るのをじかでみることができる。女の子が綺麗な衣装を着て上手に踊る姿はやはり美しく、心に響くものがある。
ああ、無理にとはいはないけれど、自分の娘もこれくらいになったらいいのにな~。
と淡い夢をみる。それは今年始めたばかりのママさんたちもそうらしい。年長さんの女の子といえば、おしゃべりざかり、生意気なことも言い出す年頃である。
なんども、
「静かにしてね~。」
と注意してたら、
「なんでおばちゃんはそこにいるの?おばちゃんもあっちいってて。」
といわれてしまった。踊りのスタンバイをしている子供たちについているのは私だけで、ちょっとひんしゅくかなとも思いつつ、やはり役員としてクラスの子供たちが迷惑をかけるのをほっておくのはどうだろうと思い、一緒にいた。
当日はお姉さん方が小さい子供たちを楽屋から袖に連れて行ってくれると先生は言っていたが、お姉さんたちも自分たちの踊りがあるだろうし、とりあえず役員でもあり発表会経験のあるママである私がきちんと進行に合わせなければいけないという思いもあった。そして、私自身3歳からバレエに憧れ、「将来は舞台の役者になりたい。」と夢見た私はこういった裏方の仕事が大好きだったりもする。
まあべったりひっついていたおかげで、娘たちを連れて行ってくれるお姉さんの衣装の色を覚えた。そうして午前9時に始まった総合練習はお昼に終わった。

この総合練習は11月の終わりの連休の金曜日だった。翌日土曜日は午前中太郎と娘の保育園の生活発表会(学芸会のようなもの)があり、午後から発表会のリハーサルだった。そして夕方には千葉から私の父が娘の発表会を観に来てくれることになっていた。1週間前から食事のお店も予約して、ちゃんと会えるか心配だった。午前中の生活発表会は太郎の方はリハーサルの日保育士さんに
「とてもよくできましたよ。当日も楽しみです。」
といわれたが、当日はややご機嫌斜めだったらしい演技だった。
まあ1歳児はそんなもんだ。
娘の方もバレエでならした舞台度胸であぶなげない演技だった。
保育園児の演技を見ながら、
「やはり未就学児はこんなもんだ。それをシャッセだのパディッシャだの覚えて踊るんだからたいしたもんだよ。」
と心のなかで思った。
年長さんは最後まで演技があるため、生活発表会を終えバレエの前日リハーサル会場につくとギリギリで、大慌てで支度させた。衣装を着るのはなんてことないのだが、髪をお団子にするのが一苦労だった。リハーサルが始まり、何も考えずに他のママさんたちに客席にリハーサルを観に行ってもらった。高岡クラスのCクラスさんも役員ともう1人が留守番に残っていて、
「私たち残ってますんで大丈夫ですよ。」
といわれたが、客席までいって、やっぱ悪いよなと思い残った。この日の心配はリハーサル終了後先生に挨拶するということだ。役員顔見せのときの先生の話のなかに、
「上下関係をみにつけ、きちんと挨拶できるようになってほしい。」
とあった。昨年の役員の方も先生の挨拶のことをとても気にしていた。しばらくして子供たちが楽屋に戻った。楽屋でたいくつしないように、折り紙とおえかきの用意をしていたのだが、衣装を汚すのが心配で自分の作った注意には、
「衣装をつけたら遊び道具は片付ける。」
と書いた。でも子供たちは退屈して騒ぎ、高岡クラスのほうはおえかきをさせていたので遊び道具を出した。
これなら子供たちも喜ぶだろうともっていったしずくちゃんの折り紙

はキャラをめぐりケンカ寸前になりその日持ち帰った。ママたちに「眠りの森」が始まったら戻ってくださいっていえばよかったも後悔したが、当日はCクラスのお母さんは客席に入らないようにともいわれていたで、とくに今年はいったばかりのママさんたちはみたいだろうなとも思った。今年は衣装をつけている時間がながく、ポロネーズが終わって袖に待機し、自分たちの踊りが終わって戻るとお手洗いに行きたい子が何人かいて大変だった。衣装をつけたままお手洗いにいくのは予想外だった・・・。それでもなんとかCクラスさんのせいでリハーサルの進行に影響を出すこともなく終了した。
今度は挨拶だ。昨年先生はまだ他の出し物のリハーサルをしていて、客席にいた。今年は1つ作品である2部が先にリハーサルが行われ、そのあと先生も踊る1部のリハーサルだった。レオタードや衣装で公道を歩くなときつく注意されていて迷ったが、とりあえずCクラスさんには衣装を着替えてもらって一緒に先生のところに行くことにした。先生が客席にいるのか楽屋なのかわからず、わたしだけ急いで確認にいったら他の子達はママと一緒だったので、娘が拗ねて泣き出した。この発表会期間中、私はどうしても役員としての役割に頭がいってしまい、せっかく娘のバレエのレッスンに付き添っているのに、娘だけをみているわけにはいかず、娘も寂しかったと思う。とにかくさきに客席にいくと、客席には先生はおらず、慌てて
「楽屋にいってください。」
といそいだ。もし1部のリハーサルが始まってしまえば先生に会えなくなってしまう。急いで楽屋に行くと先生は衣装をつけているところだった。待っているのはCクラスの皆さんに悪いと思い、廊下から
「富山Cクラスこれで帰りますありがとうございました。」
といい、子供たちみんなで挨拶をして解散した。なんかCクラスのみんなにも、先生や他の生徒の方にも帰って迷惑だったかなとおもったりもしたが、とりあえず無事挨拶できた。
帰りの車で娘に、
「(娘の名前)ちゃんさあ、寂しくて悪いとおもうんだけどママ役員やってるからみんなのこともやらなきゃいけなくていつも一緒にいてあげられないの。本当に悪いんだけど明日もママが一緒じゃなくても1人でちゃんとやってね。ママ(娘の名前)ちゃんならできると思うんだ。」
といった。昨年にもまして周りのことがわかるようになってきて、本番も緊張して失敗するのではないかとちょっとだけ心配だった。

つづく

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2008/02/20

はんぺんで泣く女

昨年、クリスマス間近のある日曜日、おでんにすることにした。おでんセット・牛すじ・大根・たまごはあったのだがはんぺんがなかった。最近わかったのだが、娘はおでんのはんぺんが大好きらしい。太郎のくいも非常に良い。ねりものはあまり好きではないらしい。よってはんぺんがないと娘の食べるものがなくなってしまう。その日トイザラスの入っているショッピングセンターにでかけていた。同じ建物のスーパーによったのだがなぜかはんぺんが売り切れていた。
今晩はおでんの家が多いのだろうか?
というか、関東でははんぺんがないということはまずありえないのだが、はんぺんを売っている場所じたいがかなり地味な感じだった。富山の人ははんぺんはあまり好きではないのだろうか?はんぺんがないとしった娘は泣きだした。はんぺんくらいで泣くなよ~と思いつつ、コンビニのおでんのはんぺんを買おうということで娘を納得させ帰り道のコンビニへ。
ところがやっぱりはんぺんがなかった。それを知った娘はまた泣き出した。しかし、はんぺんのためだけに家を通り過ぎてスーパーに行くもの面倒なので、娘に
「はんぺんなくてもいいじゃない。」
と説得したが応じなかった。
仕方なくスーパーへ。太郎をおろすのは面倒なのでパパと娘で買いにいってもらい太郎と私は車に残った。しばらくして、はんぺんを買って満面の笑顔で戻ってきた娘。育て方をまちがったのではないかと落ち込むママなのだった。この春小学生になるくせに、はんぺんくらいで2度も泣くなよ。私はどちらかというと悲しくても素直に泣けないタイプの子だったのに、いったいだれに似たんだろう。

おでんといえば、富山で牛すじを入れることを覚えた。おでんの牛すじはおいしい。それから富山のおでんはススダケといって細い竹の子も入るそうだ。
「ススダケって何?」
と娘に聞かれて、
「細い竹の子だよ。」
と教えると、
「ああ、保育園のおでんに入ってるやつ。」
という返事。職場でもきいたところによると、富山のおでんの定番らしい。おでんに入れる野菜って大根しかなくって野菜が足りないかんじがしていたが、今度はススダケも我が家の定番化しようと思った。

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2008/02/17

母の会でございますのよ5

ぬかりはございませんのよ
さて、集金も無事終わりぬかりなく弁当の注文書もコピーし、一安心。10月の終わりの週に高岡でのメイク教室ならびに照明あわせという照明担当のスタッフに一度通しで踊りをみぜるという日があった。時間が中途半端で4時30分からメイク教室、そのあと娘の暮らすのでばんは7時すぎというとても中途半端な時間帯。ここで問題浮上、
「晩御飯は?」
不良主婦の私は、
「とりあえずお菓子でもたせる。」
という結論に達した。外にでるのは進行がどうなるかきちんと説明されてないので心配だった。
役員たるもの、先生にきちんと聞くべきだろうか?
ともおもったのだが、うやむやにした。
当日、同じ土曜クラスのママが、
「高岡クラスの人がそばのファミレスに行くっておっしゃってるんだけど、一緒に行きませんか?」
と誘ってくれた。火曜日クラスの子達にも声をかけてくれて、車も出してくれた。とてもありがたかった。
さすがエリート主婦、なんてきびんな動き、しかもいまいち得たいの知れない我が家にまで声をかけてくれるなんて。こういうときに仲間にいれてもらえるなら、役員ぐらいお安い御用!
この辺までくると、今年のママたちもいい方ばかりだとわかる。よかったよかった。
11月は毎週旦那の泊まりの出張が入った。その上大きい会場でのレッスンが日曜日に入り、その日曜日に旦那の用事が入り娘と太郎を連れ総合練習に参加しなければならなかったりした。11月に入ったのに今年は諸注意やスケジュールのプリントが配られない。
もしや昨年も各クラスの役員さんが自前でつくったのだろうか?と慌てて昼休みを使って諸注意とスケジュールの紙を作った。今年は年長さんで始めての発表会の子が多く、しかも付き合いベタの私が役員だとさぞかし不安だろうという心配もあった。ちゃんと口で全員にいろいろなことを説明する自信もなかったし、メモを作っておけば私自信が忘れない。あとはお弁当にはる付箋紙を作くるだけと思い、お弁当の注文書をかばんに入れたり職場のデスクにいれたりしていた。旦那出張で疲労困憊、頭の回転も悪く気がついたらお弁当の注文書のコピーをなくしていた。その直後の大きい会場でのレッスン日、衣装持参といわれ、いきなり衣装を着て他のクラスのお母さんに、
「最初はレオタードよ。」
と注意されてしまった。その後すっかり慌てた私はレオタードで会場の廊下を歩かせてしまった。同じクラスの子にも、
「衣装でいいんじゃないですか?」
といってしまい、慌てたほかの子たちもそうだったらしく、翌週のレッスンで前の時間の上のクラスのお母さんに注意されてしまった。一瞬、
「なにお~。」
と思ったが、いや、いけない、と思いとにかく誠心誠意誤り、
「気をつけます。」
といった。そのついでに、当日お弁当の注文書ってかえしてもらえるもんなのか聞いてみた。
「とりまとめにの方に相談したらもってきてもらえるんじゃないからしら?」
と優しく教えてくれた。
いきなりキレなくてよかった。
役員だからといって1人でがんばることないのだ。
最初からわからないことは上のクラスにいる去年の役員のママに聞いてみたらよかったのだ。
昨年までは保育園の子はうちだけで、幼稚園にいれている専業主婦ママばかりの上同じ幼稚園の子も多かったのでなんとなく気後れして話もあまりしなかった。いい歳してつきあいベタなのもある。だが、とりまとめをしている方に突然電話してそれでなくても忙しい当日に注文書を持ってきてもらうのもどうだろうと思い、クラスの人に何も頼んだが聞いてまわった。幸い全員の分がわかった。
しかし、リビングの敷物をひっぺがしても出てこない。
落としてきたとも思えない。
落ちいてもう一度職場の机の引き出しを捜してみた。
するとあったではないか・・・。
ああ、愛しの弁当注文書コピー!
神様、仏様、精霊様(順不同)ありがとう!
発表会まであと1週間にせまりようやく私の胃をキリキリさせていたものの1つが解決した。あとは最後の総合練習と前日リハーサルと当日だ!

つづく
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2008/02/13

破壊大魔王

秋に一度太郎に眼鏡のフレームを壊された。仕方がないのでフレームだけ買いなおした。それから2ヶ月後、親子で昼寝をしていて太郎が先に目を覚ました。まだ寝ていたかった私は起こす太郎を無視して寝ていた。太郎が私を起こそうとして眼鏡を差し出しているのには気が付いていた。しかし無視して寝ていた。起きない私に起こった太郎は眼鏡に八つ当たりを始めているのはきがついてた。しかしそのまま私は深い眠りに・・・。遠くで娘が
「太郎がメガネこんなにしちゃったよ~。」
といっているのは知っていた。まあ新品だしすぐ直るだろうと思った。ようやく目がさめ、
「すごいことになってるよ。」
と旦那に差し出されたメガネは確かにすごいことになっていた。1歳児のくせにどうすればこんなにまげられるのかと思うほどまがっていた。(が、画像をとる余裕はなく・・・)とりあえずもとにもどそうとしたが、結局かけるとまがってしまうぐらいにしか戻らなかった。旦那いわく、
「つるが逆向いてまがってたぞ。」
そのころバレエ発表会の疲れからなかなか復活できなかった私はすぐに店に行く気力はなくとりあえず家にあった使い捨てコンタクトを使うことにした。職場では1日中PCみてるからどうかなと思ったけど、意外と大丈夫だった。仮に直したとしてもまた壊されそうだと思い、そのままコンタクトにすることにした。ワンデイだと一度はずすと使えなくなる。最悪職場で我慢できなくなったときや休日昼寝をするとき一度はずせるように使用期間の長いものにかえることにした。O2レンズはどうしても合わず目が赤くなってしまい、使い捨ても初期タイプだとレンズが乾いてカピカピになってしまい辛いことがあった。1デイタイプの水分が多いタイプがようやく不快感を感じなくなった。最初は1週間くらいのがいいなと思ったのだが、1週間だと寝てるときもつけたままらさしい。なんとなくそれはこわいなと思った。行きつけのコンタクトレンズ専門の眼科に行くと、1ヵ月使用のシリコンでできたレンズをすすめられた。シリコンは人によってアレルギー反応がでるらしく、アレルギー体質の私はちょっと心配だったが大丈夫だった。
1ヶ月経った今も1日中コンタクトレンズを使っている。コンタクトを毎日つけるという動作が面倒だったものぐさな私も、破壊王太郎によりコンタクトレンズユーザーとなったのであった。今は手入れも消毒液につけておくだけで簡単だ。以前はソフトだと煮沸したりしたけどね。
最初に就職したての頃買ったときは、片目2万円くらいしてなくしたり破いたりするのではないかとドキドキしながら使ったものだ。私はケースのねじ切りに挟まっているのに気がつかなくて、翌朝見たら粉々ということがあった。トータルでみると高くなってしまうのかもしれないけど、使い捨てのほうが衛生面では安心。O2が使えないわたしにとってはとてもありがたい。
しかしこの年になると、コンタクトにしてもだれも何もいわなくなったな~。まあ、すっかり中年だからコンタクトくらいじゃ変わんないか。(だいたいそれ以前の問題だ)

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2008/02/11

お出かけなのだ

お出かけなのだ
皆寝静まったので部屋をかたずけてたら見つけました。太郎の保育園に持っていくおてふき入れ用バックがないので探したら中に彼の大好きなチュパが入って発見。3連休はゲロで始まった太郎。病院で薬をもらい、熱もほとんどでず2日目にはこのバックを持ち玄関に向かいお出かけを催促してました。チュパ入りなのは気が付かなかったわ。(^.^)

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2008/02/10

母の会でございますのよ4

ミッション1執行!
うちの娘は土曜日しかレッスンを受けていない。集金はとりあえず10月28日までにしなければいけなかった。まずは無事全部集められるかドキドキだった。土曜日は娘のレッスンだからなんとか全員に会えるだろう。火曜日は休暇をとらなければならないので極力1回で集めたい。その月は職場のイベントもあり、とにかく忙しかった。まず土曜日は最初の日にほとんど回収することができた。母の会費は1000円だったので、みんなその場で払ってくれた。お弁当代は半端だったが、みんなその場で払ってくれた。2人土曜日に集められるつもりの子が、1人は週2から火曜日のみに変わっていた。そして、もう1人火曜日から土曜日に変わったはずの子に会えず、週2回のお母さんに聞いたら、
「火曜日は来てますよ。」
と教えてくれた。火曜日の方は、職場のイベントもあり休みにくく週の後半2回いけばいいやとおもっていたら、火曜日は最後の1回がお休みで木・金・土・日と職場のイベントのある週の火曜日1回しかいけなくなってしまたった。ちょうどその週の土曜日は休まなければならなかったので、娘をレッスンに連れて行くという理由もあり、仕事を休んでレッスンに行った。お金は立て替えればよいのだが、お弁当は何種類があって注文がとれなかったらどうしようかとドキドキした。
幸い火曜日の子は全員1日で回収。1人だけおばあ様が連れてきた子がいてとりあえず、
「すいませんが注文だけお願いします。」
とお願いしたらお金も払ってくれるつもりだったのだが、細かいお金がなかった。するとレッスン終わりに、
「くずしてきましたから。」
といって払ってくれた。
ああ、娘のクラス、いい方ばかりでブラボー!
こうして職場イベント前にお金はすべて回収したのだった。

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2008/02/06

年末年始のお楽しみ

結婚して以来、自宅で年末年始を過ごしたのは太郎妊娠中くらいだった。このときは本人も身重で4歳児を連れ富山・東京千葉間を移動する自信がなかったし、実家も「そのほうがよい。」との反応だった。
結婚して数年は地獄だった。日頃仕事もしてるのに、なぜ年末年始までぐったりしなければならないのだと自分の境遇をうらんだものだった。私は自分の実家も気を使うので帰りたくない。弱るとと一人になりたい達なんで。
娘も生まれ、格段にジジババとの関係も良好になり、橋田壽賀子先生の「渡鬼」のもと研究に研究を重ね、いまでは義母の愚痴の相手にしてもらえるようになったがそれでもやっぱり疲れる。なにが気を使うって、旦那の実家は男兄弟で義姉はインテリ系の合理性重視で人情・おつき合いにあまり興味のないタイプである。年末年始みんなが集まるにあたっての飲食の準備をどうするか義母の考えを尊重しつつ進んでお手伝いするとかいうタイプではない。私は現在太郎がべったりとはりつき、飲食の支度を手伝うのはなかなか難しい。高齢となった義母が1人で飲食をしきる姿は次男の嫁なのに胃が切れる思いだ。
いっぽう私の実家は弟とだいぶ思想改革がすすんでいるとはいえ九州男児、飲食の準備となるとあまり戦力にならない。しかも母は手を抜きたくない料理おたくのA型。私が実家にいるころから年末年始といえば正月準備でテンパッた母に八つ当たりされてブルーだったのに、チビのせいで食事の手伝いができないのはやはり胃の切れる思いだった。
ならば何か楽しみでもつくろうじゃないかということで、今年は帰省のおみやげに自分たちもおいしい、親族を喜び、女衆も食事の心配をしなくてすむものを準備しようではないかと思い、テレビで見て食べたくてとまらなくなったかにしゃぶとふぐちりを楽天で注文した。
かにしゃぶは元旦の夕食に食べた。7歳の男の子と6歳の娘がいるので1kgで足りるかなと思ったけどたっぷりと食べることができた。テレビでみたのは生ガニでしゃぶしゃぶすると身がふわっと開いたが冷凍ものはそうはいかず、なげこんで火が通ったら食べるというかんじだった。子供たちは食べ放題状態でどんどん食べられてよかった。しゃぶしゃぶ用にむいてあるので子たちは食べやすくてよかった。ただ思った以上にしょっぱくて高血圧家系の旦那の実家には厳しかったかも。特に高血圧の義母がとても塩分のことを気にしているので失敗だったかもなと思った。しかし最後に食べた雑炊はカニの味がしっかり出ていて絶品だった。
2日の晩は私の実家ふぐちり。
「(おいしくないものもらうくらいなら)おみやげはいいから。」
という、お金を使わせたくないという優しさはあるものの、ハズレのものにはかなりきついコメントがつく母と弟。弟が病気でもう普通の仕事につくのは困難で、極力質素に生活するよう心掛けている両親たちにせめて我々が行く時くらいはおいしいものを食べてほしい。私もふぐを食べたことがなく、自信はなかった。
カワハギとかわらなかったらどうしよう・・・と思い口にすると・・・
おいしい。身にしっかりとしたうまみがある。
実家の家族の評判も上々。値段があまりにも安かったのでどうだろうと思ったけどとてもおいしかった。最後の雑炊も宣伝のとおりしっかりとした味があっておいしかった。旦那の実家はこっちのほうがよかったかも。
年末太郎が風邪をひき、もしや食いっぱくぐれるのではないかとがっかりしたが、無事カニもふぐもおいしくいただきいい正月だった。これからも親族集合を楽しもうグルメ大作戦は続くのであった。

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2008/02/03

母の会でございますのよ3

母の会、集合でございますのよ!
とりあえず、役員になり最初の会合が某日開かれた。なにしろバレエを習わせるご家庭である。これまでCクラスでみてきたお母さま方といえば、やはりどちらかというとお上品な感じでママの裏街道まっしくがら私とはまるで別世界のママ達だった。
ああ、上のクラスの母たちはどんなだろう?
と緊張のあまり胃がよじれそうだった。初めて自分で運転して高岡まで行かなければいけないせいもあった。
出産以降些細な緊張が体調にひびくのと、中年の始まりかボケっぷりが激しく車の運転は消極的だった。とりあえず、BGMだけはもりあげていこう太郎妊娠以来心の支えとなっているHTBのバラエティー「水曜どうでしょう」ならびに「ドラバラ」の主題歌集というおそろしくコアな曲に乗りまくり高岡までの道中をとばした(制限速度で)。選曲は大当たり、気持ちよく目的地についた。
会議室には普段お目にかかったことのないお姉さんクラスのお母さんたちが集まっていた。まずはカルチャーセンターの男性職員から説明があり、そのあとバレエの先生から発表会について話があった。お姉さんたちのお母さんがたはさすがに発表会を何度も経験しているため、会場の進行についていろいろな意見がだされた。旦那は割りと娘のバレエの付き添いが好きだ。娘が習い出したのをきっかけに今ではかなりのバレエフリークだ。バレエ中継があると知ると喜んで録画する。昨年このバレエ教室に入ってから、なぜ発表会の運営が母の会なのか疑問だった。子供が小さいとあんまり意識しなかったのだが、発表会の全体練習ではをやはり小学校中学年を超えると楽屋や全体練習のときレオタード姿だったり、着替えをてつだったりするのは女親でないとだめで、思った以上にバレエを習うにはお母さんの力が必要なのだと痛感した。
実は休日、親が遊び相手をするのが大変になってきてバレエを習わせたのだが、普段のレッスン会場に送迎したり、本番の支度したり家族の協力があって成り立つものだと知った。上のクラスのお母さんがたは割りとさっぱりしていて感じのいい方ばかりだった。やはり長く続けられるということはそれなりの人格をもってないとやっていけないのだろうというのが旦那の考えだ。娘のバレエクラスのお姉さんたちはいままで私がかかわってきたバレエ教室のなかで一番レベルが高いと思う。コンクールに出場するような子も何人かいるし、系列の金沢の教室では奨学金で留学している子もいる。何よりすごいなと思うのが、教わっている先生がとにかくうまい。実は我が家は習い始めたとしの娘は参加しなかった発表会で先生の踊りを見てすっかりファンになってしまった。
ここで、母の会のお仕事について説明があった。まず母の会費のプリントをクラスの人たちに配るのと、お弁当の注文を次の全体練習までに配ることだった。あとは当日のお花の受付と会場案内、そしてリハーサルや当日の進行を遅らせないように注意するのが仕事だった。その後何回こういう集まりがあるのかきになり、幹部クラスのお母さんに聞いてみたら、次回は反省会までないとのことだった。とりあえず休暇が減らなくてよかったなと安心した。
昨年、総合練習に男親が入ってきて注意されたり当日も母親以外に入ってはいけない楽屋にお父さんが入ってきてしまい、注意され憤慨してやめてしまった子が娘のクラスにいた。総合練習やリハーサル・当日の注意をまとめる話し合いのなかでその話がでて、旦那がわりと練習をみるのが好きなほうで、今年も総合練習に父親の付き添いがまずいか聞いてみた。すると、昨年もそんなに強く注意したつもりはなかったとのことだった。特に総合練習ではレオタードから衣装の着替えの際そのまま会場で着替えてしまったりする。
今年の役員さんは、
「去年も着替えの場所は別に準備していたはずだし。男の子の生徒さんもいますからね。」
とおっしゃっていた。昨年の印象では、
「男性は出入りしては困ります!」
という感じだったがそういうわけでもないらしい。とにかく、割と感じのいい先輩お母さん方で安心した。

話は変わるがこのころフジテレビの「暴れん坊ママ」を観ていた。大泉洋さんならびにたま~にでてくる今私が一番好きな音尾琢真さんみたさからだった。(で、だいたいでなくて打ちひしがれる)大げさに描かれているのだろうと思ったのだが、そのじき一流幼稚園ママのドロドロぶりは、
「結局毛色の違うママにおしつけられただけか?」
と私の気持ちをブルーにさせた。
きっと音尾さんがでてなかったら、脱落していただろうドラマだった。

つづく
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