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2008/10/29

嗚呼、引越し準備

つくばから富山に来たときのよう全く順調には進まなかった。出向以外なかなか人事の情報がこない旦那は毎日ブルーで、私は私で今がんばってしまうと引っ越しができないくらいに疲れていた。だが内示もでるとそうもいってられない。今回はなんとか九段下ですんだがつくばに通勤するとなればいやでも朝型生活をしなければならない。
引っ越し業者が決まってから、朝5時に起き自分の荷物の整理を始めた。都内のマンションのため今までのように余裕のある間取りではない。極力いらないものは捨てる方向で、まずすぐには使わない普段は物入れのようにして使っている部屋からかたずけ始めた。5時から6時ころまで引っ越しの準備をしてそのあと出勤準備だ。子供が小さいので普段使うものはなかなか片づけられない。そして大人だけなら食事は外食やお総菜にしてキッチン関係をかたずけはじめられるのだが、小さい子供がいると健康面でちょっと心配もありなかなかかたずけられなかった。そしてラクラクぱっくをおねがいできるほど、かたずいてもなければお金もない。何よりも一番量の多い子供の衣服やおもちゃをなかなかしまえないのがつらかった。娘の分はまあ多少はいいとしても、1歳児の太郎はないといって泣かれると始末が悪いからだ。初めてから3日ほどで物入れのようにしていた部屋をかたずけ、週末にまずは普段はあまり使っていない娘のおもちゃをかたずけた。それからゴミの日に合わせ、いらなそうなものをどんどん捨てていった(つもり)だった。
社宅は退去にあたり修繕箇所がなおっているか、きれいに掃除されているかを管理人にチェックしてもらわなければならず、荷物をつんですぐに引っ越しというわけにはいかない。富山にくるときもそうだったが、帰りも日通のコンテナ便を使った。そして異動がはげしい4月1日前後をさけるため、3月30日に出すことにしたのだがそれでも日曜日にあたるため混んでいるらしく見積もりをしたき営業は、
「忙繁期なので、値引きはいっさいできません。見積もりのみでしたら実際おうけできるかどうかは確約できかねます。」
とまで言われた。私も旦那ももう何件が見積もりをとって安い業者を見つける元気もなく、値段も富山に来た時とそう変わりがなかったのでおねがいすることにした。私の職場の社宅は引っ越す前に管理人の点検をうけ、指摘されたところをなおさなければならなない。見積もりのためかたずけた勢いで管理人をよんだのだが、
「遅すぎる。この時期は引っ越しがかさなるから予定がいっぱいなんだ。」
と怒られたそうだ。(旦那がね)風呂場の壁の塗り直しと鍵をシリンダーごと交換になった。鍵をなくしたわけではない。我々がすんでいたとき、勝手にねじがはずれてこわれてしまった。何をしたというわけではなく、古くてこわれてしまった。おかげでノブをひねらなくてもドアが開くようになり、保育園児の娘が自分でドアを開けられて楽なのでほっておいた。なんでも壊れた時点で管理人に言えばただで交換してもらえたらしいが、引越しの時点でみつかると全額負担なのだそうだ。旦那は最初は
「ふすまも障子も自分で張り替える!」
といっていたが、正直
「休日はチビが家にいて引っ越し準備もままならないのに絶対無理。」
と思っていたが、案の上業者発注となった。小さい子連れの引っ越し、背に腹はかえられないのだ。富山に引っ越しするときは、
「帰ってくるときはラクラクパック。」
と心に誓ったが、太郎が生まれて以来、日常の整理整頓もままならず断念した。だいたい引っ越し王日通の営業はやけに趣味のものの多い我が家をみていった。
「細かいものは自分で箱詰めってことでよろしいでしょうか?」
倉庫部屋の日常ほぼ使われない私の趣味のものは最初の週にかたずき、土日になんとかやる気をだし、普段はあまり使われていないリビング以外に置かれているおもちゃから箱に詰めていった。荷物は極力減らすつもりだったのに業者がくれた段ボールはどんどんなくなった。
ゴミの日ごとに捨てられるだけ捨てたのにな~。
私は収納家具も新しいマンションに行ってからその部屋のサイズにあったものを買えばいいのではないかと思っていた。ところが旦那はそうは思わなかったらしく、やたらと収納家具の処分をいやがった。だがもいちいちそんなことで意見するのは面倒だった。自分の意見をきいてもらえないのは腹がたったが、もう怒るのも面倒だし説得するのはもっと面倒だった。消耗しないためにはすべてを深く考えずに流されることだ。きっと4月にはいやでも東京にいる。諸事情により春分の日に予定されていた卒園旅行がなくなり、引っ越し的には若干の時間的体力的余裕ができた。卒園式の29日までの日々は瞬く間に過ぎていった。もう今となっては何があったのかよく覚えていない。3月30日月曜日は荷物を出した後の掃除をしようと思い休暇を取っていた。仕事はなんとか29日の3時すぎにはかたずけ安心していたら、突然
「今年度の作業日報を出してください。」
といわれた。
まずい。
この作業日報というのが曲者で、出勤日数と作業日数を正確に出さなければいけない。私のように1日休や時間休を頻繁にとっていると、日数を合わせるに非常手間取る。日頃からきちんと日報をつけていればそんなこともないのだろうが残念ながら私はそうではなかった。結局その日は21時近くまで残った。その日、太郎は体調が悪く旦那は休暇を取っていたので、さほど子どもたちの世話のことは気にならなかった。ただそのひ、富山で仲良くしてもらった知人が夕方顔を見せてくれることになっていて会うことができなかったことが心残りだった。子供たちの心配もなく仕事ができると案外9時まで仕事できてしまうんだなと思った。結局その日日報をだすことはできず、30日に出しにくることにして9時前に帰宅した。翌日は卒園式だというのになんの感慨もなく、ただ朝きちんと起きてでられるのかそれだけが心配だった。

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コメント

やっぱファミリーの引っ越しは大変だなあ。でもこれでもう安住の地なんですよね、きっと。

投稿: わだ | 2008/10/30 20:51

心からそう願いたい・・・。
しかしそれはそれで家が片づかない気がして心配・・。

投稿: はりま | 2008/10/31 08:11

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