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2008/11/19

富山最後の日

富山最後の朝、空をみることはできなった。とにかくバタバタと慌ただしかったこと以外は思い出になることはなかった。なんとか時間に職場につきグループのまとめ役の係長に日報の集計を無事提出し、辞令をもらいそのあとは昼の飛行機の時間までこれといってすることがなかった。旦那は少し仕事が残っていて、それを処理していた。
私は太郎を騒がせないように太郎についていた。娘はしばらくはお絵かきをしていたが、お絵かきにあきて私と太郎についてまわった。そんなふうに時間をすごし、10時をまわり保育園が落ち着いたころになったのでお世話になったお礼に菓子折りを届けにいった。ちょうど担任の保育士は担当のクラスで保育を行っていて、園長も不在で園長代理の先生に渡してきた。すぐに職場に戻るのも迷惑かなと思い少しだけ散歩した。私と太郎は11時半ごろの空港行のバスにのる予定だった。11時になったら職場をでようと思っていた。それほど時間もなく、保育園の周りを少しだけウロウロして時間になった。11時まえになり、お世話になったグループの人に挨拶をして職場を後にした。その日から4月だというのにやけに寒い日だった。バス停のある駅の北口まではおもったほど時間もかからず、バスの時間まではたっぷり時間があった。しかし太郎の身の回りのものと太郎自身を抱えているとどこかに行く気にもならず、体力温存のため駅の時間まで待合室でぼんやりと過ごした。ややしばらくしてバスの時間になりバス停に移動した。もう1本あとの飛行機でも間に合ったのだが、太郎づれということで余裕をもって空港につきそして搭乗した。
登場口売店で鱒ずしおにぎりを食べたのだが、暴れる太郎を抱きながらの食事はパニックだった。なんとかおむすびを食べ終えそろそろ携帯の電源をおとそうと思い携帯電話を見ると保育園で仲良くなったチームママ茶の明るいママからメールが入っていた。名残おしかった。
「今搭乗口です。私と太郎は飛行機で、パパと娘は車で東京を目指します。」
と返信した。こっから先は楽になるぞ、と思ったが、そんなことはなかった。

ありえない~~~
富山は春に向かう暖かい空気と冷たい空気が押し合いしているらしく天気は悪かった。結局冷たい空気のほうが勝っていたのか4月になるというのに寒い日が続いていた。地上はどんよりと雲が立ち込めていた。
でも上空はいい天気・・・
のはずだった。高度があがるまでは揺れるかもなとは思っていた。そういうことは富山と東京を往復している間何度あった。なんと今回は
ず~~~っと気圧が乱れていた。
飲み物はなんとかでたが、機内添乗員の方々はそうそうと片付けて安全体制に入ってしまった。それからがすごかった。がたがたと揺れたり、急に上がったり下がったり。幸いなことに太郎は離陸してまもなく眠始めたがあまりにひどい状況に泣き出すのではないかと気が気でなかった。一方で、引っ越しの疲労の上太郎を抱えているため私も何度か
「だめかもしれない・・・。」
と思った。それほど乗り物がすきではない友人が、
「飛行機でひどい目にあった。2度と乗りたくない。」
といっていた。私はそれを聞いて、
「そんなもんかな、結構快適な乗り物だとおもうけど。」
と思っていたが、このとき思った。彼女の乗ったのはこういう状態の飛行機だったに違いない。ただひたすら、
「早く羽田に着きますように。」
そう祈り続けた。ようやく羽田につき、よろよろしながら到着ロビーについた。到着ロビーには私の父が待っていてくれた。赤ちゃん連れの電車の移動はだれかがついていてくれるととても心強い。
引っ越しのこれまでの過程で体力は消耗する一方でもし移動中に急にトイレに行きたくなったときとかに1歳児を連れたまま用のたせるお手洗いを探せるかとか急に気分が悪くなったりしたときちゃんと1歳児の安全を確保したまま対処できるかとか全く自信がなかった。飛行機はまだいい。どこでも当たり前のようにエスカレーターがついているし、お手洗いは広いし子どもと一緒に入れるきれいなお手洗いが何箇所もある。電車はそういうわけにはいかない。子供のいないときはあまり感じなかったが、子どもと一緒に移動するようになって、階段しかない駅が以外と多いことに気がついた。最近は大分改善されてきてはいるが、駅のお手洗いといえば汚いのが定番で私1人で移動するときは極力デパートなんかのきれいなところですませるが、トイレに行けるようになったばかりの子供を連れているとそういうわけにもいかない。そして駅のお手洗いでおむつ交換台をみかけることはほどんどない。その点高速道路はお手洗いには必ずおむつ交換台もあって、ベビールームもほとんどのサービスエリアにある。子供がいるとどうしても車の移動が便利だなと感じる。都心で小さい子供をつれ外出せざるを得ないお母さんはさぞかしたいへんだろうなと思う。道路交通法で子供を自転車に乗せるのも違反になりそうになったが、そうしようと思ったエライ人たちはおそらくまともに子供を育てたことなんかないんじゃないだろうか?
子供をつれた移動手段で自転車はとても便利だ。もちろん中には子供をのせたまま自転車をはなれてしまったりする人がいたり、乗せていて私自身ひやっとすることがある。だからって禁止すりゃいいってもんじゃないだろう。
小さい子供がいたって外出して用事を果たさなきゃいけないことはやまほどあるのだ。そして子供たちはけっしてママの都合に合わせることなどできず、自分中心に動きたがる子供になんとか合わせなだめすかし場合によっては無理やり用事がある場所まででむかなければならないのだ。
自転車の子連れ乗りを禁止するなら用事があるたびパトカーで運んでもらうか!
それにしても子供を抱えて移動しようが、暴れる子供をとりおさえようが負けない体力さえなければこれほどまでにはつらくないのだ。妊娠中も育児中もやっぱり女性に大切なのは体力だと下り坂を迎える30代にしていやというほど体感するのであった。
これで安心と思ったのもつかの間、モノレールまではよかったのだが、京浜東北線がちょうどホームに降りたときに行ってしまい、次の電車から遅れ始めた。駅に到着するのも遅かったのだが、途中駅で長め停車したりした。平日の昼間だからそれほど混まないかなと思ったがそうでもなく、結局席は空かなかった。父も70近くて、もう席を譲られてもおかしくない歳なのに荷物を持たせてしまいなんだか申し訳なかった。ようやく王子駅についた。まだ土地勘のない私にとってはこれから住むであろうマンションのさらに先にある旦那の実家は遠く感じた。
川沿いの桜が満開で東京はすでに春だった。
護岸が高い川なのだが、桜の枝が川に向かって垂れ下りそこに満開の花がつきそれは美しかった。
富山は4月になるのにまだまだ寒い日が続き冷たい雨が降る日が続いていた。
急に春がきた感じだった。
とうとう東京に来てしまった。
でもそのときは本当に富山での生活が終わってしまったのだと感じられるほど心も体も余裕がなく、それは今現在も続いている。

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