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2008/11/22

富山、それはパラダイス

5年間に及ぶ富山での生活だった。今太郎と同じぐらいだった娘は小学生になり、小学校に上がった娘は急に幼児の気配がなくなり日々少女になっている。
東京にきて一番ショックだったのは人だった。富山にいるときは割と知らない人でも気持ちが通じ合えたというか、初めての人と話しても相手の気持ちが思いはかれないということがなかったが、こっちにきて相手の様子が思いはかれずもしかして相手に不快な思いをさせているのかと思うことがある。たぶん話すときの話し方とか表情から伝わるニュアンスなのだと思う。子供の時住んでいた社宅は割と西日本の人も多かったのでそんなに感じたことはなかったが、家を建てて転校した中学校で同じような違和感を感じた。千葉の田舎の方になるのだが、どうも生粋の東日本の人と話すとあけすけにはっきりものをいうとなんだか相手がびっくりしてしまうようだった。あまり本音をいわず相手に合わせて話すことを覚えてからは割と友達も増えてきた。千葉・茨城は大家族で親族も近所に住んでいて、小さい頃から大勢の中で育つから人とそつなく話すコツをそれこそ呼吸するように覚えるんだろうなとも思ったが、なんとなく私は包み隠さずわっと言って豪快に笑いとばす関西系のノリのほうが好きだ。東日本はあんまりおおっぴらにするのはよしとしない気質があるように思える。(特に千葉あたりがそうなんだろうか?)
あくまで私の主観であるが。
富山も田舎度合からいうと千葉・茨城に近いのだが、京都・大阪からの文化も流れてくるので割と気質や文化は西日本風だったと思う。味付けとか、風土とか東日本に長く住む私にとってはめずらしくそして肌にあった。私の母はもともと福岡の人で、私が幼少の折からよく福岡がよかったという言葉を聞いていた。茨城にすんでいるとき、夏の暑い日に
「冷房がほしい。」
といった私に、
「こんなの暑いうちに入らないよ。」
というのがよくわからなかったが、富山でフェーンを体験し西日本って暑いのかなと思った。そのくせ冬は福岡でも雪が降るときいてあんまりピンとこなかったが、富山もやっぱり冬は雪がふる。福岡も富山ほどはふらないだろうけど、同じ日本海側で気圧配置が似ているんだろう。
母が茨城の、
「こんなにお天気が続くってすごいことよ。」
というのも富山に来て理解できた。そして、
「柿の葉につつむお寿司があるのよ。」
という話も、そんなもんあるのかと思っていたが、あったのだ富山の駅のおべんとうやさんに。もちろん富山のものでなく、京都か奈良のものなのだが北陸本線は大阪からきているからまあ日常てきなものなのだろう。本当に地元にすんでる人に言わせると富山と福岡は全く違うというのだろうと思う。でも福岡の賑やかな町で長く過ごした母が突然父の仕事のため、茨城県の砂と松林しかないところで子供を育てなければならなかったつらさを改めて思い知った気がする。本当に関西の人からするとものすごい田舎で一緒にするなというかもしれないが、上方の文化にも触れられて田舎風にのんびりしていてそして人が温かくていいところだった。
店の店員さんが非常にのんびりしていて、普通に買い物しててもレジのおばさんがふつうのことを話しかけてなかなか終わらなかったり、食べ物屋さんに入るとなかなか食べ物がでてこなかったり最初はびっくりしてしまったがでも考えてみると東京の人はなぜにあそこまで急いでいるのかと思うようになった。それは実際に住み始めてからもそうで、いまだにどうしてみんなあんなに自分から忙しくなりたがるのかよくわからない。
気候ははっきりしてて春は4月とともにやってくるし、夏はフェーンでびっくりするくらい暑くて秋には紅葉がきれいで冬には雪が降る。
日本海の魚はおいしいし、水もおいしい。
利府の梨も甘くてみずみずしくてずいぶん食べたな。
ホタルイカも白エビもおいしかった。
ポートラムが走りだして地域の老舗デパート大和が移転新装開店してから少し市街も元気がでてきてよかった。
郊外にはファボーレとかイオンとかおしゃれなショッピングモールもあるし、プラント3なんてリーズナブルで愉快なお店もあった。教育に力をいれているいわれている県だけあって、学校もそれなりな感じでかといってガツガツとテストの点をあげるのに必死になるのではなく、総合教育をめざした行事などもあるし大学に行くにもそれ以外のことを身につけるのにもそこそこの学校がそばにありよかった。ただ仙台同様優秀な学校を出て一流校に行った子供は結局都会に行ったきりの傾向があり残念だ。結局私は富山の人間ではいないけれど、私は是非富山の素晴らしさに誇りをもち、そしてその素晴らしさを活かして富山に暮らす人々の暮らしを豊かにしてほしいと思った。
ちょうど子供が1歳から6歳と大変な時期だったけど素敵な5年だった。
心残りといえば、
「転勤、それは長い北陸旅行」
のつもりだったのに、
芝政ワールドも金沢も白山も氷見も和倉温泉も芦原温泉も行けなかった
し、
トロッコ電車は乗れなかった
し、
関東よりずっと近い
糸魚川フォッサマグナ博物館も長野も京都も大阪も神戸も行けなかった・・・。
そして我が家の(太郎以外)はすべて思っているに違いない
I'll be back to Toyama, again!
まあ旦那は少なくとももう一度単身赴任することでしょう。
(そして家族は月1入り浸る)
私もできることなら定年退職まぎわにやってきて今度はオーバードホールで観劇三昧したいものである、ではなく、今回未就学児育児のため残業も出張も極力お断りしたため今度は身を粉にして働いてお返ししたいものである。
その土地にあるものだけでなく、そこに住む人たちも明るくて優しくて素敵だった。
富山に全くゆかりのない我が家にどこへ行ってもみんな明るく話しかけてくれてそして優しくしてくれた。
見知らぬ土地でそれが何より有り難かった。
富山よ!ありがとう、大好きだよ~!
そしてこれからは私もどこで出会った人にも明るく優しく接していきたいと思う(できるだけ)。

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