2005/07/03

レディー・ジョーカー読んだ

職場の読書好きの女性の友人たちにも好評で、旧友からもおすすめの「レディー・ジョーカー」を読みました。
私、自分的節約で「本は文庫」というきまりを持っているためなかなか読めなかったのですが、最近大きな出費がありついに文庫もあきらめ図書館通いを決意し、読んだ次第です。で、レディージョーカー上下いっきに借りたときに限りうまいこと読書の時間を作れず、返却日ごえの決死の読書だったため、すでに本は手元になく登場人物の名前はすでにおぼろげなでご了承ください。(常日頃暗記物が弱いため、おぼえられない。結局世界史の日本史もまじめにやっていないのはそのせいもある。)
まず思ったのは、「どうりで文庫化されないわけだわ。」という文章量の多さ。そしてそれにも関わらずつじつまの合わなずつっこみたいくなるところがなく、すばらしいなと思いました。そしてその文章量にもかかわらず、どんどん読みたくなるストーリー展開でした。
内容は競馬場の顔見知り同士が世の中に対するやりきれなさを発散させるべく一流ビールメーカーをゆすりを企み実行、ゆすられる企業とそれに関わる刑事、新聞記者の姿を描いたサスペンス物(?)です。出てくる登場人物の一方がストーリーの中心になるのではなく、競馬の顔見知り、ビールメーカーの幹部たち、新聞記者、刑事それぞれの立場、それぞれの心情でストーリーが展開しています。それでもつじつまが合わなくなることがないのがすごいなと思いました。
私が共感できたのは、新聞記者とレディー・ジョーカー首謀者でもある薬局の年老いた主で、最終的にこの新聞記者と犯罪を犯したレディージョーカーのメンバーがどのような結末を迎えるかを注目して読み進んでました。なので、新聞記者が早い時期あんなふうになってしまったのはちょっとがっかり。でもレディー・ジョーカーとくにレディーの結末は非常に納得のいくもので安心しました。
物語の始まりは競馬場の仲間たちから展開しているのですが、読み進んでいるうち、「おや?この刑事ってマークスにでてなかった?」という刑事登場。友人のブログで、「中井貴一は違うと思う。」といっていた、あの刑事です。はい、確かに違うと思います。刑事がでてきたところで、どうやらこの話はマークスとつながっているいるらしいことがわかる。今度読み直します。マークスのときは教会にバイオリン習いに行くキャラだったのか記憶が定かではありません。義兄との間に友情以上の信頼関係があったのは記憶していたのですが。同じく友人によると「レディージョーカー」映画化されているようですが、やはり物井さんが渡哲也さんとなるとおそらく話のイメージかわってるでしょうね~。私的にはもっと男が枯れて疲れた感じの人がよいかと・・・。
あと好きなのはプラトニックラブの美人秘書。ビール会社の社長の結末もいがいにあっさりでちょっと残念だったな。もっとこう心理的に葛藤してドロドロしてその結果違う人格が出るともうちょっとワクワクしたと思う。まあ、これも私的には納得の範囲内できれいな終わり方にだと思います。
なんでも「マークス」「照柿」「レディージョーカー」は三部作だそうなので、近いうち読んでみたいと思ってます。

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2005/03/24

純文とエロ小説の分かれ目3

正秋発見
昨年以来兄として慕うEK氏のお勧め図書「菜根譚」は出張で行った上越の本屋で発見。でも正秋は上越の本屋では発見できず、今日図書館でついにゲットです。でもお勧めの作品「その年の冬・・・」はネットでは検索できたけど図書館にはでてませんでした。というわけで、昭和文学全集借りました。吉村昭・宮尾登美子他豪華キャストで向こう2週間ドロドロします。富山に来ておもにこの手の小説の読書量がうなぎのぼりです。自分のことを話せる友達が旦那以外にいなくなってしまったからです。
もともと女性正職員の少ない職場なので地方の出先に女性職員は私1人。同じくらいの世代の人はいても、私の職場では同じ世代の人でも男性はまだ妻は専業主婦という人が多く、今の職場では共稼ぎという人はいないので、話す内容は結構気を使います。仕事の仕方で、
「そりゃ妻が家にいて家事も育児もやってくれるなら可能な働き方かもしれないけど・・・。」
というのも多々あり、
「私の存在って何?仕事をしたいのは私のわがまま?」
な~んて思ったりして、既婚子持ちじゃなくても同じ話題を共有できる同性の知り合いはそばにはいないし、こんな自分勝手なストレスを遠くに住む友人にぶつけるのも悪いし。自分の時間を作ってサークルに入るなりしてストレス発散すれば?と思われるかもしれないけど、幼子を旦那に任せて出歩くのはとても気が惹ける。日ごろ保育園に預けている娘を自分の自由のためにさらにどこぞに預けるのは気がひけるというのでちょっと無理。吹っ切れないのが一番いけないのかもしれないけど。で、一番お手軽なのが、大人の恋愛小説を読むこと。不倫はする気はないけど、恋はときめきを感じてストレスから開放される方法としてはてっとりばやい。でもさすがにそればっかりだと、
「いかん、このままでは非現実の世界に自分が吸い込まれてしまう。」
で、友人が始めたブログをみて、
「これなら自分の気持ちをシンクロさせるだけじゃなくて、自分の気持ちを吐き出せるかも。」
そうしてはじめたココログでした。
ここのところ、例年通りの旦那平日はほぼ出張の日々が続き、心身ともに疲労困憊で対子供、対夫、対仕事、対自分いろいろな思いが錯綜して、ネットに流す必要があるかどうかわからないことばかりだし、自由になる時間もなかったので更新が滞ってしまいました。
「本の世界にばかりはまっていてはいけない。」
それはそうだと思います。
人にもよると思うけど、私は疲労困憊するとまず1人になりたくなります。もともと人と会話するのが苦手で、人としゃべるときは精一杯がんばってるせいもあると思います。人の前では素の自分を口や態度で表せない臆病者のせいもあると思います。だから人前で自分の気の向くままに振舞える人ってすごくうらやましいです。私のような人が心身ともに疲労した場合、本の世界はとても居心地がいい場所です。もちろんいつまでのその場所にとどまるつもりはありませんけどね。
今後はなるべく身のある読書をしたいです。^^;

実は今日は旦那は宿泊人間ドックでいなかったりします。で、土日は野暮用で旦那だけ東京です。パパのいない日が多かった今月、娘もちょっと情緒不安定でやたらとべたべたしてくるのですが、それを牽制しながらブログを更新してしまう、いけない私。

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2005/02/04

純文とエロ小説の分かれ目2

はじめに
そうそう、私最近某塾長にカラスに変身させられたことがあり、尊敬すべきお姉さまや心優しい友人のおかげで無事もとに戻ることができたんですが、このカラスキャラが結構気に入ってしまい、最近自主的にカラスに戻っては飛び回ってます。
で、私の出身校に詳しい同報のカラスから、「翻訳物」の「全集の中」の「すっごい性描写」の本は「文学史に残る発禁になった」「チャタレイ夫人の恋人の初版」ではないかという情報をゲットしました。ちなみにこの高校、私はぎりぎりのマグレ合格なんですが、優秀な方の多い学校なんですよ。かといってピリピリした雰囲気もなく(私だけか)、田舎の進学校でのんきでよい学校でした。

高校2年の11月、げきぶの県大会も終わり修学旅行も終わって、本格的に大学受験勉強を始めた。
そのときは国語の勉強だといって本を読んでいた。でも実際その月1冊でも本を読んでいると国語の成績があがり、「本なんか読んでないで勉強しなきゃ。」
と思って勉強したときの模試の点数は悪かった。それが分かってからは「読書も勉強の一貫」と思うようになり月1冊は本をよむことにした。
地誌の勉強になりそうだと椎名誠の「インドでわしも考えた」読んだ。怠惰でしょ?当然地理の勉強にはならなかったが、きどりのないおもしろおかしい文章にすっかりファンになってしまった。
それと国語の模試で抜粋された小説などを読んだりもした。印象に残っているのは遠藤周作「海と毒薬」手術に失敗してどんどん患者の様子がおかしくなり、生命が途絶える瞬間が鮮明に描かれていて、3日ぐらい衝撃からのがれられなかった。ちょっとした手違いで本人はわからないうちに命が消えていった瞬間を本当に見てしまった気もちになった。親戚づきあいがなくって私にとって人の死があまり実感がなかったせいもある。
そして高樹のぶ子作「光抱く友よ」最初に模試で読んでものすごい衝撃を受けた。人の微妙な心の動きをここまで鮮明に表現できるのってすごいなと思った。この作品に出会って、私は積極的に本を読むようになったのだと思う。自分の中のもやもやっとした感情をきちんと文字にしてある、そういう作品に出会うと自分の心のなかがきちんと整理されるような気持ちよさに目覚めた。だが、この作者こそが後にエロの道へと私をいざなうのであった。
休み明けの校内実力テストの国語は百人一首が終わると文学史が課題だった。文学史を読むのも好きだった。(が、まじめに暗記しなかったので成績はあんまりよくなかったんんじゃないかな。)でも以外と評価されてる作家や作品って色恋沙汰で自殺未遂を繰り返したり、家政婦さんで欲望満たして医者資格のない人に中絶させて瀕死にしたあげく里に帰してしまったなどとあらすじを読むにつけ、「私は文学は極められないな。」と感じた。国語と地理と生物は得意だった。(英語は暗記がだめ、数学は計算ミスが多いのと、短時間でどんどん問題を解くというのが苦手だったし、その解法を自力で考え付くことができなかった。)で、自分に自身をつけるため、国語だけはレベルの高い大学向けの問題集を解いてみたりした。過去文の出典の随筆文・論説文の内容が濃くてすごく楽しかった。そしてこの得意科目の中で初めて知った仕事に就くことができた。きっとそんな風に楽しいくらいにしか勉強してなかったから受験に失敗したのだろう。それでもそのときの自分にできる限りのことがやったからそれはそれでよかったと思う。ただ、もう少し自分の知りたいことをじっくり学び考える時間がほしかった。(エロではなく)
母親からみっちり「容姿はいまいちだ。」とたたきこまれた私は、「こうなったら愛嬌で生きていくしかない。」といつのころからか思いはじめており、「結婚して幸せになる。」ということには多くの期待はできないなと感じていた。だからなんとしても結婚しなくてもなんとか生きていける仕事につきたかった。結局短大英語科に進学した私は打ちひしがれた。最果ての地この町から一生でられないかもしれないという予感が、いっそう私の心を暗くした。その田舎町で常識とされている、「とりあえず結婚して子供を産んで専業主婦になる。」などということは私にできる自信がなかったからだ。その時そんな絶望から逃れたい一心で読んでいたのが、椎名誠だった。男らしくユーモラスでありながら繊細な文章の椎名誠の私小説を読んでるときは絶望から解き放たれた。本は文庫になるまで読まない主義だった私もこのときばかりはハードカバーを買いあさった。椎名誠の本はそのころまだほとんど文庫になっていなった。椎名誠に救いを求めるあまり夢までみてしまった。それから椎名誠は私の理想の男性だったが、就職してある椎名誠を特集した雑誌に私とほとんど年の変わらない娘がいることを知り、のけぞった。
この理想像が現在の旦那につなっがっていたりする。椎名誠の他に高校時代衝撃を受けた高樹のぶ子も呼んでいた。短大時代は電車通学だったので、その時間を利用して本を読んでたりしたが、本社がI県T市にある職場に就職してからは車通勤のため本はほとんど読まなくなった。再び読書量が増えたのは仙台に転勤になり、1週間単位で現場に出張にでていたため、その期間は暇つぶしに本を読んでいた。
椎名誠・高樹のぶ子のほかに藤堂志津子鷺沢萌谷村志穂などを読み出したのもこのころだ。「葉桜の里」を読んで、「ああ、この人の感性って共感できるな。」って思った。そしてこんな風に感じたことをだれもがわかるようにそして感動できるよう表現できるのが小説家としての才能なんだろうと思った。最近思いがけない年齢でこの世を去ったのは残念だ。藤堂志津子さんは大人の恋愛がテーマの小説が多いが、あるときエッセイを読んだら友人Kさんのような人だと思い、さらに親近感がわいた。。
この頃から高樹のぶ子さんは既婚者の恋愛にテーマが移ってしまい当時大人の女の恋愛にはそれほど興味のなかった私は自分と同じ世代の微妙な心の動きを表現した文章に心惹かれた。その頃の高樹のぶ子さんの作品で、三角関係の末結局結婚した妻の夫が謎の死をとげ、責任を感じた2人とは友達関係だった男がダイビングでわざとチューブにヒビをいれて自殺をはかり、水中で死んでいく様を描いた物語を読んで以来、「ダイビングをやってみたい。」という気持ちはなくなったとさ。
女性のほとんどいない職場で、巷の女性たちがどんな恋愛をしてるか探ることがもっとも大きなテーマだったにのと、割と女らしさにかける私も、さすがにほんとに女の常識が通じない世界のストレスのはけ口をいい意味でも悪い意味でも女らしさに救いを求めていたのだと思う。だが、感受性の共感を求め作品を読み続けていると、気がつくとテーマが恋愛になっていた。美術の世界も名作と呼ばれる作品は人間の生まれたままの姿が多くのこされている。つまるところ芸術の行き着く先はエロスなのではないか?そのとき薄々気がついてはいたのだが、でもそれでもなお、人間のみが動物のなかで唯一理性を持ち合わせた生き物だと思い、人間に何より必要なのは理性だと信じていた。
男性が女性にもてる気持ちが恋愛感情しかなかったら、私がそれまで女性がほとんどいなかった職場で一生働くことはものすごく無意味なことになるような気がした。このときはかなりの量本を読んでいた気がするが、マンガのように読み捨てていたため、作品名まで覚えているものもほとんどない。

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2005/01/25

T県「アフィリエイト徹底活用術」発見情報

勇気がなくて写真はとれませんでしたが、昨日の駅ビルの本屋に続き、ついに娘のお気に入りのAPTショッピングセンターでも「アフィリエイト徹底活用術」発見。旦那の提案により●天の本の上に平積みしておきました。初心者にもわかりやすいアフィリエイト緑本富山でも絶賛発売中!

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2005/01/13

純文とエロ小説の分かれ目・・・1

このブログのテーマは読書である。
最近私が自分で買って読んだ小説は、谷村志穂著「海猫」読もうと思った理由は、
「映画の予告をみて話が美しくもエロそうだったから。」
ん、なぜだ、いつから私はこんなにエロにはまっていたのか?それを確かめるべくこのテーマについてブログでさぐってみることにした。
ちなみ谷村志穂さんは私の好きな作家の1人なのだが、「海猫」は「作家が好きだから。」というわけではなく、正真正銘「エロ」目的。
そもそも私は子供のころからすごく本が好きというわけでもなく、小・中と読書の好きな子供ではなかった。読書という行為に対してはすごく知的な感じがあって憧れたりしたが、この頃は年に1度読書ブームがやってきて、しばらく図書館通いして飽きるというパターンを繰り返した。何しろ小学校までは本屋は車で30分ほど行かないとなく、月になんどかしか出入りしなかった。小学校6年生くらいで読んでた本はアニメ映画の小説本。
だって映画館も近くになかったんだもん。覚えているのは「ゴットマーズ」「キャプテンハーロック」。でも結局これ以外の朝日ソノラマもコバルト文庫ははまらなかったな。
引っ越した中学時代、うれしいことに本屋は自転車でいけるようになった。だが、買いあさったのは漫画とアニメ雑誌。このとき夕暮れの薄暗い自室で漫画をよんでいたため、私の近視は一気にすすんだ。母親はすごく怒ってた。
このころ集めた「花ゆめ系」の漫画たちはその後その腹いせにすべて処分され、あとで古本屋でなくなく買い集めたとさ。
中学の2年以降宝塚にはまり、読書はおもに宝塚の作品の原作を読むことだった。このとき読んだのがヘミングウェイ・ディケンズ・スタンダール。当時欧米かぶれだった私は主に洋物をせめてました。他にもいろんなものを読んだ気がするけど思い出せない・・・。ヘミングウェイは「老人と海」がすごいなと思った。大海原でのカジキマグロと漁師の戦いが鮮明に描かれていてど迫力だった。ディケンズは大地真央さんの退団公演「二都物語」からはいったのだが、私の大好きなクリスマスの作品「クリスマス・キャロル」の作者であることをこのときはじめて知った。ディケンズは皮肉とか、醜さとかを前面に押し出しながら、優しさとか正義を表現してるとこなんか、なんかかわいらしくて好きだった。そしてスタンダールは私が一番好きだった宝塚スター剣幸さんのトップデビュー作、「ときめきの花の伝説」の原作「ヴァニナ・ヴァニニ」が読みたいがために、全集を読んだ。そして一連の欧米文学を読み、気がついたのある。
「人の心は変わりやすく、恋愛にすべてをつぎ込むのはむなしいものである。大恋愛をして結婚してもいつかはその愛もさめ夫を煙たがるようになる。ならば私は自分の生活費は自分で稼ごう」と。
それとともに高校時代はまったのが、「アンジェリク」(ゲームではない)フランスの地方の豪族の娘から始まり、フランス一の大金持ちの妻、フランス国王の妻などの上流社会から牢屋、超貧民街とありとあらゆる世界をたくましく行き抜く女性アンジェリクの物語で図書館には23巻くらいまであったと記憶しているのですが、私は11、22巻までしか読めなかった。そこまでいったらあとから読み始めた後輩に追いつかれ、借りっぱなしにしてたら、その子のことが好きらしい後輩(♂)に、
「まっている人がいるんだから早くかえせえよな。」といやみを言われた。
ちなみに高校の図書館は長期の休みの時期だけ5冊借りることができて、日ごろこつこつとは借りないものの、休みごとに5冊借りていたため、3年になる頃には図書館貸し出しランキングに名を連ねていたのであった。このとき友人Kはまじめにコツコツ借りて上位にランキングされていたらしい。(そのとき5冊かりて、休みが終わっても借りっぱなしにして読んでいるため、次また借りることには次の長期の休みになってたりする。)
さて、ここまでですでにエロの世界が展開されているのである。
「アンジェリク」この小説、主人公が恋愛に落ちていく家庭で必ず抱き合うところまでが描写されている。
それがこの長~いシリーズを読み続けられた要因かもしれない。でもエロだけじゃないんですよ。
「どんな境遇にも立ち向かって美しく気丈に生きなければいけない、それが真の美しい女性なのだ。」と学んだのもこの作品。でもこのときまでの私は、古典の勉強で読んだ「宇治拾遺集」に意外と性描写が多いことや、「あさきゆめみし」の光源氏に対し、「不潔だ。」と思う純真な少女だった。

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