2006/10/21

ウエストサイドストーリー

Sn340255aまだまだ9月ネタです。
9月23日うちの近所のホールで上演されたニューヨークキャストによるウエストサイドストーリーを観劇した。ウエストサイドストーリーは自分が始めてミュージカルに触れた作品だ。といっても、ステージをみたとかではなく、ラジオで「I feel prity」を聞いたのが最初だった。中学校のときで、歌と踊りのミュージカルにすごく憧れていて、宝塚に目覚めたのもこのころだ。映画音楽も好きだった。「I feel prity」の恋に目覚めて有頂天のマリアと彼女を冷やかす2人のコーラスに身震いした。それは映画のサウンドトラックだった。
東京まで普通電車だと3時間の町で当時は近くの大きいホールには宝塚さえやってこなかった。それからしばらくして劇団四季の公演とタイアップだったのだとおもうのだがテレビで初めてウエストサイドストーリーをみて以来、いつかステージで観るのが夢だった。ちょうどそのころ、映画雑誌の別冊でミュージカル特集を手にいれて、いつかニューヨークに行ってみるのが私の夢だった。当時から、
「自分の興味のあるものは自分の目で確かめる」
が心情だった。ニューヨークに行く夢は2度かない、ミュージカルは1度1公演だけみた。黒人キャストのみの迫力あるダンス作品だった。ニューヨークにはまた行ってみたい。子供も生まれて、自分のためだけに使える時間が限られるようになり、海外に行くのはちょっと大変になってしまった。外国人キャストによるQUEENのミュージカル「WE WILL ROCK YOU」を観にいって、ちょっと高いけどそんなにたくさん観にいけるわけじゃないから海外キャストの日本公演を観にいくのもいいなと思った。「WE WILL」はダンスも歌もものすごい迫力だった。
富山での「ウエストサイド」の公演があると知ったときはすごく嬉しかった。東京に行かなくても富山でみられる。昨年の同じ時期の「ブラスト!」も生で見られてとてもよかった。
当日期待を胸にいったのだが、悪くはないのだがなんとなく物足りない。歌も踊りもそんなに悪くない。なんかこう、綺麗にまとまりすぎてるっていうかなんというか・・・。全体的にキャストの一生懸命な感じが伝わってこなかった。マリア役の人はもともとセカンドの人だったらしくものすごく一生懸命でよかった。セカンドのわりに歌も踊りも上手だった。アニタの歌も迫力あったな。演出もお上品な感じで、もっとラテン的な激しさがあっても良かったと思う。美人美男子の白人しかでてこないディズニー映画のようだと思った。2日公演の1日目だったからだろうか?
舞台そのものはなんとなくだったけど、やっぱり作品自体は好きなんだと思う。その後ずーっとウエストサイドの曲が頭をぐるぐるしていた。ウエストサイドそのものより、友人と一緒にお茶した和楽庵のほうが楽しかったかも。
公演が終わってアパートに近づいた、建物の中から聞き覚えのある絶叫が聞こえてきた。ちょうど黄昏泣きが始まっただけだと私は信じたい・・・。でもやっぱり男の子はママじゃないとだめなんだろうか?しばらく私だけでおでかけはできないかも・・・。

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2006/09/07

「東京ノート」を観劇

1ヶ月検診も無事終わり、だんだんと出かけられるようになった8月8日、近所のホールに青年団の「東京ノート」を観にいった。ストレートプレイはめったに見ないけどこの劇をみようとおもったのには理由がある。なんとチラシの製作に高校のときの演劇部の先輩の名前が印刷されいたのだ。卒業後、その劇団で事務方の仕事をしているという話は聞いていた。演劇の劇団ってわりと小規模のところが多いからなんでもやさんみたいなことをしているんだろうなと思っていた。ついに、チラシに名前がでるようになったんだ~すごいな~と感激した。
そしてこの先輩とはなぜか出産と縁がある。娘の育児休業中、友人とハワイのマウイ・オアフを旅行したとき、オアフ島で友人の披露宴があるということで合流したのだ。というか、その先輩がハワイに行く日程にあわせて我々もオアフに行ったというのもある。そのとき、今海外公演の段取りをしていてパリに行くとか行ったとか聞いていた。最近その海外公演の演目が「東京ノート」だったと一緒にいった友人から聞いた。
そして太郎出産の年、私は富山でその作品を観た。青年団という劇団名から、もっと右とか左とかそっち系の激しいストーリーでアバンギャルドな感じなのかなと思ったら、場面設定は未来の東京だったが割と文学的な作品だった。劇のあと演出の平田オリザさんのアフタートークがあって、きけば小津安二郎の「東京物語」を下敷きにしているらしい。ストーリーの中心になっている田舎からでてきたお姉さんと東京見物につきあう義理の妹の会話はまるでNHKアナウンサーのトークのようなきれいな日本語だった。(特に義理の妹の役者さんが)平田オリザさんのことは名前だけは知っていた。その平田オリザさんが先輩の進学した大学出身だと知り、先輩の演劇に対する熱い思いを目の当たりにしたような気がした。この先輩が3年で引退してしまったあとの文化祭の公演の反省会のあと、劇中の暗転の多さを注意され先輩にくってかかってしまったことがあった。そのとき私がイメージしていた演劇は、演劇というよりミュージーカルや宝塚とか帝劇とか日生劇場とか大きな会場で大掛かりにやるものばかりだった。場面転換の暗転は当たり前とそのとき私は思っていた。その後小規模な会場でやる演劇を見るようになり、その先輩がいっていたことがようやくわかった。
今回も未来の美術館の休憩所を抽象的に表現したセットだった。そのホールはどちらかというと大掛かりな公演をするための会場で、どんなふうになるんだろうと思っていたが、「ステージ・オン・ステージ」と称され、その広いホールのステージの袖に客席が設置された会場だった。実際その場所にいるときは気がつかなくて、後でもっとじっくり観察してくるんだったと後悔した。
私はステージの袖にいるとワクワクする。それは今でも変わらないことを最近知った。仕事で一般の人を対象にしたセミナーをすることになり使った会場が、割とちゃんとしたステージがありきちんとした袖のスペースがあったことがあった。私は主催者側なので、袖に控えていた。ああ、これが何かのステージのスタッフだったら楽しいだろうなと思った。20代後半をすぎ、自分にはもう演じるエネルギーはないなと自覚するようになった。
「裏方でいいから舞台にかかわりたい」
そういう思いはそう自覚した後もすごく大きくなることはないがいつも私の心のどこかにある。同じく20代をすぎ、自分はもう自分の人生の中心としてステージに関わることはないだろうと自覚した。それからしばらく舞台を観るのがつらくて足が遠のいてしまったことがあった。しかしその後、たとえ観客であっても舞台は私に生きるエネルギーを与えてくれることを知った。
そして今回「東京ノート」という演劇を見てやっぱり
「演劇は好きだな」
と思った。この長いブログにさえまだまだ語りつくせないたくさんのことを感じそして考えた。その中で特に心に残ったのは早くに母親をなくし家事を引き受けてきて現在は独身で父親と同居している姉が、専業主婦の弟嫁にいった
「そうなんだ、私以外にも自分のためにお弁当を作っている人がいるんだ。」
という台詞だ。姉は弟や妹がいるときや父が会社にいっているときはだれかのためにお弁当を作っていたが、弟も妹も家を出てしまい父も退職してしまい職場に持っていくため自分のお弁当を作っていた。専業主婦の弟の嫁は、お昼ご飯をわざわざ作るのが面倒なので夫と子供の分と一緒に自分の分も作る。
親を面倒みていて結婚できないが仕事をもって外で働く女性女性
サラリーマンの夫を持つ専業主婦の女性
全く正反対の生き方で、どちらかというと後者のほうが女の幸せを満喫しているかのようにみえるが同じようにだれかのためではなく自分のためのお弁当を作る。このお弁当は母親は自分の愛するもののために作るもので、世間が女性に求める愛するものにつくす姿の象徴のように思えた。
専業主婦という家族につくすのが使命であり女性の王道をのようにも思えるが、
「職場では自分の同じ年代の女性はいないので一人自分の作ったお弁当をつつく」
「つくす家族はいるけれど昼間はだれもいないので家で1人でお弁当をつつく」
同じ境遇なのだ。
結局夫である弟はほかに好きな女性ができてこの弟嫁には離婚を申し出ている。血のつながりはないけれど、血縁がきっかけで知り合った弟嫁とはもう2度と会えなくなってしまうかもしれないのだ。この姉と弟嫁がその後どうなったかはわからない。私はこの姉と弟嫁は弟の嫁でなくなっても心の通じ合える友達でいてほしいと思う。血のつながりがなくてもやはり大切な人は大切な人であってほしいと思う。
この2人だけでなく、劇中には美術館に訪れた様々な境遇の人たちが登場する。
平和活動をしていた館長とそのとき知り合った若者
離婚して別に暮らしていた父親がなくなり父の絵画のコレクションを相続したが美術館に寄付しようとしている娘
高校のとき想いをよせていた家庭教師に出会う大学生
そしてその彼女
すごいなと思ったのは、舞台上でそのうちの複数のグループが同時進行で台詞をいうのだ。
1度みただけでは全員が何を言っているかはわからなかったが、役者さんたちがそれぞれの台詞を違和感なく演じているのはすごいなと思った。今回は公演のあと平田オリザ氏によるアフタートークがあった。アフタートークは観客から彼へ質問する形式だった。平田氏によると、彼の舞台はすべて彼の演出で役者さんの動きを決めていて、
「役者は演出家が求める以上の役作りをする必要はない。」
のだそうだ。あの複数のグループが別々に台詞を言い合うシーンをどのように稽古しているのか聞いてみたかったが、別の質問をしていたのでやめておいた。私は「東京ノート」が各国で公演されていると聞いていたので、国によって観客の反応の違いはあるか聞いてみた。すると、観客の感情表現がオーバーだったり地味だったりする違いはあるが、共感する部分は国による違いより世代による違いのほうが大きかったということだ。登場人物は大学生からおじさんおばさん層までカバーしていて、観客はそれぞれいちばん近い年代の登場人物に感情移入して観ているそうだ。確かに私は姉と弟嫁だった。その話を聞いて、国の違いはあってもやっぱり人間感じることはそう違わないのだなと思った。
この劇の場面設定である美術館は未来の日本にあって、ヨーロッパで戦争が起きているため名画がどんどん集まってくるという設定になっていた。戦争の裏側の人間模様を描いているところはどこか自分が高校のとき演じた「女王陛下とクーデター」を思い出した。戦争で女性だけになった社会が終戦を向かえ男たちが帰って来るという設定で、様々な境遇の女性がその想いを語る。戦争が終わるというのは実は女性たちの思想をチェックするための嘘で男たちと再会できることに期待抱いた女性たちは洗脳されてしまうという話だった。この作品は高校2年の時に演じて地区大会で優勝して県大会にでた。県大会は高校の修学旅行の直前で、大会への出場は修学旅行以上に楽しかった。「東京ノート」の会場には地元高校の演劇部の生徒たちもたくさんきていて懐かしいやらうらやましいやらだった。なんでも富山では地元の高校生対象に平田オリザ氏のワークショップも行われているらしい。自分たちが高校のときは校外の大きなイベントは春と秋の地区大会と秋の県大会だけだった。アフタートークのなかで、
「この土地の芸術活動について何か思うところがありますか?」
という質問があった。
平田氏は
「高校生という多感な時期に、国境もない形式もないなにやらとりとめのないことに触れる機会があるのはとても大切なことだと思う。」
と答えていた。詳しいことはよくわからないけど、高校生対象のワークショップのなかでかなり前衛てきな芸術に触れる機会があるのだろう。その言葉にすごく共感したし、これから子供2人ちゃんと人として生きていけるようにしなければならない私の心に強く響いた。
当日なら先輩に会えるかなとおもったけど、結局みつけられなかった。想像以上に大きな組織で実は東京で仕事をしてたのかもしれない。青年団の演劇は機会があればまた観てみたいと思う。
*なお、私、大変記憶力が弱いため、劇中の台詞ならびにオリザ氏のトークは「たぶんこんなことをいっていた。」というイメージによるものなのであしからず。

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2006/05/29

元げきぶ部長が

元げきぶ部長が

制作に名前がでてます。すご〜い。私がよく公演を観にいくホールにきます。制作宛ての差し入れって受け付けてもらえるのかどなたか知っていたら教えて下さい。公演は8月8日みにいきたいけどビミョーだな〜。

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2006/02/15

義理チョコって

義理チョコ反対女性が増えたらしいですね。
私は採用になったころは職場男性9割、で女性も当時は小学生の子供がいる事務職さんとお茶出しが主な仕事というパートさん1人ずつという職場で、バレンタインは悩ましかったです。
まず事務職の先輩は、
「私はもうそういう行事はパスだから。」
といい、当時のパートさんは主婦だったため、
「お金はかけないで包装でごまかすわ。」
といっていたため、困った私はキスチョコ大袋を買い職場の人に配ってまわりました。
(いや、もしかしてパートさんにだしてもらったかも。)そこで困るのはお返し。男女比からいって出費以上のものをいただいてしまうわけですよ。きちんとしたチョコだと自分の出費も半端じゃないし。当時はバブルの終焉期でしたが、一般よりは安めの月給でワンルーム形式の寮だったものの、食堂はなかったため食費は自分でやりくりしてました。
最近は3分1くらいは女性の正職員が採用されてましたが、私のときは技術で女性採用が職場全体で1人か2人だったため、女性の技術系職員と一緒になる機会はほとんどなく、バレンタインのたびに悩んでました。
仙台のときは事務職も非常勤さんも似たような年齢で構成された上、事務職の人がしきってくれたため楽でした。それ以降は非常勤さんと割り勘。
最近非常勤の女性が正職員の数より増えて、非常勤の人が私より若くなったので何か持ち掛けられれば、
「じゃあ皆さんからってことで渡してね。カンパしますんで。」
ってことにしてます。
そこそこ収入も増え、共同生活になったおかげで前ほど出費にカリカリしなくてすむようになり、
「それくらいの出費で喜んでもらえるならその方がいいじゃないか。」
と思うようになったからです。義理と人情は欠かさない旦那の実家の影響もあると思います。20代のころは、
「仕事さえできればそれでいいじゃない。」
って思ってたけど、30代近くなって
「仕事は1人でしているわけじゃないし、それに固執する必要はないけどできれば良好な人間関係で仕事をするにこしたことはない。」
と思うようになりました。昨年は非常勤さんだけであげていたので、あとから非常勤さんに差し入れをしました。今年はカンパ。
で、ニュースで義理チョコ反対の報道をみたわけですが、その日の単身赴任中の男性上司達のチョコをもらったときの笑顔をみると、どうなんだろうね~と思いました。家族と離れて仕事していればやっぱり少しは寂しさも感じると思います。そんな中職場のきれいな非常勤さんたち(私はすでに性別を超えた妖怪になりつつあるため)から義理とはいえ喜びもひとしおだと思うのですよ、そこに恋愛感情はないとわかっていても。毎日じゃなくても、ちょっとしたイベントにかこつけて一緒にいる人を喜ばせることって必要だと思います。もちろん相手の重荷になるのはいけないけど。
仕事で職場に来ているわけだから、すべての人と友達になれるとは思わないけど、それでもどこかその人のいいとこをみつけて相手を全否定しないことって大切なんじゃないかなと思います。人にはそれぞれの個性があって悪いところばっかりじゃないとおもうから。
プライベートの場合は私が全否定されていると感じれば、それ以上その人と接触しないようにしてますがね。


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2005/08/13

ママだけが夏休み4

演劇「電車男」
初めてはいる劇場でした。劇場っていうよりスタジオというかライブハウスみたい。前の席は普通のパイプいすだし、後ろの方のいすも工事の足場みたいのでできてました。装置転換なしで幕もなくすでにセットが向きだし。
電車男の部屋が中央でわきに毒男たちの部屋があります。パソコンにカメラが仕込んであって、毒男たちや電車男の顔がスクリーンに映し出されます。スクリーンに気をとられて、演技より映像に気をとられてもったえない感じがしました。なんかリアルに演技されているのについつい映像に注目してしまった。
ストーリーテラーでもある毒男たちの傍観者であることに優越感と喜びを感じるエリート街道まっしぐらの毒男の最初の語りの部分で、自分が演劇部で腹から声を出して演技してた頃を思い出し、
「やっぱ演劇すきだな。」
と思いました。

演劇と私
まだ保育園だったころ、保育園の講堂で子供のための劇団の劇をみてから、
「将来は演劇をやる。」
と思った。でもその後、自分は役者の素質に恵まれてないことに気づいたのと、不安定なその世界にはいることに躊躇して、その世界には進まなかった。20代の私はそのことに心残りと後悔があり、しばらく舞台を見ることができなかった。どうしてもみたいのだけみていたが、その舞台への憧れで熱病のようにうなされるのがわかっていたし、せっかくついた仕事を無駄にしてしまいそうで、なるべく近寄らないようにしていた。
でも20代後半になり、久しぶりに舞台を見たとき、自分の思いが遂げられない焦燥感よりこれからの自分の人生への希望がもてた。仮に舞台を作る側になれなくても、やっぱり自分にとって舞台が生きるための栄養になるのだということを思い知った。それでも割と依存しやすい方なので、気をつけつつ観劇している。子供ができてからは、子供の人生狂わせないように注意を払っている。
高校の時演劇部に入ったが、自分の子供が国立大学にいかないなんて信じられなかった母親はそのことを非常に嫌がったし、そのせいで大学受験に失敗したんだと思っている。
「部活の時間受験勉強をしていたらなば・・・。」確かにそうなのかもしれないけど、もし高校の演劇部(と中学の合唱部)で過ごした時間がなかったら、劣等感とコンプレックスで押しつぶされそうになっていた私は社会で1人の人間として存在できないくらい心を病んでいたと思う。

で、演劇「電車男」がどうだったかというと、「電車男」のエピソードがとてもすばらしいとおもった。単に今時のテーマを表現したというのにとどまらず、人間を気持ちよく感動させるエピソードだと思った。
とかく陰鬱なものの集まりやすい世界だが、コンピューターやネットは所詮は道具に過ぎずそれを操る人間の気持ち次第で、感動することもできれば、死にもつながるのだと思う。
「電車男」の物語は映画・ドラマにもなっていたが、自分は演劇で体験できたのがすごく気持ちよかった。
マイナスの感情をいつまでも自分の中に溜めているのはよくないというけど、マイナスの感情だけを吐きだし合うだけではいけないのだなと思った。
ネット上で顔も素性もほとんどわからないけど、お互いのドロドロした部分を見せながらも方向として人間としてただしい方を向いていたのがこの物語が人の心をうつのだろう。人間生きていく上で完全に純粋で潔白ではいられないけど、いつも心のどこかに純粋で潔白な部分を残しておかなければならないのだと改めて感じた。

武田真治と私
ファンクラブに入っていたことがあります。今回「電車男」を観ようとおもったのはずばり、
「武田真治がでてるから。」
「若者のすべて」というドラマをご存じだろうか?キムタク、萩原聖人、鈴木杏樹、深津えりのでていた川崎を舞台にした青春ドラマだ。そのドラマで、武田真治は医者の息子で医大の浪人生役を演じていた。おとなしくて目立たない存在の役だった。小さい頃体が弱く、医者の父によく診察してもらい、自分も医者になることを目指すが浪人しているという役で、性格は優しいけど幼馴染であるキムタクや萩原らのグループでもいまいちいけていない存在という役だった。自宅の病院のベットで模試の結果を見たが結局合格圏外で失望するというシーンがあったのだがその切ない演技に魅せられてしまった。その他初代「南くんの恋人」の南くん役も素敵だった。どの役も役柄をきちんと理解したうえで彼のまじめさや優しさがでていて好きだった。そのくせ、まだ深夜だったころの「めちゃいけ」では見事なまでのちゃらんぽらんと天然ぶりを発揮し、役者のときとのギャップがたまらなかった。
「身毒丸」の舞台もみたが、演技力は悪くなかったのだが舞台の表現者として必要な発声ができてなくて、もったえなかった。あんまり舞台は好きじゃないのかと感じた。身長があまり高くないから舞台ではつらいかもとも感じた。だから今回の「電車男」ももしかして、いまいちかもな~と思った。出演もプロダクションの意向なんだろうなと思っていた。
だが、「いいとも」にでていたとき、舞台「電車男」にすごく意欲的な発言をしていたのを見て安心した。
舞台がそれほど大きくなかったので、体の大きさとか声の大きさとかそれほど気にならなかったし、「身毒丸」のときのように迷っている気配も全く感じられなかった。
ドラマのときと同じく気持ちよく武田真治の演技を堪能できた。
しかも、こちらが誘った友人がわざわざぴあのカウンターで確認してくれたおかげもあり、電車男がステージから客席に降りてくるシーンで通る通路の通路側の席で、久しぶりに生武田真治を拝むことができた。もっと運のいいお客さんは手首握られてました。私はいたるところ衰え始めているのに、武田真治さんの容貌は私がファンクラブだったときとほとんど変わりませんでした。さすがタレント。

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2005/06/08

WE WILL LOCK YOU を観たぞ!

http://www.wwry.jp/
「目覚ましテレビ」で公演情報を聞いて、「そういえばお友達のおーばさんはQueen好き、もしかしたら行くかな?」と思い連絡をとってみたら、「行こう。」という返事。
行って来ました「WE WILL ROCK YOU」。050604_1826001
よかったです。ロックミュージカル(?)って始めてだったんだけど、ビデオクリップを生でみてるみたいで楽しかったです。私ビデオクリップ大好きなんで。コンサートだとボーカル1人が2時間がんばる感じでどんどんコンディションが悪くなっていくけど、いろんな人が歌うからいつもいい状態で歌聴けるし。(まあそれは普通のコンサートだけでなく日本のミュージカルもそうなんだけど。)
もちろん海外巡回公演なので野球でいう1軍のキャストではないとは思いますが、それにしたって本格的なミュージカルを東京で観られちゃうんですね。いい時代になりました。会場ロビーの雰囲気にニューヨークに「BRING IN ’DA NOISE, BRING IN ’DA FUNK」を観にいった時とそっくりでした。(Rock Youはロンドンミュージカルです。)行くまでな~んにも考えていなかったのですが、外国人キャスト=台詞は英語。唯一のNYで観たミュージカルも、「どうせ観るなら日本で聞いたことないやつ。」って選んだら台詞がわからなくて後悔したのですが、今度はちゃんと字幕つき。NYも最近日本のツアーで行くと字幕つきがあるそうです。
短大で英語を勉強したにもかかわらず、その後使う機会もなく朽ち果てていっているのですが、今回「よし、これから海外ミュージカルを日本で観ることを目標に英語を勉強しよう。」と思いました。短大は別に英語が勉強したくて英語科にいったわけではなく、家から通える短大に英語科しかなかったので、時間の無駄だったなと思っていたのですが、始めて短大に行ったことに感謝しました。
本当は本場NYやロンドンミュージカルを観るというのが私の人生における目標の1つなのですが、今は子供も小さいし治安の問題も考えたらおばあちゃんになってからの方が1人で観にいるかなって思っていたのですが、日本公演なら1人でも観に行けてすぐにでも実行できる。でも基本は誰かと観に行きたいので興味あるミュージカルがあるときは是非はりまにご一報を!
今回は席もすごくよくて、センターの通路側前から2列目。おーばさんとそのお友達に感謝感謝です。でも宝塚のように個人のファンで行くわけではなかったので、舞台効果と字幕を考えるともう少し後ろでもよかったかな。それでも私のステージ鑑賞で史上初のよい席でした。おーばさんはQUEENベストアルバムならびに事前にミュージカルCDもがっちり買って予習して臨んでいたのですが、私はCDは会場で記念に買い、実はQUEENの曲ってサビしかしらないかもという不真面目な状態で臨みました。歌だけでなく台詞やストーリーにもQUEENのネタがふんだんに入っていたので、ちゃんと曲をしっていたら英語であることは苦じゃなかったかもしれません。台詞は英語で何をいっているかはだいたいわかるんだけど、それを日本語の意味にリンクさせるのがおそいので、字幕を読むか台詞を聴くのに集中するのか迷いながらの観劇でした。
キャストの踊りや歌のレベルが高いのはもちろん、衣装や舞台装置のセンスもさすがだなと思いました。同じ会場で観た日本の作品とは会場のステージの雰囲気も全然違いました。特に群舞さんのダンスと衣装に釘付けで、スレンダーなボディーに皮のビキニ(ボトムは長い)をみて、ダイエットの思いを再燃させたのでした。腹筋背筋鍛えるぞ~。でもヒロインと悪役ヒロインはお2方とも豊満なボディー系のひとで、「もしや私もこの系統を目指すほうが無難?」とも思いましが、自分に向いている体型だとしても、嫌いなんです私、そういう体型。がんばるぞ~。
キャストはみんな外国人で台詞も英語でしたが、ちゃんと日本人にわかる笑いなんかも組み込まれてました。
それも外人キャストがさらっとジョークにしていてすごいな~って思いました。
ロックアーティストの曲をミュージカルにするとどんななんだろうとおもっていたのですが、根本となるストーリーにそってQUEENというアーティスト自身と曲に込められた魂(spirit・soul)を役者がステージで表現しているという感じで、QUEENの存在や曲が長きにわたり多くの人のそれぞれの想いをこめて愛されてきたことを強く感じました。
しかもQUEENをあまり知らない上に、ロックに造詣も深くない私にも受け止められて充実感のあるミュージカルだったと思います。
ストーリーは未来のお話で、過去の偉大なロッカーの肖像写真がでたとき尾崎豊がでたりしました。洋楽ファンののかたはどのように受け止めたのだろう?洋楽ファンが多いだろうからもっとノリノリなんだろうなと思ったらそんなでもなかったです。後ろの席はそうでもなかったのかな?休憩時間、私が普段行くステージは男性用お手洗いが閑古鳥なのに始めて男子お手洗いに行列ができていたのも新鮮でした。
とても楽しかったです。(もう少しノレたらもっと楽しかった。)
もし東京近辺にすんでいたら、もう1,2度観にいっていたと思います。
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