2005/03/26

結婚しても恋愛できるか?1

「ときめきを忘れたら人はいきてはいけない」BY剣幸トップ月組公演「ときめきの花の伝説」の娘役トップこだま愛のセリフより。ちなみにこの作品はスタンダール原作「ウ゛ァニナ・ウ゛ァニニ」がもとになってます。
当時中学生か高校生なりたてだった私の脳裏に強く刻まれたセリフだ。高校の時も可愛い方だったけど卒業してからはタレントなみに美人になった友人も「綺麗になるには恋が必要」と言っていた。就職してようやく親元を離れることができて私の欠点ばかりつきつける母親と決別し、今度こそ勝組になろうと決意した私にとって少しでも綺麗もしくは可愛い女性になる事も目標であり、「恋をすると綺麗になる」これも大切なキーワードだった。
でも現実にはリアルに異性と付き合うのは何度も出会いと別れを繰り返すのはそのたび気持ちを切り替えられるか自信もなく、望まない妊娠中絶や妊娠してしまったばっかりにろくでもない男にひっかかるのもシャクだったので現在の旦那に出会って以降はおもに妄想でそれなりにときめきと緊張を維持してきた。成果のほどは多くをつっこまないように。
20代に入り外見の美しさのためにはお金の力も必要で自分の収入ではちと厳しいことがわかった。それでも収入は頭打ちというわけでもなかったので、まあ30代・40代になるころには美容・服飾にお金をかけられるだろうと思っていた。もちろん美しさは外見だけじゃなく内面もだけどそれはお金かけずに磨けるし。
もう1つ20代に入り、美人に必要な条件で私にとってはかなり厳しいものがあることがわかった。あ、顔の造作とかスタイルとかは抜きですよ。
それは、
「小さい頃からかわいがれて育った人はその人が意識するまでもなく美人もしくはかわいい。」
いえ、別に私の両親に愛情がなかったとはいわないけれと、「かわいがられた」っていうよりは、「厳しく育てられた。」
そして、「割とほっとかれて育った。」
(ほっといてもグレずにちゃんと一社会人として生活していることを私の両親はもっと評価していいはずだ。)ま、それもいつかそのうちなんとかなるんだろと思っていたのだ、ならないのだ。
そんな私はだれからもかわいがられて育った今の旦那にひかれ、結婚した。つきあっているうちは別にどってことなかった。利害関係は当人同士だけだし、かわいがられて育った旦那は私をかわいがってくれた。
「かわいがられた」すなわち、「親子関係は密接である」。
でもって結婚と同時に、何かにつけ私と旦那だけでなく、息子である旦那も受け止めなければならなくなった。
割とほっとかれて育った私は、「親も人間いっていることが正しいときもあれば、そうでもないときもある。」と思っているが、かわいがられて育った旦那は違う。
「親を否定するなどということはありえない。」のだ。
結婚してから気づいたのだが、私と旦那の家族に対する定義にかなりのずれがあったのだ。私は家族同士がバラバラの家庭に育ち、だから自分は独立して新たに新しい家庭を築きたいと思った。もちろん親に何か問題が生じたときは娘としてできる限りのことはするつもりだったが、自分の両親と自分の家庭は個別の存在だった。そして私が娘ということもあり、両親も結婚すれば娘は別の家庭の人間という考えである。
だが旦那は違う。結婚しても変わらず両親の息子なのである。ある程度は仕方ないと思った。なかのいい旦那の家族がうらやましいとも思う。でも数十年かけて培った家庭の法則を、嫁に来てまだ数年の私にもおしつけるのは甚だ閉口した。もちろん私は末っ子の嫁なので、私の発言権はないに等しい。それでも子供がいないうちはなんとか我慢できた。そして、「夫婦になっても努力さえすれば恋人気分は持続できる。」と思っていたし、「目指せ勝ち組」も持続できた。

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