2008/11/26

というわけで

どうするか悩みましたが、こんない~加減な管理なのですが、「プロ」にしました。お金さえ払えばなれる「プロ」。
東京での生活は以下ページで更新します。
首都圏のはりまはkonnakanjiなのだ
T県まだ少しだけネタにしたいことがあるのでもしかすると更新するかもです。そのときはまた新ブログのほうで告知していきたいと思います。(たぶん・・・。)
おそらくは私の知人しかみていないだろうマイナーなブログですが、引き続き東京での生活も楽しんでいただけたら嬉しいです。(楽しめるのか?)

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2008/10/11

お久しぶりでございます

私は今、T県を離れ、なんとT都におります。4月に引っ越して早半年。太郎は公立の保育園へ、パパも卒業した地元の公立小学校の1年生となり、旦那は出向先で夜9時前に帰ることはざら、私は勤務時間を早出にしたため4時半には逃げるように職場を後にする毎日。でもその分私は朝は7時には家をでるし、昼休みは30分で食べるのはもちろん、買いに行く時間もないのでお弁当持ち、さらには前任に
「窓口のことは外注さんにまかせれば大丈夫だから。」
という引き継ぎだったのだが、異動して2ヶ月後敏腕外注責任者が異動きたのはへなちょこ責任者、監督の私も負けないくらいへなちょこなので苦悩の毎日です。半年もたつというのに、職場も家の中も日々綱渡りのいっぱいいっぱいな毎日です。
自分のことだけでなくついに小学生になった娘、少しはしっかりするのではないかという期待とはうらはらに、小学生として必要最低限の生活をさせるのに日々叱咤叱咤叱咤です。怒るだけではいけないとわかたっていても、怒ることしか目につきません。とりあえず登園すればよかった保育園と違い、勉強や勉強以外のことも身につけることが主たる目的になるのまもちろんのこと、母親も働いているということで本来なら午前中で帰る時間割でも5時すぎまで集団生活、疲れないはずがない。そんな環境で新しいことをさせるなんてそりゃ無理なことと思いつつ、それでもそうするしかないことに対する申し訳なさ。その上常に完全燃焼の娘は小学校の新しい生活で消耗、さらに学童で完全燃焼、あんたにゃセーブモードってもんがないのかとあきれる日々が今も続いてます。
ネタはつきないのに、2歳になった太郎は甘えたり反抗したりでPCに触ることができず更新もままなりません。嗚呼、せっかくタイマイはたいて買ったモバイルもできるレッツ君が泣いている。そんなわけで、しばらくはT県ネタが続きます。T都ネタを更新するにあたり、いよいよココログプロするのかはたまたココログプラスのまま乗り切るか思案中です。
でも、でも、これからはマメに更新したいな~。

それでは時を遡り年明け、ついにT県を離れることになったはりまのいきさつをお楽しみください。
(とりあえず、週2本ずつ更新できるといいな。)

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2007/07/07

旦那は2泊3日で出張へ

旦那が福井に出張にでた。復帰後初の出張である。旦那が出張の日は休暇をとって1時間早く帰ると決めていた。通常の帰宅時間で1歳児をかかえて保育園の洗濯物をかたずけ、風呂に入れ、食事を作り食べさせ子供の寝るべき時間までに就寝する自信がなかった。朝もちゃんと就業時間に間に合うか自信はなかったが、早く帰宅するのだから朝は何とか間に合わせようと心に決めた。
旦那の出張中はどうも雨が降りそうだった。でもどのみちベビーカーで行くしかないので一緒か。布団を持参する月曜日は旦那も一緒に保育園に行けた。夕方いつもより1時間ほど早く保育園に向かう。まず年長さんの娘を迎えに行く。娘は年齢別にわかれて教室にいた。お兄さん先生がけん玉やこまで遊ばせていた。このお兄さん先生は手品や皿回しも上手だと娘が以前教えてくれた。縦割りクラスでは担任してもらったことがないので、あんまり話したことはなかったのだが、この日は、
「手品や皿回しが上手だってききました。」
と声をかけると、
「けんだまや駒で遊ばせて、何度も練習してできる喜びを覚えてほしいんです。」
と語ってくれた。娘がこの保育園にはいったときは本当に学校でたてのお兄さんという感じだったこの先生も、年々保育士としての貫禄がでてきてとてもたのもしい。私は男性の多い職場にいたため、この保育士という女性の世界でがんばるお兄さんもいつも心の中で応援していた。年中さんともなると、エネルギー全開の子供たちの遊び相手をしたり制止したりするのはやっぱり男の人の方がいいのではないかなと思う。小学校もそうだが、未就学児の集団生活の場にもやっぱり男性の指導者は必要だと思う。とくに男の子は子供のうちにきちんとエネルギーを爆発させておかなくてはいけなくて、それをコントロールするのに大人の男の人が必要なのではないだろうか?女の子だって年長さんともなると体を使って遊んでくれるパパが大好きだし、力の加減をしらない年頃なのでもともと体力がない上30過ぎて子供を産んだ私はげっそりすることがある。その後娘の保育園では男性の保育士さんが増えないことを私はちょっとだけ心配している。
太郎はその日保育室に行くと姿がみえなかった。私はみえなかったのだが、娘によるとベビーベットのかげて同じクラスのお友達といたらしい。ようやく慣れたようでひと安心だ。保育士さんにもその日は保育室の遊具やおもちゃで遊んでましたといわれた。
帰りは太郎はベビーカーを拒否。抱っこで帰った。やはり保育園でそうとう我慢しているんだろう。家につくとまずシャワーを浴びる。最近暑くなってきて疲れるのか、娘はよく7時すぎに寝てしまいシャワーを浴びずにねてしまうからだ。シャワーを終え、保育園の洗濯物を洗濯機にかけ食事の支度。その日はレタス焼きそばとかぼちゃスープ。以前は食事の支度のときはDVDをかけっぱなしにしてお茶を濁していたが、テレビを見せっぱなしはどうかとおもうようになった。子供用の包丁を買って、少し野菜を切ってもらうようにした。そんなに難しいことだとは思ってなかったが、やはり年長さんには皮をむいたり薄くきったり細くきったりは難しいらしい。そのひ大きくきっても問題ないレタスを切ってもらった。(手でちぎったほうが早い?)まあそのうちうまくなるだろう。
そのときまでちゃんと付き合おう。娘だけじゃない、太郎にもおおきくなったらやってもらうつもり。そんな娘だが最近は週末掃除をお手伝いしてくれる。台所の流しを洗って床ふきをしてくれる。ただお手伝いっていうより自分が楽しいからやっているのがたまにきず。でもそれで掃除の習慣がつけばそれでいいのだ。
最近太郎は保育園から帰ると1度寝る。やっぱり保育園は疲れるらしい。先週も先々週も週の後半は熱をだしてしまった。その日は9時半くらいに寝てしまった。翌日起きられるか心配だったが、6時までには起きて燃えるゴミを捨てにいった。朝ごはんは昨日の残りの焼きそばとかぼちゃスープ。出張期間中はずっと雨かと思ったが、なんとかふらずにすんだ。
娘に、
「太郎の支度がすんだら行くから先いって準備していて。」
といった。
太郎は保育園についたら、お手拭3枚とお手拭をいれるビニールバックと帰りのおむつとノートと着替えの補充を所定の場所にいれ布オムツにしなければいけない。娘の教室は2階にあって、シール帳にシールをはって連絡帳を所定の場所にいれタオルとコップとはぶらしを所定の位置におき手洗いうがいをして別室にいかなければならない。初日、太郎の準備が終わって2階に行くと娘はすでに教室にはおらず、すべての支度を終え別室にいた。
最近びっくりするくらいおりこうさんなときもある娘だ。(だが、びっくりするくらいおばかだったり生意気だったりすることもある)無事子供2人を保育園に送り届け、職場につくと始業の5分前だった。私1人にしては上出来だが、脱力のあまりすぐには自分の仕事を始めることができなかったのはいうまでもない。普段は雨がふらなければ自転車で行くのだが、私1人のときはベビーカーだ。ベビーカーにはお姉ちゃんも乗れる器具をつけた。朝急ぐときはやっぱり便利だ。
その日も1時間早く職場を後にし、迎えに行く。まず娘を迎えに行ってから太郎の部屋に行く。その日迎えに行くと太郎はテレビの前でまったりと横になっていた。洗濯物や私物を回収していると、めずらしく保育士さんが寄ってきて話しかけてきた。(ふだんはあっちでもこっちでも赤ちゃんがいろんなことをしてなかなかはゆっくりはなせない。)何かと思ったら、太郎は上のクラスに進級することになったと伝えられた。太郎はその週の水曜日に1歳になる。保育園になれるのに大分時間がかかったから心配だったが、たしかに他の赤ちゃんとくらべても体も大きいし、最近大分歩けるようになったからまあそんなもんなんだろうなと思い、承諾した。娘のときにお世話になった元気な先生や太郎お気に入りのお姉さん先生もいて残念だがまあ仕方がない。その日も食事のまえにシャワーを浴び、夕飯の支度を始めた。夕飯はグラタンとかぼちゃポタージュだったが、娘はできる前に寝てしまった。グラタンは今娘の大好物で、できあがったとき一度起こしなんとかリビングまでは這い出てきたがそのまま寝てしまった。私と太郎も9時には布団に入った。
翌日も6時に起きた。疲れないようにいろいろ工夫してもやっぱり体が重い。前日の娘の分のグラタンは朝ごはんにした。私はお茶漬け、太郎はご飯とのりとチーズと野菜ジュース。結局フォローアップミルクは飲まないのでださなくなってしまった。その日も娘は私が2階にあがるとすでに支度を終えていた。一緒に別室にいきわかれ職場へ。無事5分前到着。なんとかパパのいない日を終了することができた。
その日は太郎の誕生日。保育園でもお祝いをしてくれたそうだ。誕生日の歌を先生がうたってあげるとにっこりしたらしい。うちでもお祝いしたが、食べ物はAPTショッピングセンターで調達した。なんだかずいぶん前から4人家族だった気がするけど、まだ1年しかたたないんだなと思った。その週も太郎はやっぱり週の後半になると熱がやや高めになってきたが、なんとか休まずにすんだ。私の方がその翌日朝動けなくなり欠勤し、次の日は娘が風邪をひいたため看病で休んだ。またしても体力のない自分に落ち込むのであった。

←同じ商品ではないけどこんな感じ。私は生協で買いました。旦那は「包丁は左手でも関係ない。」っていってたけど楽天ではちゃんと左手用がありました。
←完売になってるけどすごく便利です。ただ乗せないときにそのままにすると結構うるさくて、説明どおりにたたむとベビーカーに子供が乗ってないと重みで倒れてしまいます。あと電車・バス移動は絶対無理。できれば普通のベビーカーメーカーに最初からオプションで上の子を乗せられるようにしてほしい。

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2007/07/03

パパチーム・ママチーム

その週末、旦那はとある用事で東京に行かなければならなかった。一家でいってもよかったのだが、翌月曜日から水曜日は旦那が出張で家を空ける。体力温存のため私と太郎は家に残ることにした。土日は太郎とどこに散歩にいこうかなと思っていたが、いざその日になってみると太郎は金曜日から熱を出し、土曜日はまだ完全には熱が下がらず、例によって私も風邪を引きいえでじっとしていざるを得なかった。土曜日は私が車で飛行場まで送ることになっていたが、風邪がぬけきらず朝起きられなかった。旦那と娘はバスで空港へ向かった。
8時ごろに私と太郎は起きたが、太郎はあんまり食欲がないらしく朝ごはんはまじめに食べなかった。今回娘が旦那とともに東京にいったのは旦那の用事のほかにもう1つ理由がある。
チャコットに行って、娘のレオタードを買いに行く
ことだった。私が習っていた頃はレオタードといえば無地で子供ものはスカートがついていて大人は自分でまきスカートはくという感じだったが、最近はまるでワンピースのようなかわいいレオタードがある。娘のバレエ教室でも可愛いのを着てくる子が多い。富山でもそういうのを売っているお店があってきいたところによるとそれは「プレタポルテ」といって一点ものらしい。どうせ一点ものなら東京のチャコットのほうがかわいいのがあるにちがいない。
娘はパパとともに渋谷チャコットを目指したのだった。
旦那の用事は土曜午後から日曜午前中。飛行機で行くと10時には羽田に着く。土曜の午前中さっそくチャコットに行った旦那からメールが来た。水色のレオタードといかにもバレリーナ風の胸の下でヒモを結ぶジャケットを着ていた。
「おいおい、レオタードだけじゃなかったのか?」
と思ったが、携帯の画像では意外と地味にみえてせっかく東京にいったんだからもっと可愛いのにすればよかったのにと思った。朝食のあとややしばらくは遊んでいた太郎だが、昼近くなり寝てしまいお昼ご飯の時間になっても起きなかった。私はカップめんで昼食をすませた。そのまま太郎は2時くらいまで寝ていただろうか。やはり体調はあまりよくないらしい。起きてからお昼ご飯を食べさせ、薬を飲ませた。
私もなんだか気だるくて、その日のことはよく覚えてないがテレビをみながらダラダラ過ごし、寝たのは10時くらいだった。
日曜日、太郎の熱も下がり2人でシャワーをあびた。お天気はよくなかった。シャンプーとラップがなくなっていて買い物にいかなければならなかった。どうしようかなと思っていたら、当初帰りは新幹線にするといっていた旦那と娘が14時の飛行機でかえってくることになった。それなら旦那と娘を迎えにいくついでに行けばいいやとその時間までまったりと過ごした。娘のときは、こういうときは苦しくてたまらなかった。やらなきゃいけない家事やじぶんのやりたいことが頭をうずまき、娘を退屈させてはいけないというプレッシャーとすべてに対して気負いすぎる疲労にがんじがらめになっていた。
でも今は違う。自分のやりたいことは太郎が大きくなって手が離れてくればすればいいし、家事もおんぶで疲れない程度にやればよい。仕事も2人の子持ちでできる範囲でやればいい、それでお払い箱になればしかたないし、また子供から手が離れたとき心機一転やってみたい仕事もある。だから太郎が遊んでるときはぼんやりそれを眺めているし、ぐずればおんぶする。太郎が寝ているときは一緒に昼寝をしてしまう。太郎はパパや娘がいないことはそれほど気にしていないようだった。ただ偶然なのかわざとなのかパパの携帯にリダイヤルで電話してしまった。
そうやってぼやや~んと過ごすうち、飛行機の時間がきて空港にお迎えにいった。飛行機は20分送れだった。
娘は元気に帰ってきた。旦那の用事は会合のようなものだったのだが、さすがバレエのものをかってもらった手前もあってかおとなしくしていたらしい。日曜日になってちょっとたいくつしたらしく騒ぎだしたので、
「100までかけたら100円あげる。」
といったら102まで書いたらしい。
「200までかけたらもう100円あげる。」
といわれたらしいが、それは無理だったらしい。それから買い物をして家について娘のゲットしたものをみてみると
・レオタード
・シューズ(娘曰く、「今のは小さい」)
・ジャケット
・レオタードと同じ色の髪飾り
・いかにもバレリーナなかんじのバック
まで買っていたとさ。渋谷チャコットにはまるで大人のようなキメキメの母娘がたくさんいたそうだ。(その中にまじるボロを着てリュックを背負った娘と旦那)携帯の画像では地味目に見えたレオタードもサテン地にプリントが入ってた。でもママ、そういうの嫌いじゃないわ(笑)。
今年の発表会の演目も決まり、今年も涙の自宅特訓が待っている。太郎は家族4人がそろうとやっぱりうれしいらしく、いつも以上に笑顔をふりまいてはしゃいでいた。
Sn340502
娘後日談:「バレエの本もあったけど、まだちばじいじにもらった本読み終わってないからがまんしたの。」

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2007/06/23

ココログプラスになりました

これまでココログベーシックでブログが1つしか開設できなかったけどついにココログプラスになりました。育児休業中収入が減っているにもかかわらず、突然和楽器を購入し、
「いかん、これをお蔵入りさせてはいかん!」
ということで、ちゃんと演奏できるまでの道のりをブログにしようと思い立ったのと、竜笛吹きの友人にどこまで上達したか報告したいということでココログを増やしました。楽器のほうはもっか埃をかぶり、前回楽器に触った日がちゃくちゃくと昔になってますが、これからは月1更新目標でがんばるかもしれないしがんばらないかもしれい・・・・。(おいおい)やはり楽器が結構難しいため、ネタが続かず現在和テイストネタでお茶を濁してたりもします、ハハハ。
目指せ!真の日本人

そして、最近リンパマッサージ目的で近所の個人のエステサロンに通うようになったのですが、恥ずかしながら大ネタをゲットすることになってしまいました。(というか、もうブログのネタにでもしないと悲しすぎるというか・・・)
まあ、みてやってください
私はあおくび?
ちなみにあおくびとはくびの青いカモのことです。
はりまの新ブログの紹介でした。

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2007/06/21

父の日の出来事

金曜日、娘がひそひそとささやいた。
「明日、父の日だからケーキ作ろう。」
土曜日はバレエがあるから日曜日にして、明日買い物のとき材料を買おうと娘にいった。
私の憧れ、
娘と一緒にお菓子を作る
娘の保育園は小さいときからクッキングがあり、昨年あたりから娘を誘って何度かお菓子を作った。娘からだれかのために作りたいと言い出したのはこれが始めてでとても嬉しかった。
日曜日、とても天気が良くお昼は河川敷で食べて娘の自転車の練習をしようということになった。マックでドライブスルーして河川敷の芝生で食べた。晴れの日の初夏の河川敷はとても気持ちいい。お手軽アウトドアーを楽しんだ。Sn340495太郎を遊ばせるためにシャボン玉やボールをもっていったのだが、結局娘が遊んでいた。太郎は楽しそうに娘が遊んでまわる姿を眺めたり敷物の上をうろうろしたりしていた。最近太郎は
「お姉ちゃんは楽しい。」
と認識したらしく、午前中洗濯ものを干しているときは娘と太郎でケラケラ笑いながら遊んでいた。
前の週買った娘の青い自転車はなんと6800円。シナモン自転車19800円の半額以下だった。
「だから赤でもよかったんじゃないかっていったんだ。」
と旦那は行っていたが、我が家は3台目から好きな自転車ってことでいいのだ。一番小さい自転車を自主的にくまのプーさんにした娘はえらかった。(男の子の赤ちゃんキャラものはプーさんとミッキーマウスが多い)
うちに帰ってケーキを作り始めた。旦那は携帯のポイントがたまったからお店に行ってくるといって、太郎を連れて出かけてしまった。大丈夫かなと思っていたが、結局ケーキが焼きあがるまで帰ってこなかった。帰ってきた旦那によると、応対してくれたのが若くてきれいなお姉さんで、太郎は
「ん~」
と甘えた声を出しお姉さんに気を惹こうとしていたらしいがおとなくしていたらしい。さすが見るだけ美人ハンターの旦那の遺伝子をもつ男太郎。旦那が最近困っているのは南海キャンディーズのしずちゃんがでているシャンプーの宣伝で、
「お、綺麗なお姉さんだ。」
と瞳孔を開けると突然しずちゃんがとびこんできて急に瞳孔がしまる。
「目の毒だ。」
と彼は言っている。娘プロデュースによりチョコスポンジに生クリームをぬりトッピング。クリームはママが面倒だという理由で白。パパは
「アラザンはザリザリするからないほうがいい。」
と何度もつぶやいたが、娘は聞いていなかった。キラキラが大好きな娘、アラザンをはずすなんてありえないのだろう。和やかな父の日だった。Sn340497
追伸:実家の父にも電話して、孫の声を聞かせてあげました。(旦那の実家は他界しているので一応電話だけ)

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2007/06/11

保育参観

金曜日に保育参観があった。昨年はすでに育児休業中だった私だけで参観したが、今年は太郎もいるので私と旦那で出席することにした。娘は午前中、太郎は午後3時から。参観日は3日くらい予定が組まれていて都合のいい日に参加する。職場復帰の疲れもでるときということで、金曜日に1日休んで娘と太郎の両方にでることにした。娘と同じ学年の子は割りとお母さんが子供のことをすべてみている家が多いようでわりと送り迎えや行事はお母さんがでてくる人が多い。その下の学年は割りとお父さんも積極的に出てくる。最初は縦割りのクラスで折り紙やゲームなどをして自由に遊んでいる。気がつけは参観に来ていたパパさんは子供たちに囲まれていた。年少さんまではママにべったりな子供たちも、年中さん過ぎるとパパと遊ぶのが好きになるのかもなと思った。
やっぱり女性だけで子供は育たないのではないだろうか?
職場が男性を拘束するのはやっぱりいけないと思う。
お金を稼いでくりゃそれでいいってもんじゃないと思うけど。
しかしその逆の出来事も起きた。学年ごとの時間が始まり、娘の学年はピアニカの練習だった。娘と同じ学年で、今の保育園に移ってきていらいよく朝と夕方に一緒になる男の子がいる。1歳のときからそれはそれは聞き分けのよさそうで、将来はぜったい勉強ができて学級員とかしそうなタイプの子だ。我が家より1年はやく妹が生まれたのだが、ダダをこねて泣いてる姿なんか1度もみたことがない。その子はママが来ていた。ママは忙しい中時間休で保育参観に顔を出していた。仕事もあるので少し早めに戻ろうとすると、男の子はママにしがみついて離れなくなってしまった。
ああ、普段はお兄ちゃんでもやっぱりママに甘えたいだな
と思った。顔見知りなのでおしゃべりもしたのだが、家ではブラックになりやりたい放題しているらしい。どこの家もおんなじだ。
旦那は用事があるので少し早めに退席、私は昼食の直前までいたのだが、娘は私にはりつき離れなくなり保育士さんに助けてもらって保育園を後にした。最近娘にかまってあげられなくて、娘にとってはどうでもいい存在になっていると思っていたのちょっと意外だった。風邪気味ではあったので、単に体調が悪かっただけかもしれないが。
太郎はまだ登園を初めて2週目。体調を崩し始めて以来きげんが悪く、起きてる時間のほとんどを保育士さんの背中におぶわれてすごしている。保育参観当日も午前中そとから除くと先生の背中にいたらしい。(旦那談)きっと太郎はママにはりつき、他の子たちのおやつを食べるのをみることになるだろうなと思っていた。まあそれで全くかまわない。
案の定、太郎は私たちの姿をみたとたんに泣き出しママのひざへ。でもおやつは食べたそうにしてたので、みんなが座っているところまでいったのだが、やっぱり椅子には座れなった。しかしひよこ組0歳から1歳なりたての子供たちがせいぞろいしておやつを食べる姿はこの上なくかわいらしくて、ビデオを忘れたことを悔やんだ。ちなみに熱を出して以来食欲不振の太郎は今週ハンスト状態で食事もおやつもあまり食べてなかったが、私のひざでおやつを間色した。実際のところ、体調不良によるものなのかはたまた保育園においていかれる精神的ダメージのせいなのかは定かではない。
おやつも終わり眠くなりぐずる子もいれば、おもちゃで遊ぶ子いた。かわいい、それぞれにかわいすぎる。太郎より月齢の小さい子がと元気に這い回っている。太郎はママにびっちりはりついて動かない。がそのうち元気がでて、保育室内を動き始めた。
保育士さんが、
「おお、ひさしぶりに遊んでいる姿をみた。」
といっていた。クッションでできた階段と滑り台によじ登ってご満悦。
なんという内弁慶
どうしたもんだかこの内弁慶
1歳児の知能でママにおいていかれてもちゃんと迎えにきてくれると理解できるのはいつの日のことだろう?ママさえいれば、割とひょうきんで活発なのに。お姉ちゃんとパパを自分の仲間と認識できるようになったらしいのもつい最近だから無理もない。それまでは機嫌が悪いとママじゃないとどうにもならなかった。
交代しながらといいながらも、1日おんぶなのは保育士さんに申し訳ない。早く保育士さんにもかわいいところをみせてほしいんだけど。結局パパとママが来て以降保育士さんに声をかけられるとかたまり、1度も笑顔を見せないまま太郎は登園2週目を終えたのであった。
そんな感じで保育参観の1日は終わった。

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2007/06/04

職場復帰

あっけなく職場復帰した。心配していた朝も5時過ぎに目がさめ、晴れるはずが出かける間際に雨が降り出し、ベビーカーで歩きで行くことになったが余裕で保育園にも職場にもついた。娘は家族4人で保育園に登園して太郎のいるりす組さんにも入れてご満悦。でもいいかげんそこに来るとママに置いて行かれと気づいた太郎。部屋に入った瞬間おお泣き。太郎がしがみつきお道具を置きにいけないため、娘を使ってお道具を所定の場所へ置いていく。おむつを替え、保育士さんにお願いしてそそくさと退室。今日は旦那も一緒だったので、娘の教室をゆっくりと見物。娘の作ったかたつむりが壁にはってあってそれがなかなかかわいらしい。保育園をあとにして、職場へ。
なんと同じグループの人はみんな現場にでていた。パソコンの入れ替えもあって、パスワードが変わっていて暇をつぶそうにもネットも接続できない(おいおい。)
私を遊ばせないようにだろうか、フフフフ。
さすがに上司が出張先に連絡をとってくれて無事パソコン開通。結局その日はこれといって仕事もなく、資料に目を通して終わった。娘のときもそうだったが、やっぱり職場にいるという生活は意外とあっけなく慣れてしまう。
妊娠中と違って気分も爽快だ。娘の妊娠出産前後のときのように、
「職場で活躍しなければいけない。」
という気負いがないせいもある。任された仕事をきちんとすれば別に仕事ができるということで目立つ必要はないとおもうようになった。今の万全の体調を保てるようにしたい。復帰して翌日は土日というのもとてもラッキーだったと思う。
太郎は迎えに行くと眠くて泣いていた。私の姿をみるとさらにおお泣き。保育園をでて自転車に乗ると機嫌もなおり、自分の興味あるらしいものを指差しケラケラ笑いだした。しかし夜ごはんはあんまり食べず、太郎はおかずをなげていた。

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2007/05/15

GW渋滞をなめんなよ!

ゴールデンウィーク後半のお話
GW後半は実家に行く。東京は4月にも顔を出しているのだが、千葉の実家は3月の始め以来。まあ普段に比べると間はあいていないが赤ん坊の場合1ヶ月のブランクは大きいに違いない。娘のときはまだ茨城に住んでいたため、月に1度はパパのことも考え1週間ほど千葉の実家に避難し、東京にもほぼ月1で顔を出していたのではないだろうか?単身赴任の多い職場なので、GWの谷間は休暇の人も多く、旦那には1,2は出勤することをすすめた。だが3日休みに入ってからするとなると相当込むだろうないうことで、午前3時起床、出発ということにした。娘と太郎は眠ったまま車に積み込む。予定通り午前3時に起き出発。今回車を軽ワンボックスに乗り換えた。(2台所有している車のうち1台は実家に置かせてもらっている)早朝の軽ワンポックスは思いのほか寒かった。春のキャンプのようだった。私は寒さのあまり日が出て暖かくなるまで眠れなった。幸いなことに、子供たちは毛布をかぶってすやすやと寝ていた。軽ワンボックスの後部座席は荷室と鉄板の薄い足元から冷えてくる。5月になりまさか使い捨てカイロはいらないだろうと寒いときは必ず腰につけておく使い捨てカイロはしてなかった。一応もってきたので貼ろうとしたら安いやつだったので貼れないタイプでうまく冷え切った腰に貼り付けることができなかった。太郎はチャイルドシートだから大丈夫。娘もシートのクッションが堅いのが気に入らないようだったので背もたれ用のクッションをつけたのと、前の座席下にエンジンのあるタイプで前座席はおしりが暖かいせいか無事だった。いやもしかすると振動がひどくてよく眠れたのかもしれない。ようやく車が暖まると、チューリップフェアで両母のために買ったチューリップの鉢植えの花が一気に開いてしまった。まあ、すぐに花を切れば球根がとれるということでよしとすることにした。
早朝の高速も交通量は普段よりは多かった。驚いたのはサービスエリアが結構込んでいた。トイレ休憩でよるサービスエリアはどこも車でびっしり。ちょうど夜明けのころだったため、キャンプ空けのような顔をしてお手洗いに向う人や車で熟睡の人がたくさんいた。長野、群馬くらいまではそれほどでもなかったが、埼玉に入ると渋滞が始まった。上りはまだ流れていたが、下りはぎっしりだった。常磐道を経由して三郷で高速道路を降りたのだが、常磐道に入る前に事故渋滞、国道6号も車がぴっしり、普段はあまり車のいない利根川沿いの道も交通量が多かった。
恐るべし!GW!
千葉の実家で1泊。娘と太郎の顔をみて大喜びのジジババ。千葉についたと旦那が自分の家に電話したとき、義母からミッションは下る。
「銚子のお魚が食べたい。」
旦那は午前3時に起き、富山から運転してきている。1泊しかしないので、お昼ご飯は一緒に食べることにしている。しかもお昼を食べてさっさと千葉の実家を後にできるだろうか?銚子まで私の実家からだと30分で行けるかどうか・・・。まあ、自分で言い出したのだから、仮に着くの遅いと物言いがあったとしても、言い出したのは自分だから。嫁にきたばかりの私なら、プチッと何かの切れる音がするところだがさすがに2人の子持ちともなるとそれくらいでは慌てない。
そう、自分以外の人が自分が同じように考えることは稀なのだ。
自分の予定通りに物事を動かそうとしてはいけない。
流されるのだ。
最悪の事態が起きそうなときだけ上手に避難すればよいのだ。
嫁となり私が学んだことだ。なかなか難しいことだが、年月の積み重ねとともに年毎に流され技を極める私。それが上手になるごとに、実家の付き合いだけでなく苦手意識のあった人付き合いが楽になった気がする。
4日は昼の2時に実家をでて、魚を買って出発したのが3時くらいだっただろうか。銚子の市場のそばの食堂はそんな時間なのにまだお店の前で人が並んでいた。お魚売り場はものすごい車。やっとのことで車を停めた旦那だけでお魚を買ってもらった。車を停めた場所は港の海の目の前。もし後ろから追突されたら海にまっ逆さま。
「子供2人、どうやって助ければいいだろう?」
と考えていた。天気は上々で、波の穏やかな港の水面で鵜らしき鳥が何度も潜っては魚をとっていた。一度潜ると結構な距離移動していた。買ったのはキンメダイの刺身あら付。そこですぐ東京に向かえば6時くらいにはついたのではないだろうか。ところが今回某所にて土木作業の予定のある旦那がホームセンターによっため、高速にのったのが5時くらい、途中はやっぱりやや渋滞気味で下道におりて東京の実家についたのは7時すぎだった。まあその土木作業自体もそもそも義母の希望によるものなので仕方がないだろう。
実家に着くとなぜか義母は落ち込んでいた。後になって、そんな無理いってしまったのだろうと後悔していたらしい。年老いるとなかなか考えが深く及ばぬようになってしまうのかもしれない。ずっと核家族で育ち親族との交流がほとんどないままに育った私にとってはとても勉強になる。旦那と義兄は9つ離れているため、義母は私の両親よりさらに年がいっている。故義父の晩年も、大変なこと以上に私にとっては学ぶことばかりだった。(といってもすでに富山にいたため、そばに住む義兄夫婦にくらべれば全然苦労はなかった)キンメダイはものすごくおいしくて、義母に食べてもらえてよかったと思った。次回は朝に千葉の実家をでてお魚を買える日程にしようと思った。そうすれば東京の実家での夕飯の心配が軽減する。
翌日から旦那は某所で土木作業。コンクリートを練るらしいが晴天は5日のみということだった。5日は旦那の土木作業現場にて手伝いというか、太郎を連れていると見物だった。前日ひどく落ち込んだ義母は家にいるといっていたが、朝になってみたら一緒に行くということだった。午前中は五月晴れのもと土木作業を手伝い、午後は娘を連れて電車で帰った。何かできるかと思って太郎と私は残ったのだが、やはりほとんど役にはたたなかった。しかしお天気のいい日に外ですごすのは気持ちのいいものである。
6日は雨がふったりやんだり。5日の夕食は義兄の家族と一緒で、義兄が土木作業を手伝ってくれることになった。残された義母、義姉、私と甥、娘、太郎。夕食のあと、義兄が義姉に
「子供たちどこかに連れていかないのか?」
といったが、義姉は
「雨ふるっていうし。」
と後ろ向き。義姉も5日まで自分の実家にいたから、家でやることもあるに違いない。でも私だけで太郎を連れて娘と甥を連れて外出する自信もなく、午前中は私だけで子供たちを見ることにした。甥と娘は1つ違い。おととしまではだいたいおもちゃの取り合いですぐにケンカになったが、昨年あたりから一緒に遊べるようになった。だがまる1日以上義母宅で過ごすとたいてい甥が疲れて拗ねモードになり泣きながら自分の家に帰るというパターンだ。甥は幼稚園が終わると義母宅で過ごしているため、義母宅に対してテリトリー意識があるのだと思う。私がみていた半日、とりあえず2人が激しいケンカを始めるまではほっておこうと思っていた。お互い自我を通しながらもなんとか一緒に遊んでいたが、だんだん年下の娘の我侭に疲れてきた甥が、
「おばちゃん、クイズを出します。」
とよってきた。義母にさんざんほめられて育った甥は勉強はかなりできるほうではあるのだが、義母はもちろん義兄夫婦も勉強についてはかなり気を配っているようだが、それ以外のことではあまり気にしていない傾向がある。
早朝富山発に始まり、前日1日中戸外で過ごしかな~り疲れも蓄積したおばさんはとてもいじわるになり、
「こいつ~、いつものようになんでもいうことを聞く大人と遊ぼうとしているな~。」
と思ってしまった。甥は1人っこだったりもする。そんな悪魔とかしたおばさんはこういったのであった。
「おばちゃんね~、今太郎の相手してあげないといけないの~。
(娘の名前)ちゃんと遊んでね~。」
娘は最近私に怒られっぱなしである。私は子供の躾は犬の躾の一緒で、悪いことをしたら即注意しないとだめだと思っている。頭の回転もよくなり口も達者になった5歳児は次々と言い訳をいってはしなければならないことはいつまでもせず、楽ばかりしようとするのだ。私の母も厳しかった。怠けようものなら、怠けるとどうなるかを切々ととかれ怒られたものだ。子供はほめて育てろというが、自分自身ほめられた記憶がほとんどないから、なかなか難しい。というか、甥に対する義母や義兄夫婦の態度は大きなお世話だが
「生ぬるいのでは?」
と思ってしまうのだ。まあ、私がほめられなかったことに関しては、私がだらしなかったせいもあるのだが。娘もその遺伝子をもっているかと思うとついつい厳しく言ってしまう。太郎が生まれ、私の年齢的なものもあるのだと思うが体力的に余裕もなくて、見た目お姉ちゃんになった娘には自分でできることはなんでも自分でやらせるようにしている。というか、かわいそうだと思っても、優しくしたり手助けしてあげられないこともある。両親やおばあちゃんに常にチヤホヤされている甥をみているとそんな娘が不憫にすら思えて、やっぱり1人にしておけばよかったと思ったりする。でもやっぱり娘にも太郎にも、自分の身の回り(衣食住)のことはちゃんと自分でできるようにすることが親の義務だと私は思っている。いい学校にいくとか、エリートコースにのるとかそんなことはその子がそういう道に向いてればそっちに導けばいいだけで、子供の個性を見極めその子が1人の人間として生きていけるようにしてあげることが親の役割だと信じている。(が、昨今の小学校入試とか、早期教育に焦ったりするのである。)
お昼になり義母が昼食の支度をしてくれた。午後は子供たちは相変わらず2人で遊び義母、義姉、私はまったりと四方山話。ちょっと重苦しい組み合わせでどうなることかと思ったけど、和やかに過ごした。旦那や義兄がいるとなかなか聞けない彼らの様子が義母や義姉から聞けてすごく参考になった。心配はその日の夕食のおかずだったが、旦那と義兄が調達してきてくれた。食事がだいたい終わったころ、例によって甥が
「(娘の名前)ちゃんがぼくの紙風船こわした~。」
といって足をばたつかして泣き出した。疲れもピークで私もかなりぼんやりしていたので、本当に娘が悪かったのかよくわからなかったので、娘をおこったりはしなかった。しかし、小学校1年生にもなって1つとはいえ年下の子のせいにして、足をばたつかせて泣き叫ぶってどうよと思った。もしこれが娘だったら、その場で母である私は娘にたいして激怒だったと思う。甥なりに娘に対して気を使った上、おばさんは日ごろの大人たちと違う怪しげオーラを放ち、かなり疲れていたのだとも思う。それにしても、自分自身が同じくらいの年齢のときはもう少し大人だったのではないかと思った。まあ、実母いわくノーテンキな私は都合の悪い記憶はすぐに削除されてしまうせいもあるのかもしれない。実母が幼少の私にきつかったのも、そのせいじゃないかと子育てをはじめてから思った。その後、同じ年齢の甥のいる友人からも、甥が最近似たように駄々をこねたという話をきき、まあ小学生といってもそんなもんなのかもな~と後日思った。
その夕食以降富山に帰る7日まで甥と会うことはなかったが、次回甥は娘の訪問を喜ぶのだろうか?とちょっとだけ心配だ。これまで何度も帰り際ケンカになっている甥と娘だが、いつも娘がくると甥は喜びのあまり大興奮だ。もしかするとおばあちゃんにそのようにマインドコントロールされているのかもしれない。私自身小学校低学年の頃、最初で最後の母方の年下いとこのが遊びに来たとき、結局最後は喧嘩別れだった。ここのところ、娘が遊びにいくたび興奮のあまり2日目には熱を出す甥だが、その後熱を出さずに小学校にいけたかちょっと心配している。同性ではないので、やはり小学校あがるとなかなか一緒に遊ぶのは難しいのかな?大人の都合に振り回される必要はないと思うが、甥が1人っ子だから余計に娘や太郎とうまく関係を築いてほしいとは思っている。もちろん甥を支えてくれる人間は血のつながりのある人ばかりではないと思うけど。
7日はどうしても直接顔を出さねばならない事務手続きがあり、つくばの本社の総務課へ。新線開通以降日に日に変貌をとげるつくばだった。GWはさぞかし混んでいただろうララガーデンで昼食をすまし富山を目指した。高速はどこもすっかり空いていた。上りを走っている間はやや配送のトラックが多めだったかもしれない。やはり軽ワンボックスは疲れる。嫁疲れも含め、復活に1週間ほどかかるのであった。興奮しまくった娘も、風邪で1日休んだ。
太郎は昼ねがやや長かった。
気がつけば私の育児休暇も残り30日をきっていた。

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2007/05/01

私、いい嫁だから

うそ、ぴょーん
世間はGWとなりましたが、4月のお話です。

先週の火曜日から土曜日まで、旦那の出張について東京の旦那の実家にいった。しかし、それでなくても甥1年生、私立小学校に入学したため働くママに代わりスクールバスが送迎してくれる隣駅までお迎えにいっている義母になるべく迷惑をかけたくない。日中甥のいない時間はお出かけする予定を入れ、きっと我々がいる間は甥たちも夕飯を食べていくだろうから、大人用に鰤大根を作り子供には生協のいわしハンバーグを持参した。到着した翌日は病気で自宅療養中の友人宅にお見舞いに行き、昼食から夕飯まですごす。本当は娘も連れて行くつもりだったのだが、義母が
「疲れるとかわいそうだからおいていきなさい。」
といってくれたので、お言葉に甘えておいていった。昼食は富山から大門素麺をもっていて食べたのだが、前回のさぬきうどん同様ゆでかげんがいまいちで、
「まずい麺おみまい!」
とかえっていやがらせになってしまった。おっかしいな~。夕食は近くの和風ファミレスでもう1人の友人と大人3人と太郎で食べたのだが、ついつい話がはずんでしまい実家にたどり着いたのは21時だった。途中義母から、
「眠いっていってるけどどうする?」
という電話があり、寝かせてくださいと返事したのだが、娘はまだ寝ていた。結局娘はその日風呂も入らずに寝た。今回も帰りは一緒に言った友人に荷物その他でさんざん世話になってしまった。
2日目は朝ごはんを食べてから、別の友人と某所で待ち合わせ。午後から用事のある友人は昼ごはんを食べた後帰る予定だったので駅まで送った。友人と別れ、どうしようかなと思っていると義母から電話。
甥が娘と遊びたいと騒ぎだしたらしい。甥の学校はこの週はまだ午前中授業だった。しかし従兄弟どうし仲がよいのは喜ばしいことである。早速義母宅に戻る。この日は甥親子と夕食。翌日、この日仕事を終え旦那が日中に実家に戻ってくることになった。甥は開校記念日でお休みで1日義母宅ですごすことになっていたため、家で子供たちをみてようかと思ったのだが、旦那が午前中のうちに戻り太郎をつれ友人の漢方薬局へ。なるべく早く戻るつもりだったが、やっぱりもどったのは4時ごろだった。最寄り駅で降りる出口を間違えバスを見逃したのが痛かった。
この日は甥一家と夕食で、義母が
「おかずはどうしよう。」
とさんざん悩んでいた。あとで、
「全部私が作ればよかった。」
と後悔した。
結局、実家に帰ったというよりは友人と会いまくった感じだ。しかし、結婚しててもしてなくても子供がいてもいなくても、学生時代からの友人に会うと元気がでる。今回会うことができなかった友人にも、折を見て(隙をみて)会いたいと画策する遊び人不良主婦であった。

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2007/04/02

だめだも〜ん

風邪をひきました。夕食後風邪薬を飲んでバタンキュー。でも熱のせいか横になってても意識がある状態。娘は本を読んでもらえなず、フテたまま就寝。太郎も何とかパパ抱っこで寝ついた。だがしばらくして泣き出す太郎。パパが抱っこしても泣きやまず、寝室をでる。おっぱいなしで何とかなるかと暫し様子を伺うが全く泣きやむ気配がない。気分はだいぶよくなって、起きて体を動かすのはつらいが寝乳はなんとかなりそうなので、太郎を引き受ける。やっぱり太郎はまだおっぱいが必要らしい。風邪のせいか眠りは浅く別に寝乳は大丈夫。普段もだいたい太郎が泣き出す前に意識が戻る。でも眠りが断続的なので常に気だるい感じ。私の実家も旦那の実家もこういうとき手伝ってもらえる状況ではない。できれば掃除とか洗濯とか食事の支度を旦那にしてもらいたいのだが、すでに娘の世話をしてもらってるし仕事も大変らしく頼みにくい。私がやはり子供を持つべきではなかったのだろうかと思う瞬間はこういうときだ。

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2007/03/23

1234プリキュア5

1234プリキュア5
旦那と娘がコンビニ2軒まわって集めました。緑の人は2軒目でゲット、青い人は2軒とも残りわずかでした。皆さん癒し系&お姉さま系を求めているようです。そういう私も緑の人が一押しです。ママ的には人バージョンのココとナッツもほしいところです。しかし今回はイケメンがマスコット動物になってしまうため、スプラッシュスターのウィンディーのお兄様のようにときめけません。動物になったココはうちの太郎にそっくりです。

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2007/03/20

更新不能だわ

といってもパソコントラブルではありません。(ボロではあるのだけど)じき9ヶ月になるさびしんぼう太郎はほとんど昼寝せず(しても30分くらい)、起きているときシカトすると泣きます。だからといって夜寝るかと言うと、10時半には眠りに落ちますが2〜3時間おきにパイを求めて泣きます。時折寝乳は不可です。7ヶ月はおすわりしてると頭から落ち目がはなせず、それが安定すると今度はつかまり立ちをしてくずれおち、目がはなせなくなりました。ママはできれば見事なハイハイを見たいのですが、今日一瞬手放しで立って喜ぶ太郎です。日に何度かはおもちゃやお菓子で強制的にはってもらってます。7ヶ月の終わりには下の歯も2本はえました。まだまだ書きたいことは山ほどあるけど、携帯なのでこの辺でおしまい。

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2007/03/02

公園にて

公園にて
またまた旦那出張中につき、子連れ避難中です。今回は急のため実家まで私1人で子連れでやってまいりました。中日の昨日、とうとう夕食どきに娘がテロを起こし、一瞬帰宅を決意したのですが、飛行機のチケットが始発を除くすべて残席なしで思い留まる決心をしました。本日娘をリカちゃんパズルで買収、実家そば公園にかれこれ1時間以上います。今日は同じくらいの男の子を遊び相手にみつけておおはしゃぎです。もうすぐ教育テレビの子供の時間なので帰ります。めでたしめでたしv(^^)v

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2007/02/23

突然断水

連休最終日の朝、お手洗いに行って手を洗おうと思ったら、水がでなかった。試しに全部蛇口をひねったが当然のごとく水はでなかった。なんのまえぶれもなしにだ。突然のことで朝ごはんの準備していない。とりあえず旦那にコンビ二で朝ごはんと水で買ってきてもらうことにした。
ちょうど旦那がでかけているとき、ピンポンと呼び鈴がなる。でてみると同じ社宅に住んでいる職場のチームリーダーの先輩だ。あれ、今社宅の役員だっけかと思いつつ話を聞くと、なんでも電柱工事で水道の電気ごと電源を切ってしまったらしい。な~んだそうなんだとまだ寝ぼけた頭で考えていたら、その先輩が
「いや~、(私の本名)さんに会うの久しぶりだね~。」
と親しみをこめてで言われちょっと照れくさかった。
というのも、実はこの先輩配属になってすぐ一緒で独身時代はスキーに行ったりするグループで一緒だった。当時、職場の中でも限りなくお友達に近かった。だがその後私は仙台に転勤し、そのとき飲み会で同席するたび、
「女性技術にこられて迷惑だ。」
といわれたり、嫌味をいわれたりする男性の先輩(期で10期くらい上)と一緒になってしまった。当時女性の技術は定年間近の人は何人かいたが、それ以外で私の期より上は1期上に1人同期に1人だった。私以外の女性技術は大卒で当時残りの2人は研究開発の部門にいて、現場の業種にいたのは私1人だった。もともと男性社会の職場なので、そんななかに女性が入るのは確かにやりにくいだろうなとは思っていた。だが、その先輩に酔っていたとはいえあからさまに拒否され、それ以来男性職員が信頼できなくなってしまった。仕事はたとえ向こうがいやだといっても、こちらとしては無理してでも一緒にやらなければならない。私だって自分の食いぶちくらい自分で稼ぎたい。しかしおじさんが主力のビジネス界は、みんな煙たい存在だと思ってるんだろうなと思うようになった。それ以来、それまで仲良くしていた男性の先輩も信じられなくなってしまった。表向きにしか存在することができず、ましてや親しい人間であるなんて思われることはないんだろうなと思っていた。
だから本社に戻るときは知っている人と一緒に仕事がするのがいやなのと、だれかとくんで出張に行く仕事はどうしてもしたくなくて、それまでとは関わりのない部署を希望した。もともとやっている仕事は古くからの伝統でやっているようなところがあり、先輩や同僚から直接教えてもらわないとできない仕事だったということもある。新技術の部署なら自分で勉強すればこなせるのではないかと思った。
だが、結局富山に転勤するにあたり再び仙台以前のころと同じ部署の仕事をすることになり、正直不安だった。しかもグループリーダーも前任も今の人も一緒に遊んでいたグループに居合わせた人だった。幸い、前任の人は非常にクールな人で内心はどうだかはわからなかったが、あからさまに女性に対する不快は示さず、現在のグループリーダーもやりにくいといっているということは私の耳には届かなかった。でも、それでなくてもどう考えても過密な業務量なのに私は自分自身体力がないし、子供のこともあり忙しそうにしている先輩の役に立てないどころか逆に足をひっぱってるという引け目があった。煙たがられてるだろうなと常日頃感じていた。だから、
「久しぶりだね。」
と親しみをこめて笑顔でいわれたのは,すごく意外だし嬉しかった。そして周囲がゆがんで見えるのは、自分の心がゆがんでいるからかもと感じた。自分の心がよどんでいるから、自分の周囲もよどんで見えるのかもしれない。宮崎アニメで「よどみのない眼」という言葉があったが、こういうことなのかもしれない。
他人の心の内は私には知ることができないしどうすることもできないが、自分の気持ちがよどんでいると本当はそうでないものに気がつけなくなってしまうのだと思う。悪いことに負けない強さを持ちたい、よどみのない眼と心を忘れずにいたい、そう思った。そして、不用意に相手を非難したり否定したりする言葉を口にすることがどれだけ人の心を歪ませるのかを改めて思い知った。
結局先輩から連絡があったとおり昼前には断水は終わった。停電や断水が事前に知らされず、原因も不明だと結構不安になるものだなと思った。結局断水の原因は不明のままだった。よりによってなぜ3連休の最終日の朝から断水だったんだろうな。

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2007/01/09

いやはやなんとも

新年明けましておめでとうございます。

11月、耳鼻科通い→娘発表会→娘腹下し(ノロ?)→太郎にうつる→太郎回復後鼻づまり→太郎昼はほとんど寝なくなる上夜中1時まで寝ない
12月旦那誕生日→つくば出張で私も実家に避難→クリスマスは法事→そのまま自分と旦那の実家をいったりきたり
しているうち、正月も明け富山に帰って疲労で動けなくなってました。

2007年、あっけなく始まりました。何が驚いたって、30代後半戦も中盤にさしかかってました。年賀状以外ではなかなか連絡のとれない旧友たちのあのころと変わらぬ様子のメッセージに和んだとしのはじめだけにふと思う自分の年齢にびっくり。今年はとくに教師をしている友人たちがわりと元気そうにしているのと、知っている人に双子が2組私と同じように地方都市でがんばる友人に3人目のお子様がいたのが印象的。結婚している人もそうでない人も子供がいる人もいない人もそれぞれに無事で過ごしているのが何よりも嬉しいです。年末に親しい友人がひどく体調をくずしたのが唯一心配。昨年がいまいちだったかたがたも今年はいい年になりますように。

それはさておき、今年の初夢は、懐かしい友人達とともに小池徹平君と高校のとき片想いだった美少年の○君がでてきた。げきぶにお手伝いにもきてもらった青年。そのことを旦那に話すと、
「その彼の年賀状はどこだ?」
といわれた。残念ながらその青年とはその後全くの音信不通で(そらそーだ、片想いだもん)、その青年と仲の良かった×君とはなぜかその後も顔をあわせることが多く、年賀状は出している。

新年早々色ボケの自分が憎い!

小池君はたぶん毎日太郎を眺めながら、
「小池徹平君みたいにならないかな~。」
とか思っているせいだと思う。
(なるはずがない)
最近森山未來もたまりません。
(やはり色ボケ)

話は変わって娘のことだが、娘は親の私がいうのもなんだがちょっとした子役なみに美人だ。そのルーツを探るため、年末自分の赤ん坊のころの写真をみてみた。そこでわかったことがある。
娘の目は私の幼少のころより大きい。
ふんっ!
太郎をみて実家の母は言った
「(娘の呼び名)ちゃんは綺麗な赤ちゃんだったのにね~。」
太郎はたまにりりしい顔をするが、普段はほそ~い目であたりを見回している。

ついに2児の母になったこれからの私、どーなる?

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2006/12/12

首輪ぬけ

近所のホールにムノツィル・ブラスを聴きに来ました。自転車だと思いのほか早くて今ヒマヒマです。チケットを買う時「1枚」と言ったらカウンターのお姉さんが不思議な顔をしました。A列通路から3席しかない1席を買いました。ちょっとヒンシュク?でも隣の2席も他人どうしみたいです。今日は「役者魂」が見られないかも。11月は太郎の耳鼻科通いが終わり娘の発表会が終わったら娘が胃腸炎、太郎が鼻づまりで夜眠れなくなり私は現在も寝不足と微妙な体調です。そしてまたしても明日から旦那の本社出張に合わせて自分の実家に行くのであった。2人目はなんだかわけなかんないうちに半年を迎えそう。ああ、いつになったらゆっくり眠れるのでしょう。最近まとめて昼寝をしない上、夜も遅い太郎です。

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2006/10/31

訪問者

とある夕方、ピンポンがなる。一応でてみるとおばさんだった。
なんでも、
「自分の悩みを語り合う集会があるので参加しませんか?」
とのことだった。例によって宗教か?と思い、どういう団体かと聞いたが、そういうのではありませんという。会場で素性がわかるのではないかというので、
「その交流会はどこで行われるのですか?」
ときくと、会に参加している隣町のなんとかさんの家やだと答える。う~ん困ったなと思い、
「皆さんで悩みを語り合うだけなんですか?」
と聞くと、
「いえその会を長年やっている先生がみえてお話してくれます。」
お、ついにきたぞ!
「その先生はどういう方ですか?」
ときくと、
「医者とか学者とかそういった肩書きのある肩ではないのですが、その会に長く関わっている方です。」
怪しい、とても怪しい。肩書きがある人がえらいとは思わないが、なんでその会の活動に長年携わってる方に自分の悩みをうちけにゃならんのだ。別にその会に携わってなくても、知人やたまたま話した人から自分の悩みを解決する糸口なんていくらもみつけられるじゃないか。ということで、
「そういったことは新聞や本などを読んで間に合っているので。」
といってお引取りいただいた。そんな会に参加しなくてもすむように、出会った人とは友達にならないまでもできるだけ会話できるようになろうと思った。
生きてる限り悩みはつきないし、解決法を自分だけみつけるのは大変だと思う。でもどうするか決断するのは自分自身で、怪しげな人間を崇拝する人って自分で決断できない人なんだろうなと思った。それでその人が救われるなら別にいいんだろうけど、一見人を救っているようにみえて実はそのグループのリーダーが搾取してたりするだけなのかもしれないのに。
ちなみに私は宇宙人も神も精霊も仏も(あいうえお順)どっぷり信じている。実際に目にしたことはないけれど。(そして怖いので別に見えなくてもかまわない。)

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2006/10/09

今年はラストか?

今年はラストか?

河原で焼肉です。さつまいもも焼きました。太郎3ヶ月でアウトドアデビュー。でも簡易テントで寝てるだけです。昨日の雨の降り方が冬の雪の降り方と似てました。山は上の方が雪がついて白くなってます。今年最後の河原で焼き焼きです。

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2006/09/09

悪じきの鯉たち

悪じきの鯉たち

でかい。50cm以上ある。

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M見公園にて

M見公園にて

旦那の会議についてつくばにきております。土日富山で1人で子供2人を風呂に入れ、食事を作り家事をするよりつくばにきて食事に困らない土日を選びました。この公園の池にはやけにデカイ強欲な鯉がいます。職場で私以前の代は新人が歓迎会でダイブしたという池です。ここから歩いて20分ほどのところに富山にいた知人がいます。そばに行けたらお土産を渡してこようと思ってます。太郎は元気です。保険証を忘れたので熱が出たら大変です。

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2006/08/24

きゃあああ〜

きゃあああ〜

散歩中腰にアブラゼミが…。この後携帯電話で追い払った私。

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2006/08/19

公園にて

公園にて

家族4人で近所の公園に来ました。パパは木陰の敷物でごろ、寝太郎は木陰のベビーカーで寝てます。最近娘とパパがプリキュアにはまってます。なぜ旦那にオタクモードのスイッチが入ったかは深くは追求しないことにします。今日傘を持ってくるんだったと後悔してます。

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2006/08/17

登園許可がでた

登園許可がでた

盆明けの小児科医院は激込みでした。無事登園許可がおりました。産休中旦那が出勤なのでもお盆登園はイエローカードな上、1ヶ月児を連れて1人で4歳児を連れて行くのは世間では当然なんですね。疲労のあまり激しくブルー。ベビーカーに上の子を乗せるグッズ、役に立ってます。歩いて行ける距離に小児科があるって小児科不足の昨今ありがたいです。自分の実家のそばは小児科があるか不安。次回避難に備えて調べよう。ああ、育児くらいでめげない頑丈な肉体がほしい。

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2006/08/15

登園禁止

登園禁止

旦那はお盆も出勤で、無理して保育園をお盆登園にしてもらったのに、とびひで登園禁止になってしまいました。涼しいうちに娘を公園に連れてきました。じき気温は30を超えるでしょう。夕方まではパパがレンタルしてくれたプリキュアのビデオで乗り切る予定。

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2006/06/26

6月もあとわずか・・・

産前休暇はからずとも8週目突入!
結局ブラジルとの対戦結果も家で聞き、土曜日打ちひしがれて産院に行き、2本目の子宮を柔らかくする点滴をうけた。NSTの結果モモ太郎はあいかわらず元気、子宮口は一向に広がる気配をみせず、先生の一言
「めだったお産の兆候はないですね。」
正直もうその日処置入院を宣告されてもかまわないくらいの気持ちだった。でも結局処置入院は28日水曜日からだ。ああ、それまで自力ではくるかどうかもわからない陣痛を待つのか・・・。午前中に検診も終わり、午後から散歩にでかけようかと思ったが、散歩にでたら夕飯を作れなくなりそうなのでやめた。
もういい加減疲れた。
夕方から少しお腹がいたくなり張りが強くなってきたが、周期的なものでもなく、痛みはきたりこなかったりだ。
日曜日、夜中から早朝にかけて本格的にくるかなとおもったけど、結局普通に朝を向えまだ旦那も娘も起きる気配もながなかったので1時間半強散歩してきた。お腹の張りが強いのは薬が若干強くなっているからなんだろうか。
ああ、もうなんでもいい早く生まれてほしい。

以下産前休暇6週目の出来事です
ガーン(月曜日・火曜日の出来事)
シェ・フジイ
スーパーVまで行ってみる(水曜日の出来事)
青まきかまぼこ
念願かなって植物園(金曜日の出来事)
バンザーイ、なしよ(土曜日・日曜日の出来事)

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2006/06/25

ガ~ン

産前休暇6週目の出来事
月曜日、郵便局に行く用事があったので駅前の中央局まで散歩。だいたい1時間歩いてその日のお散歩ノルマは達成ということにした。火曜日、その日は検診だった。バスで行けばそれなりの歩行距離がかせげるなと思っていたのだが、旦那が仕事に疲れたのか午後休暇をとって検診に車で連れて行ってくれると言い出した。そこで野望が、「シェ・フジイ」のランチが食べたい。
野望は見事実現されたが、その後の検診で奈落の底へ突き落とされる。結局子宮口が1cmちょっとしかあかず、NST検査でモモ太郎が元気であることは確認されたが、出産の兆候が確認されず予定日を超えた次回検診を受けることになると子宮口を柔らかくなる薬の点滴を受けることと、検診が3・4日後になりその後は処置入院になる
と説明を受けた。
「え~、出産で薬物投与かよ。」
私にとってはかなり衝撃のできごとだった。娘のときはちゃんと陣痛がきた。2人目はもっと楽なはずじゃないのか?衝撃からなんとか立ち上がった私は思ったのだった。
「開かぬなら、開けてみましょう子宮口。」
前駆陣痛は10ヶ月入るとまもなくきているのだ。後は子宮口が開かないだけじゃないか?そう思ったからだ。やはり体をいたわりすぎて散歩の量が足りなかったのか?もうすでに遅いかもしれないが後悔しないため翌日から散歩強化をこころに誓うのであった。

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2006/06/19

気分は負け犬

クロアチア戦、終わっちゃいましたね。今日へこんでいるサッカー関係者の方結構いるんじゃないでしょうか?
実は私もへこんでます。旦那は熱心にワールドカップを観てますが私は現在正直どうでもよくなってます。
なぜかというと
クロアチア戦を病院ではなく家で妊婦の状態で迎えてしまいました。
そう、予定日越え産前休暇7週目に突入してしまいました。9ヶ月最後の週、子宮の厚さが平均よりも薄くなっていて、モモ太郎の推定体重も10ヶ月前には低体重2100gを超え、10ヶ月に入ってまもなく前駆陣痛らしきものを感じていたにもかかわらずです。
先週予定日前最後の検診から暗雲が立ち込めました。NST検査でモモ太郎は元気であることは確認されたもののお産の兆候がまったくなく、子宮口も1cmになったきりその日も1cmちょっとしかあいてなかったのです。第1子娘のときは予定日前に生まれているだけにブルーです。
ああ、極力無理せずすごしたのがいけなかったのか・・・・。
次回貧血の再検査とともに、子宮口を開きやすくする点滴に代わることと、それでもだめなら陣痛促進剤、それでもだめなら出産の兆候ががなくても入院して処置が行われると言い渡され、衝撃を受けた私。翌日からもはや手遅れと思いつつ子宮口を開くべく散歩にスクワットの毎日。結局予定日も前駆陣痛らしきものはきたものの、出産まではいきませんでした。生命を自分の思うとおりにしようなんていうのがそもそもあまかったかもしれないけど、薬の力をかりなければ自分の子供も産み落とせないないんて悲しい・・・。加齢のせいなんでしょうかね~。
モモ太郎、無力な母でごめんね。

6週目の目指せ陣痛のエピソードはまた後ほど公開できればと思ってます。
とりあえず以下は産前休暇5週目の出来事です。

保育参観(火曜日)
まいどはや号にのってみる(水曜日)
ポートラム初乗車(日曜日)

Sn340131ベランダの鉢でさいたダスマスクローズ

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2006/06/13

川原で焼き焼き

Sn340105_1春が終わり気温も上昇し、青空が見えるとバーベキューがしたくなる。狂牛病以来うちの食卓には牛はでない。そしてあまり信用のできないお店で焼肉は食べたくない。川原で焼くときのみ国産牛を買い味わうことができる。ようやくチャンスがやってきた。天気予報で雨の降らない日曜日。5月は忙しさのあまりぐったりしていた旦那もようやく元気になってきた。バーベキュー決行だ。
富山にはバーベキューをしたくなる場所が多数ある。なかでもお気に入りは常願寺川の河川敷だったが、昨年お気に入りの場所の対岸で集団自殺があった。その年は神通川の河川敷に移ったのだが、ちょうどよさげな場所のそばにゲートボール場があり、ちょうど一本だけ木があって木陰のいい場所でくつろいでいたらゲートボールの休憩時間にお年寄りに囲まれた。ゲートボール場に木陰がなくご老人にとってもちょうどいい休憩場所だったらしい。
そんなわけで今年は再び常願寺川に帰ってきた。
100gだけ買った100g800円のカルビはとても美味で、味付OGビーフもそこそこおいしく食欲がすすんだ。
やはり外で食べる焼肉はおいしい。それでもすっかり満腹になり、残り火で夕飯のカレーを煮る。Sn340106_1Sn340107_1今回初の試みだ。ちなみにその他にも炭火にアルミにくるんだサツマイモを仕込んでおいた。炭火が燃え尽きるまで河川敷でまったり。パパとママは満喫したが、娘は遊具もなく砂遊びもできずパパとママはまったりモードで相手をしてくれないので不満顔だった。前にきたときは水のそばまで下りられたのだが、今年は川の流れて地形が変わっていて水のそばまで下りられなくなっていた。
今年はまだ気温が上がりきる前で虫も少ないし暑すぎないしちょうどよかった。夕飯のカレーはいい感じで煮え、サツマイモは極上の焼き芋になっていた。赤ん坊が生まれるとしばらくいけなくなるが、せめて焼き芋だけでも焼けないかと思ってしまった。

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2006/05/26

喜びの産前休暇の始まり

はじめに
現在産前休暇に入って3週間が過ぎました。ようやくためていたネタをはきだす私・・・。出産までに時差を取り戻せるのだろうか・・・。

産前休暇、それは甘い調べ
産前休暇、それは喜びの響き
なぜなら、体が重い以外は自由の身・・・
のはずだった。しか~し、現実はそれほど甘くはなかった。初日はとりあえず職場に顔をだし、翌日検診に行こうかとも思ったのだがあまりのだるさに行く気がおきず、ふと新聞で月齢を確認すると満月。今日はいっても出産ラッシュに違いないと勝手に決め込みパス。(以前、どーも待たされるな~と思ったらどんどん生まれていたらしく、ふと空をみると満月だった。)1日ごろごろしていた。その日は水曜日。翌日は産院はお休み。次回は金曜日になってしまう。まあいいのだ。
木曜日、まだな~んとなくけだるい。だが元気をだして妊娠以来すっかり荒れてしまった家をかたづける。新しい家族の衣類をしまう場所だって確保しなければいけない。やらなければいけないことばかりが頭に浮かび、すぐに夜になってしまった。
金曜日、それでも急速に体調が回復しだした。仕事にいかないとこんなにも簡単に回復してしまうんだなと思った。でも健康保険証と収入のない生活は耐えられないからやっぱり仕事はやめたくない。金曜日の晩、これまでためていた分も含めた家事をやり検診まで行ったら夕食を作る気力は起こらず、娘の大好きなドラえもんのお店に行くことにした。(ココス)この週の土日は旦那は職場がらみで兵庫県までいかなければならなかった。土曜日は娘のバレエがある。GW以来疲労が全く回復しないままの私は土曜日の午前中は保育園に連れて行くことにしていた。最近は保育園の近所で先生やお友達に見られないあたりまで娘を娘の自転車に載せていっている。私が休みに入った頃から、娘は延長保育ブームになった。最初のうちは旦那は残業して私が5時半過ぎに娘の自転車で迎えにいっていたのだが、その時間だとまだ娘の友達は保育園にいて
「まだ帰りたくない。」
と大騒ぎになった。
土曜日のバレエは産院に通ううち、実は家のある駅の北口からバレエ教室のそばに行くバスがあることを発見し、駅の北口まで娘を娘の自転車で連れて行き、そこからバスにのってみようと思っていた。土曜日のお天気はあんまりよくなく、午前中は雨はふらなかったが午後は雨がひどくなってきた。
予定通りのバスにのりバレエ教室に行き、レッスンを受けたまではよかったのだが、帰りは大変だった。まずバスを降りると娘が
「お腹がすいた。」
といいだし、北口までいってホールのパンやでパンを食べることにした。駅前のミスドより席が空いてる可能性が高いだろうと思った。でもその日ホールでは蜷川シェイクスピアの作品の公演があり、パン屋は激込み。周辺にお茶できるところが少ないからだ。なんとか座れたものの小さい子供と一緒だとすごく居心地が悪い。娘のお腹もふくらみ、再びレインコートをきて家に向かったが、夕方になって雨はひどくなり娘のレインコートはびしょびしょだった。娘を自転車にのせて押していると娘はウトウトしだした。
「大丈夫?」
と声をかけるとなんと娘の唇は紫。冷え切っているらしい。ああ、こうまでしてバレエに連れて行ったのは失敗だったか?でも先週までゴールデンウィークでお休みだったし何より娘が楽しみにしてたし。
せめて車だったらよかったのだが。急いで家に帰り、大きい洗濯用のたらいにお湯をはり体にシャワーをかけた。
お風呂の湯船にお湯をためてる間に風邪をひかせそうだったからだ。地球に厳しいな~と思いつつなんとか体を暖めついでに体と頭も洗いその日の入浴をすませる。そののち私もシャワーを浴びた。夕飯のチャーハンを作っていると娘は寝室でミニーのぬいぐるみをいじりながらごろごろしており、そのまま寝付いてしまった。チャーハンができたときに声をかけてみたが起きなかった。ある意味ラッキーであった。というのも、富山でお友達になった元非常勤さんとランチの約束をしていたのだが、店を全然調べてなかった。彼女とは家のある場所がちょっと離れていて、彼女は車移動、私は今車は運転できない。方向も逆だし自分も運転が苦手なので、市の中心街の運転は大変だろうと思い少しお店を探してみようと思っていた。せっかくならいってみたいお店がいいし。これまでよだれをたらしながら眺めていた地元情報誌のお店情報をくまなくチェック。
休みに入れば娘が保育園にいっている間にこれくらいのことは簡単にできるだろうと思ったのだが、実際入ってみると思ったよりやることもあるし体も動かず、時間があっという間にすぎてしまう。娘の妊娠中とは違い、絶対に気力で体を動かすのはやめようと決意したせいもある。なんとかお店をリストアップしてメールすることができた。
翌日はいいお天気だった。前日早く寝た娘は6時には目を覚ます。しばしたぬきになる私。テレ朝系列で子供向けの番組が始まる7時半、いつまでもたぬきになっていても仕方ないのでおきだす。ゴールデンウィーク以来疲れの抜けきらない私。どうやら私ににて朝は暖機運転をしないと動き出せない娘を抱っこしているのですぐには朝食の支度にかかれない。
一緒に「ボウケンジャー」を眺めていると、いい奴のような悪い奴のような美人ゲスト敵キャラにボウケンジャーの青がさりげなく甘く優しい台詞で彼女の凍った心をさりげなく融かす。昨夜のランチの店研究で夜更かしをした寝不足の私は、まるでその台詞を自分が言われているような錯覚。こうして世の中の小さいお子さんの育児で身も心も消耗して乾いたお母さんたちはヒーローにはまっていくのですね。幸か不幸か、私には若すぎる男性は大きくストライクゾーンをはずしていた。最近、赤子の世話が一段落したらとりあえずミッチーのファンクラブに入り、せめて近くにきたライブで生き抜きしようかとおもっているとかいないとか。なにぶんにもはまり性のため妻として母として道をはずさないように、極力ステージものには注意するようにしているのだが・・・。ちなみに、この7時半からのテレ朝子供向け3部作はママの困ったときの神頼みとして録画されているのであった。
娘をテレビ漬けにするわけにもいかないし、小さいうちに体力も社会性も十分身につけてほしいこともあり洗濯だけ終えると公園に向かう。実は体力も社会性も修行をしているのはママのほうだという話もある。私の苦労はできれば娘にしてほしくない。
その日娘の遊びに新たなるバリエーションが。それは
「バケツに砂を入れて小さい蟻をつかまえ、えさとして草やたんぽぽの花を与える。」
Sn340073_0001_1娘は最近虫が嫌いだったのだが、
「小さい蟻なら大丈夫。」
なんだそうな。赤ちゃんのときは蟻(中)を口に入れてパパとママを慌てさせたものだけどね。ややしばらく遊んで昼になり、その日は家でインスタント麺を煮て食べる。具は野菜と半分のゆで卵。娘は
「もっと卵をよこせ。」
と騒いだが、再びゆでるのは面倒だったため却下。14時まで家にいたのだが、娘が再び退屈し始め公園午後の部へ。するとどうでしょう、なんと娘と同じ保育園のお姉ちゃんが公園にいるではないですか~。
ああ、神様ありがとう!
しばし娘とお姉ちゃんがお砂遊びするのを眺める。でも1時間たたないうちにそのお姉ちゃんの帰る時間になってしまった。すると娘も
「一緒に帰る!」
と言い出した。おいおい、家に帰ったとたんもう1度公園に行くとかいいだすんじゃないのか?娘に、
「一度おうちに帰ったらもう公園行かないよ。」
と確認をしてお姉ちゃんと一緒に帰った。お姉ちゃんはパパと一緒に来ていた。お姉ちゃんのパパはお友達と一緒だったので、あんまりこちらからは話しかけなった。すいませんね~、愛想のない奥さんで。
家に帰ると旦那が戻っていた。兵庫まで運転手をつとめた割には元気だった。ああ、これで一山超えた感じがする。でも来週は土曜日は旦那がいるが、日曜日はまたしても旦那が仕事だ。産前休暇といってもまだまだ肉体的につらい状態が持続した産前休暇最初の週。どうなる私の産前休暇・・・。

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2006/05/24

産休までの道のり

産休に入ってはや3週間。これまでためたネタをいっきにアップするつもりだったのだが、意外とパソコンを立ち上げている時間がない。最初の産休は2時間歩いていた以外はその日その日何をしたらいいか不安だったものだが、今回は2時間歩くネタはいっぱいそろえたのに、意外と実現できずにいたりする。そんな私の産休にいたるまでのエピソードをとりあえずアップしたい。話はGW前までさかのぼります。

前回、余裕をもって産休に入ったのとはうってかわりどこで限界を迎えるかおびえつつようやくという感じ。自分の担当していた仕事の最終締め切りが4月28日で、さすがにその仕事は余裕を持って終わらせたものの、その仕事の本社の方針が決まってから引継ぎの内容を検討しなければならず、おまけに私にまかされているような仕事なマイナーな仕事なため、新しくきたグループで一番上の上司はなかなか話を聞こうとせず、もう1人の上司は別のもっと大変な仕事で手一杯な上、上司2人とも単身赴任でGWは帰宅もかねて長期休暇に入ってしまったからだ。おまけに9ヶ月に入り再びけだるい日々がやってきて、4月の最後の週は旦那が本社に出張にいってそのまま土日も実家にいたため、週末も娘と2人で過ごした。
「つらいと思うんだからつらいんだ。」
と極力感情を殺し、日々淡々と生活してきたつもりだったのだが、やっぱり体力的にきつかった。29日土曜日、とりあえずお昼ごはんまでは公園で遊ぼうと思い、外へ出たら「富山昆布祭り」をやっていて、娘ものりのりだったので夕方近くまで外にいたらなにやら喉と腰が痛くなってきて、やばいと思い夕飯の支度まで横になっていたけどなかなか気分がよくならず、困ったな~と思っていたら、そんなときに限ってめったにならない来客をしらせるベルの音。何かと思ったら幼児教育教材のアンケートだそうな。すぐさま断ろうとすると
「資料だけでも。」
といい、資料を受け取ると
「アンケートだけでも。」
というので即効資料を返し、ドアと鍵をしめた。
その後も、
「すいません。」
と扉をノックしてくる。これじゃまるで私がいじわるしてるみたいじゃないか。さかなくんみたいな若い兄ちゃんだった。夕食の準備で忙しい時間にしかもそれができず慌ててる母親にしつこくせまってくるなんて、小さい子供を持つ家庭の事情をしらなすぎる。どうせロクな教材じゃないに違いないし、下手をすると、「こんなひどい母親がいた。」と書かれそうだ(被害妄想)。すごく気分が悪かった。
30日、日曜日の午後4時過ぎ、無事旦那は戻ったもののすごい咳をしていた。私も結構だるかったのだが、なれない本社と長距離ドライブで疲れきっていたのでなるべく無理をさせないように極力なんでも私がやるようにした。
1,2日は私も旦那もできれば出勤したかったのだが、保育園の塗装工事があり極力お休みして下さいとのプリントがきていた。1日ずつ交代で休むことにした。私の方の仕事はその1日で大体は終わったのだが、結果グループで一番上の上司だけでなくもう1人の上司にもできれば引き継いでおきたい内容がでてきてしまい、8日は休暇を出し9日も顔を出すことにした。2日から私も最近ではめずらしいものすごい咳が出始めた。
それでも富山で家族水入らずでのんびりできる楽しいGW。普段は実家にいって「渡鬼」の泉ピン子のようにがんばらなければならない。(しかも旦那の実家だけでなく自分の実家でも。)3日は赤ちゃんものが安く帰る「西松屋」へ。実はこのGW前、お金をおろす暇がなかった。手持ちが乏しい上、意外な大出費。楽しいGWに暗雲がたちこめる。慌ててAPTショッピングセンターのキャッシュコーナーへ。今回は郵便局より銀行の方にお金がたくさん入っていた。しかし、私が利用しているのは富山市民のメインバンクではない。一気にピンチのGWへ。そしてこんなときに限って旦那の手持ちも少ない。慌てて同じコーナーにある郵便局のキャッシュディスペンサーへ。なんとか娘がルネスかなざわとチューリップフェアに行けるだけの現金を確保した。同じGW、職場への挨拶のお茶とお菓子を買いに久しぶりにイオン高岡にいくつもりだった。土曜日ならおろせるはずだがおろせなかったらピンチ。
4日は娘とパパはプリキュアショーをみたいがためにルネスかなざわへ。私は咳がひどくてゆっくりしようと思っていた。このGWは4月以来久しぶりにお天気が続いた休日だった。なんとなく気温のあがりきらなかった4月とは違い、気温も上がりいい洗濯&布団干しびよりだった。衣替えの洗濯物もたまっていたし、旦那がいない間は部屋は荒れ放題。布団をほして洗濯をして掃除をしたら、旦那と娘の帰宅時間になってしまった。なんとなく夕食を作る元気もなかったのだが、旦那も相当つらそうだったので、夕食持作った。
そして5日。この日も晴れ。富山でこれだけ晴れの日が続くのは珍しい気がする。さすがに翌日からは天気がくずれるらしかった。旦那はだいぶ回復したものの、私は前日から話そうとするだけで咳がでてしまった。明日は家でごろごろできるし、こんなチャンスめったにないと思いチューリップフェアへでかける。帰宅時、私はテイクアウトの寿司かピザを買って帰ることを提案したが、旦那は
「だったらそばを打つ。」
といいだした。このGW手持ちの現金が乏しいせいもあるのだろう。しかし娘が一言
「そばはいや。」
旦那は江戸っ子の血筋である。やばい。
「だめだよ、パパがせっかくつくってくれるんだからいいでしょ。」
私は自分が作らなくてすむならそばでもよかった。しかしその江戸っ子の血筋をひいている娘は譲らない。そう、旦那のパン生地職人はここから始まったのだ。
「じゃあピザを作る。」
このとき、旦那はうちの電子レンジがオーブンレンジであることに気づかず、グリルを使ったためできはいまいちだった。後に
「なんでオーブンあるのにグリルで焼いたの?」
と聞いたら、
「なんでそれを早くいわないんだ。」
と責められた。なんかこだわりでもあるのかと思って。
6日。この日も曇っていたものの雨は降っていなかった。もう何もしないでゆっくりするつもりだった。昨日チューリップフェアでプリキュア風船を買ってもらった上、さんざんはしゃいで家に帰ると疲れて不機嫌だった娘だが、もう元気になりどこかへ連れて行けと言い出した。旦那は出張・家族サービスで運転手とさすがに疲れきっていた。やむなく私が近所の公園へ連れて行くことにした。近所といっても、アパート敷地の公園が新設工事のため閉鎖になってしまった。近所には歩いて10分のところと20分のところに公園があるが、10分のところの公園は古くてなんとなく暗い。20分のところは新しくて遊具もきれいだ。でも駅に近いため近所の子供たちが集まって遊ぶというよりは駅やそのそばのホールに用事があってそのついでに遊んでいる子が多いみたいだ。
だがその日、GW2度目の奇跡が起きた。娘の保育園の同じクラスのお姉ちゃんと小学生になった元同じクラスのお姉ちゃんがいたのだ。29日もたまたまその公園で同じクラスのお姉ちゃんと会い、一緒に遊んでもらった。
その日開通のポートラムに乗ってきたそうだ。娘は人見知りの激しい私とは違い割と物怖じせず、お友達と一緒に遊ぶのが大好きだ。アパートの公園でせっかく近所の同じくらい(といっても1つ上)の子供と知り合ったのだが、その子は幼稚園なのでその後は時間が合わずあえなくなってしまった。その日のところはとりあえず、遊んでる娘たちを見ているだけでいい。あっという間にお昼になり、富山駅南口の鱒の寿司でおなじみ「源」のおむすびを買いにいった。娘はここのいくらと鮭の親子おにぎりがお気に入り。他にもしろえび天むすびとかあっておいしい。
でも当然値段はコンビ二のおむすびより高い。午後はどうしたのかな~よく覚えてないな~。私は爆睡、旦那はまたまたお出かけしたがる娘をつれてお買い物にいったような気がする。
そしてGW最終日。久しぶりにイオン高岡へ。初めてルピシアで茶葉を買った。前からきになっていたのだが、子連れで来るとなんだかせわしなくてなかなか入れなかった。フレーバーティーだと失敗するといやだなというのもあったのだが、職場の人からお礼にもらったのと友達にもらったのがすごくおいしくてそれ以来いつか絶対に買いにいこうと思っていた。でも子供が生まれて以来、贅沢は敵状態でなんとなく自分のためだけに行くのもはばかられ、ついにチャンスとばかりに行ってみた。紅茶以外にも緑茶もあった。
職場用にティーパックの紅茶と加賀棒茶とフレーバーティー(女性向け)と緑茶を買い、自分のためにシーズンもののさくらんぼ紅茶をかった。緑茶もあったけどとりあえず失敗のなさそうな紅茶にした。
久しぶりのイオン。
ああ、楽しい。
でもこの妊婦ならびホルスタイン候補生ではオシャレな服も靴もかえない・・・。それでも満喫のGW。もうこのまま職場に行かず休みに入れたらどんなによいだろう・・・。
そういうわけにもいかず、翌日職場へ。
仕事の引継ぎその1と机の整理はわりとすんなりだったが、仕事に関連する新聞記事の整理が終わらなかった。
とりあえず産休の届出をだし、翌日も職場へ。仕事の引継ぎ2もすんなり終わったがやはり新聞整理が終わらず。
仕事の引継ぎ2を行った上司に
「そんな無理しなくても後は来られるときに整理していいよ。」
といわれ、午前中で職場を後にすることにした。さすがにGWの大風邪のあとからお腹がものすごく大きくなりとにかく体が重くて大変だった。旦那とランチをして家に帰り、家の掃除だけしたら後は爆睡してしまった。ようやくお休みに入ることができた。

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2006/02/15

「水曜どうでしょう」的バレンタイン

水曜どうでしょう」をご存知だろうか?今や全国区となった大泉洋の出演しているHTBが誇るバラエティーである。大泉洋との出会いはかれこれ2年くらい前、スターダストレビューとともに「うたばん」に出ていたのを見たのが最初だった。最初の印象は
「変な人。」
そのとき「水曜どうでしょう」という番組を知り、その後金沢の駅ビルの新星堂でDVDを発見。
「だれがこんなのみるんだろう?」
「でもみてみたい。」
そんな怖いものみたさに襲われた。第一印象とは裏腹に、つぎに「みなさんのおかげでした」の食わず嫌いのゲストのときにはすっかりその独特のしゃべりの虜になっていた。
運命はやってきた。久しぶりにあった中学時代の友人から、「どうでしょう」のVTRを借りる幸運に恵まれたのだ!
だが借りたころ私は妊娠初期の体調不良真っ最中。ようやく年明けから見始めた。するとどうでしょう、私以上に旦那がはまってしまった。
「その友達に何かお礼のしなをおくらねば。」
というしまつ。というわけで、友人よ何かリクエストがあれば連絡を!
その番組は「喰いネタ」が多い。安定期に入ってからは、「どうでしょう」にでてくる食べ物たちが私を刺激する。
とくにバームクーヘンの中心部にりんごが入った「アップルバームクーヘン」とりんごがパイ生地にくるまれた「気になるりんご」。気になるりんごは仕事で青森に行ったとき目撃していたのだが、正直どうだろうと思っていたのだが、「どうでしょう」で早食いしているのをみて無性に食べてみたくなった。早速ネットで検索するとどちらも楽天で購入できる。ここは1つだんなのバレンタインにかこつけ、注文するしかない。
だが同じ店からは購入できず、送料だけで1840円という無駄に値がはるバレンタインのプレゼントになった。
(食べたいのはあくまで私)
アップルバームクーヘンはバームクーヘンの生地も上品でおいしかった。旦那はちょうど到着したとき胃腸にくる風邪をひいており、いまいち反応は薄かった。そんなわけで全部一気に食べることはできず、「気になるりんご」はまだ開封されていない。
次回、「気になるりんご」編に続く

追伸:バレンタイン前日まではピクリとも反応しなかった娘が、当日になり「パパにチョコあげる。」と言い出し、コンビにで半額になったチョコを家族みんなで食べたとさ。

そんな雑な夫婦である。私は気持ち気にしているが、旦那はぜんぜん気にしていない。
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2006/02/12

妊婦と娘の週末

インフルエンザからすっかり回復した娘はいたって元気だった。旦那の出かけた金曜日の晩、まずは鍋一杯のクリームシチュー(という名のミルクスープ)を作った。これで食事はなんとかなる、ふっふっふ。まだ食欲のない娘はりんごと缶とうもろこしで夕飯をすませた。

土曜日
この日はバレエにつれていかなかければならない。午前中はキティーちゃんケーキを作った。060204_1110001060204_1110002
ホットケーキミックスをキティちゃんの形をした電子レンジでケーキを焼く容器で焼く。この日は人参のすりおろしたのと、乾燥おからを入れて作った。お昼に3つたべ、残りは冷凍庫に保存。食べるときは電子レンジで30秒くらい暖めればよい。お昼ごはんのあと、例によってカルタをして1時くらいからでかける準備を始めた。2時に家をでて、2時半のバスでバレエ教室の最寄のバス停につく。練習が始まるのは3時半だが3時前についてしまった。どのみち更衣室が込むので早いほうがいいし、次のクラスの子も30分前くらいから来てる子もいる。すごいのは10分前にはほとんどの子が集まっていて、バーが始まってから入ってくる子はほとんどいない。娘のクラスは基礎中の基礎だが、娘の前のクラスの子は小学校低学年からの子達なのでレッスンも見ていておもしろい。娘のクラスはスタート地点からセンターの×印をまわって言われたところまでスキップするのがやっとだったりして、それはそれで
「そうか、人って最初はスキップもやっとなんだ。」
と改めて発見できたりして楽しい。娘のスキップも出だしが怪しく、左利きなので先生が教えた方向とは逆向きに×印の周りをまわってしまった。その日もバーレッスンでややだれ気味だったむすめ。帰りに、
「レッスンのときは先生のいったことを覚えてやらなきゃいけないんだよ。先生が教えてくれた以外のことはやっちゃいけないんだよ。」
といってきかせると、
「そうしてるもん。」
という返事だった。
バスで駅まで戻ると、娘が
「お腹がすいた。」
といいだした。目の前にはシアトルカフェ。ママはそこの新商品ストロベリーフレーバーのコーヒーが飲んでみたくてたまらなかった。娘と一緒にシアトルカフェへ。甘いパンかケーキでも食べさせようとおもったら、娘はSBCドックがいう。新商品のコーヒーとSBCドックを買い店内で飲食した。ところが娘の様子がおかしい。
「これくさい。」
娘は高いフランクフルトの味がおきに召さなかったらしい。やはりママの好みの店に娘を連れ込むのは無謀であった。邪まな気持ちを捨て横着をせず、横断歩道を渡ってミスドに行けばよかった。追加でバナナケーキを与えてみたが反応はいまいち。次回はまちがえなくミスドに行きます。暖かいところで一休みしたら眠くなった娘。家まで歩かせようとした、
「眠い。」
と不機嫌。なんとか地下道は歩かせたけど、地上にでておんぶ。さらに、
「コンビニによって緑の餅を買う。」
娘は今近所のコンビニのミニ草もちがお気に入り。シアトルカフェで自分だけ満足してしまった手前後ろめたいママは、
「じゃあコンビニからは歩くんだよ。」
約束させコンビニによった。コンビニで目的のものを買い、外にでたが娘は眠気のあまりにフラフラしている。しょうがないので家までおんぶしてあげた。
「ま、このまま寝ちゃって静かな土曜の夜になるかも。」
と思ったら、家に帰ったらすっかり復活したのであった。
今日の発見:
「妊婦6ヶ月、安定期14kgまでは背負えます」

体調の悪い妊婦さんは危険だからマネしないようにね!

日曜日
ケーブルに入ってテレ朝でやっているプリキュアが見られるようになった。プリキュアは8時半から。これで娘を日曜日の朝早起きさせるきっかけができた。
不本意ではあるが、軽い自立神経失調症の気がある私にしても早起きするにこしたことはない。一時はマジレンジャーのことも話をしていた娘だが、マジレンジャーは7時半に起きなければならない。
う~ん。
8時半ぴったりに起こすと寝ぼけて見られなかったとか難癖をつけられても困るので、8時15分頃起した。娘は割りとすんなり目を覚まし、仮面ライダーかぶとも見たのだが、こわいといっていやがっていた。私も幼少の折、アニメは好きだったがウルトラマンなどの実写は怖かった。プリキュアは、なんと新シリーズが始まっていた。ヤバイ!黒いプリキュアはもういない!早いとこコスチュームを仕上げなければ。アニメをみるのは構わないのだが、その間のキャラクター商品のCMが困りものである。前日作ったキティーちゃんケーキとヨーグルトを朝ごはんに食べ、午前中は寝室の掃除をした。娘がインフルエンザだったため、盛大に窓を開け喚起していたので寝室はすっかり冷え切っていた。娘は掃除機をかける(真似をする)のが好きなのだが、あまりに寝室が冷え切っていたおかげて進入してこなかった。でも、やっぱりどうしても掃除機がかけたかったらしく、めずらしく自力で靴下をはき上着を着てやってきた。ややしばらく掃除機で遊んだあと飽きて暖かいリビングに戻ってしまった。とりあえず寝室の掃除ができて満足。
その日は雪。予報では本格的な雪になるといっていたがそんなにたいした雪ではなかった。娘も元気をもてあましているようだったので外で少し雪遊びをさせることにした。旦那は前日、
「朝できるだけ早く出発する。」
といっていたが、10時過ぎ
「いろいろあって遅くなった。これから上野に向う。」
というメールが入った。何事だ?ということは帰るのは夕方だな。2時すぎ、アパート内の公園に行った。
小雪がたまにちらつき、積雪は道路上は2cmくらい、地面は10cmくらいだろうか。パパにかってもらった子供用スコップでおおはしゃぎ。大きい山を作れというのでお砂遊びセットのバケツで雪を運んだ。遊んでいる途中で旦那から
「越後湯沢についたがはくたかが動いていない。これから長岡にむかう。」
とメールが入った。これは日があるうちには帰らないと覚悟した。
そり・スキーと1時間遊ばせ、いいかげん寒くなったので、
「コンビニにぶどうジュースを買いに行こう。」
と誘い帰ることにした。
午前中クラッカーを食べたら無性にカッテージチーズをのせたくなった。チルド商品のところで見たがカッテージチーズはなく、とりあえずストリングチーズ(手でさいてたべるあれだ)にした。その他娘はアポロチョコとポテロングを買い帰宅。
なぜ雪遊びをすると腹が減るのでしょう?家に着くとまず娘のポテロングを奪い、その後家に残っていたスナック菓子をぼりぼり。せっかく消費したカロリーが・・・。クラッカーにストリングチーズをのせて食べていたら、娘が
「少しちょうだい。」
というのでわけてあげた。すると
「もっとちょうだい。」
後日、娘はストリングチーズのとりこになった。
「おいしいチーズが食べたい」
というのでコンビニで買ってあげたら、娘は1パック(直径2cm長さ5cm)を1人で食べてしまった。
その間、
「はくたかが風で徐行運転してる。」
というメールが入った。これは帰ってくるのはちびまるこちゃんの頃か?
しこたまおやつを食べ、まったりとしていた4時過ぎ、
「富山についた。」
というメールが入った。意外と早かった。昨晩から、
「パパがいなくてさむしい。」
を連発していた娘は玄関のドアが開く音を聞いて大喜び。それまでは食事の支度はすべて旦那にやらせてた上、久しぶりに1人で娘の相手をして疲れていたが、さすがに旦那も疲れているだろうなと思い、夕飯の支度をした。
そして気がついたのであった。
あ、私結構体調よくなってた・・・。
ホホホホ。
ちなみに旦那の出発が遅れたのは、朝早くでようと思い宿泊先の朝ごはんがでるレストランには7時半に行ったのに、昨夜夜中まで飲んでいた職場の陽気な先輩たちが次々と現れ、挙句のはてからになった旦那のコーヒーカップをみて、
「お、コーヒー飲み終わってるじゃないか?おかわりしなよ。」
といわれ席から立ちにくくなり、さんざん話が盛り上がり、そのなかの沖縄から来ていた先輩が、
「飛行機の時間があるから。」
というのにあわせて席をたったのが9時半だったらしい。私も知ってる陽気な先輩だけに、やむをえない。その週娘がインフルエンザにかかっていたので心配したが、まあそんなことでよかった。
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インフルエンザA型来る!

保育参観のあった土曜日、熱がでて途中でバレエのレッスンがきなくなった娘は、日曜日午前中はぐったりする母をよそに元気に暴れまわっていた。熱は少しあり、とりあえずその日の外出は禁止だった。午後になり旦那は買い物にでかけ、私と2人で過ごしていた。ややしばらく娘独断と偏見ルールのカルタをやって遊んだ後、ママが先にダウンし第2回に入ろうという娘を無視して寝に入ってしまった。しばらく1人で騒いでいた気配があったが気がつくと娘は自分でそばにあったお昼ね用タオルケットをかぶって寝ていた。顔は赤くて、さわってみるとかなり熱くなっていた。060131_1946001結局6時前まで寝ていたが、ちびまるこちゃんが見られないと怒るに違いないので起こした。ちびまるこちゃんときいて娘はすぐに起きたがなんだかだるそうで、食欲もなかった。私も旦那も元気だけど明日は休ませないとだめだなと思った。ちょうど風邪薬もなくなったし。
翌日、私は自分担当の仕事が急ぎだったので出勤、旦那は休んで娘を病院に連れて行くことにした。朝の熱は37度7分、やや高め。でも子供の体温は高めだし、インフルエンザかどうかはビミョーな感じだった。娘は8時になって自力で起きてきた。午前中病院についれていった旦那からこんなメールが入った。
「様子見て午後もう一度いくことになりました。」
びみょーだなー。旦那にメールをかえす
「熱はどれくらい。」
旦那からの返事
「家では37度、病院で38度。」
私が再度メール
「ぐったりしてる?」
旦那の返事
「してない。」
午後になり、再び旦那からメールが来た
「また病院にきた。いまインフルエンザの検査してる。結果は30分後。」
しばらくのちまた旦那からのメールが来た
「でました。インフルエンザA型で~す!」
この瞬間、私の明日の休暇が決定した。私もなんだか調子が悪く、ちょうどいいやと思った。旦那に帰りに保育園によって、登園許可書の紙をもらってくるように頼まれた。ちょうど娘の担任の先生が夕方の担当で、登園許可書をくれた、保育園でもはやっているんですよ~という話の流れで
「交代でみるが~。」
といわれ、保育士さんがインフルエンザで人数が足りてなくて交代でみるという意味だと思い、
「そうなんですか~。」
と返事してしまったのだが、我が家が交代で休むんですか?といういみだったらしく、
「いえ、おうちのほうで。」
といわれてあわてて
「そうです。」
と答えた。富山にきて3年、休日街を歩くと知ってる人にも会うようになり
「いよいよ地元になじんできたぞ。」
と自負していたが、まだまだだなと思った。体調の悪いしかも、夕方でぼんやりもしていたのだが。
帰宅し、旦那が話してくれたところによると娘はインフルエンザ検査を待つ間元気に病院を走り回り、別室に隔離されたらしい。それぐらい熱のない間は元気だ。でも帰った頃はまた顔を赤くしてぐったりと寝ていた。午後から夕方にかけては高い熱がでる。翌日は私が休むことにした。

2日目
娘は8時には起きだしてきた。寝室は喚起して念入りにファブリーズしたあと、除湿機をかけた。(富山は冬は雨や雪なので)寝るときは空気清浄機をかけている。熱がある割りに娘は元気でとりあえず私はマスク着用。体調が悪くなったのは土曜日、インフルエンザがわかって特効薬タミフルを飲み始めたのが月曜日。薬が効くのかちょっと心配だったが、熱をはかると36度6分。押入れによじ登ったり、ピアノを弾いたり、「夢りんりん丸」「スイング・ガールス」のDVDをみてはしゃぎまわっていた。食欲はあまりないようで、りんご・ヤクルト・ヨーグルトを食べるのがやっとみたいだった。積み木をしたりして元気に遊んでいた。昼からはカルタに付き合ったが、ママが途中で眠くなってダウン。もう一回やろうという娘をよそにまたもや寝てしまった。で、例によって娘も寝始めたので毛布をかけてあげる。やっぱり少し熱が上がってきたみたいだ。でも旦那が帰ってくると再び元気になる。
熱も37度はあるが、それ以上には上がらなかった。私もなんとなく調子がわるくて、明日出勤できるのかちょっと心配だった。060201_1057001

3日目
この日は午前中は私が見て、午後から旦那がみることにした。こういうとき通勤時間が徒歩10分だと助かる。3日後にもう一度病院に来るように言われたが、3日後は木曜日で休診。金曜日には娘が楽しみにしている豆まきがあるため、水曜日の午後病院につれていってみることにした。娘は8時過ぎても起きてこない。やっぱりだるいのだろうなと思った。とりあえず、部屋の掃除と洗濯をした。部屋は念入りにファブリーズ。起きてくると
「おかあさんといっしょは?」
というので
「もう終わったよ。」
といったらおお泣き。熱をはかると36度6分。朝ごはんはやっぱりちょっとしか食べない。あいかわらず食欲はないみたいだった。でも例によってDVDをみて踊り狂い、カルタとりをして元気に遊んでいた。昼に出勤する前にもう一度熱を測ったが、やっぱり熱はなかった。旦那が帰ってきたので出勤。お昼ごはんを食べるのにマスクをはずし、そのまま家に忘れてきてしまったのであわててコンビニに買いにいった。職場について、
「インフルエンザでした。」
とグループの人にいうと、急にみんな、
「なんだか調子悪くなってきたな~。」
と咳こみだしたりした。私もなんだか調子が悪くて、座っているだけで重~い体に
「生きるってつらい・・・。」
と思いながら、漢方薬を飲んでみたがなんだか回復しない。明日こそお休みだろうか?病院に連れて行った旦那から、
「3日から登園許可がおりた。」
と連絡があった。その日は昼寝もせず、元気だったらしい。

4日目
この日も午前中は私、午後からは旦那が休むことにした。娘はすっかり元気だった。昨日の出来事をふまえ、朝のテレビが始まる前に起こす。一連の教育テレビの幼児番組をみながら朝食。やはりりんごとヨーグルトしかたべない。だが
「どっかに行きたい。」
と言い出す始末。例によってDVDをみて踊りまくりカルタ。ついにファブリーズがなくなり、午後出勤のついでに買おうと思ったが財布を忘れてしまった。午後にはどうしても北陸朝日がみたいのをこらえきれなくなった旦那が契約したケーブルテレビの工事が来た。でもケーブルのくせにディスカバリーが入らないって言うのはどういうことなんだろう?しょうがないので旦那はNHKの衛星放送を契約することにしたらしい。娘はキッズチャンネルのご機嫌でポケモンを見ながらいろいろ解説してくたらしい。

5日目
朝、私はなんとか起きだす。つらい。明日は旦那は仕事でつくば。その日の夜から東京だ。インフルエンザに感染して発病するまで2日はかかるので、もし私と旦那が感染しているとしたら発病はこの土日。旦那は3時に帰って娘を迎えにいって準備をしてから出かけるというので、旦那になるべく早く電車に乗ってもらえるようにと少しでも無理はしないため、私も3時で帰ることにした。保育園から帰ってきた娘は豆まきができてご機嫌。旦那は5時の電車でまずは東京に向かった。

どうなる?妊婦と娘2人っきりの週末!

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2005/12/27

年末年始のイベントといえば

クリスマス、終わってしまったクリスマス。我が家は23日にパーティーでした。でも基本的に食べ物に対して意欲0の私はメニューを考えるのはもちろん作るのはもっての他だったので、旦那にスーパーで適当に調達してきてもらいました。クリスマスケーキも一応食べましたがやはり目で見て感じたことと腹に入ったときの感じがなんとういうかこう・・・。今年当たり年というボジョレ・ヌーボで気持ちよくなっている旦那を横目で見てました。クリスマスプレゼントもマンションの返済・公共料金・保育料金でかカツカツの旦那におねだりする気にもなれず・・・。クリスマスに向けて入りまくりの宝飾品のチラシのピンクダイヤのデザインリングに、結婚10年の記念にエンゲージにピンクダイヤをつけてリフォームさせたろかと思ったけどやめました。一応旦那の今はまっている編み物の手作りネックウォーマーを頂きました。お返しに
「中島美嘉のCDをあげようか。」
とはいったのですが、さすがに私のボーナスを7割がた差し押さえたのを気にしていたらしく
「いいよ。」
といわれそういうとで・・・。もちろんマンション購入のための差し押さえなので文句もいえない。残りは出産費用と育休中の生活費となるのでした。このクリスマス、一番満喫したのは娘です。我が家ではサンタは23日未明にやってきました。別に○翼ではないんですよ。プリキュアのコスチュームのパジャマをもらってお喜びです。ほしがったときは
「ものの割りにこの値段とるのかよ!」
と思ったんですが、娘がきると非常にキュート。親ばか満喫です。
よく24日は富山のアミューズメントスペース(といってもショッピングモールだ)でアンパンマンショーを堪能。お店についたのは13時くらいだったのだが15時に始まるショー会場にはすでに場所取りの人たちが・・・。2時からはビンゴ大会があるらしくカードをもらうために長蛇の列。カツカツ夫婦はショッピングモールに来たもののお金はできるだけ使いたくないので席とりはしょうがないにしても、さすがにビンゴの列に並ぶ気にはなれなかった。大人2人で場所をとるのも悪いので、まず私と娘でその場に残り旦那は電気やさんへ。ビンゴカードの配布が始まってややしばらくたって娘が
「ビンゴがしたい。」
といいだした。
その場にコートや敷物をおいてカードを取りにいった人もいたようだが、そこまでする気にはなれなかった。すると娘は1人でとってくるといってしまった。たぶんあきらめて戻ってくるだろうと思っていたがすぐには戻ってこなかった。そのときちょうど旦那が戻ってきて、
「カードもらいにいっちゃったの探してきて。」
とお願いした。旦那は長~い列の後ろからみていったがなかなかみつけられず、ようやく旦那と戻ってきた娘の手にはビンゴカードが・・・。なんでも1人で横入りしてもらってきたらしい。さすがに4歳のこが1人で入ってきたため周りの人も何もいえなかったらしい。
列に並んでた皆さんごめんなさい。
2度とこんなことはさせません。
ビンゴからは旦那が娘と一緒にいた。結局なにも当たらず終わって娘はひざをこぶしでたたいて怒っていたらしい。でも子供向けビンゴだっためビンゴカードと引き換えにお絵かき帳がもらえた。娘は1人でもらいにいっていた。それをみた旦那は、将来どんなおばさんになるのか怖くなったらしい。いったんその場を離れショッピングモールをうろついたが、旦那や娘もお手洗いにいくだろうから一定時間ごとに様子を見にいった。ショッピングモールをうろつくといっても、出産のこともあるし妊娠中で頭はぼんやりしてるし、服は買うだけ無駄なので行くとこないな~といおもっていたけど、結局無印良品で茶葉とか収納ボックスとか買ってしまった。モールの人もさぞかし喜んでいるに違いない。(他のお客さんにくらべればショッパイ客だが)
娘はその後ドキンちゃんにサインをもらい、アンパンマンと記念撮影をしてご満悦。なお握手ならびにサインで計900円也。

今年のお正月は結婚して以来というか、生まれて初めて1人で過ごします。車ではとても東京千葉に行けないし、込み合う電車や飛行機もなんか危険な感じが。娘の妊娠のときは4ヶ月過ぎたらあとは残りの身軽な時間いかに遊ぶかだけを考えていたけど、今回はマジで無理すると大変なことになりそう。
できれば
・年越しソバ
・お雑煮
・お煮しめ
・正月のお花
くらいは準備して、出来合いの黒豆と酢だこくらいは食べて、着物くらいは着てみようかなと思っているのですが寝正月の予感もします。
ま、どうなったかはこのブログで。

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2005/12/24

4ヶ月、やっぱりショッパイ日々だった

11週すぎて4ヶ月に入ると徐々に頭のクリアーな日が増えてきた。そこでちょっとはりきり、そしてまた風邪を引くを結局今週まで繰り返した。やや胃の不快感はあり、あいかわらずすぐにお腹一杯になるのだけど、だんだん食欲はでてきて、4ヶ月の最初のころは築地のガイドブックをみてよだれをたらしつつ気持ち悪くなるというマゾ行為。
13週くらいになるとだいぶ倦怠感もなくなってきて、いい気になってデパートを歩いていて気分が悪くなって真っ青になってみたり、娘のバレエ教室の発表会に行ってやっぱり翌日ダウンしてみたり、ちょっと体調いいし旦那は風邪だからと若干のやばさを感じつつはりきって夕飯を作りやっぱり体調くずしてみたりともうショッパイ以外の何者でもない1ヶ月だった。前回5ヶ月には元気につくばから仙台に遊びにいったり、東京に劇を観にいったりしていた気がして、体調の悪さに漢方薬発注の折、
「前回4ヶ月でこんなに体調が悪かったのだろうか?」
と泣き言をいったところ、漢方薬剤師に
「カルテによるとやっぱり「スーパーで吐き気感じたり、食欲がなくて風邪引いたって記録だよ。」
といわれた。まあそんなものらしい。
雪かきをした翌日から調子が悪くて、やっぱり風邪を引いた。検診に行く週でもあったので産婦人科に行くと、
「また風邪引いているんですか?」
と言われ、薬がでた。ついにPLが飲めるようになった。よかった。漢方薬剤師Mよ、ごめん、PL飲んじゃった。
で、風邪による不快感で苦しい時間は軽くて短くてすんだのだが、やっぱり弱っているらしく2日休んだ。4ヶ月から経膣の超音波ではなくなり、お腹にあてるやつで触診はなかった。今年の9月に出産した非常勤さんが、
「毎回つっこまれる。」
と遺憾の意を唱えていたが、触診しないとこもあるんだと驚いた。娘を産んだときは経膣超音波なんてなかったし、毎回触診があったような気がする。妊娠するくらいだからいまさら触診恥ずかしがってどーすんのと思っていたし、私は医療行為だと信じている。でも妊娠直前の子宮ガン検診はちょっと恥じらいが・・・。
しかも今回のところは超音波の画像をビデオに録画してくれて3D画像まで撮影してくれる。今この病院は改築中で6月末から4D画像になるんだそうな。
娘のときは「ウェルカム妊婦&ベイビー!」というお祝い膳にフレンチがでちゃったり、ブランド品の並ぶホテル並みの入院室のあるような甘々の産婦人科ではどうしても産みたくなくて極力地味な産婦人科を探した。幸いなことに、私の理想の地味だけとちゃんとした個人病院にめぐり会うことができた。
今回は家のそばに赤十字病院があったのだが、乳がん検診の再検で紹介なし初診料をとられたうえ、「かかりつけ医を紹介します。」というパンフレットで気持ちが萎えた。べつに大病院で出産する必要があるほど大きな病気もないし。
今回の病院は時折「贅沢出産思考か?」と思わせつつも医師が前回のように信頼できそうな先生だったし、救急搬送先とか母乳指導のこととかちゃんと説明してあったのでこの病院を選んだ。富山にも陣痛がきているときにリラクゼ-ションルームでアロマテラピーやヒーリング音楽でリラックスしながら出産を待ち、出産後お見舞い客に備えてとがんばったお母さんのためにエステをしてくれるところもあるが、そこまではやっぱり抵抗を感じてしまう私である。
おいしいものを食べたいという欲求はありつつもいざ食べると不快感がともなうため、体重はそれほど増えていないけど、娘のときの4ヶ月の体重をみてみたら48.7kg。ちなみに今の体重は娘妊娠中7ヶ月に相当する。もしかして、私、このまま食べられなくて大丈夫?でもあんまり食べられないのもぼちぼち胎児に影響でるし、母乳のことも心配だし。

ちょっとがんばると体調をくずし、おいしいものもたべられず、思うように仕事や家事もできず、娘に余裕を持って接することもできず、鬱々としているところに楽天で買ったマタニティーワンピが届いた。
手持ちで一番大きいスカートがついに入らなくなった。でもまだマタニティーをきるほどの時期でもないので、あんまり妊婦っぽくないのを探したのだがなかなかみつからずたどり着いたのがこのジャンパースカート。物がついてみてみると想像以上によい品物だった。そして通販にもかかわらず、包装もお店並みに丁寧で、メッセージカードと妊婦バッチがついていた。その心遣いに暗かった気持ちが明るくなった。
マタニティーだけじゃなくてオシャレな授乳服もあった。
おすすめです。
マタニティースクエア

近況 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2005/12/09

縁談を・・・

朝どうしても起きられなくて朝1時間遅れで出勤したら、エレベータで掃除のおばちゃんと乗り合わせてしまった。このおばちゃん、口数が多い割りに仕事が雑で、
「やっぱ文句の多い人ほど仕事できないんだな~、気をつけよう。」
と思わせる人だった。私の妖怪アンテナ(やばそうな人に反応)も敏感に反応し、自分のフロアでおばちゃんの気配を感じたときは極力接触を避けるようにしていた。職場の女性非常勤さんにもいろいろいちゃもんをつけるものだから、彼女らからも危険人物指定されていた。そんなおばちゃんに、
「あんた、結婚してたんだってね。独身だったらいい人紹介できたのに。」
と言われた。おばちゃんに対する私の内心とは裏腹に、私は常におばちゃんには笑顔で挨拶を絶やさなかった。既婚だったことに心の底から感謝した。だがふと考えた。
「もし未婚だったとしたら?」
しかしあのおばちゃんの知人である。
どんな人かはだいたい想像がつく。
幸い1人でも生きていける保証もある仕事もあり、性格に問題ありの男の人と家庭を持つことで生きる活路をみいだすくらいだったら、1人でいた方がいいなと思った。そこまで考えて、
「だいたい自分の嫁くらい自分で探せない男ってどうよ。」
と思った。自分の子供を持ち、保育園でたくさんの子供をみていて最近気が付いたことだが、4歳児だってちゃんと異性にアプローチする意欲を持っている。
いい大人が配偶者を探すのを親やその知人に頼らねばならない現状ってどうなのよ?
最初の子供もは女の子だったが、もし男の子だったら、
勉強なんかより自分の最低限の衣食住は自分で面倒見られる子に育てる!
と決めていた。妻ではなく家政婦と勘違いされたあげく、「俺が養ってるんだから」と虐げられる女性を1人でも減らしたいからだ。それに自分の息子がお金を運んでだけの人になり、妻にいいたい放題やりたい放題されるのもかわいそうだ。もちろん、なかには人に尽くすことが生きがいの人や家事をすることが天性の人もいるだろうから、専業主婦(夫)は否定するつもりはない。
話は少しずれるが、新聞こんな記事をみた。登校拒否の子供に、
「なんで学校に行かないの?」
と相談員の人が聞いたら。
「別に勉強なら1人でできる。勉強してゲームでもつくればお金も儲かって1人で生きていける。」
と答えたらしい。相談員の人曰く、
「勉強は自分のためにするものじゃない、人のためにするものだ。世界の偉人達は困っているだれかを助けたくて一生懸命勉強して偉業をなしたんだよ。」
その言葉をきいてから、ほどなくその子は学校に通いはじめたそうな。異論・反論はいろいろあるだろうが私にとっては、
「やはり人として生まれてきた以上は1人で生きていくことはあまりよろしくないのだな。」
ということを確信させた記事だった。

親として、まず1人の人間として生きていけるよう育ててあげることはもちろん、社会の一員として生きていけるよう導いていかねばならないのだと思う。そして今日、生物として自分の配偶者くらい自分で得ることができるようにも育ててあげなければならないと思った。その子が少しでも長く孤独にならないように、誰かと一緒に生きることをわかちあえるように。それが結婚であることにはこだわらないけれど。

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2005/11/15

ふっ、今日も休んじゃった

日曜日は割りと調子がよく1日部屋の掃除をしていても大丈夫だったのだが、月曜日は
「眠くて死ぬ~。」
と何度もつぶやき、それでも家に帰ってからはさほどつらくなく晩御飯を作り風呂の準備をしたのだが、風呂上り鈍~い腹痛。旦那は月曜日から1泊2日の出張。腹痛といっても下腹ではなく、上の方だし出血もないから流産ではないと思うけどこのまま体を動かすとやばそうなので、休み休み就寝の準備。寝ている間、腹やら喉やら胸やらいろんなところがなんとなく痛く何度も目が覚め、
「休もう。」
と決意。妊娠暦でいうと8週から3ヶ月なんだそうな。今がつわりのピークかも。今日は宝塚花組の地方公演のチケットをとっていたのだけど、あきらめます。気分転換すればよくなるような体調じゃないし。

ふと
ああ、自分の職場の知人たちが妊娠してやっぱり調子が悪いのに職場の雰囲気で休むのを躊躇しているとき、
「そんなの気にしちゃだめだよ。調子が悪いのは無理している証拠、ちゃんと休みなよ!」
といってあげられたことが今私にとって唯一の救い。
と思う。

仮に私の職場の人がそんなこといってくれなくても、良心の呵責にさいなまれなくてすんだし。やはり、社会は自分1人で動いてるわけじゃないんで、身内以外の他人にも優しさを持つことは大切なのねと思ってみたりして。
我を通せるほどの恵まれた才能もなくってね。
優しい通りしすぎておせっかいで迷惑かけた人もいるけど;。

まあいいや。今の野望はこのままずーずーしく居直り、おばさんになったあかつきにつわりのつらい妊婦さんや育児のつらいパパやママの分もカバーできるくらいのやり手社員になることです。(無理か・・・)
ではおやすみなさい。

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2005/11/13

あなたのつわりはどのタイプ?

私は食欲不振と倦怠感
相変わらず微妙な体調に日々もんどりうってます。体と動かせばすぐ疲れ、どの食べ物をみても食べられそうもなく、寝れば非常に夢見の悪いそんな日常です。モツ鍋でひどいめにあって以来、極力消化のよいものを食べるようにしたら消化不良で七転八倒の苦しみを味わうことはなくなったのですが、今度は中途半場に空腹がやってきて微妙な気持ち悪さが。あとものすごく肉が食べてみたくなってりして、
「タンパク不足?」
な傾向が。物の本には
「この時期は食べられるものも食べたいだけ食べましょう。」
と書いてありますが、
「何も食べたくない、さりとて食べないと微妙な気持ちの悪さ。」
そんな感じです。おいしいと感じられるものは、
お粥・果物・キムチ
妊婦にキムチはどうなんだろうと思いつつ、食べてます。
そして最近水分も体に吸収されない感じで、なんとか飲めるのが
紅茶に牛乳とはちみつとしょうがとシナモンをいれたもの
はちみつとしょうがとシナモンとレモン果汁をお湯で割ったもの

です。
倦怠感もひどくて、普段の倍横にならないとだめです。先週は旦那が出張で家にいなかったのですが、娘が家についたとたんばったりと倒れこみ寝てしまい、私も夜はずっと横になっていた日は仕事にも日常生活にも支障がなかったのですが、その後は日に日に疲労が蓄積し、ついにはダウンでした。少しでも休息をとろうと、水曜日の3時から休んで産婦人科の検診をいれてみたりしたのですが、木曜日の時点で倦怠感と眠気でアウツ、翌日は休もうと心に誓うのでした。
金土と寝たきりですごし、日曜日は部屋の掃除くらいならできるようになったのですが、外出はお仕事のことを考えてしないでいます。私の職場は組合が強く、女性部では
「横になれる畳敷きの更衣室」
という要求をかかげてます。私の支社は自社ビルではなくテナントなので更衣室はもちろん、医務室もありません。今回、なぜに女性部で更衣室を要求しているのか分かったような気がするけど、職場にきても仕事にならないくらいならいっそ休んで寝ていたいとおもいました。仕事の内容的に、短期間にじゃんじゃん人に渡さなければならない仕事というよりは、まとまった量をある程度時間をかけて1人で仕上げる仕事というせいもあるとおもいます。
金銭面かなりぎりぎりだけど、この期間はいっそ時給か日給契約のほうがプレッシャーないかもな~と思います。
マンションの借金も始まったばかりだし、産休・育児休業中は収入はとだえるにも関わらず頭数は増えるからかな~り金銭的につらくなるとは思うけど。
古来日本ではつわりは気の持ちようと考えられているし、私もそうかもねと思ってたけど、つらいものはつらい。特に胃腸の動きが悪くなるのは、子宮が大きくなって胃腸を圧迫するからかなとも思ったけど、まだこの時期子宮は思ったほど大きくなってないみたいです。(ものの本によると)
検診にいって超音波をとってもらったら、3週間前までは米粒みたいだった物体に頭と手と足がついてました。
「これだけ激しく成長してれば、この疲労感も体調の悪さも無理はないのかもな。」
と思いました。
ああ、中期には楽になりますように。
(現在9週目)

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2005/11/11

かったるいな~

旦那出張でいない夜、義母から電話があった。義父の一周忌の連絡だ。私の父に伝えてほしいとのことだった。それは別にかまわないんだけどそれに伴いお伝えしなければならないことが・・・。
我が家は私が妊娠してしまっているため、旦那のみの参加です。
いえ、別に私が参加しないことを伝えるのがつらいのではなく、私が妊娠中であることを伝えるのがちょっと・・・。別に父は子育てにあまり熱心じゃなかったから、娘が妊娠しようがしまいがさほど自分には影響がないと思うと思う。ただね~、それがどうあの
「マンション買ったんだから子供なんかつくるな」とつい最近いわれた母
に伝わるか考えるとブルー(--)。年末年始の帰省は旦那と娘だけで行く予定なので、いずれはそっちに行ったほうがいいのかどうかどうか聞かねばならないので、いずれはいわなきゃならないんだけど、12月くらいまでは黙っているつもりだったのだが・・・。父はまだ月に何日かは単身赴任で働いているため、平日はいたりいなかったりだ。前もって母に伝えるべきが、母は仕事で父しかいない土日に電話をするか悩み、チキンな私は
「とりあえず、土日直接父に連絡とれる日に連絡しよう。」
と決断。でもそのとき妊娠のことを言うべきか?「育児は女の仕事」信じてやまない父に妊娠のことを話してもとても無意味な気が・・・。

この両親の娘である私は娘も含め、子供はつくるべきじゃなかったと思う。せっかくとりあえずこれだけ女の事情を通しても働ける職場なので、お局で居座ることなどわけなかったと思う。自分の生活を支える収入さえあれば、別に結婚はしなくていいやと思っていた。でも私が結婚したとたん、そして子持ちになったとたん、おじさんたちの態度が軟化したのも事実だ。
しかし、妻となった私はこれだけ恵まれた職場なんだからとりあえず子供を産んだほうがいんだろうなと思った。(総務系の人は定年間近で子供がいる女性がざらにいる)そして母となった私は、
「人んちの赤ちゃんではなく、自分の赤ちゃんがほしい。」
と3歳過ぎて盛んにいう娘をみて、
「やっぱり兄弟はいたほうがいいんだろうな。」
と思った。ま、娘に関していえば、生まれたとたん赤ちゃん返りしてみたり、赤ん坊はお人形じゃないことに気づきそのうち、
「赤ちゃんなんか嫌いだ。」
といいだすのは容易に想像つくのだが。私自身も保育園の赤ちゃんをみるたび、無性にあのふかしたてのおまんじゅうを再びこの手・・・と思った。
しかし、母になっても自分の生活費くらいきちんと稼ぎたいという気持ちには変わりないし、収入が少ないという理由で自分のほしいものを我慢するのもいやだし、娘の行きたいという学校や教室に対して、お金がないという理由であきらめさせるのもいやだ。
ここのところこなせる仕事が妊娠前と比べて3割減(もしくはそれ以上)だったりして、しかもこの先産休もとるし、おそらく出産後すぐは精神的にも肉体的にも物理的にも仕事できる状況ではないので、育児休業もとる自分って男の人からはもちろん、女性の非常勤の人も
「よくやるよ。」
って思われているに違いない。とても肩身がせまい。でもこんな何の才能もないスタミナなしなしの私でも、ずーずーしく出産して育児休業もとって、できるだけ長いこと勤めることにより社会の何かかが変わり、未来につながる何かがみつかるのではと思い、のさばっているわけだが。

そういう事情は旦那もあんまり理解できてない。なのでよく旦那の親族間でとても割り切れない切ない思いをする。

とりあえず、父には一周忌のことだけを伝えようと思う。

なぜこんな時間にブログを更新しているか?
さすがに妊娠初期の不調のなか母子家庭はこたえて、今日は出勤しても仕事になりそうにないので消耗した体力の回復に努めることにしました。洗濯も終わったし、横になります。
おやすみなさい。

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2005/11/08

妊娠初期にモツ鍋

危険度Aです。
生協でモツ鍋を頼んでしまった。冬が近づくとかならず1回は頼む。お気に入りはカモ鍋。たぶん大丈夫だろうなと思ったが、寝る直前消化不良のような便秘なような苦しさでのたうちまわった。
肉は消化に時間がかかります。
おそらくモツはもっと消化に時間がかかります。

人によっては便がゆるくなるプルーンエキスをお湯で割って飲んでみたがやっぱり苦しい。よくドラマでみるように洗面所で吐くことはない。でもそのかわり胃が消化する元気がないかんじ。気持ち悪いけど吐く元気もないってかんじ。娘の時もつわりで吐いたのは1回だな。妊娠すると味覚がかわるっていうけど、今は何をみても頭はほしがるけど胃は拒否する。それでも妊娠初期は胎児は自分の栄養は勝手にとって成長するらしい。でも最近頭がぼんやりしたり痛かったりするのは貧血なんじゃないか?
無理矢理プルーンエキスのお湯割りや紅茶に豆乳をいれて飲んでみる。最近大分体調もよくなっていたつもりなんだけど、やっぱり娘を生んだときの貧血が尾を引いてるようだ。
ああ、でもそれも今回が最後(だといいな)。
早く無敵のおばさんになりたい。

4歳の娘はめちゃくちゃかわいくて、
「3人いてもいいな~。」
ともおもったけど、この妊娠初期のつらさは限界。やはり体力的にはスタートは早ければ早いほどいいと実感。今回はもしや最後までこのつらさなのではないかとちょっとクラクラしたりする。仕事のことを考えると、保育園をもっと充実させて、仕事している人だけじゃなくてだれもが利用できるくらい増やして、大学生で産んでしまった方がよいのではないかとすら思う今日この頃。だって学生なら休んでも自分しか困らないし、留年しても別に勉強しないで遊んでたわけじゃないし。それもやっぱり会社には嫌がられて就職できなかったりするのかな。組織で仕事をするのに妊娠や育児がマイナスになる間は絶対に子供は増えないと思うけど。

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2005/11/02

ウニが~

日曜日、午後から9月に出産した職場の非常勤さんの赤ちゃんに一家で会いにいった。生まれてもうすぐ2ヶ月。
まだ首もすわらず、寝ている時間より泣いている時間が増える時期。まだ湯気がたっている感じの赤ちゃん(女の子)は非常にキュート。でももっと目を開けているいるところがみたかったな。もともと華奢で色白だったママは貧血ぎみだったのもあってより色が白く、出産直後でより美人になってました。驚いたのはパパで、同じ職場でいかにも関西系で一見ちゃらんぽらんなタイプだし、妻は専業主婦になったので
「ちゃんと子供の面倒みるのかよ。」
って思ってたけど娘が泣き出すとずっと抱っこしてあげている優しいパパぶりでした。そのパパは出産直後から来週まで平日は出張です。
お暇したのが5時くらいで、人まで元気ぶっていたので疲れてしまい、夕飯を作る気力は私には当然なく旦那も難色を示し寿司を買ってかえることにした。妊娠初期に生もの、味覚的にも健康的にも危険な香りがしたが、他に思いつく物もなくいつもいっているおいしい回転寿司やでお持ち帰りした。
家に着いて食べ始める。
まずヒラメを
お、いける。
久しぶりだとうまいな~。
つぎにまずマグロ赤身。
お、大丈夫
じゃ、この勢いでトロ
・・・・
とどんどん食べ進むうち、胃に限界を感じた。その次の瞬間、急に生臭さが口いっぱいに広がり~
ああ、ウニを残しているのに・・・。
たぶん次の1口を入れたらまちがえなくリバースだろう。ウニをにらんでいると旦那が
「食べないの?」

「もう食べられない。」
旦那は、
「じゃ、もらうよ~。」
ああ、ウニは旦那の口に吸い込まれていく~。

後日、
「最近無性に食べたいものがあるんだけど、お店だと全部食べられる自信がないからもったえない。」
というと旦那は
「そんな時は俺にくれればいいんだ。」
旦那、もうじき40代。日々腹がでてきている。4人家族になるころ、旦那は要減量の成人病に違いない。

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2005/10/31

妊婦確定までの道のり

9月末の研修終了後、遊びすぎて風邪をひいた。でもなんか胸がはっているような・・・。でももうすぐ生理かもしれないしな~。私、低温期から高温期に入る前、よく風邪を引きます。いつものように風邪薬を飲み、2日家で寝ていたのだが3日目、まだなんとなくだるかったけど10月末までの仕事について発注先に問い合わせしてまとめておかなければならないことがあり、出勤した。その日から、夕飯を食べると即布団へという日々が続いた。その次の週、そろそろきてもいい例のやつが来ない。私は、「これはもしや・・・。」という疑いが・・・。とりあえず妊娠検査薬を購入、でも妊娠検査薬には
生理予定日から2週間後から検査可能
の文字。あと2週間、原因がわからないままこのけだるい状況が続くのか・・・。
なんとなく奥歯がしみる・・・。え?奥歯?
私の奥歯は親知らず以外すべて治療済みである。も、もしや?まだ治療していない親知らずをやってしまったか?
気がついたのは金曜日の夜。土曜日もあったのだが土曜日もだるくて何もする気がおきず、月曜日近くできれいな歯医者を予約、診療はその週の金曜日だった。予約がいれられる時間は3時半だったが背に腹は変えられない。今回ばかりはもし虫歯ならなるべく早めに抜いてもらいたかった。金曜日、一応歯医者の問診表には
「妊娠の可能性がある。」
に○をしたため、レントゲン撮影はしなかった。が、幸いなことに私が虫歯と勘違いしたのは親知らずの手前の歯の治療後の金属だった。結局歯肉の検査と歯垢をとることになり、次の診察までに妊娠しているかちゃんと確認するように念をおされた。仕方がないので、次の予約までに産婦人科に行くことにした。
連日だるい日が続き、私が妊娠を確信する一方、旦那のほうがこれといった手ごたえは感じていなかったらしく、私の体調不良に心配する様子をみせず、腹立たしい日々だった。歯医者の翌朝、
「この際検査薬を一本無駄にしてもいい、とりあえず現時点の白黒をはっきりさせようではないか。」
と検査薬の封を切った。尿をかけて一瞬のうちに判定窓に青いライン結果は陽性です。一応もう一度注意書きを確認。
妊娠反応陽性の場合は判定窓に青いラインがでます。
ふ、やっぱりね。
これでしばらくはだるくても理由があるから無理はしなくていいんだわ。
ニヤケる私。
早速旦那に報告。
検査薬を自分の目で確かめる旦那。
さあ、明日からしっかり働いてもらうよ!

次の土曜日産婦人科へ
地元の育児雑誌のPR本に出ていたO産婦人科とI産婦人科のHPをみくらべ、母乳指導のことと助産士がいることがちゃんと記載されていたI産婦人科に行くことにした。娘を産んだ産院は特に問題がない場合は助産士対応の病院だった。結局出産が日曜日で診察がなかったのと、同じ日に出産の妊婦さんが少なかったため先生がずっと付き添ってくれた。娘は頭がETのように横に盛り上がっていて先生がいたから何も使わず自然分娩だったけどもし忙しい大病院だったりしたら吸引だったかもしれない。病気じゃないからできれば自分の力で出産したい。
薬や医療器具はどこでちょっとしたミスが起こるかわからないし。でも実際、娘出産の陣痛の間はこれまで体験したことのないようなものすごい激痛に
ああ、帝王切開か無痛分娩ならよかったのに・・・・。
と何度も思いました。でも忘れちゃうんですねやっぱり。
I病院はとてもはやっているようで、土曜日の午前中は激込み。
一瞬ひるんだのだが、駐車場は広いしきれいな病院だったのでとりあえずよほど先生があわない限りはここにしようと思った。1時間くらいまって診察室に入ると50代くらいの男の先生で娘のときの先生に似た優しげな先生で安心した。
「内診の結果小さなポリープがあるがきにするほどではない。」
ついに妊娠確定。
8週目予定日は6月18日
そうか~思ったよりはやかったな~。
5月からお休みだわ~暑くなる前に出産でよかったと微笑む私。
問診でちょうど
「つわりはどうですか?食べられないこととかないですか?」
と聞かれたので、
「吐くことはほとんどないですが、だるいです。
前回は寝づわりでした。」
といったら、
「眠いときは寝てください。」
といわれました。そうします。
前日から風邪で休んでいたので風邪薬をもらった。つわりなのか風邪なのかよくわからなくて、今この段階でこれだけだるいと仕事がちゃんとできるかとても不安だった。間近で急ぎの仕事もあったし。でも風邪薬をもらってから急速に体調がよくなった。ものすごくだるかったのは風邪のせいもあったらしい。
それから、一切の食欲がなくなり、ちょっと食べると胃がもたれる。娘のときはこんなに早くから調子が悪かったかな~と母子手帳を見直してみると、やっぱり同じ時期週末はコタツで寝て過ごしていた。本とか雑誌を読んでいても30分くらいで眠くなってしまう。
でもそのときは仕事の方はやっていることは難しかったけど、こなすべき量が少なかった。わからないことを調べることも仕事のうちみたいな仕事だったのでプレッシャーがまずなかった。今は作業自体はさほど難しくないけど、後続のある業務だったり締め切り設定日にぎりぎり終了するかしないか一発勝負みたいな仕事が日常茶飯事なのでそのぶん神経を使う。それに娘にまでだらしのない生活を強いるわけにはいけない。でも娘の時は逆に安静にしすぎて育児が始まった頃には体力落ちきっていてつらかったしな。
それにしても、食欲はない、出かけるのもだるいで気の紛らわしようがない。体の重い日が日常的に続くと、
「これからずっとこのままなんじゃないだろうか。」
と不安になってくる。旦那のいなかった週は結局金曜日は休んで寝ていた。だいぶだるさ抜けたけど、やっぱり続けて体を動かすと体が重い。空腹のときつわりがつらくなるから食べ続けるという話を良くきくが、私はもたれもするので
「今私は何かを食べたほうが楽になるのか?それとも食べたらつらくなるのか?どっちだろう?」
とよく悩む。とりあえず今週は旦那がいるのでたっぷり働いてもらおうと思う。
来週はまたいなくなるし。


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2005/10/26

妊婦な私の泣き言

私の妊婦認定までの道のりをブログにしようと思いつつできずにいます。今週は旦那が出張でいません。再来週も旦那が出張でいません。少ない支社で私は現場出張ではほとんどやくにたたないのでしかたのないことです。
妊娠初期、
朝起き抜けに気持ちが悪い;
お腹がすくと気持ちが悪い;
ちょっと食べてお腹がふくらむとと気持ちが悪い;

そして旦那以外に頼る家族はいない。
義兄夫婦は子供をばーちゃんに面倒みているうえ保育園ではなく幼稚園に行かせているのが腹立たしい。(保育園待機児童が多い状況で隣にすんでいるんじゃまあ保育園は無理だから仕方ないけど、義母は高齢だから大変そう。)そして私の実家はまるであてにならない。
家政婦やとうほどの収入もなく・・・。
おまけに仕事の締め切りは月末。

少子化~?しょうがないんじゃないの?

別に生き甲斐ほしくてはたらいんてるんじゃなくて旦那に過労死させないためと、生活のために働いているんですけどね。
ま、無事を祈ってやってください。

とりあえず、仕事はかたずきました。
明日は体調不良で起きられなくなっても大丈夫、ケケケケ。

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2005/10/15

親知らず保存会

職場で年上の先輩が親知らずを抜いてものすごーくつらそうだったのを見て以来、
「親知らずは抜かない」
と決意した。それでなくても田舎の歯医者に乳歯の虫歯をがんがん抜かれたため歯並びがガチャガチャ、未だに乳歯まで残っているので万が一親知らずを抜くことになれば大手術になりかねないからだ。
そんな親知らずを虫歯にしてしまったのは娘を出産した直後。でもそのときいたT市には親知らずも治療していまうという名医がいた。
「レントゲンとって根っこまで虫歯だったら抜きましょうね。」
といわれたが、幸い根っこまではいっておらず、治療ですんだ。でも妊娠中相当深くまでいっていたらしく、一応抜歯のためにかけられた麻酔が効いていて痛みは全然感じないけど、激しくドリルをかける感触に気を失いそうだった。当時の私は妊娠・出産・授乳で貧血状態だった。すっかり痛みを感じられなくなる麻酔をかけられ、きっと麻酔がなかったら陣痛と同じくらいの激しい痛みであろう衝撃とでぐったりしてしまった。
ずいぶん前になるけど、親知らずを掘り出して義歯にするなんて記事が朝日の日曜版(まだ日曜版だったころ。)に出ていて、
「やはり親知らずを無理に抜くことはないんだよ。」
と思いました。だから赴任先にいるあいだは、歯医者にいって親知らず抜歯を勧められないように気をつけてました。
ところがですよ、2人目妊娠キャンペーンを開始した直後、なんとな~く左上の奥歯がしみるような気が。小さい鏡を口につっこんで確認したらどうも黒いような・・・。旦那にも確認してもらったら
「黒くなってる。」
というではありませんか。やばい、ここはT市(富山だけど)ではない。でも2人目を妊娠出産するにあたり、この虫歯が悪化するようなことがあれば地獄の1丁目・・・。ちなみに腹に子供がいる間はお腹の子供の体を形成するために母体の体の再生は2の次になり、出産すると今度は母乳で生きていく栄養を子供に与えるため、母親の細胞再生力は落ちます。それと出産後はまだ3時間ごとに寝たり起きたりする子供に合わせて空いてるときに食事したり休息をとったりするので口の中が不衛生になりやすいせいもあると思うけど、やっぱり妊娠出産は歯に悪いです。
家にも職場にも近い建物もきれいな歯医者を予約。一番早くとれる予約は4日後15時30分。速攻予約です。
なぜこんなに慌てるかというと、現在第2子妊娠キャンペーン実施中だから。できれば来年の人事と事業内容と担当が確定する前に妊娠したかったから。夏場は現場の出張もあるので、この秋なんとか結果をだしたいところ。まあ、授かりものなんでね。思う通りにはならないと思うけど、できるだけ職場に迷惑かけたくないし。
そして昨日診察日でした。私と同じくらいの男の先生にみてもらうと、
「左上の親知らずですか?大丈夫ですよ。」
え~、確かに黒かったぞ。
「全然黒くなってないし、穴もあいてませんよ。」
問診の「妊娠している可能性がある。」に○したため、レントゲンは撮影していない。そんなはずはない。確かに黒くなってました。
「鏡で確認したら黒くなってたんですけど。」
「どうやってみたんですか?こんな奥。」
「口に小さい鏡を突っ込みました。」
「それじゃ、カメラで確認してみましょうね。」
最近の歯医者は小型カメラで口のなか撮影して確認してくれる。
画像をみると、やっぱり黒くなっている。
「この黒いのは詰め物の金属です。親知らずはこの奥です。」
な~んだ、虫歯じゃなかったんだ。よかったな~。ちなみに私は奥歯は全部治療済みなので今更虫歯になるところはない。これでこのままトンズラか?妊娠が確定するまではできることが限られるっていってるし。
「とりあえず歯の状態を検査して歯石をとりますか?」
といわれ、まあせっかくなのでとることにした。最初に歯茎の検査。先のとがった道具で歯茎をさして硬さを測定してくれた。うがいをとると出血が・・・。歯科助手(?) の女性が、
「血が出るのは歯茎が炎症を起こしている証拠です。」
測定の結果はパソコン上にです。健康な基準値が赤線で示されていましたが、口の中すべて基準値よりわるかったです。ハハハハ。
「歯を磨くときは歯の下の歯茎のあたりをきちんときれいにしてくださいね。」
ハイ、そうします。私、調子が悪いとよく出血していて、そんなもんなんだなって思っていたのですが、磨き方わるかったんですね。その後上の歯だけ歯石をとりました。
先生に、
「上に乳歯が残ってます。そのままにしておくのはよくないですね。」
といわれました。いえ、別にそのままにする気はなかったのですが、乳歯の下の歯が横向きなのは中学生くらいからしっていたけど、それ以降どの歯医者も
「乳歯残ってますね。」
っていってそれっきりだんったんです。私は抜くなり差し歯にするなりしてもらっても構わなかったですが。ちなみに最近例の実母に、
「歯も今はお金をだせば歯並びきれいにしてもらえるんだってよ。」
っていわれました。でもな~、もう結婚もしたし子供いるんでもういいやってかんじ、とおもったのですが、この乳歯はなんとかなるんならなんとかしてほしいです。先生は、
「とりあえずレントゲンとらないとどの程度の治療になるかわからない。」
っていってました。
そんなわけでまた下の歯の歯石をとりに行きます。
「それまでに妊娠してるか確認してくださいね~。」
っていわれたんだけど、高温期3週間たったかたたないかの微妙な時期です。どうなるかわかりません、とりあえず。

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2005/10/08

麗しの高いピンヒールのパンプス

それはDVD「ベジャール、バレエ、リュミエール」をみている時だった。
しなやかなボディーの女性ダンサーがものすごーく高いヒールのパンプスをはいて美しく踊っていた。
そのとき私は思ったのだ。
「このすごーく高いヒールのパンプスをはけば、この靴に合わせて足も綺麗になるのでは?」
しかし、血行の悪い私は足が痛くなる靴はすぐにはかなくなる。きっと無駄な出費になるに違いないと思いあきらめた。ところがその後もことある事に高いヒールが頭をちらつく。
しかも今シーズンは高いピンヒールのパンプスが出回り、私の購買意欲を刺激する。そこで友人のファッションご意見番のMに
「高いピンヒールのパンプスをはけば美しくなれるだろうか?」
と問いかけた。友人M曰く、
「なりますよ。高いヒールはもちろん足がしまるし、安定の悪いピンヒールは腰もしまり、ちょっと不安定なかんじがセクシーさを倍増よ!」
やはりそうか・・・
「でも子供を抱っこしなきゃいけないときは危険だからやめてね。」
チッ。
東京の近郊都市に住んでいて割と頻繁にこの友人に会っていて、会うときはなるべくきちんとおしゃれしていくようにしていた。だがなかなか上京しなくなった昨今、1人でおしゃれしてでかける機会もない。え?職場?接客が業務に含まれてないからさ~。化粧もファンデーションと口紅のみです。(朝は掃除して洗濯してお弁当まで作るとここまでするのが精一杯さ。)日がな1日パソコン眺めているからコンタクトもしません。
コンタクトといえば、また使い捨てを買ってみました。娘とプール行くときやっぱり眼鏡じゃ不便だし、舞台「電車男」でも一般社会でいけてる人間の第一歩で、ヘアースタイルとともに「眼鏡をコンタクト」ってのがあったし。レーシックはさすがに勇気なくて。
なんかO2あわなかったらしいです。瞬きするたびに黒目の脇に傷ができてそれを直そうとして黒目の脇から充血してしまうそうです。使い捨て、前は夜はずすころには乾いて目に張り付く感じがしたものですが、最近のは良くなってますね。技術の進歩を肌で感じました。研修にももっていていたのですが、いきなり夜でかけるときや終了のとたんに眼鏡はずすといかにも遊び人って感じだなと思って研修所に出入りしている間は使用しなかった私。(自意識過剰;)
それはともかく、はいてみたいな、高いピンヒールのパンプス。

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2005/10/06

ひどいわT^T

それはめずらしくかかってきた実母から電話だった。なんでも旦那の母が私の実家に新米を送ってくれてそのお礼の電話でも実母は
「あの子たちマンションなんか買って大丈夫なんでしょうか?」
といっていたらしく、義母から
「連絡してあげてね。」
と伝言があった。
その実母から電話があった
「マンション買ったのあんたじゃないでしょうね!」

「あんたブもわきまえず自分がほしいんでマンションかったんじゃないでしょうね!」
お母さん、普通に考えて今の私ではそう簡単にローンを組めるはずがありません。夫婦名義だから買えたんです。そりゃー都会のマンション暮らしは憧れだけど、
旦那の実家のそばだから地べた至上主義の旦那がマンション住まいする気になったんです。

おまけですよ!
「そんな無理したんだから、2人目なんか産んじゃだめよ。」

生まれてこの方どんなに私ががんばろうとう娘を馬鹿扱いだったのは仕方がないけど、いいかげん私も35歳です。

ああ、頭が悪いのは百も承知です。それでも日々がんばっているのに、なぜに肉親にここまで信用されずクソミソにいわれなければならないのでしょう。私を知る友人の皆様は、「それじゃ~、しょうがない。」っていうかもしれないけど、生まれてこの方私にだってちょっとはいいとこあったって、一度たりとも私のことはほめたことはないそんな母親です。

そして、賃貸料を払うばかりで何も残らない上、古くて働く主婦にはこの上なく不便な社宅のつらさがあなたにわかるか?(マンションは食器洗浄器はビルトイン、水場は清潔、風呂には洗濯乾燥機能つき。防音もバッチリ。風通しもいい。そして単身赴任になってもどの支社からもおそらく金曜日の晩には帰ってこられる。)引越しだって大変なんだぞ。(引っ越す前の社宅の鍵を返すまで次の社宅の鍵がもらえない。当然先に引越し荷物を送っておくなど不可能)

私も母となり、いろいろと感じることもあり娘なりには母を気遣ってきたつもりですが、今度という今度はできれば2度と顔をみたくないです。でもそれをしてしまうと、また親親の縁の薄い子供が1人増えるから、がまんして娘の大好きなチバじいじの家に連れて行きますがね!

それにしてもひどいわ!

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2005/10/04

研修だった

私のかかわる業種の標準化に関する研修で、月曜日から金曜日まで標準化とか、製品仕様とか勉強してました。久しぶりに1週間まるまる勉強するのはなんだか不思議な気分でしたが、日常から離れて純粋に知識を学べて楽しかったです。日中はそれこそ居眠りもせず一生懸命授業に専念、そして夜の私は・・・。

月曜日
入校コンパ。研修中女性は1人。でも新採のときと違い、野暮なおばさんなので、だれもちやほやしてくれません。まあいいです。タバコで燻製にされ、部屋に帰りファブリーズしました。

火曜日
唯一何もない夜。Kに繰り出しお買い物。着替えが足りなくなりそうなので、ブラウスがほしくてデパートへ。気分は
「丸井フォオーーーッ!」
30代半ばの私「Do familiy」とかでカットソーかっちゃいました。ちなみに研修所の部屋にはポットがないため、飲み物はペットのお茶のみ。コーヒーは朝食をパンにした場合だけについてきて、カップの自販機もなく、カフェイン不足。コジャレた喫茶店でコーヒーとケーキをを食しました。
「会計は1000円フォオーーーーッ!」
リッチなひとときでした。研修所で夕飯を食べているにもかかわらず、ケーキなど食してしまったため、さらに散歩。
「NANA」が読んでみたくて古本屋を探したのですが見つからず、8時すぎに研修所に戻りました。
(以上一部レイザーラモン住谷風にお送りしました)

水曜日
アキバで東京の同期と飲み会。アキバにまともに飲み会できるところがあるんだろうかと思ったら、ありました。駅前の新ヨドバシ8階。なかなかおしゃれな感じの飲食街でした。いろいろあってアキバをでたのが9時20分すぎ。ちなみに研修所には10時30分という門限が・・・。乗り換え駅Kを電車がでたのは10時24分。
最寄駅Hからはダッシュ。研修所の敷地に入ったのが、私の時計で10時半。研修所宿泊施設の自動ドアの入り口に降り立つと
「ガ~~。」
ラッキー、OPEN自動ドア。
私は鍵を持って出かけたのですが、鍵を受付のおじさんに預けた研修生(のおじさん)が、おじさん不在で鍵をもらえず途方にくれてました。

木曜日
早くも終了コンパ。同じ研修を受けていた人のなかに、仙台時代松嶋奈々子似の先輩にアタックしていた人がいて、最後の最後に自爆したことを自白。私の心の声
「ごめん、知ってた。」
先輩に、「自白しました。」とチクリのメールを送っておきました。

金曜日の午前中で無事研修も終わり、皆それぞれの帰路へ、私は友人某の隠密依頼のため某所へ消え、再び富山の地に戻るのは日曜日の夕方のことであった。

続き
帰省→研修の無理がたたったのか、はたまた羽を伸ばしすぎたのか、風邪でまだ出勤していない。とんだヘッポコ職員である。

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2005/09/30

おいしかったぜ!鳥良の唐揚げ

今回は留守中にカードの引き落としができなかったことにかんするごたごた(留守中に振り込みについてのハガキが届いていたらしいが当然読んでいない。)があったり、誤って金曜日に生協を頼んでしまい、電話で次週にしてもらうようお願いしてたのに結局金曜日に届いたりと本当に災難続きでした。土曜日は翌日義母が旅行のため早朝に家を空けるため、マンションで寝ることになりました。
ああ、すばらしき我が家。
ついに都内新築マンションへの野望が果たされる・・・(うっとり)。でも23区でかならず忘れられる某区、(私は「およそS県」とよく馬鹿にしている。そして腐っても23区、子供部屋は1部屋、もし2人目ができたなら、ロフトベットで仲良く半分こ。ひそかに嫁はばーちゃんちに勉強部屋をもらえないかと思たくらんでいる。子供と夫をばーちゃんちに送り込めばそこは私の城・・・。(やだな~、ちょっとらけそう思うだけですよ、ちょっとらけ。大丈夫借金は夫婦で分担なので、離婚はしませんよ、きゃ~やな女)
マンションで一夜をすごしだいぶ回復。5日分の宿泊荷物をもって電車で研修施設にいく気力もでて、是非ともうまいと評判の鳥良の唐揚げが食べたくなりました。が、しかし台風がどんどん東京に接近。でかい荷物をもって雨風にさらされびしょぬれになった後、果たして蒲田・都内K間を移動できるだろうか?
土曜の晩は
「ああ、もうだめかもね。」
と思ってました。
日曜の朝、風はやや強いけど雨は降ってない。
なんか急に涼しくなってました。
でもニュースでは銚子は風雨ですごいことになってました。
それをみた旦那が、
「研修所まで送ってあげるよ。」
といってくれました。
ああ、なんて優しい夫、娘をつれて車で富山に帰らなきゃならないのに。
ちなみに研修所は15時にならないと受付をしてもらえないと事前案内に書かれてました。
実は富山をでるとき研修所まで送るか送らないかでもめました。宅配で荷物を送っておく手はあったのだけど、日曜日から宿泊なので、お泊まりセットを送ってしまって研修所の事務室があかなくて受け取れなかったら困ると思って。(結果的に研修所の宿泊施設に配達されるので、宅配で送っても全く問題はなかった。)
無事楽して研修所についたのが14時半。最悪研修所前に貴重品以外は放置し、時間をつぶそうと思ったら、あっさり受付してもらえました。
それでもってはりまは蒲田で鳥良のおいしい唐揚げを食べたとさ。
絶妙な味付け!
上品な味の鶏肉!
もうサイコーにおいしかったです!

おーばさんありがとう。
辛さが3段階あるのですが、中辛にしてみました。おーばさんのいうように胡椒がきいてました。もっと研修所のそばでもよかったんだけど、あんまり都心に近いと入れないといやだなと思って勝手がわかるおーばさんなわばり
にしました。日曜の晩で会社帰りの人や週末できた人も少ないかとおもったけど、テーブル席はすべてうまっていて、カウンターも残りわずかでした。飲みの人だけじゃなく、ファミリーも多かったです。お店の内装は思った以上に和風のこじゃれた感じですごくよかったです。鳥良の唐揚げを堪能して、店の外にでると外は台風の気配はほとんどない、秋の夜でした。駅のそばでそう思った瞬間、かさを忘れたことに気がつき、あわててとりに戻りました。傘は100円で買ったからいいんだけど、傘立ての鍵をもってきていたのでした。再び駅に戻ると8時。研修施設には門限がありそのまま帰ることにしました。久しぶりの1人の東京は不思議な感じです。採用後の技術研修を受けた研修施設10年ぶりに研修を受けるせいもあるかもしれません。

ああ、思いでの・・・
生まれて初めて東京に住んだ(研修は1週間や2週間ではないので)のはこの研修所でした。今は建物も建て変わり、周囲の風景もだいぶ変わってました。久しぶりに研修所に足を踏み入れた瞬間、少し胸が苦しくなりました。その技術研修で、生まれて初めて自分がいいなと思った人に好意をもたれ、かなり無茶もしました。そして、子供だった私のせいで私を含めて2人しかいない同期の女性との関係がこじれてしまいました。
21歳、初めて自分の苦労が実り希望するところに就職することができたときでした。それまでの私は焦るばかりでちっとも自分の希望する進路にはすすめませんでした。時がたつに従って、あまりの自分の幼稚さにあきれそれでも割り切れない気持ちでいる自分がイヤで、極力新採の頃のことは思い出さないようにしてました。その一方でそのとき出会ってかなり無茶したにも関わらずその人と夫婦になってしまった自分。あれからもう10年以上たち、それなりに仕事もこなしてきたのに、なんだか21歳の社会人としてはまだ真っ白だった自分に戻ってしまった感じです。外見はすっかりおばさんなのにね~。
地域がら大学生や社会人になって間もない感じの人が目に付く。あれから内面はあまり変わっていないけど、こそういう人からみれば、自分達とは違う人間と思われるんだろうな~。

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2005/09/28

今回の一瞬即発な出来事

そんなわけで前半の旦那の実家ではこれといって大事もなく過ごせました。
でも、病気療養中だった義姉の母上が亡くなり、ちょうど通夜に甥が熱を出し義母が看病、亡くなる1ヶ月前は毎週末義姉が母上の看病のため、義兄と甥が義母にお世話になっていて、義母はお疲れの様子。それは仕方ないと思うんだけど、あんまり「大変だ」「疲れてる」を連発されるとなんだかご厄介になってる嫁としては肩身がせまいわけですよ。
自己チューな4歳児が義母に嫌われないように牽制しつつ、義母に気を使い、旦那に気を使い。そこまではよかったのですが、長男の息子として我が儘放題に育てられた甥が日頃自分の家だと思っているばあちゃんちで、娘がおもちゃを使ったりするのに腹をたて、一緒に遊びたい娘に冷たくあたるのはほとほと困りました。
今回とくにあきれたのは、娘がおばあちゃんに買ってもらったままごとセットを甥は自分のもののように使い、
「(娘略称)ちゃんのだから一緒に遊ぼう。」
といっても、自分の思い通りに使えずにぐずりだし、さすがに私も腹がたち
「仲良く遊べないならもう2人ともやめなさい。」
といってかたずけてしまいました。
その日私の実家にいったのですが、娘がいなくなった後ままごとを探し、無いとわかると泣き出したそうです。ままごとはマンションにもってかえってしまいました。以前からおばあちゃんちにあるおもちゃを娘が使おうとすると甥はとりあげていたので、貸してあげようとかいう優しい気持ちはすでにおこりませんでした。結局甥は娘と仲良くする気などなく、娘は自分のなわばりを荒らす存在でしかないのだとちょっと悲しくなりました。
実は義父が亡くなり、かなり年のいった義母は1人になり、義兄もかなりの年齢なので次回義母が体調をくずしたときは大変だろうというのと、本社のある都市まで鉄道が開通したこともあり、旦那の実家のそばのマンションを購入しました。
値段が安い分使い勝手の悪い社宅に住み続けるのもいやだったし、せっかく働いてるのに、いつまでも借家なのもどうかと思ったのもあります。それと実家のそばにすめば、別に面倒をみてほしいとはこれっぽちもないけど、小学校低学年の間はとりあえずおばあちゃんと一緒にいた方が娘も安心だし、年寄りを1人にせずにすむと思ったからです。でも娘が甥を嫌いになるのではないかという不安になり、マンション購入は自分の損得に走りすぎたのかとすら思えてきました。
嫁の私として、いくら甥が悪くても叱るわけにはいきません。娘が怒られたていると自分は悪いことしてないとか、娘ができないことを自分はできると自慢げにいってくると本当に腹がたちます。自分の子供なら、年上のくせに年下の子に優しくできなかったり、できない人のまえで自分の自慢をしたら厳しく叱ります。
義兄夫婦はそんなの全然気にしてないようです。でも義兄の息子に対してそんなことできるはずがありません。
一瞬即発だったのは甥ではないです。自分の実家から戻り、なるべく疲れないよう努力したつもりだったけど、やっぱり再び旦那の実家に戻ってきたときはかなり疲れてました。夕食のとき、娘が食べかけのコロッケを箸でもったまま、
「いらない。」
と言い出しました。一瞬、
「箸から箸に食べ物を渡してはいけない。」
と思ったものの、もう面倒だったので箸で受け取りました。
すると義母に
「それはいけないことだよ。くどくどくど・・・。」
と注意されました。
ものすごく腹がたちました。そんなこと知ってる。でも甥やあなたに気を使って、私はすっかり疲れているのだ。
さんざん義母と甥にきを使ってるのになんでそんな些細なことをそれほどまでにいわれなければならないのか?
とりあえず、
「すいません。」
といいましたが、ものすごくやりきれない気持ちになりました。でもここで腹を立ててわざわざ空気を悪くするのは義父がよくやっていたことと一緒だと思い、なんとか耐えました。がんばってもがんばっても、私の旦那の実家でのやりきれない気持ちは続きます。
帰省が終わると私は東京で研修をうけなければなりませんでした。日曜日は研修所に前泊だけど夕食がなかったので、おーばさんと一緒に食事する約束してました。でも台風は近づいているし、雨のなか5日分の宿泊荷物を持って電車で移動したあと小平から蒲田にはでられないかもと思い始めてました。
気分はもう、
「ああ、この疲れ度合いでは研修に行っても講義なんか頭に入らない。旦那と娘とこのまま富山のお家に帰って自分のにおいのしみついた寝床でぐっすりと眠りたい。」
とブルーになってました。

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2005/09/27

夏休みだったのだ~

我が職場は7月から9月に3日間続けて夏期休暇として夏休みをとれます。子供がいない時は比較的旅費の安い7月の休みと続けて旅行に行ったりしたものですが、実家が遠くなり、ボーナス差し押さえの大出費でお金もなく、9月の連休に合わせて帰省したとさ。
私の実家は両親の実家とは遠い上、縁もプッツリ途絶えているためお盆もお墓参りもなく、エアコン嫌いの実父がリビングにエアコンをいれていないため、実母からは
「真夏の暑い時期は来なくていい。涼しくなってからきなさい。」
と言い渡されてます。一昨年7月に帰省してものすごく暑い思いをしてからは忠実にその言葉に従ってます。旦那の実家は新盆なので、8月のお盆は帰省しません。出費を心配する義母が、「お彼岸にくるならいいから。」といってくれるおかげもあります。
ところが今回の連休は9月17日に娘の保育園の運動会があり、午後から車で富山を出発。
「糸魚川から高速をおりて、長野まで下道を走ると良い」
という職場の上司の情報をもとに、そのとおりいったのですが、ものすごい山道で乗り物に強い私も「もうだめかも・・・。」と思いました。その後高速に乗り直したときの快適さといったらもう、高速ってすばらしい!その山道でタイムロスした上、途中故障車・事故車の渋滞に巻き込まれ、都内に入ったら今度は料金所渋滞。
ああ、早くみんなETCをつけてくれ!というか私は是非我が家の車に搭載してほしいのだか、旦那は難色を示しております。この日の満月はすごく見事でした。中秋の名月だったんですね。そろそろと思っていた非常勤さんが翌日出産しました。

誕生おめでとう!これからの人生がすばらしいものでありますように!
出産見舞いいけなくてとっても残念でした。

実家の帰省ですが、旦那の実家も自分の実家もものすご~く気を使って、ものすごく消耗します。
せっかくの休みなのに、疲れに行っているといっても過言ではありません。
特に正月、仕事始めは心休まらないままの出勤で、
「いいな、専業主婦はいまごろ休息だろうな。」
などと不埒なことを考えてしまったりします。
男は酒飲んで酔っぱらってりゃ~いいんでしょうけどね、女はそうはいかないんですよ。しかも私は年明けとともに出勤なんですよ。昔の女性並の正月の労働を要求されてもね~。でも最近は、実家では極力思考を停止してなすがままになってます。(もちろん両家両親への気配りは忘れない程度に。)もともと人のいう些細な一言についつい「カチンコ。」ときてしまうので、なるべく聞き流すよう努力してきました。最近は義母から一目おかれる存在にまで成長しましたが、やっぱ疲れます。

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2005/09/11

出張でした

今年の現場の出張にいってまいりました。出張1日目の夕方から2日目の朝にかけて大雨が降り。その後も風が強かったり雨が降ったりしましたが、無事終了しました。仕事もしたかったので自前のパソコンを持っていきましたがとうとう1回も立ち上げませんでした。
1日目と2日目は夕食のビールで部屋に帰って爆睡だったため、3日目は調査結果の整理をするのが精一杯でしした。湯沢町~上越南部~糸魚川と範囲が広かったので3日とも宿をかえたせいかもしれません。初日からなんなく腹痛で、時折いやな汗を書きながらの車での調査だったのですが、宿での爆睡がよかったのか、日がたつにつれ調子がよくなってきました。妙高高原のそばにいったりして、地域がよかったせいもあるのかもしれません。初秋の高原は何気なく車から見える風景にとても癒されます。
だいたいこのての出張は民宿を利用するものなのですが、民宿は風呂が共同だったりするので、今回はおもにビジネスに宿泊するつもりだったのですが、初日は希望する値段のビジネスがなく、ロッジ宿泊でした。
100人以上は収容できそうなロッジだったのですが、その日の宿泊は私と同行の上司だけ。風呂は男女あったのですが、さすが2人の客だけあって女風呂は準備されてませんでした。まあ、しょうがないんですが。そのかわり朝も夜もおかずがたっぷりつき、サービスの甘エビまでたのですが、たべられませんでした。朝ごはんなんてお弁当までできそうなくらいおかずがついてました。その上出発のときはアイスまでいただいてしまいました。せっかくたくさんだしてくれたのに、食べられなくてすいませんでした。
苗場スキー場「ロッジ丘」よろしく!
普段はお昼はうどん・そば・ラーメンだったりするのですが、今回はちょうどお昼どきガストにでくわし、ハンバーグ・鶏から・ソーセージのボリュームたっぷりの480円ランチだったり(その前の晩私は定食や鶏からを食べている。)、糸魚川でふつうのお食事処のつもりで入ったお店が実は田舎のごちそうを食べるためのお店で、定食は2000円、ランチの子どんぶりとうどんかそばのセットのどんぶりがぜんぜん子どんぶりじゃなかった上、上司の頼んだ親子丼の鶏がから揚げだったりするボリュームたっぷりのお店。(海老フライも巨大であれは食べてみたいと思った。)私は今回の出張を「上司○○さんと行く満腹の旅」と命名しました、極個人的に。
今回いった上司とは初めて組んだのですが、重いものは常に持ってくれる紳士でした。年齢はかなりいっているので申し訳ないなとおもってしまいました。うちの旦那は腰をやられているので、なんとなく男の人とはいえ、荷物をもってもらうのは申し訳なくて。職場、結構腰やっている人多いんです。ある世代から上はもともと肉体労働だったせいもあり、体は頑丈な人が多いのですが、最近はデスクワークやパソコン仕事の多いせいだと思います。
私の職場では登山道の調査もたまにしていて、私はさすがに担当になったことはないのですが、今回はハイキングコースがあり、往復2時間くらい歩きました。車でゴール地点でまっていてもらえば往復することもなかったのですが、今回計測のための装備に不備があり、2人で往復しちゃいました。それが終わってほっとしたところで新たなハイキングコース発見。例によって2人で1時間半くらいかけて往復しちゃいました。まあ、車で地図チェックしているよりは体にいいのでよいのですが。
今回の宿の友は入浴剤○王のバ×でした。マジで疲れが抜けました。
今回とったデータはまだ解析してません。ああ、無事にとれてますように。

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2005/09/05

ま~たまたおりこうになっちゃったもんな

富山もようやく気持ちのいい風が吹くようになりました。風の盆って秋風が吹き始めるころやるのでしょうか?たびのひと(富山では地元の人ではない人のことをこう呼ぶ)なので詳しいことはわかりませんが。それはそうとまたまた風の盆にいきそびれました。そんな場合じゃないくらい忙しかったです。涼しい風もひととときで、また台風が過ぎれは山からフェーンの熱風がふきつけるわけですが。
ここのところ半端じゃなく忙しかったです。でもそのうちの2つの課題を先週金曜日に仕上げ、明日もう1つの課題である現場の出張が始まり(台風なんだけど今いかないと2度と都合がつかなくていけない可能性が・・・。)ほっと胸をなでおろしたところ、今日になり新たな課題が持ち上がり、地域業界(?)誌の原稿もあり、再来週は夏休み、その次の週は研修と来週も残業決定です。仕方がないので、パソコンもっていって原稿書くことにしました。
最初のころは私の仕事がトロくてこんな大事になったのだと思いがんばったわけですが、今同じグループの人たちは上司から後輩までみんな一杯一杯です。だれ1人として遊んでたわけじゃないし、かなり必死でがんばってるのに。そういう状態が常時続き、私はふと思ったのです。
「これは刊行計画を立てている係長の計画ミスなのではないか?」と。
私の立場は係長と同等といっても、係員も事業も持たないおいしい立場であり、刊行計画に携わる係長よりは立場は下なのでえらそうなことをいえた義理ではない。刊行計画を立てている係長はとてもまじめな人で常に直球勝負だ。今年の刊行の図はかなり内容的に難しい図ばかり。確かにすべての図を滞りなくあげられたら、係長は職場に一目おかれる存在だろう。でも、その成果はグループの人たちがかなり無理をしてがんばった結果だ。もしその係長が出世したら、無理をしなければならない人たちがどんどん増えるのではないだろうか?私はもうスタミナのない肉体と家庭を子供をかかえ、限界まできている。今の係長みたいな人が組織の上にたって、自分とおなじように働くのが当然だといいだしたらと思うと目の前がまっくらになる。
係長自身に周りの人間に大変な思いをさせるつもりがまったくないもは百も承知だ。まじめで一途で一生懸命な人だ。責めるつもはない。でも、
仕事ができるって、できるだけ楽をして組織の上部が納得する成果をあげることなんだな
って気がつきました。大変なのはまだまだ続くけど、大変な時ほど学ぶことも多いものです。

それにしても、ここのところ現場台風女です。昨年金沢に出張したときは、新湊の公園で公開されている訓練船海王丸が流されてしまったあの台風がやってきました。明日から湯沢・上越、どうなることやら。(注:現場といっても車にアンテナつけてGPSデータを取得するのが主な仕事なので、ちょっとした雨風なら大丈夫。川が氾濫したり、山が崩れたりしければね。^^;)

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2005/08/28

地獄だ、まるで地獄だ!

ブログ更新がとだえてました。別に限りなく黒に近いブルーだったとかそういうわけではなかったんですよ。いや、ブルーだったのか?
普段はバリバリと仕事をかたずけているとパッとブログネタなんか浮かんだりするのですが、ここ数週間マジそれどころではありませんでした。ブログを書くと優秀な後輩の悪口とか、被害妄想ネタとかウェットにたっぷり書いてしまいそうなので控えたのもあります。
ことの起こりは8月中旬までにはあがるはずの図面。私、神経が粗いためある時期から図に関わる部署からは遠ざかろうとおもいました。年数が上がると当然人の図面の点検とかをするわけですが、いくら注意しても自分の図面のミスがなくならないのに、人の図面の点検なんてめっそうもないと思ったからです。にもかかわらず、現在出先の図面を担当しなければならない仕事をしていたりします。メインではないんだけど補助的な感じで。私のときはそういう部署の係員は高卒の人が担当していたものですが、最近は院卒の係員がやっていたりします。私の職場の係員はお勉強もできる上神経も細かく、図面の粗探しもとい点検が非常に上手な人です。
8月中旬までの図面はそのまま刊行予定で、刊行前の処理はその係員がやっていて、そのときの点検で直しをくらいました。まあ図の内容も混んでいたので、純粋に私が間違っていたわけでない直しがあったのですが、1つ非常に致命的で非常に内容の多い直しがありました。正直、
「確かに間違ってる。でもこれを直していたら予定の締め切りには間に合わない。しかも9月に現場と図面の締め切りがあって仕事はおしてる。」
と思いましたが、直しました。仕事ですから。でも、その直しを私が勘違いして、一度時間をかけて直したものをもう1度やり直すことになってしまいました。係員の指示が甘かったせいもあるのですが、それは経験年数のいった私が文句をいうところではなく、さすがに笑顔は作れず、顔をひきつらせつつまた時間をかけて直しました。言い訳をするなら、私がやっていたこととデータの形式が変わり、しばらく図面から離れていた私には分からない間違いでした。私が配属になった直後、図面が紙からデジタルに変わり、さらに私が図面の部署からはなれているうちデータ形式の変更がありました。再び刊行用の処理をお願いすると、更なる山のような直しが・・・。
そりゃーもうショックですよ。一応経験年数があるのに、後輩である係員に大量の直しをつけられ、締め切りはもうすぐそこ。
結局締め切りは少し延び、直しをつけられたのも純粋に私のミスではないところがほとんどだったとはいえ、編集中に気がつかなかったということには変わりなく・・・。内容が多くてとにかく時間のかかる図面で、なるべく早くけりをつけたかったのですが、とにかく時間がかかり、ちぎってもちぎっても終わらず・・・。直す方法はごく単純でひたすら線とか記号を入力していくのですが、1日それをやっていると飽きてしまい、普段は適当に息を抜きながらやるのですが、今回は息を抜いてる時間もおしくかったです。普段にないほど集中し続けなきゃいけないから、体もボロボロです。なんとか目星がついたものの、週明けもあと少しやらなければなりません。その後も押してます。
ああ、どうなる9月の私。

× × ×
ものすごい過去をすごく鮮明に覚えていて、そのとき一緒にすごした友達にすごく驚かれることが良くある。ちょっと前はそんなに気にしてなかったけど、最近それだけ自分の時間か充実してないってことかなと真剣に悩んだりする。
仕事は単調で新しい人間関係は作りにくい環境だと思う。独身のときはそれでも、それを打開すべく無理にいろいろスケジュールをつめてみたりもしたけど、最近それをすると仕事とか家庭とかに支障がでる。無理に動き回ると体へのダメージがものすごく大きい。
今はなんとかうまく自分の仕事をこなして、家を掃除して、食事を準備してそれだけ考えていると明日に備えてなければいけない、そんな感じだ。収入がものすごくあるかというとそういうわけでもなく、今回も大きな買い物をするのにものすごく大変だった。高い収入を期待できるほどの仕事をしているかというと、それほどの能力もなく成果も上がっているわけではないから仕方がないのだけど。それにしても、「私の働いているってことは私の我侭?」と落ち込んでしまったりもします。
そんなウェットな毎日です。

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2005/08/13

ママだけが夏休み5

終演後
050807_1550001とりあえずお茶しました。ホールと同じ3階にあるカフェに入ったら、意外なことに中国茶がおいてあった。久しぶりに中からお花のでてくるジャスミンティーを飲んだ。ケーキもおいしかったです。オシャレな空間で美味しいものを食べるのは大変癒されます。最近は「金なら払う(少しなら)きれいなところで美味しいもの食べさせておくれ。」なのである。歳をとったせいでしょうか。今度1人で時間があるときにぶらぶらしにこようと思った。
その後西口にもどり、京王で夏のバーゲンあさり。通勤用の服をたんとかったとさ。それからリフレクソロジーを受け、釜飯をたべ、新宿を後にしたのは9時すぎだったでしょうか。友人には着物で買い物につきあってくれた上、いろいろ話を聞いてもらった。

楽しいことばかりの1日だった。

その日1日娘は・・・
例によってプールではしゃいでいた模様です

帰宅
翌日は例によって漢方薬をもらい、韓国人のやっている韓国料理屋さんでプルコギ定食を食べ友人と別れ、おーばさんに会った。コージーコーナーで久しぶりにパフェを食べた。美味しかったし楽しかった。
空港で職場のお土産にマカロンをかった。最近のマカロンはオシャレで上品な味のする食べ物なのですね。それと娘とくるとき約束したチョコを探すがなかなかちょうどいいのがない。結局横浜ランドマークタワーのチョコを買った。横浜なんていってないのに。コージーで買えばよかった・・・。羽田空港に行き搭乗口で待っていると、
「雷雲発生につき、小松に着陸か羽田に戻るかも・・・」
というアナウンス。
まじっすか?
結果的には無事富山空港につきました。パパと娘が迎えに来てくれました。(というか「迎えに来て」とお願いした。)娘の最初の一言は、「チョコは?」でした。ほんの数日なのにおしゃべりが人並みになってました。(マジで)
この日は自宅は天然ガスのための部品交換のためガスが使えず、料理もお風呂もできないのでファボーレに行きました。
最近シャワーなので久しぶりに風呂に浸かると疲れたとれるのがよくわかりました。

翌日は肉体的疲労とはうらはらに、久しぶりに精神的ストレスの全くないすがすがしい1日でした。でも2日ともたず、日に日にぐったりしていくのでした。週の半ばには「何かうまいものを食べさせてくれ~。」とうなっていました。今週終わる頃には精神的にもやばい状態です。すべてがマイナスに感じられてしまいます。一番精神的にやばいのは私なのかもしれません。「自分がうつ病かもって思っているうちはうつ病じゃない。」と信じてなんとかがんばってます。

忙しいのに遊んでくれたお友達たちに感謝してます。ありがとね~。

今回の外出先タバコの煙チェックbyはりま
ワースト1
紀伊国屋の地下街のロッテリア
さすがの私も煙かった。

西口プロント
一応喫煙禁煙わかれているが、お昼は禁煙の方が込んでいた。
禁煙席でもややタバコくささを感じる。

小姐颱風 新宿住友ビル店
煙はほとんど感じなかった。すいていたせいかもしれない。

尚、一緒に劇をみた友人といる間は友人が愛煙家のためよくわからず。
新宿パークタワー3階カフェならびに京王デパート釜飯やは喫煙可でした。


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ママだけが夏休み3

新宿パークタワーへの道のり
観劇は日曜日1時からだった。西口からパークタワーまでかなり歩いた。荷物はおおかたロッカーにおいてきたものの、買った本が重くてつらかった。開場の12時半より少し前についた。ものすごく高いビルだった。050807_1222001おしゃれな家具とか雑貨の売り場やカフェなんかがありおまけにコインロッカーも空いていて、
「最初からこっちに来るんだった。」
と少し後悔。まあ本もほしかったらからいいけど。ホールのある3階のお手洗いはすでに混んでいて4階にまわった。4階もおしゃれな感じの家具や雑貨が売られていた。お手洗いもすごくおしゃれ。そして個室がベビーカーも入れそうな広さ。(一番端だけなのかな?)上りはエスカレーターを利用したけど、お手洗いのスペースからホールのそばのCONRAN Villaまで階段で行けた。CONRAN Villaはリゾートみたいなスペースだった。
お手洗いから戻るとすでに開場していて、着物の人がいた。
「い~な~、夏の着物もってるんだ~。」
と思ったらその人は一緒に観劇する友人でした。

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2005/08/12

ママだけが夏休み2

ぶらり新宿
一緒に宿泊していた友人(♀だ)宅で緊急事態につき、友人は早めに帰宅することになった。荷物の多い私は真夏の新宿重い荷物とともに歩くのは耐えられないと思い、新宿駅のコインロッカーに置いていくことにした。
劇場は新宿パークタワーで都庁のそば、初めて行くところでコインロッカーがあるかどうか自身がなかったため、新宿駅まで戻った。1人になったので、久しぶりに紀伊国屋にいってみた。今ちょっと気になる資格試験があり、そのための資料収集もしたかった。無事ほしかった本も手に入り、紀伊国屋の1階のアーケード(?)の宝塚ショップで足をとめる。昔すきだったトップスターのDVDかビデオがないか聞いてみたのだが、震災より前のスターさんのものはないそうです。がっかり。同じ並びに化石とか鉱物を売っているお店もあって、オパール化したアンモナイトも売ってました。前にテレビで見て「ほしい!」とおもったのだが、日本でも売ってるんだ。金額は半端じゃなかったです。いつかは手に入れたいです。
そうこうするうち11時になり、東口から西口に移動開始。この日のため、数年前披露宴出席用に買ったもののほとんど履いていたかった白いパンプスを履いてきていた。見た目はすごくいいけど足が痛い。土曜日から歩きどうしで日曜の朝にはそれまで余裕のあった靴がきつくなってきた。連絡通路の途中にあったリフレクソロジーのお店に入ろうと思ったのだが、次の予約は12時40分からといわれあきらめる。足の痛みをこらえつつ新宿パークタワーを目指すことにした。西口にでたところでプロントをみつけ、まだすいていたのでお昼ご飯をたべることにした。パスタにするかパンにするか迷ったけどサンドイッチにした。
のんびりと1人で本屋を巡ったりお茶したり、「私だけの夏休みだな~」と思った。夫もいて子供もいて家庭と両立できる環境の仕事もあって、我が儘なのかもしれないけど、最近常に抱えている疲労感が少しずつ抜けていく感じがした。親しい友達と会うことでとても癒されるが、最近みんな何かと忙しく昔友達だったというだけで自分のために時間をとってもらうことに気兼ねを感じる。私は新しい友達を作るのが苦手だし友達も少ないので、ついつい数少ない旧友を頼ってしまい、かえって友達にうっとうしく思われているんじゃないかと思う今日この頃だ。1人でもがんばれる気概を持とうと思うのだけど、なかなかその境地にたどりつけない。前よりは少しましになったと思う。富山では同じ職場にいる女性に対してはつきあいが浅いこともあり、一緒にいるとついつい必要以上に気を遣ってしまう。お互いを取り巻く環境があまりに違いすぎて仕事をこなした上で言葉に気をつけて会話するくらいだったら1人でぼんやりしたいと思ってしまう。仕事と家事と子供のことをやっていると、新しい知人を増やすための努力をするくらいだったら精神的に病まないための休息をとらなければという感じだ。そんなナマケモノの私に友達作る権利なんかないな、って今気がついた。
仕事にも家庭ににもこの上なく恵まれているはずなのに、やらなければいけないことに押しつぶされそうな気持ちになる。旦那は「休めばいい。」といってくれるけど、身近にいるとなんとなく落ち着かない。東京と富山ほど距離があれば気にならない。1人は苦痛かなと思ったけど、以外とそうでもないなと感じた。我が儘なのはよ~くわかっているのだけど・・・。

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2005/08/10

ママだけが夏休み1

シティーホテルはすばらしい!
演劇「電車男」を観るため上京しました。
娘と旦那はお留守番です。せっかく上京するので会える友達には会い倒します。土曜日は中学時代からの友人と都庁そばのシティーホテルでお泊まりしました。シティーホテルは素敵です。何しろ寝心地がちがう。仕事で使うビジネスよりよく眠れます。宿泊施設の寝心地とバスルームの快適さは値段に比例します。最上階ラウンジがありました。世の中にはこういうホテルに連れ込まれてしまう人もいるんですね。うらやましい・・・(?)あ、エッチホテルも連れ込まれたことはございません、念のため。
東京に降り立ったのは11時ごろ、ビックバードのKIHATIでランチをたべ、日本橋三越をぶらぶらして新宿に向いました。KIHATIってレストランもあったんですね。私はてっきり洋菓子なのかと・・・。しかもそのお菓子をいただいたとき、当時住んでたT市Fの焼き菓子の方がおいしい気がするとか思ってしまったりして・・・。かなりの数のワインがおいてあってゴージャスなレストランでした。結構なお値段でしたがおいしかったです。今度は夜いってみたいです。
日本橋三越のカルチャーで、わたしが買ったバレエワークアウトの本の先生がバレエワークアウト教えてました。それと本物のガレとか売っていて・・・いいないいな東京っていいな、お金持ちっていいな。新宿では初めて都庁の展望台に行きました。展望台のフロアには博品館がありました。博品館ってみやげものやさんだったんですね。
私は博品館ホールのほうが印象にあります。それからやっぱり高層ビルの1つのカジュアルな感じの中華料理やさんに入ったら、窓に面したカウンター席に案内されました。新宿の夜景がみえるのはもとより、なんと花火までみちゃいました。どこの花火だったんだろう?その日1日存分に友人と家族のこと仕事のこと近況なんかをおしゃべりした。

そのとき娘は・・・
午後は初バレエ教室。どうやらスキップができなかったらしい。その後おまつりのよさこいを見て、
「踊りたい!」といって騒いでいたらしい。

ママだけが夏休み2」に続く

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2005/05/27

ビジホのときは忘れずに〜番外編

今回はパックもあります。友人の韓国みやげです。バラの香りがしてリラックス。え、出張先でなにしてんだ?家庭を忘れてリラックス・・・ではなく仕事です。050526_2324001.jpg

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ビジホのときは忘れずに3

そして忘れられないのがこれ、バブルバスと入浴剤。最初はバブルバスだとユニットバスでも洗いながらお湯につかれると愛用していたのですが、歳とともに疲労がひどくなり最近は入浴剤を愛用してます。紫のがバブルバス、グリーンがバスソルト。050526_2254001.jpg

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2005/05/26

ビジホのときは忘れずに2

今日は友達にもらったフットケア用ローション使用。足湯用のローションとクリームがついてます。050526_2301001.jpg

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ビジホのときは忘れずに1

100円ショップで買った携帯足湯グッズです。空気でふくらませます。冷え症のせいで足がすぐ冷たくなるので寒いとつらいです。ヒールの靴も日頃は体調が悪くなるので滅多ににはきませんがスーツで出張のときはパンプスです。そこでほしかったのがこれ。でもいつか惨事が起きそうな予感。050526_2303001.jpg

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駅前からハッピーバースデー

夕方のニュースでその日お誕生日の子供達が生出演のコーナーらしいです。ADさんによる前説中。お天気コーナーにも出演するらしい。050526_1837001.jpg

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F県庁は

城跡に建っている。増築できないのでは?増えない方が公費節減?050526_1423001.jpg

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F県に出張

早めにきてゆっくりおいしいものでも食べてようと思っていたのに、今私はVIE DE FRANCE(パン屋)にいます。新幹線のりいれのために改装したわりには食べるところがないゾ(;_;)。土地かんがないせいか?宿でブログ整理しようとモバイルパソコンを一式もってきたのに充電忘れました。滅多にしないことなので。画像は尊敬するカリスマ主婦の新作です。本気でアフィリエイトするわけでよんでいるのではないのですが、アフィリエイトのしくみと今後に興味あります。そして著者の人間としてのポリシーがとても好きです。(自分と同じかどうかはともかく)時間までゆっくり読みます。050526_1135001.jpg

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2005/05/24

恥ずかしながら・・・

「キスイヤ」ってみてますか?日本中の想像を絶する恋人達がでるあの番組です。昨日ちょっとそれでていたカップルみて激しく自分が恥ずかしくなりへこんでしまいました。
そのカップルというのが彼氏は信州大現役合格、彼女が信州大浪人中で、もし翌年合格しなかったら別れるという約束をしてました。結局彼女は不合格で彼氏と別れ2浪めに突入というオチでした。彼氏は1浪不合格が判明した直後の話し合いで、
「自分を待たせておいてだらだらするばっかりで、まったくやる気がかんじられなかった。」
ということで本当に別れてしまいました。
その話し合いのときに、彼女の方は、
「私のがんばりは認めてくれない。あなたは私がやってないとせめるばかりだった。」
といいわけばかりでした。
なんか大学受験失敗したときの自分もあんなふうだったんだろうな~と思うともう恥ずかしくて消えてしまいたくなりました。
それから数年は
「自分はあれだけがんばったのに。」
と思い続けた自分にさらに恥ずかしさ倍増、いっそ切腹してしまおうかと思いました。
彼女は夢があるそうでそのために2浪するそうです。でもやっぱり彼女の1浪中の自分に対する甘えに気づけなければ合格できないんじゃないかなと思います。
私自身は当時かなり死ぬ気でがんばった気でいましたが、当時の私を知る人達は今の私と同じように感じただろうなと思いました。彼女は私と同じ負け犬回路の持ち主だと思います。でも幸いなことに私には「がんばってね。」と優しい声をかけてくれる人もいて、それでさらにやる気を起こしたというのもあります。おかげで、当時の私にしては「よく勉強した。」という自負はあります。でもそのがんばりが希望の大学に合格するという結果に直接的につながらなかったのはやっぱり腑に落ちないという気持ちはずっとひきづってました。自分の不合格の理由が15年以上たってようやくわかった次第です。
周りに甘やかされる環境で育ち、簡単には受け入れられない厳しさを知らずに育つと、その厳しさに立ち向かっていく強さがもてないのだとも感じました。娘は人生の困難に冷静に立ち向かっていけるように、かわいがりつつも厳しさを忘れずに育てようと思いました。


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2005/05/22

パパは仕事

ママは植物園にいってみたかったのですが天気が悪くなりそうだったので温泉でも行こうかなと思っていたら、昨日夕方Aショッピングセンターのキャラカートにその日買ったパジャマをかけっぱなしにして置き忘れ、今日朝一でサービスカウンターへ。パジャマは無事確保。そのまま例の有料子供遊び場へ。050522_0957001.jpg

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2005/05/19

出張@I県某所

出張中です。今日は作業着ではなくスーツです。お昼に食べたカレーがやや重かったので、2階から19階まで階段て゛のぼってみました。いい汗かけました。午後面談中スイマーがやってくるかもしれません。050519_1223001.jpg

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2005/04/26

ゴールデンウィーク

4月29日から5月6日まで両実家を巡ります。もちろん自由行動などなくずっと実家の両親につき合います。小見川の方は多少時間があるかもしれませんが、4,5しかいないし食事は両親とともにとります。残りの休みを旦那の実家で過ごすと聞いた私の実母の一言
「あんたそんなに長いこといて迷惑じゃないの?」
母さん、旦那の実家で羽のばせるわけないでしょ?私も嫁としてがんばってるわけですよ。私だって家族3人、家でぼんやりしたりどっかいったりしたいよ。平日は私だって仕事してるんだから。自分の実母とは愚痴が言えるほど親密ではないのでブログで愚痴ってみたりして。

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2005/04/22

少女A事件簿

トイレでママがちょっとめを離したスキに扉をしめて鍵をかけてでられなくなり、泣いてました。コインで外側から開けてあげたら、「ママがいなくなるのが悪い(ToT)」といって号泣してました。ヘラヘラふざけてるのが悪いんじゃ。パパは今日出張から帰ってきます。

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2005/04/20

お誕生日おめでとう!

4月20日、ヒトラーと同じ日に生まれました。
仲のいい友達も4月生まれが多いです。
中学時代一緒に老人ホームに入ろうと誓いあった友人も4月生まれ、仙台でとても親切にしてもらった叶妹似の先輩も4月生まれ。最近お兄様になった某氏も4月生まれだし、憧れのTお姉さまも4月生まれ。

皆さんおめでとう!

なんとなく自分からそんなこというのは気がひけるし、さりとて人から祝われるとなんとなく申し訳ないようなはずかしいような身のおきどころのない気持ちになります。例年そのころ旦那は本社で年度始めの会議だったりするし、しかも富山にきてからは4月末締めの仕事を抱えており特に今年は昨年度から遅れているぶんと今年度から新たに始まる仕事などもあり気持ち的にとても祝う余裕はないです。
自分の両親が子供の誕生日はちゃんと祝うけど自分の誕生日はないがしろなタイプだったために、なんとなく誕生日という行事がないがしろなんだと思います。逆に旦那の実家そういうのはきっちりおさえる家庭で、そういうところにも惹かれて一緒になろうと思いました。そして、自分の幼少時代から常に孤独感にさいなまされるのはそういうところが原因なのではないかと思い、結婚してからはちゃんと父母のお誕生日にお祝いをするようにしてます。でも九州人の両親にあまり使わないものをプレゼントするとはっきりそういわれるし、あんまり高いものをプレゼントするとそれはそれでまた恐縮されるし、もともと心の距離が遠い家族なのでほしい物とかもよくわからない。最近は孫にぞっこんなので、娘の写真付きの誕生日カードを送ってます。これなら品物がご期待にそえなくても大丈夫。自分の実家も旦那の実家も娘が生まれてからとてもつきあいが楽になりました。その分私生活も大変になったけどね。
「生まれたことに感謝」というところまではいかないけれど、「明日までの命」といわれれば、「できればまだまだ生きていたい。」と思ってしまうのはやっぱり生まれてきてよかったということかな?娘には生まれてきたことに心から感謝できる人間に育ってほしいです。

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2005/04/19

見たい火曜フジ9時10時

「離婚弁護士」以前はちっとも興味なかったけどおもしろそう。その後の稲森いずみのドラマもおもしろそう。でも地球の未来と我々の老後を支える子供のために寝ます。え?タイマー録画?だって旦那がいないから面倒だし・・・。ではおやすみなさい。(-_-)zzz(-_-)zzz。

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2005/04/15

病休3日目

「病休をなくす」これは富山に転勤して以来の私の目標であった。真剣にダイエット初めて以来、「私このまま死ぬんじゃないだろうか?」という謎の体調是不調は減りつつあるものの、やはりちょっと調子がいいな~って思っているとがくっとくる。今回はもしこの土日寝たきりになれるのなら出勤していたと思うが、土日どうしても行かなければならぬところがあり念のため休んだ。しかも私だけ。
大腸ポリープ出血事件いらいようやく本調子の旦那は昨日からまた体調が悪そうだ。どうも引き金は娘がおなかを壊していた時のあの風邪らしい。娘は熱も出さず、週末が近づくと機嫌が悪かったりしたが元気だった。
娘はこの4月から赤ちゃんクラスから幼児クラスになった。この保育園は幼児クラスになると年齢別の活動の他、縦割りのクラスでの活動が毎日ある。新しいクラスになってしばらくははりきっていたけどさすがに疲れがでたのだろう。
私は全然自覚がないまま、急にがくっときた。きっかけは前述のとおり1本の缶酎ハイ。でもつらつら考えるに、まあいろいろと心あたりがあった。まず3月、自分が自覚している以上にしんどかったのだろう。そしてこの4月、自分の直接の上司2人と非常勤さん4人中3人が変わった。同期女性は2人だけ、しかも同じ仕事を女性としたことがない私にとって、職場の女性関係とはただならぬことだ。
女性はほとんどの場合3年雇用の非常勤さんで、過去同じ部屋で働いていて同じくらいの女性と一緒になったのは仙台にいたときだけだ。仙台にいたときの女性職員さんは性格も明るくて非常に人懐こい人だったため、常勤さんも非常勤さんも一緒にお昼を食べていたりしたのだが、私はとにかく人と一緒にいるときはものすごく気をはっていなければならないし、女性3人以上集まれば必ずだれかの噂話にになるわけじゃないですか、職員とか職場の悪口になったときに瞬時に対処できないんですよ。3年で終わりの方はいいけど、私は一応「やめろ」といわれるまで勤めたいわけで・・・。それと職員として一緒に仕事に関わる人はみんな異性で、たまに「それは女性として支持できないと思う。」出来事も多々あり、お昼休みくらいは1人でぼんやりして神経の緊張をすこしでもほぐしたいわけですよ。勤続かれこれ10年以上たちそんなことでつまづいてるなよって感じですがね。そんなの気にしないくらい仕事の成果があがってればいいんだけど、「トホホ。」な感じだし。
実は今も昨年職場で数々の緊急事態が発生し、ペーペーの私はその渦中に巻き込まれて責任問題に発展したなんてことはなかったにしても、地味~にあおりをうけて個人の作業がかな~り遅れてます。本当は3日も休んでる場合じゃないんだけどね。でも今週月・火とそう思って調子が悪いのを気のせいにしていったらひどくなっちゃったし。
最近体調が悪くなると無理をしないで家事も育児も旦那にまかせっきりにするの疲労のせいか旦那も風邪がうつったみたいでつらそうだけど、ごめん、悪いけど休養とって家空けます。
我職場、順調に人員削減が進んでてもはや定常業務を維持できないくらい人手がないんじゃないかと思います。
そんななかで、子持ちでスタミナなししかもとりたてて才能のない働く女性の私の肩身のせまさったらないです。
職場のおなじグループの皆様、自覚して努力してます。迷惑かけてごめんなさい。
もうちょっと体調回復したらまっとうな生活させるからね、娘よどうか許してくれ。
旦那?大人でしょ、悪いんだけど自分のことだけは自分でやってください。そのかわり愛がほしいとか、お金がほしいとかはいわないから。

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2005/04/14

ダスマスクローズと・・・

ダスマスクローズと・・・

植え買える前にからしたユーカリ苗です。最近ホームセンターに行かなくなったので滅多にガーデニングの衝動買いをしなくなったのですが、生協でついつい買って闇に葬ってしまうだめな私。バラ苗も生協でかってしまいました。娘が産まれる前も育てていたのですが、産後1ヶ月実家にかえって戻ってきたら枯れてました。その後も子供で植物の面倒までは見てられないのですがやはり身近に植物の気配がほしく、鉢植えをみかけるたびに後ろ髪ひかれるのでした。

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カランコエ咲いた

カランコエ咲いた

冬についた蕾がようやく咲きました。おとといグレープフルーツ味の缶酎ハイを飲んで気分が悪くなり夜中頭と喉の痛みでうなされました。(別に飲んで熱く語ったわけではない)昨日は寝たきり、今日はちょっとなら動けるし天気もいいので洗濯だけしました。カランコエがあんまりきれいに咲いてるのでぶろぐにアップ。でもパソコン立ち上げる元気はなく、モブログです。

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2005/04/12

新種のサクラ

新種のサクラ

ではなく、あじさいの新芽に落ちたサクラがのってました。やらせ画像ではありません。

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今日のサクラ

今日のサクラ

今日はいたち川ぞいに歩いてみました。花が大分おちてました。なんか疲れがとれないしストレスフルな感じです。最近ろくに体も動かしてないのでヤケ食いもできないので散歩でストレスを発散させるつもりがコンビニでストレス買いしてしまいました。意味なし。

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2005/04/11

松川のサクラ2

松川のサクラ2

携帯で写真とっている人がたくさんいます。

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満開です

満開です

富山の桜の名所松川べりです。この土日はチンドンコンクールもあって絶好の行楽日和だったのですが、私は風邪で家から一歩もでられませんでした。昨日までは暖かくていいお天気でしたが今日は花曇り&花冷えです。

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2005/04/08

部屋でも咲いた

部屋でも咲いた

先週義母と桜の名所でもある呉羽山を散歩しました。4月になると強い風が吹くことが多いせいか、それとも誰かがわざと折ったのかつぼみのついた桜の小枝がおちてました。いけておけば咲くかなと思って持ち帰って空き瓶にいけて4日目ついに咲きました。富山は今日開花宣言です。外のことはわからないはずなのに不思議だな〜。

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2005/04/05

親孝行旅行

旦那の義母と奥飛騨温泉と高山に行って来ました。提案されたときは、「別にいいか。」ってかんじでしたが、直前ちょっと(T^T)って感じになってましたが、義父がなくなってからなんだかんだいってやっぱり弱気になった義母が、富山駅に迎えにいったとき開口一番、
「電車、すごく楽しかったわ~。」
という久々にきくはしゃいだ明るい声と、ふだん甥のテリトリーでなかなか甘えられない娘が心おきなくバアバに甘えて大喜びする姿をみると、「むやみに切れなくてよかった。」と思うのでした。私は旦那と義母の会話にでしゃばらずに笑ってうなずいていればあとは娘の世話だけしてればいいわけで、娘はバアバがかわいがってくれるので楽なわけです。やはり子供と老人のコンビネーションは抜群です。
出勤していないせいもあり、お肌のコンディションもよくなったのですが、今日は精神的に無気力になってしまい仕事に手がつきません。言いたいことがいえないのは結構つかれます。
別に義母がかえったところでいえるわけでなく、私の心の奥に詰め込んだ暗雲が時間とともに消えるのをじっと待つばかりです。

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2005/03/30

娘は寝てしまいました

夕方娘を迎えに行くと保育士さんに「お腹が痛いって言ってます。」といわれました。べビーカーで帰宅したら娘はベビーカーで寝てました。家に着いても起きません。これはラッキーです。まずはお昼の散歩で買った、ポテチをバリバリ。そういえば昨日薬を注文したおり、「人は疲れをごまかすのに体に悪いものを口にしたくなる、そういうときこそちゃんと栄養になるもの食べてね。」と注意されたばかりだ。というわけでいよかんも食べる。後で夕食もたべるつもりだったけど娘は起きそうもないしもういいや。お腹すいたらきなこ牛乳でも飲もう。せっかくのチャンスなのでミシンを出して保育園に持っていく歯ブラシとコップの袋と大きい台ふき縫いました。あとは小さいの4枚です。袋はみんな同じ形のつもりだったのに全部違う。いきなり切って縫ったからな。娘は咳こんでます。ママのテンパリのせいでいいかげん疲れたのでしょう。明日熱だせば休めるな、仕事はてんこもりだけど。不謹慎このうえない私。050330_2221001.jpg

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2005/02/19

ママどらいばー復活

今日パパは職場のレクスキーです。去年は一緒に行って遊びましたが今年は娘の動きも大きくなりまだ制御不能で気を使いそうなのでパパに存分にすべってきてもらうことにしました。天気悪いです(^^;)。APTショッピングセンターで娘を遊ばして買い物して帰ります。050219_1047001.jpg

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2005/02/02

T県の雪4

やみました。融雪や雪かきしない場所はこんなに積もってます。050202_1253001.jpg

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T県の雪3

今朝もすごい雪です。お昼現在も粉雪がどんどん降ってます。今朝は職場の雪かきがあり早めに出勤なので一家で家をでました。050202_0803001.jpg

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2005/02/01

衝動買い

このブログを親愛なるたまきお姉さまとシモネタブログ呼ばわりされてしまった可愛そうなお兄様に捧げる
ちょっとこのところへこんでいた。でもそんなときに限って仕事も忙しく誠心誠意がんばったわりにへタレな結果で心底落ち込んだ。(でも原因の一部はへタレな私だけでなく、へタレな上司にもあったと思うの。)
で、衝動買いをした。
050201_2021001別にこれで最近育児に疲れてさっさと寝てしまう旦那を誘惑しようとか考えていたわけではないです。富山の駅ビルに私が「派手派手下着や」とよぶいかにもな下着のお店が入っている。そこにクリスマスの頃」、赤と黒のカルメンを思い浮かべるようなネグリジェ(ですよね。)が下がっていた。
「いーやねー、若い連中はあれ着てプレゼントはわ、た、しとかいうんだろね~。」
と冷めた視線をなげかけていた・・・はずだった。
しかし、ときともに、
「ああ、とりあえず独身のうちにああいうのを一度ためしにきてみるべきだった。」(注:それで男を誘惑するのではなくあくまで自己満足のためです。)
と思うようになり、ついに旦那に問いかけた。
「あのふりふりネグリジェを私が着たらどう思う?」
旦那「別にいいんじゃないの?」
「本当にそう思う?」
旦那「そんなに気になるなら買えばいいじゃん。」
そうこうするうち、クリスマスも終わり、そのネグリジェは姿を消した。
が、復活したのだ再び!
そして私はまた聞いたのだ、
「ねえ、あのふりふりネグリジェどう思う?」
旦那「もういいから買いなさい。」
「でも、もう少し考える。」
その日私は非常勤さんとともに「オペラ座の怪人」を観た。するとどうだろうヒロインクリスティーヌが白のレースふりふりのネグリジェを着小船で怪人の住みかに導かれている。その画をみて私は決意した。
「来週買いに行く。」
そして、今日職場に行きさんざんな目にあった仕事は上司のあほなダメだしの後完結し、その仕事のため適当にやっておいた仕事はやっぱり粗だらけで取引先にダメだしされ、すっかりへこんだ勢いでふりふりネグリジェを買ったとさ。
でも大雪の富山じゃ冷え性の私はしばらく着られないな~。

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T県の雪2

川のわきの柵に積もった雪です。30cmから40cm位積もってます。050201_1806001.jpg

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T県の大雪

細かいけど昨日からずっと雪が降り続いてます。明日は職場の雪かきです。大変そう(-""-;)。050201_0818001.jpg

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2005/01/23

ココログ新年会に参加しました

友人Wに誘われて、1月22日お台場TFTホールで行われたココログ新年会に参加しました。とはいうものの、トラックバックの使い方もいまいちよくわかっていないいーかげんユーザの私がいってどうなるのだろうと思ったのですが、
コンテスト授賞式ではココログに関する参考になるお話がたくさん聞けました。
トークショーも室井佑月の機転のきいたトークと、見た目だけでなく性格もかわいい吉井怜さんに魅了されました。
花田さんはさすがプロの編集者らしいアドバイスで、文章を書く上で考えさせられることがたくさんありました。
軽い気持ちではじめたココログですが、奥深さと世界の広さを改めて感じました。
これまで自分の文章を書き続けることに必死でしたが、もっといろいろなココログをみたり参加してみたりしようとおもいました。
パーティーにでたカレーもスイーツもとても美味しかったです。
企画としてはとてもよかったと思うですが、もう少し前かメールやココログを使った盛り上げと宣伝が必要だったかもしれないなと思いました。

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2005/01/03

子羊とキャビアと(安いけど)本物のシャンパンの宴の後・・・

そうそれはクリスマス、生協の子羊のローストとキャビアをつまみに、新婚旅行以来のボトルのシャンパンをあけたクリスマス。さすが本物は飲みやすいね~、などと調子にのっていたら、なんと飲みすぎて吐きました。私は完全にワインはハーフボトルも飲めない体になってしまいました。ああ、記憶をなくすほど酔える人がうらやましい。
とりあえず胃薬飲んで寝ましたが、夜中軽く頭が痛かったです。朝までは治りましたが、起き上がると微妙にだるかったです。とりあえず、25日は元おかあさんといっしょのお姉さんつのだりょうこさんのコンサートに行き、26日に年末で疲れた体を癒そうと例によって日帰り入浴し、あと2日人気の少ない職場でのんびり仕事をしようと思っていたら、なんと義父が他界しました。
旦那は24日・27日と富山から電車で3時間のN市に出張でした。私は27日はとりあえず出勤し、28日は休暇をとり、急遽旦那の実家に向かいました。結局納棺は29日、通夜は30日、告別式は31日で納棺と告別式は雪が降りました。
大好きな大晦日に義父はあの世に旅立ちました。義父は大正生まれ。昔堅気で多くを語らない人でした。核家族で育ち、躾のなっていない上生意気な私はよく怒られました。私にとっては多くが謎のままだったから、号泣はしたりはしませんでした。でも大人として大切な多くのことをたたきこまれたと思います。義父の死にあたって私がいえることは、
「いろいろとありがとうございました。」
それだけです。

知人の皆様、年賀状はだせませんでしたが、そのうちすでに作ってしまった年賀上に訂正のシールをはった寒中見舞いいが届くと思います。
そんなわけで、「おめでとう」はいえませんが、今年もよろしくお願いします。

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