2008/03/16

母の会でございますのよ9

反省会
発表会から2週間後の火曜日午前中に講師・文化センター職員・母の会を交えて反省会があった。ああ、これで任務完了、例によって高岡までの道のり、「水曜どうでしょう」テーマソングとドラバラの主題歌集を聞きながら高岡を目指した。すっかり通いなれた道だ。時間通り反省会会場につき、文化センター職員から昨年の発表会より数名少ないがまずまずの観客が動員され無事終了できたといった報告があった。そのあとは役員からの一言で、花束受付や会場誘導を行った上のくらすの役員のお母さん方からいろいろと来年に向けた意見がだされた。Cクラスは当日の役割分担はなく、子供の支度だけだったのでそのことにお礼をいい、あとはお姉さんたちがきちんと誘導してくれたので感心したことをいい、後は備品のアイペンシルをなくしてしまったこともその場でも謝罪した。
先生からは来年にむけた話もあり、来年は11月の最初の連休に発表会の予定だともおっしゃっていた。だいたい話がでると文化センター職員は退出し、先生とお母さん方だけになった。まあ雑談のような感じだったが、お姉さんのお母さんからは、レンタル衣装はすごくスリムにできているがやはりダイエットとかさせたほうがいいかというような質問がでた。やはり小学校高学年になるとスタイルの維持もたいへんなんだろうなと思った。女の子はどうしても太る時期ってあるもんね。教室にくるお姉さんはみんなすごくスタイルいいから苦労はないのかとおもってた。なかには発表会前に衣装に合わせて3kg減量させるというお母さんもいた。それにしても、今回役員をしてみてバレエを習うっていうのは子供だけの問題じゃなくて親も積極的に関わっていかなければならないということを思い知った。私はそれを別に面倒だとは思わない。それは私自身ステージものが好きだということもある。娘のバレエ教室のお姉さんたちはどのこも容姿も綺麗なうえとても感じがいい。その一因は子供が好きなことにお母さんが一緒に取り組んでいるからということもあると思う。もちろん母おやだけでなく、子供のことを親も一緒に楽しんで応援してあげるということは子供の成長に大きな影響があると思う。保育園だけだと似たような年齢の親としか接する機会しかないが、バレエはいろんな年齢の親子に接することができていろいろと学ぶことが多かった。
そして実際習ってみてわかったことは、個人的な技術を磨くだけでなくみんなで一緒に1つの作品を作り上げ、集団行動を身につける訓練にもなると知った。どこまで続くかは本人次第だがとりあえず現時点で楽しんで娘が通えていることは母としてはとても嬉しい。欲をいえば、一番うまい子まではいかなくても、一番うまい子と一緒に踊れる第一グループまでなって綺麗な衣装で可憐に舞える姿がみられるといいな。

こうしてなんとか役員の任務を完了した。発表会が終わって1ヶ月くらいは娘のレッスンに私がついていったが、現在は再び(待ち受けたように)旦那がついていっている。ほかの年頃の生徒さんならびにお母さんがたにはけむたいかもしれないが、旦那もいやらしい気持ちはなく純粋に美としてバレエを愛しているのでお許し願いたい。
娘のバレエ教室はほとんどお母さんが送り迎えをしているが、最近新聞でよんだところによると、フランスではお父さんが娘のダンスの送り迎えをしてるらしいですよ!(もちろん教室までははいらないんだろうが)
私は心労がたたり、12月一杯は疲労から立ち直れず、大分つかれもとれてきたと思ったら太郎の風邪の季節が始まってしまい、1月現在低調ぎみだったりする。太郎は体調が悪いと夜なんども泣きそのたびに起きるのであまり深く眠れていない。リハーサルと発表会パパと過ごした太郎だったが、現在私はおサルの親子のように太郎をはりつけて行動する毎日だ。
別に役員になったことは後悔はしてない。
ただ、そのプレッシャーでボロボロになり今だ本調子でない自分が憎い!

そして娘が6歳になってようやくわかったことがある。自分の人生で子供を持つかどうか考えたとき、私のこの代わりのもので口下手な性格では公園デビューやママづきあいにうまく関わる自信もなくそんな私がちゃんと子供を育てられるか不安でたまらなかった。
しかし、バレエでいろいろな年代の子供を持つお母さんと接して、公園や幼稚園などでみられる人間関係のドロドロは結局みんな母親としてどんなふうに人間関係を築けばいいかわからなくて起こるのではないかと思うようになった。
今でもやっぱりママ同士の付き合いはどうしていいかわからなくでおどおどしてしまうが、それでも不慣れなのは自分だけではないと思うようになり少しだけそういう場がラクになったような気がする。娘や太郎はそんな苦痛を味わう必要のない人になってほしいなと思う。そのためにも、小さいうちからたくさんの人と接する機会を作ってあげるように努力したいと思う。

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2008/03/09

母の会でございますのよ8

ついに当日
無事おきることができた。その日はいい天気だった。私と娘は9時までに会場に入る。旦那と太郎は高岡文化ホールに私たちをおいて、今度は富山駅近くのホテルにじいちゃんを迎えに行き、お弁当を買って家に戻り早めのお昼を食べて発表会に来ることになっていた。ママ好きの太郎がパパだけで外食が難しいし、富山から高岡文化ホールの途中でちょうどいい店の心当たりがなかった。
この日一番の役員の仕事は先生からクラス分の記念品をとりにいくことだった。楽屋につくと、早速メイクを始めた。時間はたくさんあるような感じがしたが、リハーサル開始までの時間はあっという間だった。今回は教室のメイク教室のほかに、同じクラスの人で上のお母さんと知り合いの人がいてその人が個人的にメイクを教えてくれていろいろ技を教えてもらったが、とりあえず教室で教えてもらった基礎的なメイクにした。しかし、講師をしてくれたお母さんの、
「Cさんはね、そんなにがっちりしなくても顔の作りをいかしてメイクしてあげたほうがいいわよ。それよりも本番まで泣かせないのが大切。」
という言葉がとても参考になった。
中にはちゃんとマスカラも持参していた人もいたが、私はすっかり忘れていた。
やはり上のクラスのお母さんは何度も娘の顔をメイクしていていろいろとためになる話もきけて参考になった。バレエはお母さんと2人3脚なんだなと思った。そのお母さんは自前のお化粧道具をちゃんと準備していた。私も今回とりあえず茶色のやわらかめのアイペンシルは自分で準備した。上のクラスのお母さんのクラスのメイク教室は土曜チームだけだったのだが、それをみて刺激され土曜チームは自前で道具を買った人が多かったみたいだ。私も来年同じバレエ教室ならメイク道具一式そろえてもいいかなと思った。
「自分のものはなかなか買わないけど、娘もものはつい・・・。」
とみんな言っていた。やはりママはママだ。
いよいよリハーサル開始、この日も本番はCクラスさんのママは会場にはいらないことになっているのでママさんたちには客席に行ってもらった。あとで考えると1部だけでも観にいけばよかったのだが、ずっと楽屋と舞台袖入り口にいた。
でも楽しい・・・。
衣装をつけて準備する女の子たちを見ていると、ドガがバレエダンサーの絵を描いていた気持ちがなんとなくわかった。
それはもう親のひいき目を超えて芸術的に美しかった。
リハーサル・当日は他のクラスは母親は袖の立ち入りは禁止されていたが、Cクラスさんだけは1人だけ大人がくいていいことになった。子供たちが踊っている間、ずっと袖の入り口にいた。私はバレエをみるのも大好きで残念ではあったが、おもいがけずこの歳で舞台裏に入れて嬉しかった。前日・当日リハーサルでお姉さんたちのほうでも自分の連れてくる子供たちのことがちゃんとわかっていて、しかもちゃんと小さい子供の相手もできていて安心した。見目麗しくて踊りも上手な上、小さいこどもの面倒もみられてとても感心した。
この日1番の心配事は無事お弁当を取りにいけるかだった。ちょうどCクラスさんの出番と重なったらどうしようと心配だったし、もし途中で声をかえられたら他のお母さんに袖の付き添いを頼めるかしんぱいだった。一応他のお母さんにお願いすることもできて、お弁当もちょうどCクラスさんは楽屋にいるタイミングだった。そして心配していた数もきちんと確保することができた。リハーサル・記念写真撮影も無事終え、お弁当を食べた。ママの分もと思って大きめのを頼んだが、娘はぺろりと食べてしまった。ママはおやつで空腹を紛らわした。
そのときのCさんはやけに元気な子が多かった。なぜかあの丈夫なバレエタイツに穴をあける子が何人かいて驚いた。タイツで床をすべっているのがよくなかったらしい。お弁当が終わってほどなく本番が始まったのだが、Cさんの出番まで長い。子供たちに問題が起こらないかひやひやしながら出番を待った。このころになると準備しているママたちもメイクという山場を超え疲労の色が濃くなってくる。
1部が終了し、2部が始まる。子供たちのメイクや衣装が乱れたり、泣き出す子供が出る前に一刻も早く本番にが終わってほしいと祈る私。そうこうするうちお姉さんが迎えに来てくれて、子供たちは舞台袖に向かう。
私も袖の入り口についていった。すると先生が、
「お母さんも袖で見てあげてください。」
と呼んでくれた。
最後の最後で間近で娘の踊りをみた。正面ではないのであまりよくわからなかったが、でも一生懸命踊っていてよかったなと思う。ついでに先生に、
「発表会終了後に挨拶にいかせていただきたいのですが、先生は生徒さんの楽屋をまわったりされますか?」
と聞いてみた。先生は、
「終演後は楽屋にいます。」
と教えてくれた。これで、さいごの挨拶もぬかりなくできる。子供たちの踊りも終わり、いったん楽屋に戻る。
あと少しだ。再びお姉さんが迎えに来てくれて舞台袖へ、無事終わったみたいだ。子供たちを迎えに行くと興奮冷めやらない子供たちは走って楽屋に戻ってしまい、娘はお姉さんと一緒に行くと最後までお姉さんを待っていて、お姉さんと一緒に楽屋に戻った。
先生からの記念品を配り、花束受付に確認に行くことを呼びかけ、無事役員は終了かと思った・・・。
が、しかし最後の最後で教室の備品のアイペンシルがなくなっていることが判明。
同じクラスのママさんが最後まで残って探してくれた。
リハーサルや当日も同じクラスのママさんたちがいろいろ気を使ってくれてありがたかった。
私は最悪自分で弁償してもいいと思ったが、なんとなくそれは専業主婦のママさんに仕事持ち変わり者ママの流儀を押し付けるような気がして、言い出せなかった。ここは、他のママさんの流儀に従うことにした。高岡Cさんの役員さんが上のクラスのママさんにきいたところ、
「とりあえず先生のところへいって事情を話したら?」
といわれた。それを聞いて高岡Cさんの役員のママさんと一緒に先生のところに行った。高岡Cさんのママが、
「弁償でしょうか?」
と聞くと先生が、
「もう1度皆さんに聞いてみてください。」
といわれた。それを聞いた私は、
「じゃあレッスンのときにでもボチボチ聞くか。」
と思っていた。付き合いベタの私はクラスのママさんたちと携帯の番号を交換するほどは親しくしていなかった。
発表会の2日後、私は疲労がたたり風邪で欠勤していた。家の電話が鳴りでてみると、なんと高岡Cさんの役員さんからで、なんでもクラス全員に確認して出てこなかったがそちらはどうだったかということだった。体調も悪く、面倒だなと思ったがそれだけ真面目な人だと決着がつかないとおちつかないだろうなと思い、思い切って役員に配られた名簿を使ってクラス全員に電話した。幸いにも1時間くらいで全員に連絡がつき、家で発表会の荷物をかたづけてもでてこないとのことだった。そしてその日のうちに高岡の役員さんも連絡がつき、娘のほうがレッスンが先にあるので私が先生にその旨つたえることになった。
いや~、風邪とはいえ家にいるときでよかった。
もし職場にいたらなかなか連絡がつかず高岡の役員さんも私もやきもきしたに違いない。文字にするとそんなたいしたことじゃないかもしれないが、人付き合いベタの私にとってはかなりの試練だった。翌レッスンでそのことを伝えると案の定先生は、
「そうですか。そのとき別のクラスも一緒の楽屋だったので、そのクラスにもきいてみます。弁償はしなくていいですよ。」
と笑顔でおっしゃった。
そうだよな~、私もたぶんそうするもん。
どうせ備品に損失は最初から想定されてるだろうし。
でもみんなで使うものに対して使う人みんなが責任をもって最後まで誠意をもって対応するのは当たり前か。もし全員で弁償することになったら、また普段は会わない火曜日クラスの人に連絡と集金をしなければならないかと思うと正直ブルーだった。だったらもう皆が知らないうちにアイペンシルぐらい私が買ってかえしますというのが私の考えだった。
いやいや、一緒にいる人たちに合わせるのも人として大切なことだ。

つづく

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2008/03/02

母の会でございますのよ7

おじいちゃんとご飯
前日リハーサルが終わり、父の携帯に電話すると、
「じゃあ着くまでホテルで待ってます。」
ということだった。無事富山に着いていてほっとした。
お店は「銀鱗」を予約した。1週間前で個室はとれなかったが、座敷の席を予約できた。太郎も小さいし、夜に行くのは初めてだったので不安だったが、おいしくて楽しかった。とくに太郎の料理はとらなかったが、お気軽懐石の料理をおいしそうにガツガツ食べた。役員をしていることもあって気ぜわしかったが、夏は太郎が肺炎になってしまっていけず、久しぶりに孫たちにあえてじいちゃんも嬉しそうだった。お店はすごく混んでいた。予約していてよかった。
さすが懐石だけあって、ゆっくり料理がでてきて、最後太郎が暴れそうになり焦ったが無事食事を終えた。おじいちゃんがおみやげをおいていきたいというので、すこしだけ我が家によった。旦那の出張とバレエの発表会のどさくさで家は荒れ放題だった。じいちゃんは娘と太郎に服と本、そして娘のランドセルの注文用紙をおいて、車でおくるよといったのだがホテルまで歩いて帰っていった。父は私が子供のころは典型的な九州男児かつ関白亭主で家族のことは父なりに思っていたにはよくわかったが、よく話す中のいい親子とはいいがたく、子供のころは家庭にを省みないということで文句たらたらの母の味方だった。旦那ではなく私の父ということで旦那と父お互い楽しく過ごせるかと心配だったが、楽しく食事ができるか心配だったが本当に和やかで楽しい時間だった。
明日はいよいよ発表会だ。
無事起きられるいいのだが。
やっぱりドキドキしてなかなか眠れなかった。

つづく

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2008/02/24

母の会でございますのよ6

どどうのように
総合練習の前のレッスン日、やはり先生の方から当日スケジュールのプリントが配られた。
やっぱりな~。
まあいいいやと思いつつメモに目を通すと私が作ったメモと違うところが!
昨年はCクラスさんは一部で一曲踊って終了だったので、リハーサルは化粧なしででていっても戻ってきてまた化粧をして本番前の記念撮影だった。だが今年は2部で最初にポロネーズを踊り、それから娘たちの踊りがはさまり最後にマズルカを踊ってフィナーレまででて終わりなので、リハーサル前にメイクを終了しなければならなかった。火曜日クラスの人にはまだ私のメモを配っていなかったため、赤字で訂正して渡すことにしたが、土曜日クラスの人には訂正しなければならない。それより火曜日クラスの人に対しては私のメモを配るかどうかもものすごく悩んだが、何しろ火曜日は1人を除きすべて発表会が初めてな上、娘は土曜日クラスで火曜日のお母さんと話す機会もほとんどないので、やはり読んでくれる人だけでもわかってくれるほうがいいだろうと休暇をとって火曜日クラスの人にプリントを届けた。
Cクラスさんの子供たちはしたくはすべてお母さんがしないとできない。しかも専業主婦の場合あらゆる家事育児をこなしていて、他の家族では下の子の面倒をみるのもままならないことがある。楽屋は母親以外立ち入り禁止なので、ママは楽屋から離れなければならないだろう。そういうときママのいない子の分の準備をしてあげてほしかった。私がいればやるのだが、役員をやっていることもあり、他の用事でそこまで気がまわらなかもしれない。そして、楽屋では待ち時間が多い。暇つぶしの遊び道具も持ってきてほしかった。
他のお母さん方に変に生真面目でひかれるかもなと思いつつ、最後は自分のためでもあると思い渡しにいった。一度メモを作っることによって私が忘れずにすむ。メイクのタイミングを間違えたこともあり、改めて当日スケジュールを作りみんなに渡すことにした。他のお母さん方が読んでくれるかは定かではないがとりあえず、メモを作ることで自分のなかで整理がつくと思った。急いでメモを作り、火曜日のクラスに届けた。
金曜日に最後の当日練習があった。役員になって以来心身ともに疲労もピークで9時からのレッスンにちゃんと行けるか心配だった。そして、この日の全体練習で全体の流れを覚えて、当日Cクラスさん全員がちゃんとステージで踊れるようにしなければいけない、そのことで頭が一杯だった。とりあえず、土曜日クラスにメンバーにメイクをリハーサル前に終わらせることを伝え、あとは2部の「眠りの森の美女」の総合練習開始とともに未就学児のCクラスさんが騒がないように一緒についていた。他のお母さんがたは子供たちから離れて練習を見ていたが私は子供たちがちゃんと出て行くのを見届けたかったのと、騒がないか心配で一緒にいた。
総合練習ではお姉さんたが衣装をつけて発表会用の踊りを通しで踊るのをじかでみることができる。女の子が綺麗な衣装を着て上手に踊る姿はやはり美しく、心に響くものがある。
ああ、無理にとはいはないけれど、自分の娘もこれくらいになったらいいのにな~。
と淡い夢をみる。それは今年始めたばかりのママさんたちもそうらしい。年長さんの女の子といえば、おしゃべりざかり、生意気なことも言い出す年頃である。
なんども、
「静かにしてね~。」
と注意してたら、
「なんでおばちゃんはそこにいるの?おばちゃんもあっちいってて。」
といわれてしまった。踊りのスタンバイをしている子供たちについているのは私だけで、ちょっとひんしゅくかなとも思いつつ、やはり役員としてクラスの子供たちが迷惑をかけるのをほっておくのはどうだろうと思い、一緒にいた。
当日はお姉さん方が小さい子供たちを楽屋から袖に連れて行ってくれると先生は言っていたが、お姉さんたちも自分たちの踊りがあるだろうし、とりあえず役員でもあり発表会経験のあるママである私がきちんと進行に合わせなければいけないという思いもあった。そして、私自身3歳からバレエに憧れ、「将来は舞台の役者になりたい。」と夢見た私はこういった裏方の仕事が大好きだったりもする。
まあべったりひっついていたおかげで、娘たちを連れて行ってくれるお姉さんの衣装の色を覚えた。そうして午前9時に始まった総合練習はお昼に終わった。

この総合練習は11月の終わりの連休の金曜日だった。翌日土曜日は午前中太郎と娘の保育園の生活発表会(学芸会のようなもの)があり、午後から発表会のリハーサルだった。そして夕方には千葉から私の父が娘の発表会を観に来てくれることになっていた。1週間前から食事のお店も予約して、ちゃんと会えるか心配だった。午前中の生活発表会は太郎の方はリハーサルの日保育士さんに
「とてもよくできましたよ。当日も楽しみです。」
といわれたが、当日はややご機嫌斜めだったらしい演技だった。
まあ1歳児はそんなもんだ。
娘の方もバレエでならした舞台度胸であぶなげない演技だった。
保育園児の演技を見ながら、
「やはり未就学児はこんなもんだ。それをシャッセだのパディッシャだの覚えて踊るんだからたいしたもんだよ。」
と心のなかで思った。
年長さんは最後まで演技があるため、生活発表会を終えバレエの前日リハーサル会場につくとギリギリで、大慌てで支度させた。衣装を着るのはなんてことないのだが、髪をお団子にするのが一苦労だった。リハーサルが始まり、何も考えずに他のママさんたちに客席にリハーサルを観に行ってもらった。高岡クラスのCクラスさんも役員ともう1人が留守番に残っていて、
「私たち残ってますんで大丈夫ですよ。」
といわれたが、客席までいって、やっぱ悪いよなと思い残った。この日の心配はリハーサル終了後先生に挨拶するということだ。役員顔見せのときの先生の話のなかに、
「上下関係をみにつけ、きちんと挨拶できるようになってほしい。」
とあった。昨年の役員の方も先生の挨拶のことをとても気にしていた。しばらくして子供たちが楽屋に戻った。楽屋でたいくつしないように、折り紙とおえかきの用意をしていたのだが、衣装を汚すのが心配で自分の作った注意には、
「衣装をつけたら遊び道具は片付ける。」
と書いた。でも子供たちは退屈して騒ぎ、高岡クラスのほうはおえかきをさせていたので遊び道具を出した。
これなら子供たちも喜ぶだろうともっていったしずくちゃんの折り紙

はキャラをめぐりケンカ寸前になりその日持ち帰った。ママたちに「眠りの森」が始まったら戻ってくださいっていえばよかったも後悔したが、当日はCクラスのお母さんは客席に入らないようにともいわれていたで、とくに今年はいったばかりのママさんたちはみたいだろうなとも思った。今年は衣装をつけている時間がながく、ポロネーズが終わって袖に待機し、自分たちの踊りが終わって戻るとお手洗いに行きたい子が何人かいて大変だった。衣装をつけたままお手洗いにいくのは予想外だった・・・。それでもなんとかCクラスさんのせいでリハーサルの進行に影響を出すこともなく終了した。
今度は挨拶だ。昨年先生はまだ他の出し物のリハーサルをしていて、客席にいた。今年は1つ作品である2部が先にリハーサルが行われ、そのあと先生も踊る1部のリハーサルだった。レオタードや衣装で公道を歩くなときつく注意されていて迷ったが、とりあえずCクラスさんには衣装を着替えてもらって一緒に先生のところに行くことにした。先生が客席にいるのか楽屋なのかわからず、わたしだけ急いで確認にいったら他の子達はママと一緒だったので、娘が拗ねて泣き出した。この発表会期間中、私はどうしても役員としての役割に頭がいってしまい、せっかく娘のバレエのレッスンに付き添っているのに、娘だけをみているわけにはいかず、娘も寂しかったと思う。とにかくさきに客席にいくと、客席には先生はおらず、慌てて
「楽屋にいってください。」
といそいだ。もし1部のリハーサルが始まってしまえば先生に会えなくなってしまう。急いで楽屋に行くと先生は衣装をつけているところだった。待っているのはCクラスの皆さんに悪いと思い、廊下から
「富山Cクラスこれで帰りますありがとうございました。」
といい、子供たちみんなで挨拶をして解散した。なんかCクラスのみんなにも、先生や他の生徒の方にも帰って迷惑だったかなとおもったりもしたが、とりあえず無事挨拶できた。
帰りの車で娘に、
「(娘の名前)ちゃんさあ、寂しくて悪いとおもうんだけどママ役員やってるからみんなのこともやらなきゃいけなくていつも一緒にいてあげられないの。本当に悪いんだけど明日もママが一緒じゃなくても1人でちゃんとやってね。ママ(娘の名前)ちゃんならできると思うんだ。」
といった。昨年にもまして周りのことがわかるようになってきて、本番も緊張して失敗するのではないかとちょっとだけ心配だった。

つづく

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2008/02/17

母の会でございますのよ5

ぬかりはございませんのよ
さて、集金も無事終わりぬかりなく弁当の注文書もコピーし、一安心。10月の終わりの週に高岡でのメイク教室ならびに照明あわせという照明担当のスタッフに一度通しで踊りをみぜるという日があった。時間が中途半端で4時30分からメイク教室、そのあと娘の暮らすのでばんは7時すぎというとても中途半端な時間帯。ここで問題浮上、
「晩御飯は?」
不良主婦の私は、
「とりあえずお菓子でもたせる。」
という結論に達した。外にでるのは進行がどうなるかきちんと説明されてないので心配だった。
役員たるもの、先生にきちんと聞くべきだろうか?
ともおもったのだが、うやむやにした。
当日、同じ土曜クラスのママが、
「高岡クラスの人がそばのファミレスに行くっておっしゃってるんだけど、一緒に行きませんか?」
と誘ってくれた。火曜日クラスの子達にも声をかけてくれて、車も出してくれた。とてもありがたかった。
さすがエリート主婦、なんてきびんな動き、しかもいまいち得たいの知れない我が家にまで声をかけてくれるなんて。こういうときに仲間にいれてもらえるなら、役員ぐらいお安い御用!
この辺までくると、今年のママたちもいい方ばかりだとわかる。よかったよかった。
11月は毎週旦那の泊まりの出張が入った。その上大きい会場でのレッスンが日曜日に入り、その日曜日に旦那の用事が入り娘と太郎を連れ総合練習に参加しなければならなかったりした。11月に入ったのに今年は諸注意やスケジュールのプリントが配られない。
もしや昨年も各クラスの役員さんが自前でつくったのだろうか?と慌てて昼休みを使って諸注意とスケジュールの紙を作った。今年は年長さんで始めての発表会の子が多く、しかも付き合いベタの私が役員だとさぞかし不安だろうという心配もあった。ちゃんと口で全員にいろいろなことを説明する自信もなかったし、メモを作っておけば私自信が忘れない。あとはお弁当にはる付箋紙を作くるだけと思い、お弁当の注文書をかばんに入れたり職場のデスクにいれたりしていた。旦那出張で疲労困憊、頭の回転も悪く気がついたらお弁当の注文書のコピーをなくしていた。その直後の大きい会場でのレッスン日、衣装持参といわれ、いきなり衣装を着て他のクラスのお母さんに、
「最初はレオタードよ。」
と注意されてしまった。その後すっかり慌てた私はレオタードで会場の廊下を歩かせてしまった。同じクラスの子にも、
「衣装でいいんじゃないですか?」
といってしまい、慌てたほかの子たちもそうだったらしく、翌週のレッスンで前の時間の上のクラスのお母さんに注意されてしまった。一瞬、
「なにお~。」
と思ったが、いや、いけない、と思いとにかく誠心誠意誤り、
「気をつけます。」
といった。そのついでに、当日お弁当の注文書ってかえしてもらえるもんなのか聞いてみた。
「とりまとめにの方に相談したらもってきてもらえるんじゃないからしら?」
と優しく教えてくれた。
いきなりキレなくてよかった。
役員だからといって1人でがんばることないのだ。
最初からわからないことは上のクラスにいる去年の役員のママに聞いてみたらよかったのだ。
昨年までは保育園の子はうちだけで、幼稚園にいれている専業主婦ママばかりの上同じ幼稚園の子も多かったのでなんとなく気後れして話もあまりしなかった。いい歳してつきあいベタなのもある。だが、とりまとめをしている方に突然電話してそれでなくても忙しい当日に注文書を持ってきてもらうのもどうだろうと思い、クラスの人に何も頼んだが聞いてまわった。幸い全員の分がわかった。
しかし、リビングの敷物をひっぺがしても出てこない。
落としてきたとも思えない。
落ちいてもう一度職場の机の引き出しを捜してみた。
するとあったではないか・・・。
ああ、愛しの弁当注文書コピー!
神様、仏様、精霊様(順不同)ありがとう!
発表会まであと1週間にせまりようやく私の胃をキリキリさせていたものの1つが解決した。あとは最後の総合練習と前日リハーサルと当日だ!

つづく
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2008/02/10

母の会でございますのよ4

ミッション1執行!
うちの娘は土曜日しかレッスンを受けていない。集金はとりあえず10月28日までにしなければいけなかった。まずは無事全部集められるかドキドキだった。土曜日は娘のレッスンだからなんとか全員に会えるだろう。火曜日は休暇をとらなければならないので極力1回で集めたい。その月は職場のイベントもあり、とにかく忙しかった。まず土曜日は最初の日にほとんど回収することができた。母の会費は1000円だったので、みんなその場で払ってくれた。お弁当代は半端だったが、みんなその場で払ってくれた。2人土曜日に集められるつもりの子が、1人は週2から火曜日のみに変わっていた。そして、もう1人火曜日から土曜日に変わったはずの子に会えず、週2回のお母さんに聞いたら、
「火曜日は来てますよ。」
と教えてくれた。火曜日の方は、職場のイベントもあり休みにくく週の後半2回いけばいいやとおもっていたら、火曜日は最後の1回がお休みで木・金・土・日と職場のイベントのある週の火曜日1回しかいけなくなってしまたった。ちょうどその週の土曜日は休まなければならなかったので、娘をレッスンに連れて行くという理由もあり、仕事を休んでレッスンに行った。お金は立て替えればよいのだが、お弁当は何種類があって注文がとれなかったらどうしようかとドキドキした。
幸い火曜日の子は全員1日で回収。1人だけおばあ様が連れてきた子がいてとりあえず、
「すいませんが注文だけお願いします。」
とお願いしたらお金も払ってくれるつもりだったのだが、細かいお金がなかった。するとレッスン終わりに、
「くずしてきましたから。」
といって払ってくれた。
ああ、娘のクラス、いい方ばかりでブラボー!
こうして職場イベント前にお金はすべて回収したのだった。

つづく
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2008/02/03

母の会でございますのよ3

母の会、集合でございますのよ!
とりあえず、役員になり最初の会合が某日開かれた。なにしろバレエを習わせるご家庭である。これまでCクラスでみてきたお母さま方といえば、やはりどちらかというとお上品な感じでママの裏街道まっしくがら私とはまるで別世界のママ達だった。
ああ、上のクラスの母たちはどんなだろう?
と緊張のあまり胃がよじれそうだった。初めて自分で運転して高岡まで行かなければいけないせいもあった。
出産以降些細な緊張が体調にひびくのと、中年の始まりかボケっぷりが激しく車の運転は消極的だった。とりあえず、BGMだけはもりあげていこう太郎妊娠以来心の支えとなっているHTBのバラエティー「水曜どうでしょう」ならびに「ドラバラ」の主題歌集というおそろしくコアな曲に乗りまくり高岡までの道中をとばした(制限速度で)。選曲は大当たり、気持ちよく目的地についた。
会議室には普段お目にかかったことのないお姉さんクラスのお母さんたちが集まっていた。まずはカルチャーセンターの男性職員から説明があり、そのあとバレエの先生から発表会について話があった。お姉さんたちのお母さんがたはさすがに発表会を何度も経験しているため、会場の進行についていろいろな意見がだされた。旦那は割りと娘のバレエの付き添いが好きだ。娘が習い出したのをきっかけに今ではかなりのバレエフリークだ。バレエ中継があると知ると喜んで録画する。昨年このバレエ教室に入ってから、なぜ発表会の運営が母の会なのか疑問だった。子供が小さいとあんまり意識しなかったのだが、発表会の全体練習ではをやはり小学校中学年を超えると楽屋や全体練習のときレオタード姿だったり、着替えをてつだったりするのは女親でないとだめで、思った以上にバレエを習うにはお母さんの力が必要なのだと痛感した。
実は休日、親が遊び相手をするのが大変になってきてバレエを習わせたのだが、普段のレッスン会場に送迎したり、本番の支度したり家族の協力があって成り立つものだと知った。上のクラスのお母さんがたは割りとさっぱりしていて感じのいい方ばかりだった。やはり長く続けられるということはそれなりの人格をもってないとやっていけないのだろうというのが旦那の考えだ。娘のバレエクラスのお姉さんたちはいままで私がかかわってきたバレエ教室のなかで一番レベルが高いと思う。コンクールに出場するような子も何人かいるし、系列の金沢の教室では奨学金で留学している子もいる。何よりすごいなと思うのが、教わっている先生がとにかくうまい。実は我が家は習い始めたとしの娘は参加しなかった発表会で先生の踊りを見てすっかりファンになってしまった。
ここで、母の会のお仕事について説明があった。まず母の会費のプリントをクラスの人たちに配るのと、お弁当の注文を次の全体練習までに配ることだった。あとは当日のお花の受付と会場案内、そしてリハーサルや当日の進行を遅らせないように注意するのが仕事だった。その後何回こういう集まりがあるのかきになり、幹部クラスのお母さんに聞いてみたら、次回は反省会までないとのことだった。とりあえず休暇が減らなくてよかったなと安心した。
昨年、総合練習に男親が入ってきて注意されたり当日も母親以外に入ってはいけない楽屋にお父さんが入ってきてしまい、注意され憤慨してやめてしまった子が娘のクラスにいた。総合練習やリハーサル・当日の注意をまとめる話し合いのなかでその話がでて、旦那がわりと練習をみるのが好きなほうで、今年も総合練習に父親の付き添いがまずいか聞いてみた。すると、昨年もそんなに強く注意したつもりはなかったとのことだった。特に総合練習ではレオタードから衣装の着替えの際そのまま会場で着替えてしまったりする。
今年の役員さんは、
「去年も着替えの場所は別に準備していたはずだし。男の子の生徒さんもいますからね。」
とおっしゃっていた。昨年の印象では、
「男性は出入りしては困ります!」
という感じだったがそういうわけでもないらしい。とにかく、割と感じのいい先輩お母さん方で安心した。

話は変わるがこのころフジテレビの「暴れん坊ママ」を観ていた。大泉洋さんならびにたま~にでてくる今私が一番好きな音尾琢真さんみたさからだった。(で、だいたいでなくて打ちひしがれる)大げさに描かれているのだろうと思ったのだが、そのじき一流幼稚園ママのドロドロぶりは、
「結局毛色の違うママにおしつけられただけか?」
と私の気持ちをブルーにさせた。
きっと音尾さんがでてなかったら、脱落していただろうドラマだった。

つづく
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2008/01/27

母の会でございますのよ2

やはり・・・
翌週、高岡の教室での全体練習があった。太郎の高熱入院ですでにはげしく休暇を使っていたこともあり、旦那が休暇をとりレッスンに連れて行った。案の定、ジャンケンで負けたお母さんから、
「やはり長い方にやってほしい。」
というオファーがあった。旦那はその場では返事をしないで帰ってきたが、すぐに電話があり私も覚悟を決めた。
それはそうだ。私も去年は発表会にでるだけで精一杯だった。幸いうちは旦那も協力的だし、全く持ってできないわけではない。やはりやるべきなのだろうと思った。しかし、前回のレッスン終了後の井戸端会議が気になった。
自分の仲間ではないやつにおしつけてしまえてきなことがあったのではないか?
いや、そんなことない、本当に心配なんだ!
それからの私はそんな自分のなかの善と悪の葛藤だった。しかも役員ともなると、やはりレッスンのつきそいは私がしなければならない。ママっ子の太郎は大丈夫だろうか?そして6月復帰以降土日は倒れていることが多かったが大丈夫だろうか?そもそも無愛想な私は、まずママづきあいが自信がなかった。ちゃんとお金を集めたり、必要な連絡をまわすことができるだろうか?
役員が決まってから最初のレッスンの前は2,3日まえから緊張した。
でもさ~、ママが付き合いベタで娘のバレエをやめさせるってあまりにも情けない結末だよな~。
やるしかないのだよ。
昔はちょっとくらいのドキドキでも
「大丈夫!どーんといこう。」
という感じだったが、最近ストレスに追い込まれるとすぐに体に来る。まず眠れなくなる。そして緊張のあまり体がこわばりあちこちが痛くなってくる。そのダメージはなかなか回復しない。
歳をとるって悲しい・・・。
年々守りの体制になっていく。いざレッスンに行ってみると、新しく入ったお母さんがたこれまでちっともレッスンに来なかった変わり者ママにもフレンドリーにしてくれてありがたかった。
いいの、別に影でなら悪口いわれても。
世の中には自分の資質に合わせて上手に人生チョイスして生きていく人もいるけど、泥沼にはまりながら努力と根性で適応していく人もいる。
私は後者なだけなのよ!
と自分を励ましながらレッスンに通うのだった。でもレッスン帰りはわりと軽快な気持ちのことが多かった。

つづく
母の会でございますのよ2へ


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2008/01/20

母の会でございますのよ1

またまたご無沙汰です!
しばらくは突発更新です。たま~にみにきてね。

秋以来、すっかりご無沙汰です。なぜかって~と、娘のバレエの発表会の役員になってしまったから。娘のバレエ教室は新聞社のカルチャーセンターに所属していて、発表会はカルチャーセンター職員(男性)、講師、そして各クラスから選ばれる母の会役員によって運営される。昨年は未就学児のCクラス年長さんに同じ幼稚園グループの中で年数の長いお母さんがきがついたら役員をやられていて(いや、私が知らなかっただけか?)、1年目でなにもわからない私と娘はその役員さんと、紹介してくれたもと保育士の先生ママに導かれ、無事発表会を終えた。
ちなみに役員のママさんはそれはそれは優しく、賢いセレブママで、「やはりバレエ教室の役員とはそういう人がやるんだな。」と思っていた。
今年は3人発表会2回目の人がいて、うちの娘と同じくらいに始めた子がいてその子は週2レッスンだし、そのママが上のクラスのセレブママと知り合いでもあるようだし、その方かなと思っていた。夏の集中レッスンの最終日、やや緊張した面持ちでめずらしく先生がお母さまがたの方へやってきた。そして、
「今年の役員を決めていただきたいのですが。」
とおっしゃった。
えええ、決まってたわけじゃないんだ。
ど~なるんだ?
今年は発表会経験者3名。
一応廊下にはそのときいたCクラスのお母さん全員が集まってくれた。とりあえず、年中さんは子供の面倒をみるのが精一杯・・・ということで辞退の体制。
なんと娘と同じ頃に入った週2の子は年中さんだった・・・。
ショック、役員とは関係なしにショック!
その子はレッスン態度は非常にまじめなおりこうさんだった。
そして、発表会2回目年長さんの子はおうちが忙しいということで辞退。
一応その方が、
「おたく、下のお子さん小さいし・・・。」
そう、それが正直かなり心配だった。仕事もしていたが、一応融通はきくし、下の子もすでに保育園ということで、幼稚園のおうちよりは条件はいいほうだと思う。とりあえず、その場で年長さん母でジャンケンということになった。
ああ、負けそう
と思ったが、見事勝ち抜けてしまった。今年初めての発表会で役員は大変かもとは思いつつ、ママづきあいが不安ということで専業主婦の道を断念した私に役員の資質があるとも思えず、その場は
「皆さん協力してやるということで。」
とその場は終わりになった。
エレベーターを降りて背後で負けてしまったママとその仲間ママがなにやらいいあっているのは背後に感じたがその場はそ知らぬふりで去った。昨年ほどではないが、新しく入った子供たちは同じ幼稚園どうしみたいだった。私のように、保育園でしかも仕事をしていて、仲間がいないといろいろと都合の悪いことがあるのではないかと思った。太郎が生まれて以来、ほとんど旦那が娘のバレエの送り迎えをしていた。もしだめだと直接言われたら、そのときはひきうけようとはその場で思っていた。

つづく

*尚、このテーマは更新率を高めるため、週1更新で行きたいと思います。よろしく!

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2007/05/01

確信・・・

それは高校の修学旅行のときのこと、奈良の大仏で最初で最後のナンパをされた。旦那に会うまで彼氏いない暦更新中だった私にとって唯一女性としてなんとなく誇らしい思い出だった。そのとき一緒にいた友人は、旦那が
「素材は逸品なのだからちゃんとおしゃれすればちょっとした女優には負けない。」
と断言する友人だった。その友人は確かに綺麗な方だが、やや私の美人ストライクゾーンからはずれており、
「そんなに絶賛するほどの美人だろうか?」
と疑っていた。
だがつい最近、某探偵ドラマで涼風真世が名門女子高の校長役で眼鏡をかけいかにも教育者という感じの地味なコーディネートで出演していた。
似ている!その友人にそっくりだ!
涼風真世の男役は私はあんまり好みではなかったが、まちがいなく美人だと思う。

そうか~、やはりあのナンパは友人狙いか~。
ガックリ

いいのだ。
そんな不細工でもちゃんと結婚もできるし子供ももてるのだ。美貌とういう点ではすでにハンディーをもったわが子たちは気の毒だが。(幸い現時点では娘は私には似ていない)だから私は思っている。

結婚は運なのだ。

最近旦那が爆風スランプの「大きなたまねぎの下で」についてなぜこの女の子は武道館にこられなかったか以下のように語った。
「お前みたいな女の子が嫌われるのが怖くて自分の写真が送れなくて、(涼風真世似の友人)さんの写真を送っちゃったみたいな・・・。」

ああ、悪かったね、私の友人はみんな頭がいいし美人だ。
でもな~、不細工がいるから美人が映える、お馬鹿さんがいるからおりこうさんがいるんだ!
ほっといてくれ!

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2007/04/10

小さな恋人達

3月4月といえば異動のシーズン。規模の小さいわが職場では毎年何人かの転勤がある。職場結婚した友人夫婦もこの4月旦那様の転勤で本社のあるI県にお引越しすることになった。おいしいお店ををたくさん知っている友人で、お引越しの前に挨拶がてらその友人おすすめのケーキ屋さんのケーキを持っていくことにした。おいしいフランス菓子のこのお店はランチもやっているお店だ。ケーキを買って出てくると、息子は中学生くらいと思われるお母さんと息子がランチコーナーからでてきた。
へえ~、最近はこんなに大きくなってからもおしゃれなお店のランチに一緒気きてくれるんだ
と驚いた。
太郎10ヶ月、ママの目も最近馬鹿になりたまに妻夫木聡に似てるんじゃないないの~などと思う今日この頃だが、いつか青年になった太郎とオシャレな店でランチできるのかな?
年頃の娘と3人でもいいな~。
妻夫木は別に好みというわけではない。娘が赤ん坊の折は、「一瞬小池栄子に似てる、この子はもしや美人?」と思っていた。生まれたばかりの娘をみたときは、
美術の教科書の「麗子像」に似ている。ああ、この子の女としての人生は終わった
と打ちひしがれ、生まれたばかりの太郎をみたときは
なんでこんなにオヤジくさいのだろう?
と打ちひしがれた。ママの目と心は時とともに馬鹿になっていくのである。

それから数日して、東京はそろそろ桜も散り始めた先日、病気療養中の友人が先月またもや急に体調をくずし、様子をみに会いに行った。やはり体調はあまりよくないということだったが思ったよりは顔色がよかった。前回のように、一緒に訪問した友人と1泊し友人と別れ太郎と羽田空港まで向かう途中乗った電車で、横のおじさんのとなりから女性とおぼしき手がおじさんの肩にまわってきた。ん?と思ったが、よく見るとその手はやや幼い。おじさんに隠れてみえなかったが顔がみえると、小学生低学年くらいの女の子だった。おしゃれしてかわいらしいそのお嬢さんはパパに甘えていたようだった。違う駅でももう少し大きい娘と仲良くおしゃべりしながらパパが乗り込んできた。かわいい娘2人連れたパパなんてのもいた。へ~、娘を連れたパパって結構いるもんだなと思ったら、駅の階段を下りようとするママと中学生か高校生くらいの息子もいた。
パパやママにとっては小さな恋人とデートしてる気持ちだったりするのかな?
穏やかな春の土曜の昼下がりだった。

娘は大分会話で意思の疎通が図れるようになったけど、太郎はまだまだ。いつか、子供たちとデート気分ででかけられるかな。
旦那は、
「そんなの、買いたいものたかられただけだ。」
といっていた。

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2007/02/23

1コリキ、2コリキ、3コリキ

ある晩のこと、長州小力と結婚した夢をみた。ウッチャン好き、ミッチーも好き、武田真治もすき、森山未來もすき、スマップ中居もすき、最近じゃのだめの玉木宏も好き、大泉洋も好き、色ボケおばさんの私だが、小力も好きだったりする。(そしてヒロシもHGも好きだ)それを旦那に話した。
「昨日小力と結婚した夢をみた」
旦那
「え、小力が?」

「だから、私が小力と結婚した夢をみた。」
旦那
「小力が?小力と?」
娘は、今はバレエ効果かすっかりスレンダーになりそうでもなくなったが、コロッとしていたころは小力にそっくりだった。太郎は天パだが今は良く太って小力顔だ。
我が家には3人小力がいる、そういいたいのか?旦那よ!

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2006/09/22

3本のジーパン

3本のジーパン

娘を産んだ年まではいていたものです。授乳とともに20代の頃の体重に戻って着られるようになりました。アパート暮らしの私がそんな昔の服を持っているのは問題のような気も。いまのうちに履きつぶします!ちなみに最近の私のファッションは流行度外視コーディネート重視です。(ということにしてやって下さい)しかし悲しいことに最近は金銭面が優先されることも…。さらにはとりあえず着てるだけのこともある…。

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2006/06/13

妖怪主婦

夕方からお祭りにいく予定があったため、日中はまったりと過ごしていた。午後から睡魔に襲われ、惰眠をむさぼる私。その日から生協がしたの倉庫ではなく戸口になるのは知っていた。うつらうつらしていると来客をしらせるピンポン。友人は少なく、どうせたずねてくるはセールス関係。知らん顔をしようと思ったその瞬間、
「こんにちわ、生協です!」
慌てて飛び起きドアを開ける。知らなかった。ドアの前に何事もなかったようにブツをおいていくわけではなかったのね。スタンバイのできていない私は寝起きで髪はぼさぼさでだらしな~い格好。善良な市民に自分の妖怪主婦ぶりをしっかり目撃され、ひどく落ち込んだ金曜日の夕方だった。

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2006/03/15

妊婦の京都出張

かれこれ1ヶ月前の話になるが、京都に地理情報システムのセミナーを聞きに行った。セミナー終了は5時過ぎ。翌日は土曜日だったので体のことを考えて一泊することにした。せっかくだからいいホテルに泊まろうと思ってJR乗車券つきのビジネスプランにした。ホテルは新都ホテル。
秋に某アーチストファンの友人が友達と一緒に富山のコンサートにやってきた。友人は夜行でかえってしまったのだが、友人の友達はやはりツアーで全日空ホテルに宿泊でチェックインに付き合ったら部屋に入れた。
その素敵な部屋をみて思った。
「次回1人で出張する機会があったら自腹を切ってもシティーホテルに泊まる」
ついにそのチャンスがやってきた。全日空ホテルもあったのだが、セミナー会場が駅前だったため、都にした。あんまり遠くもいけそうもないし、無理もできないのでホテルでのんびりしよう。もし妊娠中なら確実に週末遊びほうけたが、いかんせん妊娠中。万が一のことがあれば身内旦那に非難ごうごうだ。
でも夕方に富山につく電車にしようかなと思ったら、禁煙指定がとれない。京都を9時にでる電車か14時過ぎの電車。14時だと富山につくころには暗くなっている。普通の体なら自由でもいいんだけど、妊婦だからな~。喫煙指定もいやだし自由で座れないのも困るし・・・・。しょうがないので9時に京都を発つことにした。
当日京都行きの電車に乗ってみてびっくり、座席番号18。060217_0809001
禁煙指定の一番後ろの席だった。あぶないとこだった。仙台にいたときそのとき大阪にいた同期をたずねて以来の京都。都会だった。お店の店員さんの接客テンポが速いがそれでいて卒ないのに驚いた。すっかり富山リズムになってしまった私。そもそも田舎リズムなんだけど。
無事セミナーも終わり外へでるとそこには劇団四季京都劇場。ちょっとそばまでいってみよっかな~と思いいってみるとチケットカウンターが。聞くだけ聞いてみようかな~と思って
「当日券ありますか?」
ときくと
「Sでしたらございます。」
S席10,500円。よりによってS席。でもそんなにめったにない機会だしな~。
劇団四季「異国の丘」S席ご購入。そっからが大変。チケットを購入したのが17時半。開演18時半。チェックインはこれから。明日は早いのでその日のうちに職場のおみやげを買いたい。幸いおじさんの多い職場なので、それほど品にはこだわらない。大急ぎでチェックインをすませ、みやげものをみる。八橋か~、もう1人同じセミナーを聞いているのでかぶる可能性大。でも意外と八橋以外でちょうどいい品がない。月並みだが、おじさんごのみのしょっぱいもの、おかきで手をうつ。非常勤さんごめんなさい。
劇場についたのが18時10分くらい。劇場内であわててバゲットサンドをたべていざ観劇。実は私、悲劇は苦手だったりする。でもまあ、突発的で選べなかったからな~。なんでも「李香蘭」「異国の丘」「南十字星」は昭和の歴史三部作らしい。せめて「李香蘭」かポスターの「マンマミーア」がよかったな~と思いながら観劇。
が、すっごくよかった。思った以上にはまってしまった。
現実を元にしたフィクションだが、外交や国際交流について改めて深く考え、なぜ戦争がいけないかを改めて目の当たりにした気がする。生まれた国がことなる人同士がわかりあうということはすごく難しいことだが、私は芸術家の人たちが肌で感じている国家を超えて友に感動できる何かを信じたいと思う。
シベリアの収容所もう日本に戻れないとわかった者が、日本に帰国を許された者に自分の家族に遺書を口頭で託すシーン、主人公があくまでシベリアの要求する証言を拒み、最終的には薬物を投与されても正義を貫き命を落とした結末、生まれて初めてステージを観て号泣に近い泣き方をしてしまった。1人の観劇でよかった。
最近外国人キャストのミュージカルを観るようになって、英語さえもう少しわかるようになれば来日ミュージカルのほうが楽しめるなと感じ始められたが、日本人でもこれだけのミュージカルができるのだと改めて浅利慶太氏はすごいなと思った。060217_2221001充実した気持ちで劇場を出た後コンビニで夜食を購入。観劇がなければ京都タワーのぼってぶらっとしておいしいものでも食べようとおもっていたが、まあいいや。チケット高かったしな~。ホテルでゆっくりする間もなく就寝。翌日も8時半にホテルを後にした。ちなみに北陸に行く電車は京都駅0番線。短大の時使ってた鹿島線も0番線だったな~。富山~京都はおよそ3時間。思ったほどではなかったけど、帰り金沢についたところで「京都・大阪からなら金沢までが限界、やっぱり富山は関西からみると地の果てかも。」と思った。
でも土曜日は天気がよくて、立山連峰の眺めをよく空は高く、「でもやっぱいいところ。」と思った。060218_0900001

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2006/01/13

旦那娘、帰宅の日のこと

はりま1.5人のお正月6
気がつけば3連休も終わってしまった。とりあえず正月の出来事を完結させたいのだが、なかなか更新の時間がとれず、今日に至る。
1月3日
たぶんそろそろ出発するであろう午前10時すぎ、娘から電話があった。娘はとても不機嫌だった。
1つ上の甥が近所に住んでいてなかなかすき放題させてもらえない旦那の実家と違い、私の実家は孫は娘なので娘はやりたい放題の上お姫様扱い。今回は私が帰省しないため、私の実家は1泊だけだったので不満だったらしい。
11時近くなって旦那の携帯から電話があって、その携帯から娘がおお泣きしている声が聞こえた。なんでもわがまま放題になった娘はご機嫌をとってくれた上お見送りをしてくれた私の実家の家族にふてくされて挨拶をちゃんとしなかったため、旦那がきつくしかったらしい。うちの実家から旦那の実家におみやげをたくされ、旦那の実家経由で富山に戻ることになると聞き、
「ああ、今日は日のあるうちには帰らないな。」
と思った。それからまた少しして、今度は私の実母から電話があった。母が
「寂しくなかった。」
と聞くので、
「別に、ゆっくりできたよ。」
と答えたら、
「そうだと思った。」
という返事。ま、そんなものだ。
その日、2日の疲れが尾をひいて起きるのが遅かった。翌日の出勤に備えて無理に出かけるのはよそうと思い、とりあえず部屋に掃除機をかけあとはのんびりすごした。
午後2時過ぎ、
「藤沢通過。」
というメールが入った。こりゃ相当かかるなと思った。雪の少ないお正月だったが、3日は朝から雪夕方一度駐車場雪かきしないとだめかなと思った。そのとき1度窓からのぞいてみたが建物の影にならないうちの駐車場はまだ雪は積もってなかった。3時半過ぎ、
「今長野」
のメールが入った。思ったより早かった。だが4時過ぎ、ものすごく雪の積もった高速の画像とともに、
「高速とは思えないほど積もってます。のろのろです。」
とメールが入った。それからしばらくして電話がかかってきた。
最初にでたのはご機嫌の娘。もっていった自分のCDを聴いていると教えてくれた。次に出た旦那に、
「夕飯どうする?」
と聞いたら、
「食べて帰る。」
という返事だった。こりゃ相当かかるぞと思い、とりあえず駐車場の雪を確認。雪かきの必要はないらしい。夕飯は1人となると、今日3度目の御節の残りとおもちで十分だ。気分転換に近所のコンビニに行くことにした。
日が暮れるにつれ雪の降りが強くなってきた。とりあえずお風呂の支度をして先に入り、夕飯を食べた。
娘と旦那が着くのは8時過ぎかなと思っていたら、7時半過ぎには帰ってきた。久しぶりに会う娘はすごくかわいい。甥と牽制しあったせいか一段と口が達者になっている。夕飯は
「チャーハン食べた。」
とご機嫌で教えてくれた。義母が山ほど食料品を持たせてくれたので、とりあえずお礼の電話をかけた。行くと気を使ってうんざりするが、行かないでいると義母は義母なりの実母は実母なりの気遣いを感じ、そしてそれを素直に感謝できた。
こうして私の1.5人の正月が終わった。終わってみるとすごくあっけなかった。1.5人といいながら、自分1人満喫してしまった正月だった。でも、2番目の母子手帳の
「胎動を感じた日」
には
「2006年1月1日」と書こうと思っている。

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2006/01/03

な~んちゃって茶道

はりま1.5人のお正月5
元旦歩きすぎたのが原因か、首筋がゾクゾク。翌朝もなんとなく調子が悪い。私の体はいったいどうなっているのか?あれくらい歩いただけでこの疲労。この日の散歩は午前中に郵便局の本局に年賀状を出しに行くだけにした。昼食後パソコンをやっていたら肩がこったので、久しぶりにバレエワークアウトをやった。(ウォームアップ・ウォームダウン15分くらい)
3時が近づくとそそくさと着物に着替える。今年の正月の野望
花びら餅でお抹茶を飲む。」
そのかわいらしい名前とは裏腹に甘く煮たごぼうが入るという不思議な和菓子。せっかく着物を着るので茶道ごっこでもするかと思い立ち大晦日花びら餅を買いにいったのであった。

茶道と私
茶道は短大のちょっとだけやったがふくさ捌きだけ覚えてなんとなくばかばかしくなってやめてしまった。今となってはそれが裏か表かもわからない。教本を読んでいて、
「格の高いおわんとか掛け軸とかでもてなすのが最高なんて馬鹿馬鹿しい。」
と思ってしまったのだ。当時の私はそこしか親に受験の許可がおりず行くことになった家から通える短大に通うことになり荒れていた。茶道部に入ったのも、短大の学長に気に入られ就職に有利と聞いたからだ。その短大は地元の工業地帯で一番大きい企業の出資を受けていて、少人数教育で地元工業地帯の企業への就職は学長推薦できまるという学校だった。ランクは低く私でもトップクラスで入れた。荒れにあれまくっていた私は
「こうなりゃ学長のお気に入りにでもなんでもなって、優等生になってやる。」
というとてつもなくアホなことを考えていた。成績は小中とそれほど悪くはなかったが、決して優等生になったことのない私。
でも当時私はそもそも日本文化に興味がなく、欧米こそすばらしいという考えだった。(だって英語科だもん)茶道につまずきを感じると同時に学長のお気に入りになるのも馬鹿馬鹿しくなり、短大の推薦を受けず就職することを決意した。地元の企業に就職してしまったら自宅でられないというのもあった。私はどうも気性の会わない母と1つ屋根の下にいるのにうんざりしていた。
でもその後世界の人とかかわるうえで自分がどうあるべきか考えれば考えるほど、自国の文化を愛し身につける大切さを知り所詮自分は日本人であることに気がついた。それから着物や茶道や華道などの日本の文化をちゃんと身につけたいと思うようになった。今にしてみると短大の茶道部はとてもいいチャンスだったなあと思う。
金銭的に不安のない信頼できる先生にちゃんと教わっておけばよかった。
060102_1534001060102_1651001本抹茶をいれて花びら餅を食べた。お、うまいじゃないか。で、すこしだけ本をみながら割り稽古なんかして遊んでみた。富山でお手軽茶道セットを見つけて購入した。本当はきちんとお稽古に通ってみたいのだが、仕事・育児・家事をできるだけきちんとやりたいと思うともう自分のためにどこか通うのは面倒になってしまう。最近では大好きなステージもチケットを取るのすら面倒くさい。そして行ったら行ったでかわいい娘のことが気になってしかたがない。まあそのうち時間もできるだろう。今はを見ながら盆略手前くらいできるようになりたいなと思っている。ステージも今は歌舞伎がすごく観にいってみたい。東京に引っ越したら行きやすいかな。

今日の食事はこんなかんじ

ぶります寿司・御節の残り
昨日の8時が賞味期限。
まあそれ以降は自己責任ってことで。
1人暮らしを始めて賞味期限はあくまで目安。
どちらかというと1ヶ月くさらなかった輸入オレンジをみてから輸入品のほうが懐疑的。


食傷ぎみ
アロエヨーグルト
バナナ
子供のおやつ用魚肉ソーセージ


お雑煮(エビ・お煮しめ・小松菜)
御節の残り

そのほか
花びら餅
カール少々

060102_2103001もらいものはいいけれど、普段着ばかりが増えていく。子供が生まれる前に付け下げくらいは作るんだった。色無地はもらってるんですが・・・。

私のもってる茶道の本
お茶のお稽古 茶道入門―すべての所作がやさしくわかる


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2006/01/02

元旦の富山は晴れ

はりま1.5人のお正月4
元旦。まずバナナを1本たべ、着物を着た。仙台にいたとき母方の祖母から贈られたものだったが、実母は祖母と折り合いが悪くお礼をしようにも着物には呉服店の連絡先しかなく実母に祖母に着物をもらったからお礼をしたいと連絡先を聞くのもはばかられ、仙台は5月から10月末日までは8月を除いたほぼ毎月2週間は出張にでていたので忙しくてお礼をしないでしまった。それが悔いとなりしばらく放置していたのだが、この正月は着てみることにした。この着物が贈られる2年前、勤め始めて移り住んだT市でそれも母方の妹がいたのは知っていたのだが連絡先は全く分からずにいたのだが、おばといとこが私が参加した合唱のコンサートで私を見つけて連絡をとってくて再会した。おばの子供で男の従兄弟が2人いたのだが、女の子のいとこがいたことをそのとき始めて知った。当時は中学生か高校生だと思う。
次の年、母方の祖父がなくなったと連絡をうけたのもおばからだった。母にも連絡したが連絡がとれなかったらしく、私と母が着いたときには葬儀はすっかり終わっていた。最後に母方の祖父母の家に行ったのは小学校6年生くらいだっただろうか。そのころと同じに庭には夏みかんの木があって、祖父の菊があって、鯉の池があった。祖父の文机には日本史に関する覚書のようなものがあり、「ああそういう人がらだったな。」と思った。物静かな人だった。祖父は祖母の外出中その文机で亡くなっていたそうだ。
小学校6年のとき夏休みに父と母の祖父母の家を訪ね帰る日、母方の祖父は駅までお見送りに来てくれた。祖母はお稽古ごとにでかけてしまったと祖父がいっていたのを今でも覚えている。母方の祖母はF県の海を隔てた隣県Y市の商家のお嬢様だったらしく、お稽古事や外出が大好きな人で長女の母に下に3人いる娘の子守をまかせ出歩いていたらしい。
そんな積年のうらみもあってか実母は親戚づきあいを全くしなかった。だから父母の実家に帰ったのもこれまでの全部をあわせても3回くらいだろうか。私はその実母の祖母に性癖が似ているらしく、よく小言を言われた。私もお稽古事も着物も大好きだ。母の妹にあたるおばも同じ性癖らしく、やはり10年ぶりくらいに会ったのにその時間を感じさせないくらい話しやすかった。「血は水より濃い」って本当だなと思った。このおばともなんとなく母に申し訳ない気がして最近は全然連絡をとっていない。

初めて着る着物だったのとたまにしか着ないせいもあってあんまりうまくきられなかった。朝食の御節とお雑煮を食べてかたずけてたらたれがはずれてしまった。もう一度着なおし、お昼を食べたらなんだか疲れてしまった。
でも外はすごくいい天気だったので着替えて散歩にでかけた。いつもの運河公園にいったあと富山城址まで足をのばした。さすがに疲れてしまい、夜になってなんだかぐったりしてしまった。

はりまの御節はこんなかんじ
060101_0944001栗きんとん
お煮しめ
伊達巻(生協で購入解凍しただけ)
酢だこ(生協で購入解凍しただけ)
黒豆(レトルト)
以上私が好きなもののみで構成されております。
酢だこは私は好きなんだけど、自分の実家も旦那の実家も好きではないらしくでない。ということで食べるのは私だけの今年は買ってみました。いつか伊達巻もつくってみたい。

雑煮
もち・エビ・小松菜・鶏(煮しめの具)

ブリます寿司
単に1つの樽にますの寿司とブリの寿司が1段ずつはいっているというものだった。これなら普通のささ寿司にすればよかったと後悔。

私の実家はかつお昆布出汁のすましに人参・さといも・三つ葉なんかがはいっている。最大の特徴はもちが器に張り付かないように大根を亀形(六角)にきって似たのが入っている。おかわりの際はのこしておかなければならない。
旦那の実家は鶏だし。旦那のお母さんはかの有名な長嶋監督と同郷のひとで、「ひば」といってかわかした小松菜を砕いたのをかけて食べる。正月料理といえば、旦那の実家であたり前のように刺身がでて驚いた。私の実家は長年スーパーまで週1車で40分かけて買いものに行くど田舎だったのと、公衆衛生に敏感な薬剤師の母が鮮度を気にしてださなかったとおもわれる。スーパーのマグロの赤身の刺身は湯どうししてからでてきた。中学校のときC県の住人になり、自転車でもスーパーや本屋に行けるようになった。

寒天ってすばらしい
大晦日の晩から「お腹が張ってるけどでない。」(いわゆる妊娠による腹のはりではなく便秘というやつである。)
にくるしんでいたのだが、寒天紅茶をのんだらするりとでてきた。
051231_1104001寒天ってすばらしい。便秘に苦しむそこのあなた!お手軽寒天ドリンクはいかが?
寒天ココア
寒天入りレモンティー
寒天入りアップルドリンク
寒天スープ
粉寒天梅昆布茶
以上ケンコーコムより
とても寒天商品が探しやすかったです。

カゴメ寒天蒟蒻
クレープフルーツ

以上楽天にて検索。
各人のご購入に際するトラブルとうははりまは一切責任はもちません。ただしはりまが楽天で注文した商品でトラブルにあったことはありませんので信用は高いと思います。

今日の食事はこんなかんじ

バナナ
御節
雑煮
ぶります寿司

昼・夜
ぶります寿司
御節

060101_1359001060101_1405001そうだ忘れてた、この日夜、胎動を感じたような気がする。もしかすると大腸が動いた音かもしれないけど。

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2006/01/01

新年あけましておめでとうございます

今年も皆様にとってすばらしい年になりますように

では
はりま1.5人のお正月3
「大晦日」いってみよう!

朝8時に起きた。
この大事なミッションは
・栗きんとんとお煮しめを作る
・ぶります2段寿司をゲット
・花びらもちゲット
朝食を食べ洗濯機をかけ掃除機をかけようとしたら、なんかカーテンレールにほこりが。とりあえずリビングだけ棚の上とか照明のかさとか高いところの埃をはらった。その後栗きんとんとお煮しめをつくる。くりは前日袋入りを買ってきた。袋の裏に作り方もかいてあった。なぜ栗きんとんを作ろうと思い立ったかというと、友人が送ってくれた私の高校のあるS市のさつまいもがちょうど分量残っていたから。焼き芋にするととてもあまくておいしい芋だった。お煮しめは最近頻繁に利用するミックス野菜だ。これも袋の裏に作り方のあった博多風がめ煮にした。
051231_1125002
051231_1125001
作り終わってお昼ご飯を食べ終わると2時すぎ。それから駅ビルに買いものにでかけた。CDとDVDがほしくて新星堂にもいったが目的のものはなかった。無事最後の1つのぶります2段寿司をゲット。CMでみたのはぶりますカニの3段寿司だったけど駅前にはおいてなかった。花びら餅も無事ゲット。レコード大賞からみようと思い一休みしたらすぐに風呂をわかして入った。レコード大賞みながらそばを作り年越しそばを食べた。レコード大賞は最後までみず、途中で紅白に変えた。最近視聴率のさがる一方の紅白、私は好きだったりする。嫁にいって以来大晦日は旦那の実家で、旦那の実家は紅白は興味ないのでみられない。この大晦日はこころゆくまで堪能した。
この日富山城址で地元北日本新聞主催のカウントダウン花火がありいってみたかったのだが雪の残る富山で妊婦の夜のお出かけは危険なのでやめた。
行きたかったよ~。
紅白が終わり、花火の音が聞こえだので窓をあけて音だけきいた。花火のドーンという音とカラスがカーカーと逃げまくる鳴き声が聞こえた。こうして1人の大晦日は終わり、新しい年が来た。

この日の作品051231_1244001
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そばはさすがにてんぷらを揚げる元気はなく、煮たエビと揚げ玉。温泉卵に火が通り過ぎて無残
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2005/12/31

詰まってる?

はりま1.5人のお正月2
子供がいないと夜更かしで、就寝は深夜0時。で、朝起きたのは8時。今日は燃えるゴミの特別回収日だったのだがアウト!しょうがないので倉庫にためておくことにする。
ああ、次回は忘れませんように。
朝ごはんの準備をしていたら、台所の壁のタイルの汚れが気になる。ちょうど邪魔する人もいないし、これから先お腹が大きくなると上の方は絶対掃除できないなとおもい、洗濯機をかけ掃除機をかけたあと台所のタイル掃除をした。何にもないとつまらなくなりそうなので、BGMにウィーン・オペラ舞踏管弦楽団のヨハン・シュトラウスのウィンナワルツのCDを流す。このCDは以前住んでいたI県T市でのウィーン・オペラ舞踏管弦楽団のコンサートで買ったものだ。私の実父は音楽といえばクラッシクの人でお正月恒例ウィーン・オペラ舞踏管弦楽団をよくみていた。
私は途中で入るバレエ団のダンスが大好きだった。T市でウィーン・オペラ舞踏管弦楽団が来ると知り、私はバレエ観たさに父をコンサートに誘った。結局日本のしかも地方公演にさすがバレエ団まではつくはずもなくがっかりしたが、やっぱり生できくウィーン・オペラ舞踏管弦楽団はすばらしかった。かなり前かの大橋巨泉が
「電気を通した音楽は嫌いだ」
といっていたが、なるほどなと思った。T市は音楽といえばクラッシクの学者の街だったためプロアマとわずクラッシクコンサートはよくやっていた。というかホールがバレエや演劇に適していない構造だっだりするせいもあるのかもしれない。演劇・ショウ好きの私にはちょっと物足りなかった。バレエはほとんど黄門様の出身のM市にまわってしまった。その点富山は家のすぐそばのホールでバレエ・四季から氣志團までありとあらゆる公演があるのだが、家族持ちになり何枚もチケットを無駄にした。平日公演が多いため旦那が出張だとアウトなのだ~。今私の野望は子供が大きくなったら再び支社に単身赴任し、あらゆるショウを見まくることだ。(なんつって支社に仕事あるほどえらくなってんのかという話もある。)妊娠してからポップス・ロックはもちろん、ミュージカル音楽も聴くとしんどくなってしまい、今聴けるのはクラッシクとオルゴールだけ。
台所のお掃除はテレビ通販でおなじみQUIK BRITEをそのまま濡れ布巾につけてこすったあと濡れ布巾で2度拭きするときれいになる。掃除も無事終わり、2時過ぎからお買い物へ。昨日今日でわかったのだが、駅前まで買い物に行って帰ると大体1時間だ。2時間だと富山城址くらいまで行けるのかな。娘や旦那がいないうちに娘にせがまれたプリキュアの黒い服を作ろうと思っていたのだが、なかなかすすまない。この日ウリナリ社交ダンスを見ながらすこしだけやったけどあんまりすすまなかった。社交ダンス、大きな声ではいえないけど今回のはあんまりおもしろくなかった。明日はお正月用の栗きんとんとお煮しめを作って、ブリ寿司と鱒寿司と花びら餅を買って来ようとおもう。できればプリキュア衣装もすすめたいな~。

水溶性食物繊維
夜になってお腹の不調にくるしむ。出したいけど出ない感じ。
妊婦にありがちな便秘か?
娘のときは6ヶ月くらいだったのに、今回は妊娠初期にも便秘気味。しばらく大丈夫だったんだけどな。
便秘といえば最近なんだったか健康番組をみていて、便秘には痙攣性の便秘というのがあってその場合不溶性の食物繊維をとるとかえってお腹が痛くなるというのを知り、ネットで水溶性食物繊維について検索しまくる。
結果

水溶性食物繊維を含む食べ物
りんご
寒天
海藻類
さつまいも

下剤作用もあり
プルーン・アロエ
(以上http://www.sutekimama.com/baby/health/005seni.html#3より)
ちなみにこの情報は妊婦向けの情報や素敵な商品も満載のページの一部です
*素敵ママ応援SHOP*Baby 

そのほか複数のページで
ごぼうは水溶性・不溶性両方の食物繊維があると書かれてました。

とりあえず同じく便秘にいいという噂の乳酸飲料をと食物繊維と鉄分・カルシウム入りマスカット味ドリンク(生協で購入)を飲み、明日は同じく生協で購入した寒天紅茶を試してみようと思うのでした。

今日のはりまの食事はこんなかんじ

アボガドトースト
(昨夜のアボガドの半分にレモンをふりマヨネーズで和えたのをトーストにのせる)
アロエヨーグルト
きなこ牛乳(牛乳100ccにきなこティースプーンで2杯くらい)
豚汁(豚汁野菜ミックスが4人前用だったため複数回分ある)


イカスミスパゲティー(インスタントソース使用)
豚汁
りんご


ご飯
鮭の西京漬け
カブの漬物(市販のもの)
豚汁
りんご

そのほか
カップ汁粉(きなこを少量混入)
乳酸飲料(ヤクルトもどき)
食物繊維と鉄分・カルシウム入りマスカット味ドリンク

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2005/12/30

富山の門松

はりま1.5人のお正月1
朝8時半ごろ旦那と娘は出発した。1.5人のお正月の始まりだ。前日仕事納めの時点では、絶不調で
「もしかして寝たりきり正月かも。」
と思ったのだが、8時には起き出し旦那とまだ寝ぼけている娘を送り出した。前日鼻をほじくりまくっていた娘は服を着替えさせようとしたとたん鼻血をだし、服を汚してしまった。年末かなりセーブモードだったにもかかわらず、風邪をひき部屋は荒れていた。とりあえず掃除と洗濯をした。さすがに大掃除はする気になれなかったが、とりあえず普段過ごすリビングはこざっぱりとした。最近埃のたまり方ひどかったのだが、どうやら窓を開ける回数が減ったせいらしい。窓を全部あけて掃除機をかけた。
それから年賀状の続き。とりあえず今日中に終わらせて投函しようと思っていたら14時くらいに終わった。
もうすぐ5ヶ月だし、あんまり寝てばかりだと体力落ちるしな~と思い中央郵便局まで散歩がてら出しに行くことにした。旦那からは昼と15時前に電話があった。最初の電話の時は娘がでて
「鼻血のズボン洗った?」とか
「ミッキーとかさかなやさんとかぞうさん(ディズニーと同様のCD)聞いた」
とか話してくれた。2回目は娘は爆睡だったらしい。
郵便局は思ったほど時間もかからず、体調も悪くならずもう少し歩くかと思い散歩することにした。娘を妊娠中、体調が落ち着いてからは
「1日2時間歩くように。」
といわれていた。何かの健康番組でダイエットのことやってるときも「最低2時間ウォーキングっていわれてたな~。」と思い、2時間くらい歩いてみることにした。幸い雪も降らず青空も見えていた。
さすが年の瀬門松が目につく。051229_1524001
富山に来て門松をみるたび何かが違うと思っていた。
まず台座が四角い。
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そして松は私が近所で見ていたのは丸くこんもり生けてあったように思う。そして南天が入っていることが多い。
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門松って日本全国同じかと思ったけどそうでもないらしい。仙台ではそんなふうに思ったことはなかったんだけど。
正月の花を買いたいと思ったのだが、まだ正月まで日数あるし、あんまり一度に用事をすますと出かける理由がなくなるしどうしようとおもったけど、試しに花屋の前を通るとちょうどいいのをみつけ結局買ってしまった。まだ2時間経たないので運河公園の方にもいってみた。久しぶりの青空で、雪でアイスクリームでできたみたいな立山連峰が上のほうだけ見えていた。051229_1553001
そこまできたらなんだか疲れてきて家に帰ることにした。家に着くと大体1時間くらいだろうか。
「体力の衰えはなはだしいな。」
と思った。妊娠初期寝てばかりだったのがいけなかったのかな。そして風呂をわかし夕飯を食べ、旦那に頼まれた赤富士鷹を録画しながら裏番組をみて寝たとさ。1人だと思ったけどじつは1.5人だということに今日気がついた。でも正直悠々自適。両家親に気を使わなくてもいいし。自分の実家も正月準備でテンパった母が私に八つ当たりをするので正月ってあんまり楽しくなかったけど、就職してめったに実家に戻らないので正月くらいは帰ってました。結婚する前も正月家にいなかったのは短大で友人Mと修善寺で別荘村の食堂でバイトしたときくらいかな。
でも思ったこと、
「来年は仕事納めの翌日からでなく、1日家にいてから帰省」
提案しようと思う。やはり仕事の翌日実家に帰って自宅に戻って翌日出勤は不可能だと思う。休暇もやむ得ないな。

ちなみに今日のはりまの食事はこんなかんじ

卵納豆とごはん


残った卵納豆にキャベツと魚肉ソーセージをまぜてお好み焼き
アロエヨーグルト


豚汁(豚汁野菜ミックス、キャベツ、豚肉、昆布・干ししいたけ・煮干粉末)
アボガドをわさび醤油で刺身風にいただく
もずく

みかん2個
カールチーズ味少々
残った焼き芋少々
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