2008/03/16

母の会でございますのよ9

反省会
発表会から2週間後の火曜日午前中に講師・文化センター職員・母の会を交えて反省会があった。ああ、これで任務完了、例によって高岡までの道のり、「水曜どうでしょう」テーマソングとドラバラの主題歌集を聞きながら高岡を目指した。すっかり通いなれた道だ。時間通り反省会会場につき、文化センター職員から昨年の発表会より数名少ないがまずまずの観客が動員され無事終了できたといった報告があった。そのあとは役員からの一言で、花束受付や会場誘導を行った上のくらすの役員のお母さん方からいろいろと来年に向けた意見がだされた。Cクラスは当日の役割分担はなく、子供の支度だけだったのでそのことにお礼をいい、あとはお姉さんたちがきちんと誘導してくれたので感心したことをいい、後は備品のアイペンシルをなくしてしまったこともその場でも謝罪した。
先生からは来年にむけた話もあり、来年は11月の最初の連休に発表会の予定だともおっしゃっていた。だいたい話がでると文化センター職員は退出し、先生とお母さん方だけになった。まあ雑談のような感じだったが、お姉さんのお母さんからは、レンタル衣装はすごくスリムにできているがやはりダイエットとかさせたほうがいいかというような質問がでた。やはり小学校高学年になるとスタイルの維持もたいへんなんだろうなと思った。女の子はどうしても太る時期ってあるもんね。教室にくるお姉さんはみんなすごくスタイルいいから苦労はないのかとおもってた。なかには発表会前に衣装に合わせて3kg減量させるというお母さんもいた。それにしても、今回役員をしてみてバレエを習うっていうのは子供だけの問題じゃなくて親も積極的に関わっていかなければならないということを思い知った。私はそれを別に面倒だとは思わない。それは私自身ステージものが好きだということもある。娘のバレエ教室のお姉さんたちはどのこも容姿も綺麗なうえとても感じがいい。その一因は子供が好きなことにお母さんが一緒に取り組んでいるからということもあると思う。もちろん母おやだけでなく、子供のことを親も一緒に楽しんで応援してあげるということは子供の成長に大きな影響があると思う。保育園だけだと似たような年齢の親としか接する機会しかないが、バレエはいろんな年齢の親子に接することができていろいろと学ぶことが多かった。
そして実際習ってみてわかったことは、個人的な技術を磨くだけでなくみんなで一緒に1つの作品を作り上げ、集団行動を身につける訓練にもなると知った。どこまで続くかは本人次第だがとりあえず現時点で楽しんで娘が通えていることは母としてはとても嬉しい。欲をいえば、一番うまい子まではいかなくても、一番うまい子と一緒に踊れる第一グループまでなって綺麗な衣装で可憐に舞える姿がみられるといいな。

こうしてなんとか役員の任務を完了した。発表会が終わって1ヶ月くらいは娘のレッスンに私がついていったが、現在は再び(待ち受けたように)旦那がついていっている。ほかの年頃の生徒さんならびにお母さんがたにはけむたいかもしれないが、旦那もいやらしい気持ちはなく純粋に美としてバレエを愛しているのでお許し願いたい。
娘のバレエ教室はほとんどお母さんが送り迎えをしているが、最近新聞でよんだところによると、フランスではお父さんが娘のダンスの送り迎えをしてるらしいですよ!(もちろん教室までははいらないんだろうが)
私は心労がたたり、12月一杯は疲労から立ち直れず、大分つかれもとれてきたと思ったら太郎の風邪の季節が始まってしまい、1月現在低調ぎみだったりする。太郎は体調が悪いと夜なんども泣きそのたびに起きるのであまり深く眠れていない。リハーサルと発表会パパと過ごした太郎だったが、現在私はおサルの親子のように太郎をはりつけて行動する毎日だ。
別に役員になったことは後悔はしてない。
ただ、そのプレッシャーでボロボロになり今だ本調子でない自分が憎い!

そして娘が6歳になってようやくわかったことがある。自分の人生で子供を持つかどうか考えたとき、私のこの代わりのもので口下手な性格では公園デビューやママづきあいにうまく関わる自信もなくそんな私がちゃんと子供を育てられるか不安でたまらなかった。
しかし、バレエでいろいろな年代の子供を持つお母さんと接して、公園や幼稚園などでみられる人間関係のドロドロは結局みんな母親としてどんなふうに人間関係を築けばいいかわからなくて起こるのではないかと思うようになった。
今でもやっぱりママ同士の付き合いはどうしていいかわからなくでおどおどしてしまうが、それでも不慣れなのは自分だけではないと思うようになり少しだけそういう場がラクになったような気がする。娘や太郎はそんな苦痛を味わう必要のない人になってほしいなと思う。そのためにも、小さいうちからたくさんの人と接する機会を作ってあげるように努力したいと思う。

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2008/03/09

母の会でございますのよ8

ついに当日
無事おきることができた。その日はいい天気だった。私と娘は9時までに会場に入る。旦那と太郎は高岡文化ホールに私たちをおいて、今度は富山駅近くのホテルにじいちゃんを迎えに行き、お弁当を買って家に戻り早めのお昼を食べて発表会に来ることになっていた。ママ好きの太郎がパパだけで外食が難しいし、富山から高岡文化ホールの途中でちょうどいい店の心当たりがなかった。
この日一番の役員の仕事は先生からクラス分の記念品をとりにいくことだった。楽屋につくと、早速メイクを始めた。時間はたくさんあるような感じがしたが、リハーサル開始までの時間はあっという間だった。今回は教室のメイク教室のほかに、同じクラスの人で上のお母さんと知り合いの人がいてその人が個人的にメイクを教えてくれていろいろ技を教えてもらったが、とりあえず教室で教えてもらった基礎的なメイクにした。しかし、講師をしてくれたお母さんの、
「Cさんはね、そんなにがっちりしなくても顔の作りをいかしてメイクしてあげたほうがいいわよ。それよりも本番まで泣かせないのが大切。」
という言葉がとても参考になった。
中にはちゃんとマスカラも持参していた人もいたが、私はすっかり忘れていた。
やはり上のクラスのお母さんは何度も娘の顔をメイクしていていろいろとためになる話もきけて参考になった。バレエはお母さんと2人3脚なんだなと思った。そのお母さんは自前のお化粧道具をちゃんと準備していた。私も今回とりあえず茶色のやわらかめのアイペンシルは自分で準備した。上のクラスのお母さんのクラスのメイク教室は土曜チームだけだったのだが、それをみて刺激され土曜チームは自前で道具を買った人が多かったみたいだ。私も来年同じバレエ教室ならメイク道具一式そろえてもいいかなと思った。
「自分のものはなかなか買わないけど、娘もものはつい・・・。」
とみんな言っていた。やはりママはママだ。
いよいよリハーサル開始、この日も本番はCクラスさんのママは会場にはいらないことになっているのでママさんたちには客席に行ってもらった。あとで考えると1部だけでも観にいけばよかったのだが、ずっと楽屋と舞台袖入り口にいた。
でも楽しい・・・。
衣装をつけて準備する女の子たちを見ていると、ドガがバレエダンサーの絵を描いていた気持ちがなんとなくわかった。
それはもう親のひいき目を超えて芸術的に美しかった。
リハーサル・当日は他のクラスは母親は袖の立ち入りは禁止されていたが、Cクラスさんだけは1人だけ大人がくいていいことになった。子供たちが踊っている間、ずっと袖の入り口にいた。私はバレエをみるのも大好きで残念ではあったが、おもいがけずこの歳で舞台裏に入れて嬉しかった。前日・当日リハーサルでお姉さんたちのほうでも自分の連れてくる子供たちのことがちゃんとわかっていて、しかもちゃんと小さい子供の相手もできていて安心した。見目麗しくて踊りも上手な上、小さいこどもの面倒もみられてとても感心した。
この日1番の心配事は無事お弁当を取りにいけるかだった。ちょうどCクラスさんの出番と重なったらどうしようと心配だったし、もし途中で声をかえられたら他のお母さんに袖の付き添いを頼めるかしんぱいだった。一応他のお母さんにお願いすることもできて、お弁当もちょうどCクラスさんは楽屋にいるタイミングだった。そして心配していた数もきちんと確保することができた。リハーサル・記念写真撮影も無事終え、お弁当を食べた。ママの分もと思って大きめのを頼んだが、娘はぺろりと食べてしまった。ママはおやつで空腹を紛らわした。
そのときのCさんはやけに元気な子が多かった。なぜかあの丈夫なバレエタイツに穴をあける子が何人かいて驚いた。タイツで床をすべっているのがよくなかったらしい。お弁当が終わってほどなく本番が始まったのだが、Cさんの出番まで長い。子供たちに問題が起こらないかひやひやしながら出番を待った。このころになると準備しているママたちもメイクという山場を超え疲労の色が濃くなってくる。
1部が終了し、2部が始まる。子供たちのメイクや衣装が乱れたり、泣き出す子供が出る前に一刻も早く本番にが終わってほしいと祈る私。そうこうするうちお姉さんが迎えに来てくれて、子供たちは舞台袖に向かう。
私も袖の入り口についていった。すると先生が、
「お母さんも袖で見てあげてください。」
と呼んでくれた。
最後の最後で間近で娘の踊りをみた。正面ではないのであまりよくわからなかったが、でも一生懸命踊っていてよかったなと思う。ついでに先生に、
「発表会終了後に挨拶にいかせていただきたいのですが、先生は生徒さんの楽屋をまわったりされますか?」
と聞いてみた。先生は、
「終演後は楽屋にいます。」
と教えてくれた。これで、さいごの挨拶もぬかりなくできる。子供たちの踊りも終わり、いったん楽屋に戻る。
あと少しだ。再びお姉さんが迎えに来てくれて舞台袖へ、無事終わったみたいだ。子供たちを迎えに行くと興奮冷めやらない子供たちは走って楽屋に戻ってしまい、娘はお姉さんと一緒に行くと最後までお姉さんを待っていて、お姉さんと一緒に楽屋に戻った。
先生からの記念品を配り、花束受付に確認に行くことを呼びかけ、無事役員は終了かと思った・・・。
が、しかし最後の最後で教室の備品のアイペンシルがなくなっていることが判明。
同じクラスのママさんが最後まで残って探してくれた。
リハーサルや当日も同じクラスのママさんたちがいろいろ気を使ってくれてありがたかった。
私は最悪自分で弁償してもいいと思ったが、なんとなくそれは専業主婦のママさんに仕事持ち変わり者ママの流儀を押し付けるような気がして、言い出せなかった。ここは、他のママさんの流儀に従うことにした。高岡Cさんの役員さんが上のクラスのママさんにきいたところ、
「とりあえず先生のところへいって事情を話したら?」
といわれた。それを聞いて高岡Cさんの役員のママさんと一緒に先生のところに行った。高岡Cさんのママが、
「弁償でしょうか?」
と聞くと先生が、
「もう1度皆さんに聞いてみてください。」
といわれた。それを聞いた私は、
「じゃあレッスンのときにでもボチボチ聞くか。」
と思っていた。付き合いベタの私はクラスのママさんたちと携帯の番号を交換するほどは親しくしていなかった。
発表会の2日後、私は疲労がたたり風邪で欠勤していた。家の電話が鳴りでてみると、なんと高岡Cさんの役員さんからで、なんでもクラス全員に確認して出てこなかったがそちらはどうだったかということだった。体調も悪く、面倒だなと思ったがそれだけ真面目な人だと決着がつかないとおちつかないだろうなと思い、思い切って役員に配られた名簿を使ってクラス全員に電話した。幸いにも1時間くらいで全員に連絡がつき、家で発表会の荷物をかたづけてもでてこないとのことだった。そしてその日のうちに高岡の役員さんも連絡がつき、娘のほうがレッスンが先にあるので私が先生にその旨つたえることになった。
いや~、風邪とはいえ家にいるときでよかった。
もし職場にいたらなかなか連絡がつかず高岡の役員さんも私もやきもきしたに違いない。文字にするとそんなたいしたことじゃないかもしれないが、人付き合いベタの私にとってはかなりの試練だった。翌レッスンでそのことを伝えると案の定先生は、
「そうですか。そのとき別のクラスも一緒の楽屋だったので、そのクラスにもきいてみます。弁償はしなくていいですよ。」
と笑顔でおっしゃった。
そうだよな~、私もたぶんそうするもん。
どうせ備品に損失は最初から想定されてるだろうし。
でもみんなで使うものに対して使う人みんなが責任をもって最後まで誠意をもって対応するのは当たり前か。もし全員で弁償することになったら、また普段は会わない火曜日クラスの人に連絡と集金をしなければならないかと思うと正直ブルーだった。だったらもう皆が知らないうちにアイペンシルぐらい私が買ってかえしますというのが私の考えだった。
いやいや、一緒にいる人たちに合わせるのも人として大切なことだ。

つづく

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2008/03/02

母の会でございますのよ7

おじいちゃんとご飯
前日リハーサルが終わり、父の携帯に電話すると、
「じゃあ着くまでホテルで待ってます。」
ということだった。無事富山に着いていてほっとした。
お店は「銀鱗」を予約した。1週間前で個室はとれなかったが、座敷の席を予約できた。太郎も小さいし、夜に行くのは初めてだったので不安だったが、おいしくて楽しかった。とくに太郎の料理はとらなかったが、お気軽懐石の料理をおいしそうにガツガツ食べた。役員をしていることもあって気ぜわしかったが、夏は太郎が肺炎になってしまっていけず、久しぶりに孫たちにあえてじいちゃんも嬉しそうだった。お店はすごく混んでいた。予約していてよかった。
さすが懐石だけあって、ゆっくり料理がでてきて、最後太郎が暴れそうになり焦ったが無事食事を終えた。おじいちゃんがおみやげをおいていきたいというので、すこしだけ我が家によった。旦那の出張とバレエの発表会のどさくさで家は荒れ放題だった。じいちゃんは娘と太郎に服と本、そして娘のランドセルの注文用紙をおいて、車でおくるよといったのだがホテルまで歩いて帰っていった。父は私が子供のころは典型的な九州男児かつ関白亭主で家族のことは父なりに思っていたにはよくわかったが、よく話す中のいい親子とはいいがたく、子供のころは家庭にを省みないということで文句たらたらの母の味方だった。旦那ではなく私の父ということで旦那と父お互い楽しく過ごせるかと心配だったが、楽しく食事ができるか心配だったが本当に和やかで楽しい時間だった。
明日はいよいよ発表会だ。
無事起きられるいいのだが。
やっぱりドキドキしてなかなか眠れなかった。

つづく

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2008/02/24

母の会でございますのよ6

どどうのように
総合練習の前のレッスン日、やはり先生の方から当日スケジュールのプリントが配られた。
やっぱりな~。
まあいいいやと思いつつメモに目を通すと私が作ったメモと違うところが!
昨年はCクラスさんは一部で一曲踊って終了だったので、リハーサルは化粧なしででていっても戻ってきてまた化粧をして本番前の記念撮影だった。だが今年は2部で最初にポロネーズを踊り、それから娘たちの踊りがはさまり最後にマズルカを踊ってフィナーレまででて終わりなので、リハーサル前にメイクを終了しなければならなかった。火曜日クラスの人にはまだ私のメモを配っていなかったため、赤字で訂正して渡すことにしたが、土曜日クラスの人には訂正しなければならない。それより火曜日クラスの人に対しては私のメモを配るかどうかもものすごく悩んだが、何しろ火曜日は1人を除きすべて発表会が初めてな上、娘は土曜日クラスで火曜日のお母さんと話す機会もほとんどないので、やはり読んでくれる人だけでもわかってくれるほうがいいだろうと休暇をとって火曜日クラスの人にプリントを届けた。
Cクラスさんの子供たちはしたくはすべてお母さんがしないとできない。しかも専業主婦の場合あらゆる家事育児をこなしていて、他の家族では下の子の面倒をみるのもままならないことがある。楽屋は母親以外立ち入り禁止なので、ママは楽屋から離れなければならないだろう。そういうときママのいない子の分の準備をしてあげてほしかった。私がいればやるのだが、役員をやっていることもあり、他の用事でそこまで気がまわらなかもしれない。そして、楽屋では待ち時間が多い。暇つぶしの遊び道具も持ってきてほしかった。
他のお母さん方に変に生真面目でひかれるかもなと思いつつ、最後は自分のためでもあると思い渡しにいった。一度メモを作っることによって私が忘れずにすむ。メイクのタイミングを間違えたこともあり、改めて当日スケジュールを作りみんなに渡すことにした。他のお母さん方が読んでくれるかは定かではないがとりあえず、メモを作ることで自分のなかで整理がつくと思った。急いでメモを作り、火曜日のクラスに届けた。
金曜日に最後の当日練習があった。役員になって以来心身ともに疲労もピークで9時からのレッスンにちゃんと行けるか心配だった。そして、この日の全体練習で全体の流れを覚えて、当日Cクラスさん全員がちゃんとステージで踊れるようにしなければいけない、そのことで頭が一杯だった。とりあえず、土曜日クラスにメンバーにメイクをリハーサル前に終わらせることを伝え、あとは2部の「眠りの森の美女」の総合練習開始とともに未就学児のCクラスさんが騒がないように一緒についていた。他のお母さんがたは子供たちから離れて練習を見ていたが私は子供たちがちゃんと出て行くのを見届けたかったのと、騒がないか心配で一緒にいた。
総合練習ではお姉さんたが衣装をつけて発表会用の踊りを通しで踊るのをじかでみることができる。女の子が綺麗な衣装を着て上手に踊る姿はやはり美しく、心に響くものがある。
ああ、無理にとはいはないけれど、自分の娘もこれくらいになったらいいのにな~。
と淡い夢をみる。それは今年始めたばかりのママさんたちもそうらしい。年長さんの女の子といえば、おしゃべりざかり、生意気なことも言い出す年頃である。
なんども、
「静かにしてね~。」
と注意してたら、
「なんでおばちゃんはそこにいるの?おばちゃんもあっちいってて。」
といわれてしまった。踊りのスタンバイをしている子供たちについているのは私だけで、ちょっとひんしゅくかなとも思いつつ、やはり役員としてクラスの子供たちが迷惑をかけるのをほっておくのはどうだろうと思い、一緒にいた。
当日はお姉さん方が小さい子供たちを楽屋から袖に連れて行ってくれると先生は言っていたが、お姉さんたちも自分たちの踊りがあるだろうし、とりあえず役員でもあり発表会経験のあるママである私がきちんと進行に合わせなければいけないという思いもあった。そして、私自身3歳からバレエに憧れ、「将来は舞台の役者になりたい。」と夢見た私はこういった裏方の仕事が大好きだったりもする。
まあべったりひっついていたおかげで、娘たちを連れて行ってくれるお姉さんの衣装の色を覚えた。そうして午前9時に始まった総合練習はお昼に終わった。

この総合練習は11月の終わりの連休の金曜日だった。翌日土曜日は午前中太郎と娘の保育園の生活発表会(学芸会のようなもの)があり、午後から発表会のリハーサルだった。そして夕方には千葉から私の父が娘の発表会を観に来てくれることになっていた。1週間前から食事のお店も予約して、ちゃんと会えるか心配だった。午前中の生活発表会は太郎の方はリハーサルの日保育士さんに
「とてもよくできましたよ。当日も楽しみです。」
といわれたが、当日はややご機嫌斜めだったらしい演技だった。
まあ1歳児はそんなもんだ。
娘の方もバレエでならした舞台度胸であぶなげない演技だった。
保育園児の演技を見ながら、
「やはり未就学児はこんなもんだ。それをシャッセだのパディッシャだの覚えて踊るんだからたいしたもんだよ。」
と心のなかで思った。
年長さんは最後まで演技があるため、生活発表会を終えバレエの前日リハーサル会場につくとギリギリで、大慌てで支度させた。衣装を着るのはなんてことないのだが、髪をお団子にするのが一苦労だった。リハーサルが始まり、何も考えずに他のママさんたちに客席にリハーサルを観に行ってもらった。高岡クラスのCクラスさんも役員ともう1人が留守番に残っていて、
「私たち残ってますんで大丈夫ですよ。」
といわれたが、客席までいって、やっぱ悪いよなと思い残った。この日の心配はリハーサル終了後先生に挨拶するということだ。役員顔見せのときの先生の話のなかに、
「上下関係をみにつけ、きちんと挨拶できるようになってほしい。」
とあった。昨年の役員の方も先生の挨拶のことをとても気にしていた。しばらくして子供たちが楽屋に戻った。楽屋でたいくつしないように、折り紙とおえかきの用意をしていたのだが、衣装を汚すのが心配で自分の作った注意には、
「衣装をつけたら遊び道具は片付ける。」
と書いた。でも子供たちは退屈して騒ぎ、高岡クラスのほうはおえかきをさせていたので遊び道具を出した。
これなら子供たちも喜ぶだろうともっていったしずくちゃんの折り紙

はキャラをめぐりケンカ寸前になりその日持ち帰った。ママたちに「眠りの森」が始まったら戻ってくださいっていえばよかったも後悔したが、当日はCクラスのお母さんは客席に入らないようにともいわれていたで、とくに今年はいったばかりのママさんたちはみたいだろうなとも思った。今年は衣装をつけている時間がながく、ポロネーズが終わって袖に待機し、自分たちの踊りが終わって戻るとお手洗いに行きたい子が何人かいて大変だった。衣装をつけたままお手洗いにいくのは予想外だった・・・。それでもなんとかCクラスさんのせいでリハーサルの進行に影響を出すこともなく終了した。
今度は挨拶だ。昨年先生はまだ他の出し物のリハーサルをしていて、客席にいた。今年は1つ作品である2部が先にリハーサルが行われ、そのあと先生も踊る1部のリハーサルだった。レオタードや衣装で公道を歩くなときつく注意されていて迷ったが、とりあえずCクラスさんには衣装を着替えてもらって一緒に先生のところに行くことにした。先生が客席にいるのか楽屋なのかわからず、わたしだけ急いで確認にいったら他の子達はママと一緒だったので、娘が拗ねて泣き出した。この発表会期間中、私はどうしても役員としての役割に頭がいってしまい、せっかく娘のバレエのレッスンに付き添っているのに、娘だけをみているわけにはいかず、娘も寂しかったと思う。とにかくさきに客席にいくと、客席には先生はおらず、慌てて
「楽屋にいってください。」
といそいだ。もし1部のリハーサルが始まってしまえば先生に会えなくなってしまう。急いで楽屋に行くと先生は衣装をつけているところだった。待っているのはCクラスの皆さんに悪いと思い、廊下から
「富山Cクラスこれで帰りますありがとうございました。」
といい、子供たちみんなで挨拶をして解散した。なんかCクラスのみんなにも、先生や他の生徒の方にも帰って迷惑だったかなとおもったりもしたが、とりあえず無事挨拶できた。
帰りの車で娘に、
「(娘の名前)ちゃんさあ、寂しくて悪いとおもうんだけどママ役員やってるからみんなのこともやらなきゃいけなくていつも一緒にいてあげられないの。本当に悪いんだけど明日もママが一緒じゃなくても1人でちゃんとやってね。ママ(娘の名前)ちゃんならできると思うんだ。」
といった。昨年にもまして周りのことがわかるようになってきて、本番も緊張して失敗するのではないかとちょっとだけ心配だった。

つづく

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2008/02/17

母の会でございますのよ5

ぬかりはございませんのよ
さて、集金も無事終わりぬかりなく弁当の注文書もコピーし、一安心。10月の終わりの週に高岡でのメイク教室ならびに照明あわせという照明担当のスタッフに一度通しで踊りをみぜるという日があった。時間が中途半端で4時30分からメイク教室、そのあと娘の暮らすのでばんは7時すぎというとても中途半端な時間帯。ここで問題浮上、
「晩御飯は?」
不良主婦の私は、
「とりあえずお菓子でもたせる。」
という結論に達した。外にでるのは進行がどうなるかきちんと説明されてないので心配だった。
役員たるもの、先生にきちんと聞くべきだろうか?
ともおもったのだが、うやむやにした。
当日、同じ土曜クラスのママが、
「高岡クラスの人がそばのファミレスに行くっておっしゃってるんだけど、一緒に行きませんか?」
と誘ってくれた。火曜日クラスの子達にも声をかけてくれて、車も出してくれた。とてもありがたかった。
さすがエリート主婦、なんてきびんな動き、しかもいまいち得たいの知れない我が家にまで声をかけてくれるなんて。こういうときに仲間にいれてもらえるなら、役員ぐらいお安い御用!
この辺までくると、今年のママたちもいい方ばかりだとわかる。よかったよかった。
11月は毎週旦那の泊まりの出張が入った。その上大きい会場でのレッスンが日曜日に入り、その日曜日に旦那の用事が入り娘と太郎を連れ総合練習に参加しなければならなかったりした。11月に入ったのに今年は諸注意やスケジュールのプリントが配られない。
もしや昨年も各クラスの役員さんが自前でつくったのだろうか?と慌てて昼休みを使って諸注意とスケジュールの紙を作った。今年は年長さんで始めての発表会の子が多く、しかも付き合いベタの私が役員だとさぞかし不安だろうという心配もあった。ちゃんと口で全員にいろいろなことを説明する自信もなかったし、メモを作っておけば私自信が忘れない。あとはお弁当にはる付箋紙を作くるだけと思い、お弁当の注文書をかばんに入れたり職場のデスクにいれたりしていた。旦那出張で疲労困憊、頭の回転も悪く気がついたらお弁当の注文書のコピーをなくしていた。その直後の大きい会場でのレッスン日、衣装持参といわれ、いきなり衣装を着て他のクラスのお母さんに、
「最初はレオタードよ。」
と注意されてしまった。その後すっかり慌てた私はレオタードで会場の廊下を歩かせてしまった。同じクラスの子にも、
「衣装でいいんじゃないですか?」
といってしまい、慌てたほかの子たちもそうだったらしく、翌週のレッスンで前の時間の上のクラスのお母さんに注意されてしまった。一瞬、
「なにお~。」
と思ったが、いや、いけない、と思いとにかく誠心誠意誤り、
「気をつけます。」
といった。そのついでに、当日お弁当の注文書ってかえしてもらえるもんなのか聞いてみた。
「とりまとめにの方に相談したらもってきてもらえるんじゃないからしら?」
と優しく教えてくれた。
いきなりキレなくてよかった。
役員だからといって1人でがんばることないのだ。
最初からわからないことは上のクラスにいる去年の役員のママに聞いてみたらよかったのだ。
昨年までは保育園の子はうちだけで、幼稚園にいれている専業主婦ママばかりの上同じ幼稚園の子も多かったのでなんとなく気後れして話もあまりしなかった。いい歳してつきあいベタなのもある。だが、とりまとめをしている方に突然電話してそれでなくても忙しい当日に注文書を持ってきてもらうのもどうだろうと思い、クラスの人に何も頼んだが聞いてまわった。幸い全員の分がわかった。
しかし、リビングの敷物をひっぺがしても出てこない。
落としてきたとも思えない。
落ちいてもう一度職場の机の引き出しを捜してみた。
するとあったではないか・・・。
ああ、愛しの弁当注文書コピー!
神様、仏様、精霊様(順不同)ありがとう!
発表会まであと1週間にせまりようやく私の胃をキリキリさせていたものの1つが解決した。あとは最後の総合練習と前日リハーサルと当日だ!

つづく
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2008/02/10

母の会でございますのよ4

ミッション1執行!
うちの娘は土曜日しかレッスンを受けていない。集金はとりあえず10月28日までにしなければいけなかった。まずは無事全部集められるかドキドキだった。土曜日は娘のレッスンだからなんとか全員に会えるだろう。火曜日は休暇をとらなければならないので極力1回で集めたい。その月は職場のイベントもあり、とにかく忙しかった。まず土曜日は最初の日にほとんど回収することができた。母の会費は1000円だったので、みんなその場で払ってくれた。お弁当代は半端だったが、みんなその場で払ってくれた。2人土曜日に集められるつもりの子が、1人は週2から火曜日のみに変わっていた。そして、もう1人火曜日から土曜日に変わったはずの子に会えず、週2回のお母さんに聞いたら、
「火曜日は来てますよ。」
と教えてくれた。火曜日の方は、職場のイベントもあり休みにくく週の後半2回いけばいいやとおもっていたら、火曜日は最後の1回がお休みで木・金・土・日と職場のイベントのある週の火曜日1回しかいけなくなってしまたった。ちょうどその週の土曜日は休まなければならなかったので、娘をレッスンに連れて行くという理由もあり、仕事を休んでレッスンに行った。お金は立て替えればよいのだが、お弁当は何種類があって注文がとれなかったらどうしようかとドキドキした。
幸い火曜日の子は全員1日で回収。1人だけおばあ様が連れてきた子がいてとりあえず、
「すいませんが注文だけお願いします。」
とお願いしたらお金も払ってくれるつもりだったのだが、細かいお金がなかった。するとレッスン終わりに、
「くずしてきましたから。」
といって払ってくれた。
ああ、娘のクラス、いい方ばかりでブラボー!
こうして職場イベント前にお金はすべて回収したのだった。

つづく
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2008/02/03

母の会でございますのよ3

母の会、集合でございますのよ!
とりあえず、役員になり最初の会合が某日開かれた。なにしろバレエを習わせるご家庭である。これまでCクラスでみてきたお母さま方といえば、やはりどちらかというとお上品な感じでママの裏街道まっしくがら私とはまるで別世界のママ達だった。
ああ、上のクラスの母たちはどんなだろう?
と緊張のあまり胃がよじれそうだった。初めて自分で運転して高岡まで行かなければいけないせいもあった。
出産以降些細な緊張が体調にひびくのと、中年の始まりかボケっぷりが激しく車の運転は消極的だった。とりあえず、BGMだけはもりあげていこう太郎妊娠以来心の支えとなっているHTBのバラエティー「水曜どうでしょう」ならびに「ドラバラ」の主題歌集というおそろしくコアな曲に乗りまくり高岡までの道中をとばした(制限速度で)。選曲は大当たり、気持ちよく目的地についた。
会議室には普段お目にかかったことのないお姉さんクラスのお母さんたちが集まっていた。まずはカルチャーセンターの男性職員から説明があり、そのあとバレエの先生から発表会について話があった。お姉さんたちのお母さんがたはさすがに発表会を何度も経験しているため、会場の進行についていろいろな意見がだされた。旦那は割りと娘のバレエの付き添いが好きだ。娘が習い出したのをきっかけに今ではかなりのバレエフリークだ。バレエ中継があると知ると喜んで録画する。昨年このバレエ教室に入ってから、なぜ発表会の運営が母の会なのか疑問だった。子供が小さいとあんまり意識しなかったのだが、発表会の全体練習ではをやはり小学校中学年を超えると楽屋や全体練習のときレオタード姿だったり、着替えをてつだったりするのは女親でないとだめで、思った以上にバレエを習うにはお母さんの力が必要なのだと痛感した。
実は休日、親が遊び相手をするのが大変になってきてバレエを習わせたのだが、普段のレッスン会場に送迎したり、本番の支度したり家族の協力があって成り立つものだと知った。上のクラスのお母さんがたは割りとさっぱりしていて感じのいい方ばかりだった。やはり長く続けられるということはそれなりの人格をもってないとやっていけないのだろうというのが旦那の考えだ。娘のバレエクラスのお姉さんたちはいままで私がかかわってきたバレエ教室のなかで一番レベルが高いと思う。コンクールに出場するような子も何人かいるし、系列の金沢の教室では奨学金で留学している子もいる。何よりすごいなと思うのが、教わっている先生がとにかくうまい。実は我が家は習い始めたとしの娘は参加しなかった発表会で先生の踊りを見てすっかりファンになってしまった。
ここで、母の会のお仕事について説明があった。まず母の会費のプリントをクラスの人たちに配るのと、お弁当の注文を次の全体練習までに配ることだった。あとは当日のお花の受付と会場案内、そしてリハーサルや当日の進行を遅らせないように注意するのが仕事だった。その後何回こういう集まりがあるのかきになり、幹部クラスのお母さんに聞いてみたら、次回は反省会までないとのことだった。とりあえず休暇が減らなくてよかったなと安心した。
昨年、総合練習に男親が入ってきて注意されたり当日も母親以外に入ってはいけない楽屋にお父さんが入ってきてしまい、注意され憤慨してやめてしまった子が娘のクラスにいた。総合練習やリハーサル・当日の注意をまとめる話し合いのなかでその話がでて、旦那がわりと練習をみるのが好きなほうで、今年も総合練習に父親の付き添いがまずいか聞いてみた。すると、昨年もそんなに強く注意したつもりはなかったとのことだった。特に総合練習ではレオタードから衣装の着替えの際そのまま会場で着替えてしまったりする。
今年の役員さんは、
「去年も着替えの場所は別に準備していたはずだし。男の子の生徒さんもいますからね。」
とおっしゃっていた。昨年の印象では、
「男性は出入りしては困ります!」
という感じだったがそういうわけでもないらしい。とにかく、割と感じのいい先輩お母さん方で安心した。

話は変わるがこのころフジテレビの「暴れん坊ママ」を観ていた。大泉洋さんならびにたま~にでてくる今私が一番好きな音尾琢真さんみたさからだった。(で、だいたいでなくて打ちひしがれる)大げさに描かれているのだろうと思ったのだが、そのじき一流幼稚園ママのドロドロぶりは、
「結局毛色の違うママにおしつけられただけか?」
と私の気持ちをブルーにさせた。
きっと音尾さんがでてなかったら、脱落していただろうドラマだった。

つづく
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2008/01/27

母の会でございますのよ2

やはり・・・
翌週、高岡の教室での全体練習があった。太郎の高熱入院ですでにはげしく休暇を使っていたこともあり、旦那が休暇をとりレッスンに連れて行った。案の定、ジャンケンで負けたお母さんから、
「やはり長い方にやってほしい。」
というオファーがあった。旦那はその場では返事をしないで帰ってきたが、すぐに電話があり私も覚悟を決めた。
それはそうだ。私も去年は発表会にでるだけで精一杯だった。幸いうちは旦那も協力的だし、全く持ってできないわけではない。やはりやるべきなのだろうと思った。しかし、前回のレッスン終了後の井戸端会議が気になった。
自分の仲間ではないやつにおしつけてしまえてきなことがあったのではないか?
いや、そんなことない、本当に心配なんだ!
それからの私はそんな自分のなかの善と悪の葛藤だった。しかも役員ともなると、やはりレッスンのつきそいは私がしなければならない。ママっ子の太郎は大丈夫だろうか?そして6月復帰以降土日は倒れていることが多かったが大丈夫だろうか?そもそも無愛想な私は、まずママづきあいが自信がなかった。ちゃんとお金を集めたり、必要な連絡をまわすことができるだろうか?
役員が決まってから最初のレッスンの前は2,3日まえから緊張した。
でもさ~、ママが付き合いベタで娘のバレエをやめさせるってあまりにも情けない結末だよな~。
やるしかないのだよ。
昔はちょっとくらいのドキドキでも
「大丈夫!どーんといこう。」
という感じだったが、最近ストレスに追い込まれるとすぐに体に来る。まず眠れなくなる。そして緊張のあまり体がこわばりあちこちが痛くなってくる。そのダメージはなかなか回復しない。
歳をとるって悲しい・・・。
年々守りの体制になっていく。いざレッスンに行ってみると、新しく入ったお母さんがたこれまでちっともレッスンに来なかった変わり者ママにもフレンドリーにしてくれてありがたかった。
いいの、別に影でなら悪口いわれても。
世の中には自分の資質に合わせて上手に人生チョイスして生きていく人もいるけど、泥沼にはまりながら努力と根性で適応していく人もいる。
私は後者なだけなのよ!
と自分を励ましながらレッスンに通うのだった。でもレッスン帰りはわりと軽快な気持ちのことが多かった。

つづく
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2008/01/20

母の会でございますのよ1

またまたご無沙汰です!
しばらくは突発更新です。たま~にみにきてね。

秋以来、すっかりご無沙汰です。なぜかって~と、娘のバレエの発表会の役員になってしまったから。娘のバレエ教室は新聞社のカルチャーセンターに所属していて、発表会はカルチャーセンター職員(男性)、講師、そして各クラスから選ばれる母の会役員によって運営される。昨年は未就学児のCクラス年長さんに同じ幼稚園グループの中で年数の長いお母さんがきがついたら役員をやられていて(いや、私が知らなかっただけか?)、1年目でなにもわからない私と娘はその役員さんと、紹介してくれたもと保育士の先生ママに導かれ、無事発表会を終えた。
ちなみに役員のママさんはそれはそれは優しく、賢いセレブママで、「やはりバレエ教室の役員とはそういう人がやるんだな。」と思っていた。
今年は3人発表会2回目の人がいて、うちの娘と同じくらいに始めた子がいてその子は週2レッスンだし、そのママが上のクラスのセレブママと知り合いでもあるようだし、その方かなと思っていた。夏の集中レッスンの最終日、やや緊張した面持ちでめずらしく先生がお母さまがたの方へやってきた。そして、
「今年の役員を決めていただきたいのですが。」
とおっしゃった。
えええ、決まってたわけじゃないんだ。
ど~なるんだ?
今年は発表会経験者3名。
一応廊下にはそのときいたCクラスのお母さん全員が集まってくれた。とりあえず、年中さんは子供の面倒をみるのが精一杯・・・ということで辞退の体制。
なんと娘と同じ頃に入った週2の子は年中さんだった・・・。
ショック、役員とは関係なしにショック!
その子はレッスン態度は非常にまじめなおりこうさんだった。
そして、発表会2回目年長さんの子はおうちが忙しいということで辞退。
一応その方が、
「おたく、下のお子さん小さいし・・・。」
そう、それが正直かなり心配だった。仕事もしていたが、一応融通はきくし、下の子もすでに保育園ということで、幼稚園のおうちよりは条件はいいほうだと思う。とりあえず、その場で年長さん母でジャンケンということになった。
ああ、負けそう
と思ったが、見事勝ち抜けてしまった。今年初めての発表会で役員は大変かもとは思いつつ、ママづきあいが不安ということで専業主婦の道を断念した私に役員の資質があるとも思えず、その場は
「皆さん協力してやるということで。」
とその場は終わりになった。
エレベーターを降りて背後で負けてしまったママとその仲間ママがなにやらいいあっているのは背後に感じたがその場はそ知らぬふりで去った。昨年ほどではないが、新しく入った子供たちは同じ幼稚園どうしみたいだった。私のように、保育園でしかも仕事をしていて、仲間がいないといろいろと都合の悪いことがあるのではないかと思った。太郎が生まれて以来、ほとんど旦那が娘のバレエの送り迎えをしていた。もしだめだと直接言われたら、そのときはひきうけようとはその場で思っていた。

つづく

*尚、このテーマは更新率を高めるため、週1更新で行きたいと思います。よろしく!

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2007/05/01

確信・・・

それは高校の修学旅行のときのこと、奈良の大仏で最初で最後のナンパをされた。旦那に会うまで彼氏いない暦更新中だった私にとって唯一女性としてなんとなく誇らしい思い出だった。そのとき一緒にいた友人は、旦那が
「素材は逸品なのだからちゃんとおしゃれすればちょっとした女優には負けない。」
と断言する友人だった。その友人は確かに綺麗な方だが、やや私の美人ストライクゾーンからはずれており、
「そんなに絶賛するほどの美人だろうか?」
と疑っていた。
だがつい最近、某探偵ドラマで涼風真世が名門女子高の校長役で眼鏡をかけいかにも教育者という感じの地味なコーディネートで出演していた。
似ている!その友人にそっくりだ!
涼風真世の男役は私はあんまり好みではなかったが、まちがいなく美人だと思う。

そうか~、やはりあのナンパは友人狙いか~。
ガックリ

いいのだ。
そんな不細工でもちゃんと結婚もできるし子供ももてるのだ。美貌とういう点ではすでにハンディーをもったわが子たちは気の毒だが。(幸い現時点では娘は私には似ていない)だから私は思っている。

結婚は運なのだ。

最近旦那が爆風スランプの「大きなたまねぎの下で」についてなぜこの女の子は武道館にこられなかったか以下のように語った。
「お前みたいな女の子が嫌われるのが怖くて自分の写真が送れなくて、(涼風真世似の友人)さんの写真を送っちゃったみたいな・・・。」

ああ、悪かったね、私の友人はみんな頭がいいし美人だ。
でもな~、不細工がいるから美人が映える、お馬鹿さんがいるからおりこうさんがいるんだ!
ほっといてくれ!

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