2008/03/23

お友達、できちゃった

今6歳の娘が1歳半すぎたとき、夫婦で転勤で富山にやってきた。職場は正社員の女性は私だけ、3年雇用の非常勤さんは未婚か結婚や出産と同時にやめてしまうことが多かった。保育園では朝はみな大急ぎでなんだか悪くてママたちに話しかけにくい。夕方も最初のころはやっぱり私自身に気持の余裕がなかったのもあるし、保育園の駐車場はせまくてあんまりのんびりしていたら迷惑だろうとなんとなく話しかけにくかった。そもそも初対面の人に話しかけるのが苦手で、それを理由に逃げてたせいもあるかもしれない。最初の年には結構いた小さい子供がいる家族もようやく環境になれて話すのも苦痛でなくなったころには最後の1件が家を建てて引っ越してしまった。
ママトークがそんなに苦痛ではなくなったのは太郎が生まれて職場復帰したくらいでつい最近の話だ。富山にきて太郎が生まれるて再び職場復帰するまでは、歯をくいしばることばかりだった。
旦那がいないくて娘と2人で過ごさなければならないときは、気がつくと泣きたくなるくらいつらかった。太郎が生まれて、再び職場復帰した今は雪の日ふだんは自転車で行く道を抱っこでいっても全然つらくない。娘はおとなしくベビーカーに乗っていて、もっと楽だったのに気持はいつも追い詰められていた。娘はかわいかった。でも心のそこから育児を楽しんでいるというにはほど遠かった。娘には悪いことをしてしまった。それでも日々成長していく娘に感謝だ。
娘が2歳にあったある日、かかりつけの耳鼻科で同じ保育園の男の子とそのママにあった。とても明るくて気さくなママで会話がはずんだ。結局娘とは違うクラスのようで同じ学年か1つしたなのかわからなかった。娘は9月生まれその子は1月生まれで年中さんまではクラスが約半年きざみになっているからだ。年中さんになり、その子と一緒のクラスになった。お迎えの時間帯があわないので一緒になるまでほとんど保育園で顔を合わせることがなかった。やはり明るいママさんでいつもだれかと楽しそうに話しをしていて、やはりなかなかママ友ができないのは私の性格のせいなのかもと暗い気持ちになった。
同じクラスになってもお迎えの時間帯がめったにあわずあまり話をしなかった。私の職場は比較的時間と休暇に恵まれていて、定時で帰れてしまうので同じ時間になる人は少なかった。だいたい、小さい子供づれで転勤してきたのに係員から係長相当のスタッフポストについてしまったのに、子供のことと以前、酔った席とはいえ
「女性とに現場のある職場にこられて迷惑だ。」
といわれたショックから立ち直れていなかった私は職場にいるのは常にプレッシャーで1分1秒足りも長く職場にいたくなかった。いつも勤務時間中にノルマを果たすべく必死だった。
娘の育児休業中はつくばにいて、つくばには家のそばに育児サークルがあり参加することができたが、富山で過ごした太郎育児休業中は皆実家が近く実家がたよりになるのか育児サークルの気配もなく、1人目以上に心身ともに産後の疲労に悩まされ気分的に積極的にママ友を作ろうという気のにもなれないまま終わってしまった。
それでも産休中はそのときはまだいた年の近い子供のママと話すのも怖かったが育児休業も半分終わったあたりで平気になってきた。
だが結局ママ友はできないまま育児休業は終了してしまった。職場復帰2か月の真夏の暑い日、太郎が高い熱を出し肺炎で入院してしまった。私は太郎の付き添いで病院で、旦那が娘の保育園のお迎えにいった。娘を連れて病院に来た旦那は、
「いやあ、友達とバーベキューに行くってなかれちゃってさ~。」
とあきれ顔だった。そのお友達の1人に以前耳鼻科であった明るいママがいて、そのママが、
「じゃ~みんなで行こう!(娘のクラスの年長さん2人の女の子のうち娘じゃないほうの子のママ)ちゃんママとおばさんメル友だから計画立てとくね。」
といってくれたのだそうだ。子供達はおお喜びで、娘もいくき満々だった。どうなるんだろうな~と思っていてるうちうに夏は終り、9月に入りその間も何度か娘に、
「バーベキューは。」
と催促された。かわいそうだから一度はさそってうちから誘ってあげようかともおもったけど、親のほうはわずらわしいかもなと思ったのと、我が家も小さい太郎を抱えてなかなか誘う元気がでなかった。たまたまその明るいママと一緒になったとき、
「これから日程調整しますから、行きましょうね!」
と声をかけられた。娘のわがままでかえって迷惑をかけてしまったのではないか心配だった。
「なんかすることあったらいってくださいね。」
といった。それからその仲良しグループに入っている同じクラスで女の子は娘をいれてももう1人の女の子のママから、キャンプに関する連絡のお手紙をもらった。ああ、明るいママともう1人の女の子ママは仲がいいだろうからいいけどなんか悪いな思い、
「何か準備することあったら連絡ください。」
と携帯のメルアドを教えた。
結局そのママと明るいママがほぼ準備してくれて、
「しおりいれておきました。」
と女の子のママからメールをもらい、げた箱をみるとそれは愉快で力作のしおりが入っていた。うちの娘の思いつきでとんだ手間をとらせてしまったと申し訳なかった。
バーベキューは9月の連休の最後の日に行われた。どうなることやらと思っていたが、娘が大喜びだったのはもちろんとても楽しい時間が過ごせた。また一緒に遊ぼうねと約束した。
それぞれに仕事をしているし、どうなるかなと思ったがその後も近くの保育園の保育科の成果発表のイベントにいったり、富山大学の子供むけのイベントにいったり、2人いるクラス担任のうちの1人が結婚するというのでみんなで披露宴の終わるころを見計らって会いにいったりとたびたび会うようになった。ちょうど「暴れん坊ママ」が放映されている次期がかさなり、実は明るいママももう1人の女の子のママもみていて、12月娘の保育園の子供たちが土曜日午前中、富山の郵便局の年賀状受け付け開始のイベントに参加することになり土曜登園の数日前、
「ママ茶しませんか?」
とのメールが入り、混ぜてもらうことにした。その時はまだ、他のママは仲がいいのかもしれないけど、無理して混ぜてもらってないかなと心配な気持ちもあったが、明るいママもう1人の女の子のママと娘が今の保育園でお世話になってから知っているやはり娘が入ってる仲良しグループの男の子のママ2人も一緒にピクニックでママ茶した。
私の心配は杞憂に終わり、特に気を使うことなく時間も忘れそうになるくらい会話がはずんだ。年も明けて、ある日私は残業になってしまい旦那のお迎えもギリギリになりちょうど明るいママと一緒になった。お迎えをした旦那から、
「ママは出張?って聞かれてもしパパが出張の時は一緒に御飯でも食べましょうっていってたぞ。」
といわれた。のちに明るいママが、
「うちいっつも息子と2人でごはんだから、別にパパと(娘愛称)ちゃんとでもよかったんだけど。」
いわれた。明るいママのおうちはパパが長期で出張に行くことが多い仕事だと話に聞いていた。
う~ん旦那、美人ママと一緒にごはんできなくて残念!
(私も全然かまわない)
チームママ茶のママたちは凡庸いやむしろヤバい私とは違いみんなそれぞれの個性をもった美人だ。そっか、じゃあ今度旦那が出張の時は声掛けてみようと思っていたある日、旦那が仕事で金・土と家を空けることになった。しかもその土曜日は娘のバレエがなく、子供2人の相手を1人でするかと思うとややブルーだった。
季節は冬。寒いし雪も降り天気が悪い。どうやって遊び相手をしたものか・・・。
ふと思い立ち、とりあえず金曜日ピクニックでお食事会をしないかともう1人の女の子のママを誘ってみた。しかし平日は何かとわずらわしいからどうだろうともったらちょうど同じくパパが出張でOKの返事、結局チームママ茶全員集合だった。子ども達は子供たちで大盛り上がり、ママはママたちで話がつきなかった。手作り風でお手頃価格の個人経営のお店は夜もそこそこお客さんがいた。とても子供におおらかなお店だったが、やや気兼ねした。
はしゃいだ子どもたちおそるべし!
「次回はカラオケの店がいいかもね。」
という話になった。そのときやはり以前から子供たちが勝手に決めていたもう1人の女の子の家に遊びにいくいう話があり、女の子ママからいつがいい?という話になった。それと翌日に新聞社の主催する「新1年生のつどい」がありそれにみんなで行くことになった。
もう1人の女の子の家にいく予定は2月から3月になってしまった。3月にお邪魔するとそれはそれは素敵なおうちで、子供達はやっぱり大騒ぎ、ママたちは話で大盛り上がりだった。なんだか富山に引っ越してきたばかりのことが嘘のようだと思った。割と子供のころから地元を離れたことがないという人が多い富山で、最初はまったく知らない人ばかりだったが、3年も経った頃からよく外出先で知っている人に会うようになった。知人とは月日とともに増えていくものなのだと思う。
ママ友がなかなかできなくて、もしかして自分に何か問題があるのではないかと思ったりもしたけど、そんなに力んだり焦ったりしなくてもあっという間に仲良くなれるもんなんだと最近思うようになった。
明るいママのように自分から積極的にはなせればそれにこしたことはないけど、そうでなくてもお友達ってできるときはできるもんだと30すぎてしかも40近くなってようやく納得した。
せっかくお友達ができたのに、この春に転勤の可能性大だ。
でもお別れの前にもう1つ楽しい予定が入っている。
今はまだそれから先のことは考えたくない心境だ。

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2008/02/27

うちのパティシエ

娘もついにお菓子作りに興味を持ちだしほくそ笑む母。バレンタインも手作りケーキを作った。
生地は例によって娘好みのチョコ生地。昨年導入された電動泡だて器を使えばスポンジなんてなんてことない。パパにハートチョコ、太郎にアンパンマンチョコをデコレーションしてこのとおり。平日は時間がないということで2月の3連休に作ったのだか、その三連休太郎とパパはおなかにくる風邪をひき食欲不振。もたれながら食したとさ。
Sn340582バレンタインといえば、今年は従兄と実家に五円チョコの詰め合わせとお手紙を送った。とっておいた菓子折りの缶につめたのだが、缶がむき出しなのもなんなので、ハンドタオルをひいた。本当はハンカチのほうがよかったのだが、買いに行っている暇がなかった。来年はハンカチを忘れずに買うぞ。(私へのメモ)
職場は全く無視というもの気がとがめ、かといってあんまり立派なのを買うのもお返しとかで気を使われるのがいやなので、生協で小判チョコを買いおやつの時間に配ってもらうことにした。お愛想とはいえ、わりと職場の雰囲気が和みました。やはり甘いものやおいしいものは人の心を楽しくするのであります。
ちなみに職場の食堂のおばちゃんからも見覚えのある五円チョコレートをいただき、
「私の感性は食堂のおばちゃんと一緒なのだ。」
と自分のおかれている立場を実感しましたとさ。
小判チョコは私のぶんもあったのだが、1枚だけじゃさびしいから2枚にしたらさすが駄菓子でちょっと重すぎた。安くすんだが、これだったらちいさいけど箱に入ってるもっとおいしいのにしたほうがよかったかもと後悔した。来年はもっと時間もあるだろうからちゃんと試食しようと思うのだった。(私へのメモ2)
仕事の一環の職務に関する情報収集というなの新聞チェックをしているとき、恋愛について語っている連載記事で
「子供がバレンタインに興味を持ちだすのに抵抗を持つ大人がいるが、好きな男の子にチョコレートをあげたいという気持ちは恋愛の第一歩であり、動物として成人になり繁殖行動をおこすための第一歩でもある。これは性教育の第一歩でもあり、そういう気持ちを頭からひていせず、上手に育ててあげなければいけない。」
というようなことが書かれていた。(ものすごく私流理解なのであしからず)
この春から小学生、親が守ってやらないと生きていけない時期を過ぎ、親に守られつつも人として一人前に生きていく準備の始まりを迎えた娘の母として忘れてはいけないことだと思った。個人的に考えはいろいろとあるだろうが、やはり人も動物であり雄と雌がいるのだ。繁殖だけがすべてではないとも思うけど。

ちなみに昨年クリスマスのケーキはこちら。Sn340562生協でクリスマスデコレーションセットを買って飾ったらなんとこんな立派なケーキの出来上がり。結局ケーキなんてデコレーションだけって感じ?
甘えん坊太郎がうるさくてケーキを作る予定はなかったのだが、12月の始めの旦那のお誕生日の際回転寿司食べ放題と富山老舗デパ地下ホールケーキで大盤振る舞いをしてしまい、クリスマスケーキを買うのははばかられ・・・。

そしてこれが昨年太郎お誕生日のときのバースデーケーキ。Sn340497季節がイチゴというよりさくらんぼだったためさくらんぼをトッピング。しかし最近ケーキもマンネリ化したなと思っていたら、パティシエからも、
「今度はクッキーかクレープがいい。」
との要請があったとさ。


「ごえんがあるよ。」チョコレート
小判型はネットではみつからなかった。

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2008/02/20

はんぺんで泣く女

昨年、クリスマス間近のある日曜日、おでんにすることにした。おでんセット・牛すじ・大根・たまごはあったのだがはんぺんがなかった。最近わかったのだが、娘はおでんのはんぺんが大好きらしい。太郎のくいも非常に良い。ねりものはあまり好きではないらしい。よってはんぺんがないと娘の食べるものがなくなってしまう。その日トイザラスの入っているショッピングセンターにでかけていた。同じ建物のスーパーによったのだがなぜかはんぺんが売り切れていた。
今晩はおでんの家が多いのだろうか?
というか、関東でははんぺんがないということはまずありえないのだが、はんぺんを売っている場所じたいがかなり地味な感じだった。富山の人ははんぺんはあまり好きではないのだろうか?はんぺんがないとしった娘は泣きだした。はんぺんくらいで泣くなよ~と思いつつ、コンビニのおでんのはんぺんを買おうということで娘を納得させ帰り道のコンビニへ。
ところがやっぱりはんぺんがなかった。それを知った娘はまた泣き出した。しかし、はんぺんのためだけに家を通り過ぎてスーパーに行くもの面倒なので、娘に
「はんぺんなくてもいいじゃない。」
と説得したが応じなかった。
仕方なくスーパーへ。太郎をおろすのは面倒なのでパパと娘で買いにいってもらい太郎と私は車に残った。しばらくして、はんぺんを買って満面の笑顔で戻ってきた娘。育て方をまちがったのではないかと落ち込むママなのだった。この春小学生になるくせに、はんぺんくらいで2度も泣くなよ。私はどちらかというと悲しくても素直に泣けないタイプの子だったのに、いったいだれに似たんだろう。

おでんといえば、富山で牛すじを入れることを覚えた。おでんの牛すじはおいしい。それから富山のおでんはススダケといって細い竹の子も入るそうだ。
「ススダケって何?」
と娘に聞かれて、
「細い竹の子だよ。」
と教えると、
「ああ、保育園のおでんに入ってるやつ。」
という返事。職場でもきいたところによると、富山のおでんの定番らしい。おでんに入れる野菜って大根しかなくって野菜が足りないかんじがしていたが、今度はススダケも我が家の定番化しようと思った。

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2007/10/04

そのとき娘は

バレエのレッスン編
太郎が熱性痙攣をおこした翌日、娘はバレエの発表会にむけた強化レッスン中だった。すごく悩んだのだが、薬を飲むと熱は下がり機嫌もよくなるし、どうせ抱っこしてればいいからと連れて行くことにした。何より5歳児の知能で1回でも振りが遅れると大変なことになる。なるべく負担が少ないように車でレッスンに向かった。いつもなら間に合う時間にちゃんとでたのだが、その日教室のそばの駐車場が激混み。国際会議場と市民プラザが近いのだが、どちらかでイベントでもあるらしい。時間はかなりぎりぎりだった。娘に、
「ここでおろすから1人でエレベーターに乗っていけない?」
と聞くと娘は首をふった。娘と同じ歳でママが車を駐車場に止めている間にちゃんと1人で来てる子もいる。
ええい、臆病ものめ
とも思ったが、街中のビルのエレベーターで1人で6階まで行かせるのはやっぱり危ないかもと後で思った。新聞の文化教室なので、新聞社の支社のビルに入っていて子供に対するセキュリティーはいまいちかもしれない。慌てて少し離れた駐車場に。駐車場に入れた時点でレッスンは始まっており、会場についたのは10分過ぎていた。当然レッスンは始まっていた。発熱した太郎を抱っこしていたので、更衣室には娘1人で行かせた。どうせすでにレオタードはきているので上をぬぐだけだ。1度更衣室に入った娘は
「トイレ。」
といって出てきた。やはり太郎を抱えて面倒だった私は、娘に1人でトイレに行かせた。どうもそれがいけなかったらしい。レオタードになってからトイレにいけばよいものを、服のままいってまた戻ってきた。
「レオタードになってから行きなさい。」
というと娘は泣きそうになりながら更衣室に戻りトイレにいって戻ってきた。戻ってきた娘は泣き出してしまった。
エレベーターに乗れなかった時点でかなりムッとしていた私。もしそばにほかの子やそのお母さんや先生がいなかったら私は切れていたと思う。更衣室に入り、なぐさめ機嫌をとり、他の子が普段してるように挨拶して入るように言ったが娘は泣き止まない。
なんでだよ~、熱をだした弟に無理させて連れてきてるのにそれはないだろう
と思った。本当は
「そんなにメソメソするなら今日はやめて帰る!」
とどなりたいところだったが、私以外は母性があふれんばかりの専業主婦のママさんたちの手前さすがにそれはできなかった。途中先生も様子を見にきてくれたが娘はレッスンに加わらなかった。去年一緒だった勝ち組のママなら優しくなぐさめて説得するんだろうな~と思いつつ、怒りをこらえ優しく娘にレッスンに入るか帰るか聞いた。娘が帰るといえば、それはそれで頭にくるんだろうなと思いつつ。結局娘は
「帰らない。」
と意思表示をしたが、
「じゃあママが連れて行ってあげるから。」
とタイミングをみて先生にお願いしたが、娘はやっぱりレッスンに加わらなかった。
困っていると、先生が
「お姉さんと一緒に見てる?」
と誘ってくれた。
発表会準備のせいか今年主役を踊るらしいお姉さんがレッスンのお手伝いをしていた。娘はやっと納得してお姉さんのそばにいった。その後、センターになりようやく娘はレッスンに加わり、発表会の振り付けが始まる頃にはハイテンションだった。あくまでハイテンションなので、レッスンをまじめに受けているという意味ではなく、いつもどおり集中力が切れるとふらふらしたりするのである。あんまりカリカリするのはいけないと思いつつ、かな~りキレ気味だった。しかし、完全ママブラックになりかけると理性を取り戻し、「優しく」
を心がけるのであった。内心、
「いつか仕返しするからな~。」
(もちろん高校生くらいになってから)
と大人気ないことを思いつつ。

太郎入院編
太郎が入院してしまうと妙にハイテンションになった娘。朝は5歳児1人だけならこんなにラクなんだと実感。太郎が入院してしまい、翌週に控えていた帰省がなくなってしまった。
それを聞いた娘は、
「パパと(娘の名前)ちゃんで行ってきてもいいよ。」
とのたまう。ほ~そこまで言うならと思い、
「じゃあチバ(私の実家)ばあちゃんちに(娘の名前)ちゃん1人だけで泊まれる?」
と聞くと、
「大丈夫だよ。」
という。そうかい、じゃあ今度本社出張のとき利用させてもらおうじゃないのと思う。
金曜日、病院から帰るとアパートの同じ階段の男の子3人いるおうちの家族と女の子のいるおうちの家族が花火をやっていた。親切にも男の子のおうちのママが一緒にやろうと呼び止めてくれた。娘は大喜び。せっかくなので娘が保育園の夏祭りでもらってきた花火を家からとってきて混ぜてもらった。太郎が体調をくずし、大好きなパパがいなくてかまって貰えず寂しい思いをしていた娘にとっては思いがけず楽しい出来事だったに違いない。
気さくなご近所さんに感謝した。花火も終わり家に帰ると
「太郎がいないとママラクでいいね。」
と暴言をはく。
悪気はないのだろう。彼女なりのママに対する気遣いなのはわかる。しかし、驚くまでのポジティブ思考だ。
馬鹿なのだろうか?
一応、
「太郎は病気でつらいんだからそんなこといっちゃだめだよ。」
といった。

お花かわなくっちゃ
太郎が入院して娘が思いついたこと、それは
「お花かわなくっちゃ。」
だった。もちろん、太郎にはお花の価値などわかるはずはない。そして娘もおそらく病人のためにというよりは単に普段めったに買えないかわいいフラワーアレンジメントを買えるただそれだけだと思われる。それを証拠に、娘が太郎が退院に花を家に持ってかえることを心待ちにしていた。しかし、その娘が自分のために買った花にママはたいそうなぐさめられたのだった。お見舞いに花は正しいです。何もない病室に美しく色とりどりの花たちにどれだけ癒されたことか。(病人ではなく看病する人がね)
そして太郎がいない日、娘は遠慮がちに
「おっぱいもう痛くない?」
と断乳で張った胸をさわった。やはり太郎がいることでママに対して遠慮していたのだろうなと思った。太郎がべったりと張り付き、日常必要最低限のことをするのもやっとで気持ちに余裕もなく、その上娘が甘えてくるとついつい厳しい態度をとってしまう。私が思っている以上に娘もがんばっているのだと思った。
単に自己チューなのかみんなを盛り上げようとわざと明るくふるまっているのか半信半疑だったが、どうやら娘なりに気を使い明るくふるまっていたが知恵と言葉がたらなかっただけのようだった。その証拠に、太郎が家に帰って安心したのかそれから数日体調をくずし、わがままの限りをつくしたであった。
彼女にしてみれば、楽しみにしていたおばあちゃんやいとこに会いにいけなくなったり、太郎の体調を気にして夏らしいおでかけができなかったりしてたいくつだったと思う。かわいそうなので、パパがプールに連れて行ったが結局この夏は家族でお出かけはできなかったし、8月一杯は休日ショッピングセンターにでかけるのもはばかられた。保育園に通っていることもあり、結局夏休みはないようなものだった。太郎が生まれたばかりの昨年に引き続き、娘にとってもかわいそうな夏だったなと思う。

でもね、ママもどこにも行けなくてつまらなかった。(おいおい)

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2007/06/10

巣立つ娘

週末、太郎発熱のためママは常に太郎のそばにいなければならなかった。太郎が寝れば添い寝、起きてるときは抱っこしてないと泣いて騒ぐ。熱がでて気分が悪いせいだと思う。娘がこの時分は熱がでるとよく寝た。
その日は山王祭2日目。家族で娘のバレエの前に山王祭に行く予定だった。ところが太郎発熱。娘はパパと一緒にバレエの帰りにお祭りに行くことになった。
なんと娘自身が昼食後に、
「今日(太郎リアルネーム愛称)君とママお祭りいけないんでしょう?(娘リアルネーム愛称)ちゃん、パパと行くから。」
と言った。娘とパパがでかけたとき、私は寝ていて意識がなかった。翌日、やっぱり太郎も私も体調が悪くて午前中から寝ていた。気がつけばさっきまでテレビをみていた娘と旦那の気配がない。でかけてしまったようだ。それからしばらくして太郎は気分がよくなったらしく、居間のほうへ自力で行ってしまった。再び時間が過ぎ、旦那が
「お昼ごはん食べる?」
と聞いてきた。お昼御飯を食べしばらくすると再び太郎が寝ぐずりをはじめ、私も一緒に寝てしまう。少しだけ意識が戻ると旦那と娘の気配がない。どうやら出かけたようだ。しばらくして帰ってきたが、また出かけてしまった。
夕方になり、旦那が
「晩御飯カレーでいい?」
と聞いてきた。
いいよと答えた。
しばらくして太郎も起きて私もおきだした。太郎は熱も大分さがり、遊びだした。娘と旦那は自転車の補助輪を取って練習に行っていたらしい。娘の自転車は3歳から乗ってる一番小さいサイズの自転車で、身長が100cm超えた娘には小さい。2度目に出かけたのときに新しい自転車を見てついでに買い物もしたらしい。
娘はもうママがいなくてもちゃんとパパと行動できるようになってしまった。去年の今頃は赤ちゃんが生まれるのを楽しみにしていて、その後ママが赤ちゃんにかかりっきりでものすご~く拗ねていた娘。もしかすると去年のそのときが、ママに甘えたい最後のピークだったのかもしれない。去年、もう少し娘の甘えに答えてあげるべきだったのかもしれないと思った。それともがまんしてるだけで、思春期に逆襲を受けるのだろうか?
次の週末、魚津にある安売りで有名なP3(仮名)というお店に行った。最初は18インチのピンクのシナモンちゃんの自転車をほしがった。しかしキャラ自転車は高く、今は補助輪なしだと危なそうだしすぐ乗れなくなりそうでもあった。近くにノーブランドの青の16インチの自転車がシナモン自転車より2000円安く売っていた。青なら太郎も乗れる。とりあえず幼児自転車だけでも2人で乗ってほしいなと思い、娘に
「次に自転車買うときは好きな自転車かってもいいから今回はこの青いのにしない?」
と聞いたら、娘はあっさりと
「いいよ。」
といった。最近自分の好みでないものはあからさまに拒否するので、きっといやがると思った。ちゃんと聞き分けられるようになったんだ。私はそぶりにはださなかったが、感動した。
車で、
「今日は青い自転車にしてくれてえらかったね。」
とほめた。が旦那は、
「最近は男の子でも赤がいいっていうらしいよ。赤でもよかったんじゃない?」
(同じ種類で赤とオレンジがあった)
などと言い出した。え~い、娘が
「本当は赤がよかった。」
とか言い出したらどうするんだ!娘も我慢したのかもしれないのに、蒸し返すなよ!と私は心の中で切れた。日々、お馬鹿なところばかり気になりイライラしてしまうが、娘も確実に成長している。

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2007/05/29

すっぱいカリカリ

健康のために黒豆を煮た。おそらく拒否するだろうと思っていた娘が、
「(娘愛称)ちゃんお豆大好き。」
といって喜んで食べた。
「いつ食べたの?」
と聞くと、
「白いお豆を煮たこんぶが入ったのが給食ででるよ。」
と教えてくれた。よし、今度は五目豆にしようと思っていると、娘はさらに続けた。
「東京ばあちゃんちで食べたすっぱいカリカリした野菜も好きだよ。」
それは糠づけのことである。ヒジキとか納豆とか子供のしては渋ごのみの娘である。私も糠づけは大好きで、できればつけてみたいと思うのだが管理の自信がなく実現にはいたらない。が、かわいい娘のためである。
もしかすると近い将来糠どこを準備してしまうかもしれない・・・。

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2007/05/23

今年もきたぞ親子遠足

昨年は臨月につき不参加だった親子遠足。今年は、
「赤ちゃんもバスに乗れるんだって~。」
という娘の前ふりで家族4人で参加した。遠足といえばお弁当。
今年の娘のリクエスト
・ソーセージ
・ミートボール
・きゅうり
・アスパラ
・とうもろこし
・目がキラキラになるにんじん
・おむすび
・緑のキュウイ
・缶詰みかん
に忠実にお答えした。
揚げ物をリクエストしなかった娘に乾杯!
とりあえずリクエストどおりにすれば文句はないだろうと思ったが、当日作りながら、
「あまりにもひねりがないかも。」
と反省する私。
そして、
「早起きできるのだろうか?」
という不安。
最近の起床は7時である。朝ごはんはだいたいご飯と味噌汁と前日に多めに準備している。日中もうおっぱいを飲んでいない太郎だが、夜風呂上り、寝るとき、夜中はまだおっぱいを飲んでいる。最近は飲まないで寝てしまうこともあるし、夜中はなくなったが明け方から眠りが浅くなると1,2回ほしがってなく。風呂上りは夜になればもらえることはわかっていて、風呂上りとともに我慢の限界をこえおっぱいを飲むまでは泣き喚き服を着せることができない。そんなわけで早朝から何度か眠りがとだえるため朝起きぬけはかな~り気だるい。断乳すればというご意見もあるかもしれないが、現時点でも寝ぼけた太郎はおっばいに吸い付くまで泣き叫び、抱っこしても暴れるばかり。自分で満足するまではおしゃぶりも受け付けない。
だが思いのほかすんなりおきることができた。7時にしか起きられないのはやる気の問題?まあ、これでなんとか6月からは出勤できそうだということにしよう。結局時間ギリギリになってしまった。前日に野菜だけでも調理しておくんだったと後悔した。太郎が生まれる前なら気合で間に合わせるのだが、それをすると後に肉体的にダメージが来るので最近は極力自分を追い詰めないようにしている。それにしてもちょっと事前の準備が甘かった。
これといって手の込んだ品はないのに、かなり時間一杯になってしまい旦那と娘で先にいってもらって私が後から車で追いかけた。
出発は8時50分からだったが8時半から保護者会があった。バスに乗せてもらえる保護者は1人でそれ以外の家族が行く場合は自分で移動といくことだった。駅の北口からすぐの保育園なので駐車スペースが少ないため、車にだれかのっていなければならない。保護者会が終わり、旦那と交代して保育園に向かった。玄関に同じクラスのお母さんたちがいたので挨拶をした。太郎連れだったので、少し話をした。もう1人産まないのみたいな話になり、なかで役員もやっている見た目も美人性格はかなりチャキチャキのお母さんが、
「私は自分と同じ女の子がほしかった。」
といっているのを聞いて、いや~それだけ自分に自信があるってすごいなと思った。私は女として何1つ自信のあることはないので、最初生まれてくる子が女の子だと知ったときものすごく不安だった。今でも娘が私と似ていると思うことがあると心配でたまらなくなる。今となっては私自身の目が馬鹿になっているため、本当のところはよくわからないが外見が比較的美人に近いらしいことは本当に
「神様、仏様、精霊様ありがとございます!」
という感じだ。それと、娘と同じクラスで同じ学年の男の子のお母さんがとてもおしゃべりの上手な人で自分的に引け目を感じていた。昨年よく同じ時間になる同じ学年だけどクラスが違う男の子のお母さんは仕事の業種が同じの人で、とても感じのいい人なんだけどやっぱり少し話すのは苦手らしい人がいて、
「やはりこの業種、おしゃべりの苦手な人が多いんだ。」
とホッとしていた。仕事とは他人とのやりとりで成立しているわけだから、口下手ってそれだけで仕事をしていく上でハンディーがあるみたいですごく引け目を感じていた。だれとでもおしゃべりできる人は本当にうらやましい。私なんてお昼休みくらいは1人でいたいと思ってしまい、富山にきてからは職場の女性のグループとはお昼をともにしていない。そもそも同業種に女性が少なく、もともとお昼は1人ですごすことが多かった。子供が生まれて、家庭でも職場でも常にトップギアで過ごすようになってから、職場の女性づきあいの面倒度も上昇してしまった。
遠足のバスでの移動中、自己紹介をする場面があり、そのおしゃべり上手なお母さんは
「私はこういうとき、なぞなぞを出したくなります・・・。」
といって、なぞなぞを出していた。
それをみて、
「ああ、この人根っから人と接するのが得意な人なんだ。」
となんだか安心してしまった。そのお母さんはバスの中でもお母さん同士だけでなく子供ともにぎやかに遊んでいた。見習いたいなと思った。きっとどんなに努力してもそのお母さんのようにはなれないと思う。しゃべるのは苦手だが、その分笑顔はたやさないように、できるだけ人と会話するよう努力はしようと思う。
前日娘は保育園でも家でもてるて坊主を作っただが予報はいまいちで夜中はものすごい風と雨だった。朝になりてるてる坊主がきいたのか朝には雨があがった。出発直前まではあがっていて、晴れコースの総合公園に向かったのが出発したとたん雨。結局公園についても降り続き外にはでられないまま市民体育館に向かった。市民体育館でお弁当を食べ、フォークダンスと○×クイズをして帰路についた。さすがに疲れた娘は、
「帰りはパパとバスに乗りたい。」
といっていた。行きは行き先がよくわからないし、バスについて車の運転なんて絶対に無理だと思ったが帰りは場所もわかっていたから別に私と太郎が車で帰ってもよかったのだが、すでに旦那は車に乗り込んでいた。すっかり自分の仲間はパパだと思っている娘だ。母の日のカードには
「いつも(太郎本名)くんのおせわをしてくれてありがとう。」
とあった。娘はもう母のもとから旅立ってしまったのだろうか?ちょっと複雑な気持ち。行きのバスでも帰りのバスでも後ろの席にいた娘と仲良しの女の子が座席のすきまから後ろをのぞく太郎と遊んでくれた。小学校のお姉ちゃんがいるということなので、赤ちゃんがおもしろかったのだろう。
親子遠足といえば、お弁当ともう1つ、お母さんがたと会話できるかという不安がある。さすがに富山も5年ともなると地元出身じゃなくても大分かってもわかってきて、自分的にはかなりおしゃべりできたんじゃないかと思う。以前スーパーであったことのあるお母さんに、
「あの付近におうちがあるんですか?」
と話しかけたら、小学校は同じ学区で
「学童どうします?」
と聞かれ、学童情報をゲットすることができた。やはり話してみるもんだ。それから今年の保育園の役員は自分と同じ女の子がほしいお母さんとなぞなぞのお母さんが入っていて、
「やっぱりそういうのが得意な人がやるもんなんだな。」
と思った。娘の保育園では毎年役員アンケートが配られる。私は
「やる人がいなければ引き受ける」
でもよかったのだが旦那は
「引き受けられない」
にするといっていて、どうしようと思っているうちに締め切りがすぎ提出しそびれてしまった。比較的時間に融通がきくから、再度話があったら受けてもいいかなと私は思っていた。ちなみに今年の役員は全員、
「やる人がいなければ引き受ける」
だったらしい。
そんなこんなで今年の親子遠足も無事終了することができた。やはりこんなことでもないとなかなか子供たちやその保護者の様子がわからないから大変でもやっぱり大切だと思う。大分精神的に追い詰められず過ごしたつもりだったが、帰ったらどっと疲れて娘と太郎を放置して寝てしまった。

Sn340471←娘の弁当
Sn340472←お配りもできる用フルーツなど入れ物はだるま弁当
Sn340474←パパとママの弁当。太郎はおむすびと野菜ジュース(フォローアップミルクの嫌いな太郎だった。)
Sn340473←すっかりボケモードまま弁当作りが進行したため、洗い物の山
Sn340475←娘の力作てるてる坊主

娘のやつ、ママの力作星のふりかけおにぎりは残し、おとなの塩むすびを食べました。


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2007/04/16

なるほどね~

娘がまだ保育園の赤ちゃんクラスだった頃、担任だった保育士さんに
「(娘の名前)ちゃんは癒し系なんですよ~。」
といわれたことがある。保育士さんによってきてちょこんと座るのになんとも癒されるらしい。そのときは
「なぜだろう?他の子たちもみなきゃならないのに、ひざにのられたらかえってうっとしいんじゃないか?」
と思った。娘はとにかく抱っこの好きな子で保育士さんに迷惑をかけてないかと心配していた。
太郎は10ヶ月になりよく動く。最高潮に機嫌がいいときは、一人で伝い歩きとハイハイで探検に行ってしまい遊んでいる。最近はあまりいってほしくない玄関と風呂場の方へ行きたがり困ってしまう。本人は今そのエリアが一番めずらしく行きたくてたまらないのだ。抱っこしていても、自分が機嫌がいいときはすぐに逃げてしまう。部屋中のさわってほしくないものをひっぱりだしてみたり、ゴミをひろいぐいしようとしてたり大変だ。1人で遊んでいるからといってほっておくわけにはいかない。
娘は同じ頃、ママべったりとはりついているのが大好きで、おもちゃではほとんど遊ぼうとしなかった。正直、
「この子はお馬鹿さんなのではないだろうか?」
と心配した。
「どうすれば遊んでくれるだろう?私があやすのが下手なせいなんだろうか?」
と悩んだものだった。太郎は勝手におもちゃをみつけ、勝手に遊ぶ。あの時あんなに悩むことなかったのだ。そんな良く動きまわる太郎をみていて、娘の癒し系の意味がようやくわかった。おそらく他の子たちは保育園で元気に動き回っていたのだろう。娘と同じ年の子は私より少し若い保育士さんが、
「私の保育士の歴史でも1,2を争う個性派ぞろい。」
といっていた。
「ああ、今日もみんなよく動くな~、もうついていけないわ。」
とため息をついた瞬間、抱っこ好きな娘がヨタヨタ(娘は運動神経が鈍い)とよってきてちょんとひざに据わったに違いない。
「ああ、この子はおとなしくていい子だわ。」
と保育士さんは思ったに違いない。そして太郎同様よ~く太った赤ん坊だった娘の抱き心地は満点で、疲れた保育士さんの気持ちをなぐさめたのだろう。とにかく抱っこ好きの娘が保育士さんの負担にならなくてよかった。
結局抱っこ好きは性格のようで、5歳になった今でも隙があればだれかのひざにのっていたいらしい。出張でママだけだったりすると抱っこしてもらえず、情緒不安定な娘である。赤ん坊のときはほとんど1人でおもちゃで遊ばず、口数も少なかった娘も、今ではわざと親の目の届かないところに行きなにやらごっこ遊びを楽しみ、
時折、
「少しおだまりなさい。」
といってしまいたくなるくらいおしゃべりになった。良く動きまわる太郎が生まれてからは、
「心配なんかしないで、おとなしい娘を満喫するんだった。」と後悔したりもする。


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2007/04/12

娘の爆弾発言

今週は旦那が3泊4日で出張に行ってしまった。旦那がいなくなると、朝のゴミ捨てと保育園の送迎をしなければならない。そんなことは専業主婦ならごく当たり前かもしれないが、あいかわらず夜に何度かおっぱいで起こされているため朝は起きられない。そろそろ早く起きるようにしないと職場復帰後が思いやられる。
前回の生理直前風邪をひき、ちょっと調子の悪いまま上京してしまった。上京の疲れが残るなか、旦那なしの4日間が始まった。旦那が2泊以上するときはファボーレの湯でお風呂とご飯をすまそうとおもっていた。とりあえず、初日はおうちでご飯。夕飯は焼きそばとかぼちゃのポタージュ。太郎は焼きそばに手づかみサイズのかぼちゃ。
2日目、無事6時に起きて風呂を掃除して洗濯して朝食。朝食はチーズドック(棒状のワッフルみたいなやつにチーズが入っている)にかぼちゃのポタージュ。太郎もチーズドックにかぼちゃと京菜の煮たの。太郎はチーズドックをおいしそうにハムハムしていた。やはり小麦の好きなやつ。普段は8時過ぎ登園だが、パパがいない日は9時ごろ登園。今回はずっと雨がふらなかったからベビーカーだったが、雨で車だと8時前後は車がいっぱいで怖くてせまい保育園の駐車場に入れない。お迎えも5時だと駐車場が厳しいし、1人で2人分面倒をみるとどうしても寝るのが遅くなるので4時には迎えに行く。この日は保育園に行くまでに洗濯物も干し終え、順調なスタート。いい天気なので、娘を保育園に連れて行った帰り、近くの公園にいった。せまい家だとつかまるところがいっぱいあってたってしまうが、広い芝生ならハイハイするのではないかと思ったからだ。しかし、這わずに芝を食べようとする太郎。必死で手の芝生をはらう。なんとか3mくらいはハイハイ。家に帰ると灰になり、お昼ご飯まで太郎とともに寝てしまう。お昼ごはんは私はツナのパスタ、太郎はかぼちゃと京菜のパスタ。この日は娘をバレエの振り替えレッスンにつれて行かなければならなかった。娘がお昼ご飯を食べ終わった1時ごろに迎えに行き、3時に家をでる。この日はもうファボーレに行くと決めていた。4時半に娘のレッスンが終わるとそのままファボーレの湯へGO!
平日なのもあって空いていた。いつものように夕食を食べ、8時前には家についた。娘はすっかり疲れたらしく、9時には本を読みながら寝てしまった。太郎は暗闇で10時くらいまでママの口や鼻の穴に手を突っ込んだりして遊んでいた。
3日目、なんとか6時に起きる。洗濯も終わらせ、娘を保育園に連れて行き、この日も曇っていたが雨はふらなかったので公園へいった。しばし太郎を遊ばせ、家に帰る。体が動かない。お昼は2日目と同じ。午後も太郎が家中で遊んでいるのをぼんやり眺め、太郎とともに昼寝。太郎の目覚めとともに起き出し、とりあえず洗濯物をかたずけ掃除機をかけてから娘を迎えに行く。この日の朝、私は
「もういい、今日はショッピングセンターAPTのマックですませる。」
と心に決めていた。車で娘を迎えに行き、そのままAPTへ。ほしい雑誌があり本屋へ行くと娘が絵本売り場のブロックとマグネットでできたバランスゲームで遊びだす。しばし遊ばせてからマックへ。娘はハッピーセットプチパンケーキとジュース。太郎はプチパンケーキと野菜生活。私はエビバーガーにコーヒー。無事夕食を終えるとまだ明るい。ちょうどガソリンがなくなりそうだったので、セルフ給油にチャレンジ。ところが給油口が空けられず、店員さんを呼ぶ。給油口を空けてもらいあとは自分で給油。2度目のセルフ給油、やっぱりセルフならず。1度目も給油口のせまい車に乗っていて、ちゃんと満タンにならず、店員さんに給油してもらった。次は失敗しないぞ。たぶん。
夕食を外食にしたおかげで気力がわき、朝ごはんように小松菜とじゃこの煮びたしを作った。1人暮らしでダイエットしつつ自炊している友人から、
「節約はつくりおき。」
ときき、小松菜1把イッキに調理。朝食のご飯も炊いて、風呂に入る。ここでついにでるのだ、娘の爆弾発言。せかせかとしている上、何かしているときに話しかける娘にたびたび、
「今~やってるから相手できないよ。」
といい続けていた私。
「(娘の名前)ちゃん、たいへんだから結婚もしないし赤ちゃんもいらない。」
一瞬絶句する私。結婚も出産もするかしないかは本人次第だし、こればっかりは相手もいることだから結婚しなければいけないとも、出産しなければいけないとも思わないけど、そんな小さいうちから・・・。大変なのはそうなんだけど・・・。やっとのことで、
「結婚しないで1人で生きていくのもいろいろ大変なんだよ。」
と返した。その後、これではいけないと思い、風呂からあがってから、
「(娘の名前)ちゃんや太郎が生まれて、すごく大変でつらいこともあるけど、それでも(娘の名前)ちゃんや太郎が生まれてくれてパパもママもすごく楽しいんだよ。」
と念をおした。伝わったかは定かではない。
もう1つ娘について反省したことがある。旦那がいないとついつい夕食の支度などの手の離せないときにテレビをみせてしまう。4歳までは「おかあさんといっしょ」のDVDだったが、最近ドラマが好きだったりするので録画した娘の好きなドラマを見せていた。ところが、その台詞ばかり覚えるようになり心配になってきた。これからは、テレビをみたがったらまず本の音読か子供向けドリルをやらせてからにしようと思った。自分のダメママダメ主婦ぶりを再確認し、ちょっと落ち込むのであった。
4日目、娘の保育園はお花見。9時まで登園になんとか滑り込み、無事4日目を終えた。今日はパパも一緒に我が家のくつろぎダイニングファボーレの湯も行きます。

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2007/03/04

5歳児の赤ちゃんがえり

5歳児の赤ちゃんがえり
穴という穴にティッシュを詰めてしまう赤ちゃんの話を聞いたことがあります。娘が歯磨きケースに突然ティッシュを詰めてしまいました。これも赤ちゃんがえりの一種でしょうか?普段甘えているパパがおらずフテ気味の娘です。取り出すのに苦労しました。

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