2008/03/23

お友達、できちゃった

今6歳の娘が1歳半すぎたとき、夫婦で転勤で富山にやってきた。職場は正社員の女性は私だけ、3年雇用の非常勤さんは未婚か結婚や出産と同時にやめてしまうことが多かった。保育園では朝はみな大急ぎでなんだか悪くてママたちに話しかけにくい。夕方も最初のころはやっぱり私自身に気持の余裕がなかったのもあるし、保育園の駐車場はせまくてあんまりのんびりしていたら迷惑だろうとなんとなく話しかけにくかった。そもそも初対面の人に話しかけるのが苦手で、それを理由に逃げてたせいもあるかもしれない。最初の年には結構いた小さい子供がいる家族もようやく環境になれて話すのも苦痛でなくなったころには最後の1件が家を建てて引っ越してしまった。
ママトークがそんなに苦痛ではなくなったのは太郎が生まれて職場復帰したくらいでつい最近の話だ。富山にきて太郎が生まれるて再び職場復帰するまでは、歯をくいしばることばかりだった。
旦那がいないくて娘と2人で過ごさなければならないときは、気がつくと泣きたくなるくらいつらかった。太郎が生まれて、再び職場復帰した今は雪の日ふだんは自転車で行く道を抱っこでいっても全然つらくない。娘はおとなしくベビーカーに乗っていて、もっと楽だったのに気持はいつも追い詰められていた。娘はかわいかった。でも心のそこから育児を楽しんでいるというにはほど遠かった。娘には悪いことをしてしまった。それでも日々成長していく娘に感謝だ。
娘が2歳にあったある日、かかりつけの耳鼻科で同じ保育園の男の子とそのママにあった。とても明るくて気さくなママで会話がはずんだ。結局娘とは違うクラスのようで同じ学年か1つしたなのかわからなかった。娘は9月生まれその子は1月生まれで年中さんまではクラスが約半年きざみになっているからだ。年中さんになり、その子と一緒のクラスになった。お迎えの時間帯があわないので一緒になるまでほとんど保育園で顔を合わせることがなかった。やはり明るいママさんでいつもだれかと楽しそうに話しをしていて、やはりなかなかママ友ができないのは私の性格のせいなのかもと暗い気持ちになった。
同じクラスになってもお迎えの時間帯がめったにあわずあまり話をしなかった。私の職場は比較的時間と休暇に恵まれていて、定時で帰れてしまうので同じ時間になる人は少なかった。だいたい、小さい子供づれで転勤してきたのに係員から係長相当のスタッフポストについてしまったのに、子供のことと以前、酔った席とはいえ
「女性とに現場のある職場にこられて迷惑だ。」
といわれたショックから立ち直れていなかった私は職場にいるのは常にプレッシャーで1分1秒足りも長く職場にいたくなかった。いつも勤務時間中にノルマを果たすべく必死だった。
娘の育児休業中はつくばにいて、つくばには家のそばに育児サークルがあり参加することができたが、富山で過ごした太郎育児休業中は皆実家が近く実家がたよりになるのか育児サークルの気配もなく、1人目以上に心身ともに産後の疲労に悩まされ気分的に積極的にママ友を作ろうという気のにもなれないまま終わってしまった。
それでも産休中はそのときはまだいた年の近い子供のママと話すのも怖かったが育児休業も半分終わったあたりで平気になってきた。
だが結局ママ友はできないまま育児休業は終了してしまった。職場復帰2か月の真夏の暑い日、太郎が高い熱を出し肺炎で入院してしまった。私は太郎の付き添いで病院で、旦那が娘の保育園のお迎えにいった。娘を連れて病院に来た旦那は、
「いやあ、友達とバーベキューに行くってなかれちゃってさ~。」
とあきれ顔だった。そのお友達の1人に以前耳鼻科であった明るいママがいて、そのママが、
「じゃ~みんなで行こう!(娘のクラスの年長さん2人の女の子のうち娘じゃないほうの子のママ)ちゃんママとおばさんメル友だから計画立てとくね。」
といってくれたのだそうだ。子供達はおお喜びで、娘もいくき満々だった。どうなるんだろうな~と思っていてるうちうに夏は終り、9月に入りその間も何度か娘に、
「バーベキューは。」
と催促された。かわいそうだから一度はさそってうちから誘ってあげようかともおもったけど、親のほうはわずらわしいかもなと思ったのと、我が家も小さい太郎を抱えてなかなか誘う元気がでなかった。たまたまその明るいママと一緒になったとき、
「これから日程調整しますから、行きましょうね!」
と声をかけられた。娘のわがままでかえって迷惑をかけてしまったのではないか心配だった。
「なんかすることあったらいってくださいね。」
といった。それからその仲良しグループに入っている同じクラスで女の子は娘をいれてももう1人の女の子のママから、キャンプに関する連絡のお手紙をもらった。ああ、明るいママともう1人の女の子ママは仲がいいだろうからいいけどなんか悪いな思い、
「何か準備することあったら連絡ください。」
と携帯のメルアドを教えた。
結局そのママと明るいママがほぼ準備してくれて、
「しおりいれておきました。」
と女の子のママからメールをもらい、げた箱をみるとそれは愉快で力作のしおりが入っていた。うちの娘の思いつきでとんだ手間をとらせてしまったと申し訳なかった。
バーベキューは9月の連休の最後の日に行われた。どうなることやらと思っていたが、娘が大喜びだったのはもちろんとても楽しい時間が過ごせた。また一緒に遊ぼうねと約束した。
それぞれに仕事をしているし、どうなるかなと思ったがその後も近くの保育園の保育科の成果発表のイベントにいったり、富山大学の子供むけのイベントにいったり、2人いるクラス担任のうちの1人が結婚するというのでみんなで披露宴の終わるころを見計らって会いにいったりとたびたび会うようになった。ちょうど「暴れん坊ママ」が放映されている次期がかさなり、実は明るいママももう1人の女の子のママもみていて、12月娘の保育園の子供たちが土曜日午前中、富山の郵便局の年賀状受け付け開始のイベントに参加することになり土曜登園の数日前、
「ママ茶しませんか?」
とのメールが入り、混ぜてもらうことにした。その時はまだ、他のママは仲がいいのかもしれないけど、無理して混ぜてもらってないかなと心配な気持ちもあったが、明るいママもう1人の女の子のママと娘が今の保育園でお世話になってから知っているやはり娘が入ってる仲良しグループの男の子のママ2人も一緒にピクニックでママ茶した。
私の心配は杞憂に終わり、特に気を使うことなく時間も忘れそうになるくらい会話がはずんだ。年も明けて、ある日私は残業になってしまい旦那のお迎えもギリギリになりちょうど明るいママと一緒になった。お迎えをした旦那から、
「ママは出張?って聞かれてもしパパが出張の時は一緒に御飯でも食べましょうっていってたぞ。」
といわれた。のちに明るいママが、
「うちいっつも息子と2人でごはんだから、別にパパと(娘愛称)ちゃんとでもよかったんだけど。」
いわれた。明るいママのおうちはパパが長期で出張に行くことが多い仕事だと話に聞いていた。
う~ん旦那、美人ママと一緒にごはんできなくて残念!
(私も全然かまわない)
チームママ茶のママたちは凡庸いやむしろヤバい私とは違いみんなそれぞれの個性をもった美人だ。そっか、じゃあ今度旦那が出張の時は声掛けてみようと思っていたある日、旦那が仕事で金・土と家を空けることになった。しかもその土曜日は娘のバレエがなく、子供2人の相手を1人でするかと思うとややブルーだった。
季節は冬。寒いし雪も降り天気が悪い。どうやって遊び相手をしたものか・・・。
ふと思い立ち、とりあえず金曜日ピクニックでお食事会をしないかともう1人の女の子のママを誘ってみた。しかし平日は何かとわずらわしいからどうだろうともったらちょうど同じくパパが出張でOKの返事、結局チームママ茶全員集合だった。子ども達は子供たちで大盛り上がり、ママはママたちで話がつきなかった。手作り風でお手頃価格の個人経営のお店は夜もそこそこお客さんがいた。とても子供におおらかなお店だったが、やや気兼ねした。
はしゃいだ子どもたちおそるべし!
「次回はカラオケの店がいいかもね。」
という話になった。そのときやはり以前から子供たちが勝手に決めていたもう1人の女の子の家に遊びにいくいう話があり、女の子ママからいつがいい?という話になった。それと翌日に新聞社の主催する「新1年生のつどい」がありそれにみんなで行くことになった。
もう1人の女の子の家にいく予定は2月から3月になってしまった。3月にお邪魔するとそれはそれは素敵なおうちで、子供達はやっぱり大騒ぎ、ママたちは話で大盛り上がりだった。なんだか富山に引っ越してきたばかりのことが嘘のようだと思った。割と子供のころから地元を離れたことがないという人が多い富山で、最初はまったく知らない人ばかりだったが、3年も経った頃からよく外出先で知っている人に会うようになった。知人とは月日とともに増えていくものなのだと思う。
ママ友がなかなかできなくて、もしかして自分に何か問題があるのではないかと思ったりもしたけど、そんなに力んだり焦ったりしなくてもあっという間に仲良くなれるもんなんだと最近思うようになった。
明るいママのように自分から積極的にはなせればそれにこしたことはないけど、そうでなくてもお友達ってできるときはできるもんだと30すぎてしかも40近くなってようやく納得した。
せっかくお友達ができたのに、この春に転勤の可能性大だ。
でもお別れの前にもう1つ楽しい予定が入っている。
今はまだそれから先のことは考えたくない心境だ。

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2008/02/27

うちのパティシエ

娘もついにお菓子作りに興味を持ちだしほくそ笑む母。バレンタインも手作りケーキを作った。
生地は例によって娘好みのチョコ生地。昨年導入された電動泡だて器を使えばスポンジなんてなんてことない。パパにハートチョコ、太郎にアンパンマンチョコをデコレーションしてこのとおり。平日は時間がないということで2月の3連休に作ったのだか、その三連休太郎とパパはおなかにくる風邪をひき食欲不振。もたれながら食したとさ。
Sn340582バレンタインといえば、今年は従兄と実家に五円チョコの詰め合わせとお手紙を送った。とっておいた菓子折りの缶につめたのだが、缶がむき出しなのもなんなので、ハンドタオルをひいた。本当はハンカチのほうがよかったのだが、買いに行っている暇がなかった。来年はハンカチを忘れずに買うぞ。(私へのメモ)
職場は全く無視というもの気がとがめ、かといってあんまり立派なのを買うのもお返しとかで気を使われるのがいやなので、生協で小判チョコを買いおやつの時間に配ってもらうことにした。お愛想とはいえ、わりと職場の雰囲気が和みました。やはり甘いものやおいしいものは人の心を楽しくするのであります。
ちなみに職場の食堂のおばちゃんからも見覚えのある五円チョコレートをいただき、
「私の感性は食堂のおばちゃんと一緒なのだ。」
と自分のおかれている立場を実感しましたとさ。
小判チョコは私のぶんもあったのだが、1枚だけじゃさびしいから2枚にしたらさすが駄菓子でちょっと重すぎた。安くすんだが、これだったらちいさいけど箱に入ってるもっとおいしいのにしたほうがよかったかもと後悔した。来年はもっと時間もあるだろうからちゃんと試食しようと思うのだった。(私へのメモ2)
仕事の一環の職務に関する情報収集というなの新聞チェックをしているとき、恋愛について語っている連載記事で
「子供がバレンタインに興味を持ちだすのに抵抗を持つ大人がいるが、好きな男の子にチョコレートをあげたいという気持ちは恋愛の第一歩であり、動物として成人になり繁殖行動をおこすための第一歩でもある。これは性教育の第一歩でもあり、そういう気持ちを頭からひていせず、上手に育ててあげなければいけない。」
というようなことが書かれていた。(ものすごく私流理解なのであしからず)
この春から小学生、親が守ってやらないと生きていけない時期を過ぎ、親に守られつつも人として一人前に生きていく準備の始まりを迎えた娘の母として忘れてはいけないことだと思った。個人的に考えはいろいろとあるだろうが、やはり人も動物であり雄と雌がいるのだ。繁殖だけがすべてではないとも思うけど。

ちなみに昨年クリスマスのケーキはこちら。Sn340562生協でクリスマスデコレーションセットを買って飾ったらなんとこんな立派なケーキの出来上がり。結局ケーキなんてデコレーションだけって感じ?
甘えん坊太郎がうるさくてケーキを作る予定はなかったのだが、12月の始めの旦那のお誕生日の際回転寿司食べ放題と富山老舗デパ地下ホールケーキで大盤振る舞いをしてしまい、クリスマスケーキを買うのははばかられ・・・。

そしてこれが昨年太郎お誕生日のときのバースデーケーキ。Sn340497季節がイチゴというよりさくらんぼだったためさくらんぼをトッピング。しかし最近ケーキもマンネリ化したなと思っていたら、パティシエからも、
「今度はクッキーかクレープがいい。」
との要請があったとさ。


「ごえんがあるよ。」チョコレート
小判型はネットではみつからなかった。

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2008/02/20

はんぺんで泣く女

昨年、クリスマス間近のある日曜日、おでんにすることにした。おでんセット・牛すじ・大根・たまごはあったのだがはんぺんがなかった。最近わかったのだが、娘はおでんのはんぺんが大好きらしい。太郎のくいも非常に良い。ねりものはあまり好きではないらしい。よってはんぺんがないと娘の食べるものがなくなってしまう。その日トイザラスの入っているショッピングセンターにでかけていた。同じ建物のスーパーによったのだがなぜかはんぺんが売り切れていた。
今晩はおでんの家が多いのだろうか?
というか、関東でははんぺんがないということはまずありえないのだが、はんぺんを売っている場所じたいがかなり地味な感じだった。富山の人ははんぺんはあまり好きではないのだろうか?はんぺんがないとしった娘は泣きだした。はんぺんくらいで泣くなよ~と思いつつ、コンビニのおでんのはんぺんを買おうということで娘を納得させ帰り道のコンビニへ。
ところがやっぱりはんぺんがなかった。それを知った娘はまた泣き出した。しかし、はんぺんのためだけに家を通り過ぎてスーパーに行くもの面倒なので、娘に
「はんぺんなくてもいいじゃない。」
と説得したが応じなかった。
仕方なくスーパーへ。太郎をおろすのは面倒なのでパパと娘で買いにいってもらい太郎と私は車に残った。しばらくして、はんぺんを買って満面の笑顔で戻ってきた娘。育て方をまちがったのではないかと落ち込むママなのだった。この春小学生になるくせに、はんぺんくらいで2度も泣くなよ。私はどちらかというと悲しくても素直に泣けないタイプの子だったのに、いったいだれに似たんだろう。

おでんといえば、富山で牛すじを入れることを覚えた。おでんの牛すじはおいしい。それから富山のおでんはススダケといって細い竹の子も入るそうだ。
「ススダケって何?」
と娘に聞かれて、
「細い竹の子だよ。」
と教えると、
「ああ、保育園のおでんに入ってるやつ。」
という返事。職場でもきいたところによると、富山のおでんの定番らしい。おでんに入れる野菜って大根しかなくって野菜が足りないかんじがしていたが、今度はススダケも我が家の定番化しようと思った。

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2007/10/04

そのとき娘は

バレエのレッスン編
太郎が熱性痙攣をおこした翌日、娘はバレエの発表会にむけた強化レッスン中だった。すごく悩んだのだが、薬を飲むと熱は下がり機嫌もよくなるし、どうせ抱っこしてればいいからと連れて行くことにした。何より5歳児の知能で1回でも振りが遅れると大変なことになる。なるべく負担が少ないように車でレッスンに向かった。いつもなら間に合う時間にちゃんとでたのだが、その日教室のそばの駐車場が激混み。国際会議場と市民プラザが近いのだが、どちらかでイベントでもあるらしい。時間はかなりぎりぎりだった。娘に、
「ここでおろすから1人でエレベーターに乗っていけない?」
と聞くと娘は首をふった。娘と同じ歳でママが車を駐車場に止めている間にちゃんと1人で来てる子もいる。
ええい、臆病ものめ
とも思ったが、街中のビルのエレベーターで1人で6階まで行かせるのはやっぱり危ないかもと後で思った。新聞の文化教室なので、新聞社の支社のビルに入っていて子供に対するセキュリティーはいまいちかもしれない。慌てて少し離れた駐車場に。駐車場に入れた時点でレッスンは始まっており、会場についたのは10分過ぎていた。当然レッスンは始まっていた。発熱した太郎を抱っこしていたので、更衣室には娘1人で行かせた。どうせすでにレオタードはきているので上をぬぐだけだ。1度更衣室に入った娘は
「トイレ。」
といって出てきた。やはり太郎を抱えて面倒だった私は、娘に1人でトイレに行かせた。どうもそれがいけなかったらしい。レオタードになってからトイレにいけばよいものを、服のままいってまた戻ってきた。
「レオタードになってから行きなさい。」
というと娘は泣きそうになりながら更衣室に戻りトイレにいって戻ってきた。戻ってきた娘は泣き出してしまった。
エレベーターに乗れなかった時点でかなりムッとしていた私。もしそばにほかの子やそのお母さんや先生がいなかったら私は切れていたと思う。更衣室に入り、なぐさめ機嫌をとり、他の子が普段してるように挨拶して入るように言ったが娘は泣き止まない。
なんでだよ~、熱をだした弟に無理させて連れてきてるのにそれはないだろう
と思った。本当は
「そんなにメソメソするなら今日はやめて帰る!」
とどなりたいところだったが、私以外は母性があふれんばかりの専業主婦のママさんたちの手前さすがにそれはできなかった。途中先生も様子を見にきてくれたが娘はレッスンに加わらなかった。去年一緒だった勝ち組のママなら優しくなぐさめて説得するんだろうな~と思いつつ、怒りをこらえ優しく娘にレッスンに入るか帰るか聞いた。娘が帰るといえば、それはそれで頭にくるんだろうなと思いつつ。結局娘は
「帰らない。」
と意思表示をしたが、
「じゃあママが連れて行ってあげるから。」
とタイミングをみて先生にお願いしたが、娘はやっぱりレッスンに加わらなかった。
困っていると、先生が
「お姉さんと一緒に見てる?」
と誘ってくれた。
発表会準備のせいか今年主役を踊るらしいお姉さんがレッスンのお手伝いをしていた。娘はやっと納得してお姉さんのそばにいった。その後、センターになりようやく娘はレッスンに加わり、発表会の振り付けが始まる頃にはハイテンションだった。あくまでハイテンションなので、レッスンをまじめに受けているという意味ではなく、いつもどおり集中力が切れるとふらふらしたりするのである。あんまりカリカリするのはいけないと思いつつ、かな~りキレ気味だった。しかし、完全ママブラックになりかけると理性を取り戻し、「優しく」
を心がけるのであった。内心、
「いつか仕返しするからな~。」
(もちろん高校生くらいになってから)
と大人気ないことを思いつつ。

太郎入院編
太郎が入院してしまうと妙にハイテンションになった娘。朝は5歳児1人だけならこんなにラクなんだと実感。太郎が入院してしまい、翌週に控えていた帰省がなくなってしまった。
それを聞いた娘は、
「パパと(娘の名前)ちゃんで行ってきてもいいよ。」
とのたまう。ほ~そこまで言うならと思い、
「じゃあチバ(私の実家)ばあちゃんちに(娘の名前)ちゃん1人だけで泊まれる?」
と聞くと、
「大丈夫だよ。」
という。そうかい、じゃあ今度本社出張のとき利用させてもらおうじゃないのと思う。
金曜日、病院から帰るとアパートの同じ階段の男の子3人いるおうちの家族と女の子のいるおうちの家族が花火をやっていた。親切にも男の子のおうちのママが一緒にやろうと呼び止めてくれた。娘は大喜び。せっかくなので娘が保育園の夏祭りでもらってきた花火を家からとってきて混ぜてもらった。太郎が体調をくずし、大好きなパパがいなくてかまって貰えず寂しい思いをしていた娘にとっては思いがけず楽しい出来事だったに違いない。
気さくなご近所さんに感謝した。花火も終わり家に帰ると
「太郎がいないとママラクでいいね。」
と暴言をはく。
悪気はないのだろう。彼女なりのママに対する気遣いなのはわかる。しかし、驚くまでのポジティブ思考だ。
馬鹿なのだろうか?
一応、
「太郎は病気でつらいんだからそんなこといっちゃだめだよ。」
といった。

お花かわなくっちゃ
太郎が入院して娘が思いついたこと、それは
「お花かわなくっちゃ。」
だった。もちろん、太郎にはお花の価値などわかるはずはない。そして娘もおそらく病人のためにというよりは単に普段めったに買えないかわいいフラワーアレンジメントを買えるただそれだけだと思われる。それを証拠に、娘が太郎が退院に花を家に持ってかえることを心待ちにしていた。しかし、その娘が自分のために買った花にママはたいそうなぐさめられたのだった。お見舞いに花は正しいです。何もない病室に美しく色とりどりの花たちにどれだけ癒されたことか。(病人ではなく看病する人がね)
そして太郎がいない日、娘は遠慮がちに
「おっぱいもう痛くない?」
と断乳で張った胸をさわった。やはり太郎がいることでママに対して遠慮していたのだろうなと思った。太郎がべったりと張り付き、日常必要最低限のことをするのもやっとで気持ちに余裕もなく、その上娘が甘えてくるとついつい厳しい態度をとってしまう。私が思っている以上に娘もがんばっているのだと思った。
単に自己チューなのかみんなを盛り上げようとわざと明るくふるまっているのか半信半疑だったが、どうやら娘なりに気を使い明るくふるまっていたが知恵と言葉がたらなかっただけのようだった。その証拠に、太郎が家に帰って安心したのかそれから数日体調をくずし、わがままの限りをつくしたであった。
彼女にしてみれば、楽しみにしていたおばあちゃんやいとこに会いにいけなくなったり、太郎の体調を気にして夏らしいおでかけができなかったりしてたいくつだったと思う。かわいそうなので、パパがプールに連れて行ったが結局この夏は家族でお出かけはできなかったし、8月一杯は休日ショッピングセンターにでかけるのもはばかられた。保育園に通っていることもあり、結局夏休みはないようなものだった。太郎が生まれたばかりの昨年に引き続き、娘にとってもかわいそうな夏だったなと思う。

でもね、ママもどこにも行けなくてつまらなかった。(おいおい)

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2007/06/10

巣立つ娘

週末、太郎発熱のためママは常に太郎のそばにいなければならなかった。太郎が寝れば添い寝、起きてるときは抱っこしてないと泣いて騒ぐ。熱がでて気分が悪いせいだと思う。娘がこの時分は熱がでるとよく寝た。
その日は山王祭2日目。家族で娘のバレエの前に山王祭に行く予定だった。ところが太郎発熱。娘はパパと一緒にバレエの帰りにお祭りに行くことになった。
なんと娘自身が昼食後に、
「今日(太郎リアルネーム愛称)君とママお祭りいけないんでしょう?(娘リアルネーム愛称)ちゃん、パパと行くから。」
と言った。娘とパパがでかけたとき、私は寝ていて意識がなかった。翌日、やっぱり太郎も私も体調が悪くて午前中から寝ていた。気がつけばさっきまでテレビをみていた娘と旦那の気配がない。でかけてしまったようだ。それからしばらくして太郎は気分がよくなったらしく、居間のほうへ自力で行ってしまった。再び時間が過ぎ、旦那が
「お昼ごはん食べる?」
と聞いてきた。お昼御飯を食べしばらくすると再び太郎が寝ぐずりをはじめ、私も一緒に寝てしまう。少しだけ意識が戻ると旦那と娘の気配がない。どうやら出かけたようだ。しばらくして帰ってきたが、また出かけてしまった。
夕方になり、旦那が
「晩御飯カレーでいい?」
と聞いてきた。
いいよと答えた。
しばらくして太郎も起きて私もおきだした。太郎は熱も大分さがり、遊びだした。娘と旦那は自転車の補助輪を取って練習に行っていたらしい。娘の自転車は3歳から乗ってる一番小さいサイズの自転車で、身長が100cm超えた娘には小さい。2度目に出かけたのときに新しい自転車を見てついでに買い物もしたらしい。
娘はもうママがいなくてもちゃんとパパと行動できるようになってしまった。去年の今頃は赤ちゃんが生まれるのを楽しみにしていて、その後ママが赤ちゃんにかかりっきりでものすご~く拗ねていた娘。もしかすると去年のそのときが、ママに甘えたい最後のピークだったのかもしれない。去年、もう少し娘の甘えに答えてあげるべきだったのかもしれないと思った。それともがまんしてるだけで、思春期に逆襲を受けるのだろうか?
次の週末、魚津にある安売りで有名なP3(仮名)というお店に行った。最初は18インチのピンクのシナモンちゃんの自転車をほしがった。しかしキャラ自転車は高く、今は補助輪なしだと危なそうだしすぐ乗れなくなりそうでもあった。近くにノーブランドの青の16インチの自転車がシナモン自転車より2000円安く売っていた。青なら太郎も乗れる。とりあえず幼児自転車だけでも2人で乗ってほしいなと思い、娘に
「次に自転車買うときは好きな自転車かってもいいから今回はこの青いのにしない?」
と聞いたら、娘はあっさりと
「いいよ。」
といった。最近自分の好みでないものはあからさまに拒否するので、きっといやがると思った。ちゃんと聞き分けられるようになったんだ。私はそぶりにはださなかったが、感動した。
車で、
「今日は青い自転車にしてくれてえらかったね。」
とほめた。が旦那は、
「最近は男の子でも赤がいいっていうらしいよ。赤でもよかったんじゃない?」
(同じ種類で赤とオレンジがあった)
などと言い出した。え~い、娘が
「本当は赤がよかった。」
とか言い出したらどうするんだ!娘も我慢したのかもしれないのに、蒸し返すなよ!と私は心の中で切れた。日々、お馬鹿なところばかり気になりイライラしてしまうが、娘も確実に成長している。

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2007/05/29

すっぱいカリカリ

健康のために黒豆を煮た。おそらく拒否するだろうと思っていた娘が、
「(娘愛称)ちゃんお豆大好き。」
といって喜んで食べた。
「いつ食べたの?」
と聞くと、
「白いお豆を煮たこんぶが入ったのが給食ででるよ。」
と教えてくれた。よし、今度は五目豆にしようと思っていると、娘はさらに続けた。
「東京ばあちゃんちで食べたすっぱいカリカリした野菜も好きだよ。」
それは糠づけのことである。ヒジキとか納豆とか子供のしては渋ごのみの娘である。私も糠づけは大好きで、できればつけてみたいと思うのだが管理の自信がなく実現にはいたらない。が、かわいい娘のためである。
もしかすると近い将来糠どこを準備してしまうかもしれない・・・。

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2007/05/23

今年もきたぞ親子遠足

昨年は臨月につき不参加だった親子遠足。今年は、
「赤ちゃんもバスに乗れるんだって~。」
という娘の前ふりで家族4人で参加した。遠足といえばお弁当。
今年の娘のリクエスト
・ソーセージ
・ミートボール
・きゅうり
・アスパラ
・とうもろこし
・目がキラキラになるにんじん
・おむすび
・緑のキュウイ
・缶詰みかん
に忠実にお答えした。
揚げ物をリクエストしなかった娘に乾杯!
とりあえずリクエストどおりにすれば文句はないだろうと思ったが、当日作りながら、
「あまりにもひねりがないかも。」
と反省する私。
そして、
「早起きできるのだろうか?」
という不安。
最近の起床は7時である。朝ごはんはだいたいご飯と味噌汁と前日に多めに準備している。日中もうおっぱいを飲んでいない太郎だが、夜風呂上り、寝るとき、夜中はまだおっぱいを飲んでいる。最近は飲まないで寝てしまうこともあるし、夜中はなくなったが明け方から眠りが浅くなると1,2回ほしがってなく。風呂上りは夜になればもらえることはわかっていて、風呂上りとともに我慢の限界をこえおっぱいを飲むまでは泣き喚き服を着せることができない。そんなわけで早朝から何度か眠りがとだえるため朝起きぬけはかな~り気だるい。断乳すればというご意見もあるかもしれないが、現時点でも寝ぼけた太郎はおっばいに吸い付くまで泣き叫び、抱っこしても暴れるばかり。自分で満足するまではおしゃぶりも受け付けない。
だが思いのほかすんなりおきることができた。7時にしか起きられないのはやる気の問題?まあ、これでなんとか6月からは出勤できそうだということにしよう。結局時間ギリギリになってしまった。前日に野菜だけでも調理しておくんだったと後悔した。太郎が生まれる前なら気合で間に合わせるのだが、それをすると後に肉体的にダメージが来るので最近は極力自分を追い詰めないようにしている。それにしてもちょっと事前の準備が甘かった。
これといって手の込んだ品はないのに、かなり時間一杯になってしまい旦那と娘で先にいってもらって私が後から車で追いかけた。
出発は8時50分からだったが8時半から保護者会があった。バスに乗せてもらえる保護者は1人でそれ以外の家族が行く場合は自分で移動といくことだった。駅の北口からすぐの保育園なので駐車スペースが少ないため、車にだれかのっていなければならない。保護者会が終わり、旦那と交代して保育園に向かった。玄関に同じクラスのお母さんたちがいたので挨拶をした。太郎連れだったので、少し話をした。もう1人産まないのみたいな話になり、なかで役員もやっている見た目も美人性格はかなりチャキチャキのお母さんが、
「私は自分と同じ女の子がほしかった。」
といっているのを聞いて、いや~それだけ自分に自信があるってすごいなと思った。私は女として何1つ自信のあることはないので、最初生まれてくる子が女の子だと知ったときものすごく不安だった。今でも娘が私と似ていると思うことがあると心配でたまらなくなる。今となっては私自身の目が馬鹿になっているため、本当のところはよくわからないが外見が比較的美人に近いらしいことは本当に
「神様、仏様、精霊様ありがとございます!」
という感じだ。それと、娘と同じクラスで同じ学年の男の子のお母さんがとてもおしゃべりの上手な人で自分的に引け目を感じていた。昨年よく同じ時間になる同じ学年だけどクラスが違う男の子のお母さんは仕事の業種が同じの人で、とても感じのいい人なんだけどやっぱり少し話すのは苦手らしい人がいて、
「やはりこの業種、おしゃべりの苦手な人が多いんだ。」
とホッとしていた。仕事とは他人とのやりとりで成立しているわけだから、口下手ってそれだけで仕事をしていく上でハンディーがあるみたいですごく引け目を感じていた。だれとでもおしゃべりできる人は本当にうらやましい。私なんてお昼休みくらいは1人でいたいと思ってしまい、富山にきてからは職場の女性のグループとはお昼をともにしていない。そもそも同業種に女性が少なく、もともとお昼は1人ですごすことが多かった。子供が生まれて、家庭でも職場でも常にトップギアで過ごすようになってから、職場の女性づきあいの面倒度も上昇してしまった。
遠足のバスでの移動中、自己紹介をする場面があり、そのおしゃべり上手なお母さんは
「私はこういうとき、なぞなぞを出したくなります・・・。」
といって、なぞなぞを出していた。
それをみて、
「ああ、この人根っから人と接するのが得意な人なんだ。」
となんだか安心してしまった。そのお母さんはバスの中でもお母さん同士だけでなく子供ともにぎやかに遊んでいた。見習いたいなと思った。きっとどんなに努力してもそのお母さんのようにはなれないと思う。しゃべるのは苦手だが、その分笑顔はたやさないように、できるだけ人と会話するよう努力はしようと思う。
前日娘は保育園でも家でもてるて坊主を作っただが予報はいまいちで夜中はものすごい風と雨だった。朝になりてるてる坊主がきいたのか朝には雨があがった。出発直前まではあがっていて、晴れコースの総合公園に向かったのが出発したとたん雨。結局公園についても降り続き外にはでられないまま市民体育館に向かった。市民体育館でお弁当を食べ、フォークダンスと○×クイズをして帰路についた。さすがに疲れた娘は、
「帰りはパパとバスに乗りたい。」
といっていた。行きは行き先がよくわからないし、バスについて車の運転なんて絶対に無理だと思ったが帰りは場所もわかっていたから別に私と太郎が車で帰ってもよかったのだが、すでに旦那は車に乗り込んでいた。すっかり自分の仲間はパパだと思っている娘だ。母の日のカードには
「いつも(太郎本名)くんのおせわをしてくれてありがとう。」
とあった。娘はもう母のもとから旅立ってしまったのだろうか?ちょっと複雑な気持ち。行きのバスでも帰りのバスでも後ろの席にいた娘と仲良しの女の子が座席のすきまから後ろをのぞく太郎と遊んでくれた。小学校のお姉ちゃんがいるということなので、赤ちゃんがおもしろかったのだろう。
親子遠足といえば、お弁当ともう1つ、お母さんがたと会話できるかという不安がある。さすがに富山も5年ともなると地元出身じゃなくても大分かってもわかってきて、自分的にはかなりおしゃべりできたんじゃないかと思う。以前スーパーであったことのあるお母さんに、
「あの付近におうちがあるんですか?」
と話しかけたら、小学校は同じ学区で
「学童どうします?」
と聞かれ、学童情報をゲットすることができた。やはり話してみるもんだ。それから今年の保育園の役員は自分と同じ女の子がほしいお母さんとなぞなぞのお母さんが入っていて、
「やっぱりそういうのが得意な人がやるもんなんだな。」
と思った。娘の保育園では毎年役員アンケートが配られる。私は
「やる人がいなければ引き受ける」
でもよかったのだが旦那は
「引き受けられない」
にするといっていて、どうしようと思っているうちに締め切りがすぎ提出しそびれてしまった。比較的時間に融通がきくから、再度話があったら受けてもいいかなと私は思っていた。ちなみに今年の役員は全員、
「やる人がいなければ引き受ける」
だったらしい。
そんなこんなで今年の親子遠足も無事終了することができた。やはりこんなことでもないとなかなか子供たちやその保護者の様子がわからないから大変でもやっぱり大切だと思う。大分精神的に追い詰められず過ごしたつもりだったが、帰ったらどっと疲れて娘と太郎を放置して寝てしまった。

Sn340471←娘の弁当
Sn340472←お配りもできる用フルーツなど入れ物はだるま弁当
Sn340474←パパとママの弁当。太郎はおむすびと野菜ジュース(フォローアップミルクの嫌いな太郎だった。)
Sn340473←すっかりボケモードまま弁当作りが進行したため、洗い物の山
Sn340475←娘の力作てるてる坊主

娘のやつ、ママの力作星のふりかけおにぎりは残し、おとなの塩むすびを食べました。


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2007/04/16

なるほどね~

娘がまだ保育園の赤ちゃんクラスだった頃、担任だった保育士さんに
「(娘の名前)ちゃんは癒し系なんですよ~。」
といわれたことがある。保育士さんによってきてちょこんと座るのになんとも癒されるらしい。そのときは
「なぜだろう?他の子たちもみなきゃならないのに、ひざにのられたらかえってうっとしいんじゃないか?」
と思った。娘はとにかく抱っこの好きな子で保育士さんに迷惑をかけてないかと心配していた。
太郎は10ヶ月になりよく動く。最高潮に機嫌がいいときは、一人で伝い歩きとハイハイで探検に行ってしまい遊んでいる。最近はあまりいってほしくない玄関と風呂場の方へ行きたがり困ってしまう。本人は今そのエリアが一番めずらしく行きたくてたまらないのだ。抱っこしていても、自分が機嫌がいいときはすぐに逃げてしまう。部屋中のさわってほしくないものをひっぱりだしてみたり、ゴミをひろいぐいしようとしてたり大変だ。1人で遊んでいるからといってほっておくわけにはいかない。
娘は同じ頃、ママべったりとはりついているのが大好きで、おもちゃではほとんど遊ぼうとしなかった。正直、
「この子はお馬鹿さんなのではないだろうか?」
と心配した。
「どうすれば遊んでくれるだろう?私があやすのが下手なせいなんだろうか?」
と悩んだものだった。太郎は勝手におもちゃをみつけ、勝手に遊ぶ。あの時あんなに悩むことなかったのだ。そんな良く動きまわる太郎をみていて、娘の癒し系の意味がようやくわかった。おそらく他の子たちは保育園で元気に動き回っていたのだろう。娘と同じ年の子は私より少し若い保育士さんが、
「私の保育士の歴史でも1,2を争う個性派ぞろい。」
といっていた。
「ああ、今日もみんなよく動くな~、もうついていけないわ。」
とため息をついた瞬間、抱っこ好きな娘がヨタヨタ(娘は運動神経が鈍い)とよってきてちょんとひざに据わったに違いない。
「ああ、この子はおとなしくていい子だわ。」
と保育士さんは思ったに違いない。そして太郎同様よ~く太った赤ん坊だった娘の抱き心地は満点で、疲れた保育士さんの気持ちをなぐさめたのだろう。とにかく抱っこ好きの娘が保育士さんの負担にならなくてよかった。
結局抱っこ好きは性格のようで、5歳になった今でも隙があればだれかのひざにのっていたいらしい。出張でママだけだったりすると抱っこしてもらえず、情緒不安定な娘である。赤ん坊のときはほとんど1人でおもちゃで遊ばず、口数も少なかった娘も、今ではわざと親の目の届かないところに行きなにやらごっこ遊びを楽しみ、
時折、
「少しおだまりなさい。」
といってしまいたくなるくらいおしゃべりになった。良く動きまわる太郎が生まれてからは、
「心配なんかしないで、おとなしい娘を満喫するんだった。」と後悔したりもする。


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2007/04/12

娘の爆弾発言

今週は旦那が3泊4日で出張に行ってしまった。旦那がいなくなると、朝のゴミ捨てと保育園の送迎をしなければならない。そんなことは専業主婦ならごく当たり前かもしれないが、あいかわらず夜に何度かおっぱいで起こされているため朝は起きられない。そろそろ早く起きるようにしないと職場復帰後が思いやられる。
前回の生理直前風邪をひき、ちょっと調子の悪いまま上京してしまった。上京の疲れが残るなか、旦那なしの4日間が始まった。旦那が2泊以上するときはファボーレの湯でお風呂とご飯をすまそうとおもっていた。とりあえず、初日はおうちでご飯。夕飯は焼きそばとかぼちゃのポタージュ。太郎は焼きそばに手づかみサイズのかぼちゃ。
2日目、無事6時に起きて風呂を掃除して洗濯して朝食。朝食はチーズドック(棒状のワッフルみたいなやつにチーズが入っている)にかぼちゃのポタージュ。太郎もチーズドックにかぼちゃと京菜の煮たの。太郎はチーズドックをおいしそうにハムハムしていた。やはり小麦の好きなやつ。普段は8時過ぎ登園だが、パパがいない日は9時ごろ登園。今回はずっと雨がふらなかったからベビーカーだったが、雨で車だと8時前後は車がいっぱいで怖くてせまい保育園の駐車場に入れない。お迎えも5時だと駐車場が厳しいし、1人で2人分面倒をみるとどうしても寝るのが遅くなるので4時には迎えに行く。この日は保育園に行くまでに洗濯物も干し終え、順調なスタート。いい天気なので、娘を保育園に連れて行った帰り、近くの公園にいった。せまい家だとつかまるところがいっぱいあってたってしまうが、広い芝生ならハイハイするのではないかと思ったからだ。しかし、這わずに芝を食べようとする太郎。必死で手の芝生をはらう。なんとか3mくらいはハイハイ。家に帰ると灰になり、お昼ご飯まで太郎とともに寝てしまう。お昼ごはんは私はツナのパスタ、太郎はかぼちゃと京菜のパスタ。この日は娘をバレエの振り替えレッスンにつれて行かなければならなかった。娘がお昼ご飯を食べ終わった1時ごろに迎えに行き、3時に家をでる。この日はもうファボーレに行くと決めていた。4時半に娘のレッスンが終わるとそのままファボーレの湯へGO!
平日なのもあって空いていた。いつものように夕食を食べ、8時前には家についた。娘はすっかり疲れたらしく、9時には本を読みながら寝てしまった。太郎は暗闇で10時くらいまでママの口や鼻の穴に手を突っ込んだりして遊んでいた。
3日目、なんとか6時に起きる。洗濯も終わらせ、娘を保育園に連れて行き、この日も曇っていたが雨はふらなかったので公園へいった。しばし太郎を遊ばせ、家に帰る。体が動かない。お昼は2日目と同じ。午後も太郎が家中で遊んでいるのをぼんやり眺め、太郎とともに昼寝。太郎の目覚めとともに起き出し、とりあえず洗濯物をかたずけ掃除機をかけてから娘を迎えに行く。この日の朝、私は
「もういい、今日はショッピングセンターAPTのマックですませる。」
と心に決めていた。車で娘を迎えに行き、そのままAPTへ。ほしい雑誌があり本屋へ行くと娘が絵本売り場のブロックとマグネットでできたバランスゲームで遊びだす。しばし遊ばせてからマックへ。娘はハッピーセットプチパンケーキとジュース。太郎はプチパンケーキと野菜生活。私はエビバーガーにコーヒー。無事夕食を終えるとまだ明るい。ちょうどガソリンがなくなりそうだったので、セルフ給油にチャレンジ。ところが給油口が空けられず、店員さんを呼ぶ。給油口を空けてもらいあとは自分で給油。2度目のセルフ給油、やっぱりセルフならず。1度目も給油口のせまい車に乗っていて、ちゃんと満タンにならず、店員さんに給油してもらった。次は失敗しないぞ。たぶん。
夕食を外食にしたおかげで気力がわき、朝ごはんように小松菜とじゃこの煮びたしを作った。1人暮らしでダイエットしつつ自炊している友人から、
「節約はつくりおき。」
ときき、小松菜1把イッキに調理。朝食のご飯も炊いて、風呂に入る。ここでついにでるのだ、娘の爆弾発言。せかせかとしている上、何かしているときに話しかける娘にたびたび、
「今~やってるから相手できないよ。」
といい続けていた私。
「(娘の名前)ちゃん、たいへんだから結婚もしないし赤ちゃんもいらない。」
一瞬絶句する私。結婚も出産もするかしないかは本人次第だし、こればっかりは相手もいることだから結婚しなければいけないとも、出産しなければいけないとも思わないけど、そんな小さいうちから・・・。大変なのはそうなんだけど・・・。やっとのことで、
「結婚しないで1人で生きていくのもいろいろ大変なんだよ。」
と返した。その後、これではいけないと思い、風呂からあがってから、
「(娘の名前)ちゃんや太郎が生まれて、すごく大変でつらいこともあるけど、それでも(娘の名前)ちゃんや太郎が生まれてくれてパパもママもすごく楽しいんだよ。」
と念をおした。伝わったかは定かではない。
もう1つ娘について反省したことがある。旦那がいないとついつい夕食の支度などの手の離せないときにテレビをみせてしまう。4歳までは「おかあさんといっしょ」のDVDだったが、最近ドラマが好きだったりするので録画した娘の好きなドラマを見せていた。ところが、その台詞ばかり覚えるようになり心配になってきた。これからは、テレビをみたがったらまず本の音読か子供向けドリルをやらせてからにしようと思った。自分のダメママダメ主婦ぶりを再確認し、ちょっと落ち込むのであった。
4日目、娘の保育園はお花見。9時まで登園になんとか滑り込み、無事4日目を終えた。今日はパパも一緒に我が家のくつろぎダイニングファボーレの湯も行きます。

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2007/03/04

5歳児の赤ちゃんがえり

5歳児の赤ちゃんがえり
穴という穴にティッシュを詰めてしまう赤ちゃんの話を聞いたことがあります。娘が歯磨きケースに突然ティッシュを詰めてしまいました。これも赤ちゃんがえりの一種でしょうか?普段甘えているパパがおらずフテ気味の娘です。取り出すのに苦労しました。

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2007/02/06

ああ、あなたは聖母様

実は東京の友人宅に遊びにいったり、いろんな出来事が日々ありますが、マイペースで更新しております。

1月実家帰省で土曜日に娘のバレエに行けなったかわりに火曜日に私がバレエに連れて行った。バレエでご一緒するお母さまがたは母性たっぷりの方がほとんどだが、その中でも特に太郎に気に入られ、レッスンのたびに太郎が熱いまなざしを送り、
「女性ホルモンいっぱいでてきれいになれるからもっとみて!」
とおっしゃる、見た目も母性たっぷりのママさんがいる。私からするとまぶしすぎるくらいの母性の持ち主だ。その日のセンターはスキップしながらおててをきらきらさせてまわすという幼稚園児にはかなり高度な技だった。幼稚園児にはスキップだけでもしどろもどろなのに、さらにおててはキラキラである。こういうとき、私は
「ああ、できるのだろうか?やっぱりできない!練習させなきゃ!」
と思ってしまう。
が、このママさんは違った。スキップしながらおててキラキラを、とても楽しげな音楽とともに行う。もちろんきちんとできてる子なんてだれもいないけど、ちょっとお遊戯風で子供たちはいつになく楽しそうにステップを踏んでいた。
それをみてママさんは目をキラキラさせていった。
「楽しそう!一緒にやってみたくなっちゃうわ~。」
ああ、なんて優しい人なんだ。
子供ができないことにカリカリしてしまった私って・・・。
ちなみにそんな優しいママの娘さんは、うちの娘とおなじ歳だ。ママさんが、太郎が来ているのに気がついて笑顔で話しかけているのを見てジェラシーを感じたらしく、いきなら指しゃぶりでお母さんのひざにお座りしてしまった。年中さんで、しかもそれがたとえ他人の赤ちゃんだったとしてもこんなに簡単に赤ちゃんがえりしてしまうんだと感心してしまった。うちの娘が赤ちゃんがえりしてもしょうがない。そしてこのお嬢さんは、そんな愛情たっぷりのお母さんに育てられているだけあって賢こそうでお行儀もいい子だがちょっと甘えん坊だ。うちの娘の甘えん坊も、私のかまい方が足りないとか躾の仕方が悪いというよりは、親には甘えられると安心感からかもと思ってみたりして。女っぷりはかなり悪いので、子供に対してはついついガツガツと口うるさく注意してしまい、
「お父さんが2人いるみたいでかわいそうかな。」
と常日ごろ感じてはいたけれど、母親としてそればっかりでもいけないな~と改めて思った出来事だった。まあ、向き不向きをあるからしかたないんだけど。

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2007/01/15

うちのタレント大忙し

それは11月の終わりの土日のことだった。
土曜日午前中 生活発表会
土曜日午後  バレエ発表会のリハーサル
日曜日    13時から発表会9時までにホール集合
11月、太郎耳の異臭で耳鼻科にいったら中耳炎には至らずとも、外耳湿疹のため耳鼻科がよい。赤ん坊の外耳にステロイドを塗るのでやっぱりお医者さんに見てもらわないと心配だからしかたない。その後娘の風邪から今度は本当に中耳炎になってしまいさらに耳鼻科通い。粉薬を湯冷ましでといて日に3度薬をあげているとあっというまに1日が終わる。で、中耳炎が治ったら再び外耳湿疹で耳鼻科通い。週末はバレエの特別レッスンが入ったりして、ママは肉体的にかなり限界に来た状態だった。
しかし、娘は生活発表会の劇の台本をあっという間に人の分まで覚え、ピアノを習っている(習ってはいない)といいはり合奏のビアニカの座をゲット、普段より多いバレエのレッスンにも体を壊すことなく、見事生活発表会を演じきった。バレエのほうは、10月の時点で
「今の時点でこんなことで大丈夫なのか?」
と焦りはしたものの、11月に入ると、
「5歳にしてアッサンブレやらシャッセやらを織り交ぜながら音楽にあわせて体を動かすのは大変だ。」
と思い始め、
「技の完成度なんかより、当日までそこそこできて本人が楽しければそれでいい。」
と思うようになった。
娘5歳。
まだ長い人生は始まったばかりだし。
娘のクラスは火曜日と土曜日がレッスンでうちの子は週1土曜日だけ受けてる。発表会まで火曜日クラスは1回残っており、娘がどうしても行きたいというので受けさせてもらった。だがその週は木曜日が休日、発表会の全体練習があったのだが全体に未就学児のクラスが含まれるか確認しなかっため、全体練習欠席という大失態をしてしまった。疲れてたのだ・・・。
例年生活発表会の時期は、保育士も子供たちも指導と練習で疲れきるのか風邪がはやる。娘はその上バレエの発表会もあり、とにかく病気とケガが心配だった。しかもだいぶ物心がついていて、急に客席が怖くなったりしないかとも心配したが、娘は元気に生活発表会を演じきり、バレエの前日リハーサルに向った。
娘のバレエ教室には「母の会」というものが存在する。発表会の裏方をするのは、「父」ではなく「母」らしい。当日の楽屋は男の家族(父・兄弟)は出入禁止。身支度そのほかはすべて母親が手伝う。これは私自身がドキドキだった。娘のバレエ教室は保育園の子ではなく、幼稚園の子がほとんど。東京ほどではないがやはりわりと裕福そうな感じの家庭の子が多い。
ああ、そんな結婚勝ち組地方セレブのお母様たちとうまくやっていけるのか自分?
と思っていた。
しかし、
ラッキーなことに娘と同じクラスのお母様方はセレブで美人な上に優しい方たちだった
女として負け組、主婦として負け組、仕事でも負け組、なにやら毛色のちがう母の私にも優しかった。しかも、楽屋(実際には子供たちはリハーサルルームだった)や舞台袖なんかに入り浸り、久しぶりに娘に舞台メークしたりして楽しかった。
リハーサル、細かい間違いは多々あれど大きいステージを怖がることもなく無事終了。当日もやはり完璧にとまではいかなくても、無事踊り終えた。体を壊すことなく最後までやり遂げられてほんとうによかった。
終わってから娘に、
「楽しかった?」
と聞くと
「楽しかった。」
と答え、
「来年もでる?」
と聞くと
「でる。」
と答えた。
それでいいのだ。
ステージ好きの私としてもニンマリだった。やはり子供のやることを一緒に楽しめることは良いことだ。娘が小学校にあがったら、今度は勉強を1からやり直すつもりだ。
発表会を終え、それまでコロッとしていた娘の足は大分バレリーナの足らしくなり、大分バレエのレッスンの意味がわかってきたようだ。そして、旦那はすっかりバレエフリークなっていた。7月の草刈民代のバレエ公演を涙をのんで旦那に行かせたかいがあったというもの。(私が子守班、娘は未就学なので入場不可)
現在我が家では毎日のように娘の発表会DVDが流れている。
あ、別に娘のところを100回まわしじゃないんですよ。
娘のバレエ教室、先生もお姉さんがたもめちゃくちゃうまくて見ごたえありだからです。
前回は娘はエントリーしなかったので、一家で観にいってあまりのうまさに家族一同感動してしまいました。今年はパパは太郎0歳を抱え観客席に入れず、ママは楽屋で入れずDVDを心待ちにしてました。そして、
「ああ、生でみたかった・・・。」
とつぶやくのだった。
そんなパパとママの密かな野望は、いつか一番上手なお姉さんにまでならなくても、一番上手なお姉さんと一緒にコールドで踊る娘の姿を見ること。そりゃ~娘のソロはみたいけど、そこまでは高望みってもんだわな。

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2006/12/21

うちのタレント

・バレエの衣装
・着物
・法事の服
以上帰省にあたり準備した娘のための荷物です。なんかマネージャーになった気分。バレエと着物は私の趣味もあり…。娘が本当にバレリーナになり公演旅行に出かけるときはこんな感じ?ありえない(^o^;(注:発表会の衣装はレンタルではなく買い取りでしたTT)

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2006/10/31

衣装の魔力

ついに娘が発表会の衣装をもらってきた。娘は兵隊さんの音楽で踊る。上は青と黄の兵隊さんの上着のデザインチェチェも黄色だ。娘のクラスには1人だけ男の子がいてそういう演目になったんだと思う。日本で男の子でバレエをやるこは稀少だと思う。実はひそかに、
「今日もきてるかな。」
と心配していたりする。
本人が嫌いになってしまったらしかたないけど、是非続けてほしいなと思っている。余計なお世話なんだけど。土曜日は相変わらず旦那につきそってもらっているが、平日は太郎をつれて私がつきそう。レッスン中はたいていすやすやと熟睡する太郎。将来コーラスラインのお姉ちゃんがさぼったバレエクラスにもぐりこんでダンサーになった少年のようにならないかな?な~んてな。
衣装をもらった翌週、富山市ではなく高岡市の教室にいて照明あわせというのがあり娘は衣装をきて踊った。普段はレッスンで発表会の練習をすると、おもわずガクッとなってしまうのだが衣装の魔力はすばらしい。はりきって踊る娘は少しまだタイミングがちがうところがあるがかなり上手に踊っていた。純粋に発表会の練習のためバーやセンターがなかったため体力的に余裕があったせいもあると思う。それにしても前回の通し稽古とはくらべものにならないくらい上手に踊れた。最初黄色と青の衣装をもらったとき、配色に驚いたが踊っているときにみるとなかなか素敵だった。その日、貴重な男の子は体調不良でお休みだったがセンターに男の子が入ると場が締まってよいらしい。(旦那談)
その後メイク指導があった。先生が
「だれかメイクさせてくれないかな?」
というと、元気に手をあげみごとその役割をゲット。といってもバレエメイクなので近くでみると怖い顔。メイク完成後見本にとみんな携帯で娘をとりたいのだが、肝心なところではにかむ娘。
そこで、カメラに向っていい顔しなきゃ!
君はモデルは無理だね。
それ以前に容姿に難ありではあるのだが。
指導も終わり、お化粧を落とすようにいってもなかなかきかない娘。それじゃ、帰りマックによれないじゃないか!
(その次点で時間は18時半過ぎ)いやがる娘をなんとか説得して落としました。やはり娘も私の子、落ちるところに落ちただろうか?いずれ我にかえって別のことを始めたら、そのときはママが始めるのでかまわない。その日に備えてストレッチしなければ・・・。

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2006/10/28

保育園変わりたい

10月娘の発表会の特別練習が入るようになり、久しぶりに家で振り付けを確認したら、振りはまちがってないのだけどあまりの完成度の低さにちょっと頭を抱えたママ。いや、あと1ヶ月なんとなるのかも。先生は大変だろうな~と思った。家でもできるだけ練習させようと思う。赤ん坊もいることだし、これからは娘の発表会を楽しみに過ごそうと思っていたある日、娘はこういった。
「××××保育園やめて○○保育園に行きたい。」
動揺しつつ、どうして?ときくと
「だれも遊んでくれんから。」
××××は現在の娘の保育園。家からは15分だが職場からは5分くらいのところにある。○○保育園は家から5分のところにある。○○保育園は私たちが引っ越してきた4年前は3歳未満児保育をやっていなかったが、最近産休明けからみてくれるようになった。だが県外それも地方外から来ていて知り合いも少なく友達が多いほうがいいだろうと思い保育園は変わらなかった。
娘5歳。自分の自慢やしきるのが大好き。しかも県庁所在地とはいえ地元出身やが多い地域なのでよそから来た娘、ついにいじめか?それにしてもはやいじゃないか?表向き平静を装いつつ内心のけぞる私。娘を精神的に追い詰めるのはいけないと思いながら、
「そう簡単にはかわれないからがまんしなさい。」
とか
「思い過ごしでしょう?」
といってはいけない言葉をかなり感情的にはいてしまった。しかも親からみても、自己中心的だったり無意識で相手を馬鹿にするようなことをいったりそれでは嫌われるだろうなという態度がまだまだ当たり前だし、言われてすぐに自分で考えて行動できる年齢でもないので私の動揺は並大抵のものではなかった。あわてて買って読んでなかった女の子のいじめに関して書かれた本「女の子どうしってややこしい!」を読みはじめた。翌日一応連絡ノートに
「お友達と遊べてますか?」
と書き、旦那は外遊びをする娘を観察していた。(職場から娘の保育園がよくみえる)先生からは、
「今日も○○ちゃんと一緒に遊んでました。」
と返事があり、旦那からは、
「デマだ。」
というメールがきた。しかしこの本には、
女の子のいじめは先生や親にはわからないようにします。
と書かれている。私の全身の血の気がひいていったのはいうまでもない。別の本には子供がうつになる前に学校を変えたり、違う集団の活動をもち、自分の居場所をみつけるべきと書いてあった。でもいじめにあわないにこしたことはことはないけど万が一あってしまった場合、本当に学校を変えることが問題解決になるのだろうかと思った。
最近でも信じられないようなひどいいじめの話が世間をにぎわせている。私自身もいじめにあったことがあるし、加害者になったこともある。いじめられているときはほんとうにみじめで悲しくてつらかったけど、こんなことで死んだら私をひどい目に合わせたほうが喜ぶだけだし、これから今以上に幸せになることもあるかもそれを味会わないうちは死ぬわけにはいかないと自分に言い聞かせた。
最近またいじめが話題になっている。私個人的にはいじめは人間の本能のようなもので、いけないと感じた人がしないように努力することはできても、それはかなり強い理性が必要で、すべての人が完全にしなくなるというのは並大抵のことではないと思う。娘や太郎だけでなく私自身も含め、想像を絶する残酷ないじめを企てる人と居合わせないことを願うのはいうまでもないが、自分に非がないのに周囲の気分で標的になったとき、その時間をうまくやり過ごす力を身につけさせたいし身につけたい。頭ではわかっているものの現実となるとやっぱりどうしたらいいかわからなくなるものだと思った。「男の子脳、女の子脳」という本にもすこしだけ男の子と女の子のケンカの違いがについて書いてあって、「女の子のいじめの兆候がみられたら、小児うつになる前に対策をとるべきだ。」とあった。幸い娘はその後も精神的におかしくなっている様子もなく保育園に通っている。娘も太郎も、あきらかに自分に非のないことで身も心もぼろぼろにならないように願わずにはいられない。そのためには常に娘や太郎の様子に気を配るのが大切なのだと心にとめた。

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2006/10/19

娘またまた試練の秋

暑い8月が終わり急に涼しくなった9月。最初の連休の中日にある保育園の運動会まであと4日とせまった日だった。娘が朝から、
「いだ~い~。」
と絶叫していた。なんとおたふく風邪に感染したのだ。娘の保育園の運動会では年中さんポンポンの演技がある。そのころちょうどフジテレビで高校生のチアダンスがテーマの「ダンドリ」がやっていて、娘は夢中だった。だから毎日ポンポンの練習を一生懸命やっていたようだった。気の毒なことに娘は楽しみにしていた運動会にでられなくなってしまった。夏のプールといい、まったく厄年のママ以上に不運の続く娘だ。
9月の最初の週、例のおじさんにあってから私は絶不調だった。べつにおじさんが根本原因ではないのだが、風邪をひいたようなひかないような気だるい日々だった。娘が発病した当日もかな~り調子が悪く、旦那に病院に連れて行ってもらった。近所の評判のいい小児科だったのだが、娘は別室に案内されぐったりしていたらしい。
その日はほとんど何も食べられず、熱は最高38度までいった。翌日もぐったりしていたが、大分食欲がでてきたらしく、桃缶を主食にしていた。3日になると相変わらず娘の顔は腫れていつも異常丸くなっていたが、いい加減体調もよくなって室内で遊びだした。4日目、病院へいき火曜日から登園許可がおりた。顔はまだまだ腫れているが、もうすっかり元気で
「どこかへおでかけしたい。」
と騒ぎ出した。せっかくの連休、どこかへ行きたいのは山々だが、顔が腫れている間は人にうつしてしまう可能性があるので人ごみにはいけない。日曜日あんまりさわぐのでAPTショッピングセンターへつれていった。娘は有料の遊び場に行きたがった、まだ完全に腫れのひいていない娘を子供のなかに連れて行くわけにはいかない。しょうがないので買い物だけして帰った。月曜日はなにをしたのか覚えていない。火曜日、登園許可はでていたが休ませてバレエの振り替えレッスンに連れて行った。
そしてよく月曜日から旦那が東京で研修だったため、私と娘と太郎は私の実家に帰った。土曜日はなんとママが19時からの「ウエストサイドストーリー」のチケットをとってしまい、日曜の午前3時出発だった。(旦那の研修が決まる前にチケットをとってしまった。)娘と太郎の体調が心配だったが、娘も太郎も平気だった。朝の10時には東京にある旦那の実家に着き、14時の高速バスにのり千葉にある私の実家に向った。浜松町まで私の父に迎えにきてもらった。私の実家のそばまで高速バスで約2時間。バスはものすごく空いていた。太郎は少し寝ぐずって泣いたがなんとか無事実家に着いた。さすがに疲れた。
そこからまた娘の悲劇が始まった。太郎はすごく愛想がいい。だれかにみつめられると齢3ヶ月にもかかわらず、にっこりと微笑む。そして私以外の人に抱かれても泣かない。娘は知らない人に抱かれるとおお泣き、みつめられると凍りついた。そして、諸事情により富山まで太郎に会いにこられなかった私の母は太郎に初めて会うことができた。どうしても太郎の方に目が行ってしまう。5歳になった娘はいままでのとおり何をやってもかわいがられるという状況ではなくなった。
私の母はいわゆる優等生タイプででものごとに厳しい。自分はなんでもきちんとできるから、できないのは信じられないタイプだ。私もそんな母に厳しく育った。だが私は母ほどできのいい人間ではなかったため、母に言われたことは理解できたが、母の及第点にいたることはできなかった。そういう厳しい母のおかげで今自分がそこそこの人生が送れているのはよくわかっているのだが、無条件優しさには飢えていた。だから今まで娘に対して厳しさより優しさ重視で接してきた。しかし最近のその優しさは甘やかしてただけかもと反省もしている。
5歳になった娘は見た目はお姉ちゃん。悪いことをすると母は孫である娘にたいして愛情があるからこそ注意する。その注意の仕方はやや厳しめだ。「自分のできることを人にみせびらかし、自分のしたくないことはやらない」これは母の道徳観念に反する。いままで私もびっくりするくらい娘に甘かった私の母。娘はそれでなくても太郎が生まれ思うようにかまってもらえなくなりとまどっていたのに、さらにとまどいが増したかんじだった。太郎がなくと私は太郎にかかりきりになってしまい、娘のフォローができない。太郎はそのころ良く泣く時期だった。
その上かまわれる以上にだれかと一緒に遊びたい。娘は保育園のように友達もおらず、たいくつしてしまったようだ。娘を積極的にかまってくれるパパも研修でいない。娘にはちょっとつらい1週間だったと思う。。
そんなこんなで娘の太郎が生まれたことによる環境の変化の戸惑い、そしてなによりも私自身娘とどう接していけばいいかの戸惑い、わかっていながらも赤ちゃんの世話による疲労で思うように娘と向きあってあげられない戸惑いで9月は終わった。気持ち的にも体力的にもやや余裕はでてきたもののそれでもああもしたい、こうもしたいと思っているうち終わってしまった。
10月になった現在、ようやく6月以降娘も急にお姉ちゃんになったと実感するようになり、家族4人の生活が日常になった。娘が赤ちゃんのときより早く日常が訪れた気がする。それはそれで、太郎にまつわる大失敗をしそうでこわい。

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2006/10/12

秋のお弁当持参なのだ~

Sn340247aまたしてもひさしぶりのオンタイムの話題です。
今日は娘の園外保育でお弁当持参だった。
今回のおしながき
みかんのかんづめ
ふりかけごはん
きゅうり(い)
とまと
みーとぼおる
そしてお飲み物はウーロン茶希望。
4歳前半までは保育園でいろいろためになること身につけてきてなんかすごく賢いと驚いていた娘だったが、5歳に近づき享楽的(私に似たと思われる)になり、左利きなのも災いしてもうちょっとおばかな感じ。(左ききなので、書き順と書き方向がやばい。注意するのだがなにせ享楽的なのでなかなかなおらない)しかし、ふりかけご飯にミートボールとはなかなかお母さん思いのメニューだ。ここで正しいお母さんならミートボールはあえて手作りするのかもしれないが、チンしました。(だって元祖享楽的)
春の遠足のお弁当で友人Oからもらったキャラばらんが非常に好評だったため今回も使おうと思っていたのだが、買い忘れてしまった。旦那は水曜日から金曜日まで出張。旦那不在の日常、3ヶ月の太郎かかえてとても不安。
だががんばって初の娘と太郎を連れて私1人でAPTショッピングセンターに車でお買い物。太郎と2人でいってもよかったのだが、娘に選ばせたかったのと、夕飯をマックとケンタですまそうという母の怠け心もあった。平日はすいているので意外とラクチンで買い物できた。ああ、これなら旦那の出張のときはいつでもきてしまいそう・・・。(言い訳:その分自分で作るときは健康重視で和食・魚野菜中心にしてます。)そして、太郎の腰が据わったらファボーレの湯にいってお風呂と食事をすますのだ。
そしてもう1つ不安なこと、
起きられるのか?私
最近太郎の授乳は11時か12時が最終で最初が4時から6時。優しい旦那が
「寝てていいよ。」
と甘い言葉をかけてくれるので、起きるのは8時だったりする。(旦那は娘とともに10時すぎにはおおいびき)しかし、やればできるもの、5時にスパッと起きました。でも娘を太郎とともにベビーカーに乗せて保育園に送り届け、掃除と洗濯の続きをすませるとそのまま昼まで爆睡だった。おべんとうのおかずもついでに買ったのだが、「きゅうり」ではなくキュウイを買い、とうもろこしの缶詰がさらに追加になった。
そしてお弁当箱もかってしまった。
キティーの箸セットにシナモンの弁当箱。
娘のキャラ汚染はさらにすすむのであった。
買い物から帰ってきたとき娘は。
「あ、きゅうり忘れた。」
そうかきゅうりもキュウイもひつようだったのか。
完成したお弁当と娘が前日保育園で描いてきたサンプルです。
Sn340246aSn340248a

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2006/10/11

娘、まだまだ試練の夏

気がつけは10月、秋ですね~。更新が思うようにできず、8月のことです。

娘のバレエ教室は11月に発表会がある。8月は発表会に向けた特別レッスンが入り、発表会の振り付けが始まった。最初のうちはまだ小さいからと多少レッスンに身が入らなくてもまあよしとしてきたが、娘9月には5歳。そろそろ先生のいったことはものすごく上手ではなくてもできるようになってほしい年頃。レッスンに身が入らないのは親のしつけの悪さの象徴とも思えたりもする。太郎の妊娠出産にあたりかなり体調が悪かった私は、娘のことをかなりパパ任せにしてしまった。しかも赤ちゃんがえりするのはかわいそうなので、極力娘をかまい好きなようにさせていた。
出産後ふと我にかえると、そこにはものすごくわがままでやりたい放題の娘がいた。3歳まではそれでよかった。
ちょっとしたことをほめてやればそれでよかった。悪いことといってもまだまだ笑って許せる範囲内だったし、多少のことは「まだ小さいから」と許せた。しかし娘もうすぐ5歳(夏の時点で)。見た目はすっかり幼児。やりたい放題はとても見苦しい。そして普段の生活でできることは自分でやれるようにしなければいけないし、いろいろな知識を身につける準備もしなければならない年頃。いままでは娘のいうことを聞いてるだけでよかったし、できないことは親が手をかせばよかった。しかし太郎がうまれて、どうしても娘のいうことをきいてやれないこともある。私が愛情の注ぎ方をまちがったというのあると思う。天真爛漫なのはよいのだが、もう一つ周囲の状況をみて考える力が足りないような気がする。発表会にエントリーした以上、最低与えられた振りは覚えてもらわなければならない。
バレエを始めて1年、大分レッスンはまじめに受けられるようになってきたが、やっぱりバレエというのは決められた動きを練習してその上にダンスとして成り立っているというのが理解できてないみたいだ。そしてやはり途中で集中力がなくなり、鏡の自分の姿を眺めたりバーにぶら下がったりしている。レッスンのつどいけなかったところはしかり、
「やりたくないならやめなさい。」
といっているが娘は
「やめたくない。」
という。
単に私の言っていることに反抗しているだけかもしれない。それでも苦労してなにかをきちんと練習してできるようになることは、これから娘が大人になるためには絶対に必要なことだと思う。「けちな母親だ」とコメントで批判をいただいが、うちは不真面目にしかできない習い事に通わせたり、将来社会にもでられず仕事もできずにふらふらする子供をやしなえるほど裕福ではない。別にエリートになんてならなくてもいい。ちゃんと自分の力で生きていけるようになってほしい。そのためにも今度の発表会のために振りを覚えることもマイナスにはならないと思う。
8月の後半の週末はパパとママで娘に振りをちゃんとマスターさせるべくがんばった。世の中には生まれながらにして必要なことはきちんと身につけられる子もいるが、うちのこはつらいことはせず楽しいことばかりしたがるタイプだ。しかたない、私がそうだった。
でも30年強生きてきて、やっぱりつらくてもあきらめずにがんばったことには何か自分にプラスになった。そして20代後半になって、自分の体をいたわらずにがんばりすぎるのはマイナスだと知った。まだ心身ともに柔軟で回復力の強い年齢である娘には「努力して何かを身につける習慣」を身につけてほしい。もちろん娘の心身の健康に十分注意をはらうし、自分の限界を見極めながらがんばる術も身につけられるようにしたい。
もし今回きちんとまじめに発表会の振りを覚えられなかったらバレエをやめさせることも考えようと思った。とりあえず旦那は発表会の振りの練習をビデオにとることにした。そうすればパパとママが正しい振りを覚えられるし音楽も録音できる。バレエ教室にはいつもまじめにレッスンが受けられて上手な子もいれば、普段はふざけていてもやらなけえればいけないときはきちっと決められる子もいる。そのどちらでもない子はうち以外にもいて、なんとだんながビデオを持参したその日別の子の親も何人かビデオ持参だったらしい。
週末そのビデオで娘を練習させた。娘はバレエが嫌いではないと思う。自分の好きな振りはすぐに覚える。
困ったのは、先生の真似をしたがることだ。娘ができないことをパパとママが教えるためにやっていると、先生のように注意したりする。大人としてはレベルの低い私はついついカチンときてしまう。娘は自分のできることをみせびらかしたがる。年齢的なものななのかもしれないが、性格だったら困るな。練習させながら、太郎の妊娠中あまりに娘の要求に答えすぎたと反省する。3歳までは要求もこちらがかわいいなと思えることだったが、寝ている時間すべて自分のしたいことをしたがる。
「APTショッピングセンターに行きたい。」
「チョコ食べたい。」
「たまごっちがほしい。」
要求のなかには親がかなえられることもあるし、かなえることはできるがそれをしてしまうと娘のためにならないこともあり、そして絶対にできないこともある。やっていはいけいないことをやらずにがまんしたり、できるようにがんばる、発表会の振りを覚えさせることもその第一歩だと思い、娘を練習させた。できないことをできるようになったらせっせとほめた。完成度はまだまだ低くていいたいことはまだまだあるが、努力の甲斐あってちゃんと振りは覚えられた。
レッスンも大分まじめに受けられるようになったが、レッスンの最後のころはやっぱり集中力が切れてちょうど発表会の振りのときボロを出してしまう。本番までにうまくなるんだろうか?終わったころ娘は
「もうバレエはこりごり。」
と思うのか
「ものすごく楽しい。」
と思うのか楽しみである。仮にバレエに懲りてやめてしまっても、やっぱり私は娘にやるべきことはきちんとできるようにすべくゲキをとばすつもりだ。日ごろ保育園にいろいろと娘に身につけてもらっているが、お稽古ごとで自分の親としての手抜きに気がつくのである。娘、小学校入学前、まだまだ間に合うと思っている。たぶん中学校くらいまではゲキを飛ばし続けるだろうと思う。
正直娘を怒るのはつらくて、心身ともに消耗する。
でも娘をちゃんと大人にしてあげるのが私の義務だと思うからつらくてもがんばる。
だからといって娘を全然見てないわけではない。
見守りつつ怒るのだ。
難しくてつらい。
出産の疲労も徐々に回復し、娘のバレエの振り付けに翻弄されていたらやけに暑かった夏が終わっていた。

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2006/10/09

娘が収穫

娘が収穫

娘が河原で収穫したグミです。凄くきれいな実ですが食べるとすっぱいです。気持甘いです。

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2006/09/21

娘、試練の夏

太郎1ヶ月(8月)の出来事
この夏、晴れてお姉ちゃんになった娘。出産入院中は毎日赤ちゃんに会うのが楽しみで仕方がないというかんじだった。でも私と太郎が家に戻り、ママはほとんど寝たきり、何をするにも太郎優先になるとちやはりちょっとナーバスになった。
退院して1週間後熱をだした。私が入院中保育園が終わると毎日病院に来ていてその疲れがでたのかもしれない。そしてすごく甘えん坊になった。食事もトイレも着替えも1人ではしない。我侭をいってその通りにならなかったり悪いことをして怒るとすぐに泣いてしまう。
下の子が生まれると上の子は寂しがるから極力かわいがるようにといわれるが、何しろ悪いことばかりするので出産の疲労が抜けると今度は娘を怒り疲れる毎日。
「なるべくほめるように。」
といわれても、何しろほめられるようなことをしない。もしかすると注意を惹きたくてわざと悪いことをしているのかもしれない。
「太郎なんか嫌い!」
といわれるのが怖くて、
「ママだって怒りたくておこってるんじゃないよ!(娘の名前)ちゃんがママに相手してもらいなくて悪いことばかりするなら太郎川に捨ててきちゃうよ!」
といってしまった。太郎が生まれて以来、私は太郎の世話をするのが精一杯であまり娘の相手をしてあげられない。そして9月9日で5歳になった娘はこれでもかというほどかわいくないことを口にする。口のたつ女の子だから仕方ないのかもしれないがとにかく屁理屈ばかりいう。太郎はまだまだ赤ん坊なので、娘がかまってもいやなときは泣きそうな顔をしていたりする。そのうち
「太郎なんか嫌い!」
とか
「太郎なんかいないほうがいい」
とか言い出すのではないかと思っていたが、2ヶ月たった今もかわいくてたまらないようで、太郎に迷惑顔されながら太郎にちょっかいを出している。太郎が生まれて以来、
「少し娘を甘やかしすぎてしまったかも。」
とよく思う。もう少し我慢させることやできることは自分でさせる習慣をつけさせるべきだったかもしれないと反省した。妊娠して体調が悪くて思うようにかまってやれないのと、環境の変化で神経質になってはいけないと少しやりたいようにさせすぎたのかもしれない。かわいい娘に泣くほどがまんさせるのは本当につらい。ついつい娘をあまやかし、そして自分も甘えていたのかもしれないと思った。
この夏、それ以外にも娘に試練がおそった。娘は人一倍水の好きな子でプールも大好きなのだが、水いぼにかかってしまった。そのため保育園のプールに入れなかったのだ。
医者にも連れて行って
「水いぼはプールではうつらない。」
(皮膚が正常の場合は最近がついても感染しない。けがをしたりして皮膚がないところに直接菌がついたときに感染するらしい。スイミングスクールで感染することがあるが、ビートバンを脇に挟んだとき脇がビートバンにこすれることにより感染。感染しても見た目が悪いだけで痒くなったり熱が出たりするわけではない。)と医者にもいわれたのが、やはり保育園でプールに入れてもらえなかった。でき始めた6月はそれほどめだたなかったのだが、太郎が生まれた環境の変化のすとれすのためかだんだん目立つようになり、もともと皮膚が弱くてひじやひざのうらを掻き壊したりしていたのだが、それがトビヒになりいよいよプールには入れなくなってしまった。大好きなプールを見学するのはさぞかしつらかっただろう。でもそこまで皮膚が弱っていたから、プールに入れなかったのはむしろよかったのかもしれない。ママが子供の相手をするのが苦手なばかりに、抵抗力のない小さいうちから温泉やプールに連れて行ったのがまずかったのかもしれない。
7月の終わり、旦那と娘は東京の実家に行きディズニーランドにも行って久々に自分中心に活動できて満足したみたいだった。しかし、太郎がきた生活の変化はかなり体調に影響していたせいもあるのか日ごろからアトピー一歩手前のひじとひざの裏がトビヒになってしまい登園禁止になってしまった。8月、まだ1ヶ月の太郎を抱え私はパニックにおそわれた。
もうすぐ5歳の娘。
家でじっとしていることなんてできない。
富山の夏は暑い。
日中30度以上は当たり前。
8月は夜になってもほとんど外の気温が下がらない。
もちろん娘だけプールで遊ばせるなんて不可能。
(だってトビヒだもん)どのみちに産後2ヶ月目の私はまだまだ頭がぼんやりしていて車を運転する自信がない。時はお盆、海はボチボチ土用波。人ごみのショッピングセンターで首の据わらない太郎とどこにでも飛んでいく娘を連れて歩き回る自信もなし。
実はとびひの前にお盆登園についてひと悶着あった。育児休業中ということで、お盆登園を拒否されそうになった。実際はまだ産後休暇中。
「お盆は自宅でみられませんか。」
と保育士に言われた瞬間、私の頭は
「私1人で外に連れ出せない1ヶ月児と暴れ盛りの4歳児をどうやって面倒みればいいんだ?」
とパニックになった。旦那と私の職場はお盆は休みにならない。7,8,9月の都合のいいときに3日の夏季休暇が取得できる。旦那は7月にすでに夏季休暇を使っている。飛行機で私の実家に帰ることも考えたが、時はお盆、いまさら飛行機が取れるかは定かではなかったしお盆の激込みの空港で私1人で1ヶ月児と4歳児を連れて歩けるかは自信なかった。日ごろ土曜日は勤務、平日は10時までの勤務がある保育士さんがお盆くらいまとめて休みを取りたいのはよくわかる。だが、世の中さかんに言われている「子育て支援」はどうなってんだと思った。
結局旦那が休みでないということで登園は許可されたが、結局トビヒで登園できなくなってしまった。結局気持ち涼しい9時に家をでて公園に行くことにした。
1日目はいつもの公園へ。
2日目は娘がドラックFに工作の道具を買いに行きたいと言い出した。
一瞬車で行くことも考えたが、妊娠中ドラックFは歩いていっても意外と近いと気がついた。しかも娘はパパと自転車でいったことがあり、自転車で行きたいといった。問題は開店が10時なのでその時間に合わせてしか出かけられない。ドラックFへの道のりは途中までは商店街のアーケードがありその先も歩道があった。娘の自転車のことがあるので太郎はスリングで日傘をさしていくことにした。だが歩道は意外と段差があったり排水溝のふたが壊れかかってたりして補助輪つきの娘の自転車で走るのはものすごく大変だった。なるべく走りやすいところを走ろうと娘はどんどん車道に近づき、縁石のないところはすごく怖かった。その道は国道につながる主要道路で交通量もかなりある。その日もものすごく暑くて、帰り道は娘もかなり疲れていた。まるで運動部の特訓みたいに、泣きそうになる娘に自転車をこがせた。太郎がいるので日傘を閉じては歩けないので自転車をおしてあげることはできない。疲れた娘は歩いて家まで帰るのは絶対無理だ。無理せず車でくればよかったと後悔した。途中のコンビ二でジュースを買って一休みした。すると娘は少しだけ元気になってなんとか家までたどり着くことができた。
3日目は小児科へ。
お盆なのでこの日ようやく病院に行くことができた。だがその日も午後は休診なので病院は子供でいっぱいだった。なかには熱があるのかぐったりした小学生の子もいた。娘の保育園の子も何人かいた。受付をすませたところで登園許可の用紙を忘れたことに気がついた。娘を病院に残し、太郎だけつれて病院から歩いて20分の家までとりに帰った。トビヒについてネット旦那が調べまくり、イソジンで消毒して化膿止めをぬるといいことを突き止め日に3度せっせと消毒して薬を塗ったおかげかその場で登園許可がもらえた。そのおかげかその場で登園許可がおりた。1ヶ月児をつれて小児科へ行くのは私にとってはかなりきつかった。
午後はちっとも寝る気のない娘をしりめに連日爆睡だった。そんなへぼへぼな自分の体が悲しかった。
翌日から娘は保育園にいった。プールはお盆まで。もう娘は悲しい思いをしなくていい。娘が登園した日太郎は1日中爆睡でおとなしかった。そんな大変な夏を超え、娘だけでなく私も旦那ももう昔から太郎がいたような気持ちなり、娘は自分のペースをつかんだようだ。太郎が生まれる前はうまく話せなかった娘はすっかりおしゃべりになり生意気なことも口にするようになり、すっかりお姉ちゃんになってしまった。
体はすっかり赤ん坊ではなくなったが、疲れると中身は赤ん坊になってしまい、
「抱っこ。」
「食べさせて。」
「できん。」
といってメソメソする。
相変わらず太郎は大好きで、登園前と帰宅後は必ず太郎のそばによってくる。今はパパと娘、太郎と私で別れて寝ているがどうも娘は太郎と一緒に寝たいらしい。できればそうしてあげたいが、寝る前、夜中、朝でいつも違う場所で寝ている娘と太郎を一緒に寝るのは危険なきがしてならないママである。2枚ひいた布団に横になって真ん中で寝てることなんてしょっちゅうである。
だが、ペースを取り戻した娘にさらに試練が襲うのであった。

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2006/07/09

お姉ちゃんだよ

娘の話
結局娘が保育園に行っている間に太郎は生まれた。初日は経過観察があり、太郎は新生児室からでてこれなかったので娘は何度も新生児室を覗きに行っていた。女の子じゃなかったことはもはやどうでもいいらしい。翌日は赤ちゃん用の鈴のオモチャを持ってやってきて、その日から部屋にいた赤ん坊に、「お姉ちゃんだよ」と言ってうるさくまとわりついていた。そのうち赤ん坊はお人形ではない現実に気がつき、生活の中心が赤ん坊になったのに気がついて愕然とするのではないかと思ったが、退院すると「赤ちゃんと一緒に寝たい。」とか「今日は保育園に行かないで赤ちゃんと一緒にいる」などと言っている。かなり危ない感じではあるがちょっとだけなら抱っこもするようになった。だが、娘が何かする事に私にいちいち「赤ちゃんなんていっとる?」聞いてくる。今深夜と早朝に2回の授乳タイムがあり寝不足でぼんやりの私は内心「え〜い、うっとうしい〜」と思ってしまうのだった。もちろん顔にも口にもださないけど。娘が赤ちゃんが可愛いと思っている気持ちを尊重しないとね。そういう賑やかなお姉ちゃんのおかげだろうか?太郎はヒマヒマ泣き(これといった理
由はないがとりあえず泣いてみる)が少ない気がする。気のせいか?

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2006/06/19

保育参観

産前休暇5週目6月6日の出来事
旦那は私が出産すると休暇をとることになるのでなるべく休暇はセーブしたいということで参加しなかった。前の週の金曜日・この日火曜日同じ週の金曜日のせいなのか、この日は親の数は少なかった。そのかわり保育士さんが気がついてくれて、他の保護者は立ち見だったが私にはいすを出してくれた。娘の保育園の子供たちはとても人懐こくて、私がいると
「あやちゃんのママや~。」
「お腹に赤ちゃんおるが~?」
とわらわらと寄ってきて、来られなかった旦那のためにVTRをまわしていると
「とってとって~。」
といってポーズして寄ってくる。
「これカメラじゃなくてビデオだよ。」
といってもお構いなしだ。9時半からということで私自身遅れていったのだが、まだ保護者はまばらだった。10時まで遊戯室で体操したりボールプールやトランポリンで3歳から5歳まで混ざり合って戯れている。10時からは縦割りの赤・青・黄のクラスに別れお当番さんが肝油ドロップを配り、出欠ををとり先生のお話を聞き、歌を歌い絵本を読んでもらう。この時間になると保護者がどんどんやってきた。娘の教室の様子を眺めていると、いかにもまじめなスーツのサラリーマン風のパパがきた。日ごろはニコリともせずに仕事をするおじさんタイプの人だ。が、突然子供たちの歌に合わせて目じりを下げて歌い始めた。他にパパらしき人はいない。
この人歌ってる。娘と同じクラスに娘さんがいるみたいだ。
娘は男を変えるのだ。
私くらいの世代から以前の父親は、割と家庭や子育てを母親まかせにする人が多かった。今にしてみると、それでも跡継ぎ(といってもつぐほどの財産はないが)父は弟よりも私がやっぱりかわいかったんだなと思うエピソードもあるが、基本的に父は子供のことはノータッチだった。私の父は九州男児のせいもありわかりやすく子供をかわいがるような人ではなかった。(おかげで旦那の両親への結婚の挨拶で冷や汗をかくことはなかったが、母が「まさかこの子が結婚できるとはおもわなかった」と現在の旦那の目の前でいいずっこけた。)
最近は盛んに父親の育児参加がいわれるようになり、割と積極的な人も増えたが、子供がいるにもかかわらずそれに全く関わらないって父親としてすごく損をしてるんじゃないのかなとそのパパを見て思った。結婚して子供をもつことが最大の幸せだとは思わないが、結婚して子供がいるにもかかわらず子供とかかわれないってもったえないことなんじゃないだろうか?いろんな事情の人がいるのだと思うけど。
その後娘の保育園は年齢ごとのクラスの時間になる。その日は父の日にちなんでお父さんの似顔絵を書いた。
クレヨンですでに書いてある絵に肌色の絵の具を塗るのがその日の作業だった。4-5歳ともなると、ちゃんとその子のお父さんの顔に似ていておもしろい。ふと気になったのは、娘のクラスにはパパの肌が褐色の子がいてその子の肌も日本でいう肌色ではない。でも4-5歳児のクラスの子に絵の具を使わせるためすでに絵の具はぬるだけの状態になっていて1色しか準備されていない。日本でいう肌色だ。4-5歳児に絵の具を使わせるのはのは結構な手間だと思う。でもちょっとひっかかった。
他の子はさらっと顔に色をつけて終わりにして遊んでいたが、娘はしつこくしつこく色をつけていた。なんでも飽きっぽい子だと思っていたのでちょっと意外だった。それと家では女王様のように、「~やって。」「~とってきて。」と甘ったれた子なのに、保育園では他の子はすでに遊び始めてるのに熱心に掃除をしたり、机を動かすのを手伝ったりしていた。連絡ノートにときどき
「よくお手伝いをしてくれました。」
と書いてあって、半信半疑だったけど本当なんだなと思った。もちろんその日は私がいてはりきったのかもしれないけど。ちなみに絵の方は輪郭と髪や目・鼻・口をクレヨンですでに書いてあるものに絵の具で色をつけはじかせるというものだったらしいが、どうも娘のは目・鼻・口が絵の具でつぶれてしまったらしくそれでしつこく塗っていたらしい。年長さんのクラスは運動会に向けた太鼓の練習をやっていて、先生の説明が終わり楽器がなりだすと娘のクラスの子も突然落ち着きがなくなりおもしろかった。
仕事の都合や出張などで保育参観に参加するのは始めてだった。外遊びは職場から眺めることもできるのだが、教室の中ではこんなことをしてるんだなとわかっておもしろかった。娘はよく年長さんのお姉さん2人と遊んでいて、同じ歳の女の子Sちゃんはいじわるされたとか、行事の写真によく手をつないで写っているM君やよくあさ一緒になるY君は最近あまり遊んでくれないとかいじわるするといっていたが、実際はよくつるんでいた。思った以上にちゃんと過ごしていてとても安心した。
が、その日のノートには、私が帰った後はグズグズモードになり、自分のグループではなく大好きなM先生がその日一緒に食べるグループで食べたそうな。それを見てガクっときてしまった。担任の保育園の先生や園長代理(保育士のボスみたいな先生)は私が実家に帰らず出産するためか気を使って声をかけてくれたり、娘に何かと気を配ってくれる。とてもありがたいことだと思う。

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2006/06/09

娘久々の発熱

木曜日、旦那が迎えに行くのが遅くなり機嫌が悪かったのか、
「足が痛い。」
と久しぶりにおお泣きの娘、翌日娘を起こすと元気がない。本人は
「頭が痛い。」
という。体をさわるとなんだか熱い。熱を測るとなんとびっくり38度慌てて風邪薬をさがすと以前インフルエンザのとき念のためにもらったが、結局インフルエンザで再度薬をもらったため残っていた風邪薬があった。抗生物質入りのものだったが、38度熱があるからいいだろうと思い、それを飲ませた。
(本当はあまりよろしくない;。)それでも意外と元気で、いざ保育園を休むことがわかると
「保育園行く!」
と大騒ぎ。ああ、市販の風邪薬ならころりと寝てくれるのだろうが・・・。ちなみに娘が風邪をひくとだいたい私もすぐにもらう。学生時代は風邪でもひいて休みたいと常日頃頑丈だった私も、人に気を使って生きなければいけない社会人になったとたん免疫力が落ち、職場の先輩の子供の風邪すらもらう始末。だるい。今日はもう家事は適当にしようと決め娘と一緒にだらだら。
抗生物質には眠くなる成分ははいっていないのか、午前中はかまってくれとうるさかった娘だがお昼ご飯を食べると寝てしまった。途中何度か布団に連れて行こうとしたがそのたびに目を覚ましていやがり、リビングに寝床を作って寝かせた。風邪なのにいいのか?
食欲がないらしく、モモ缶を食べるのが精一杯だった。抗生物質飲んでるからできればヨーグルトも食べられるといいのだが。午後は比較的良く寝たため、夕食の支度や風呂掃除も滞りなくできた。でもやっぱり私もだるい。娘の熱は夜には大分下がった。
土曜日になり、いろいろと買いたいものがあり、PLANT3というホームセンターとスーパーを足して2で割り巨大化した店に行く予定だったのだが、娘の様子が心配だった。幸い娘の熱はほぼ下がり、そうなると今度は
「どこかへ行きたい。」と大騒ぎ。バレエは休ませるにしても買い物ぐらいなら大丈夫そうと出かける。でもお店に着くと今度は旦那の様子がおかしい。旦那もずっと仕事で土日のない状態で疲れもピークだったらしい。お昼は娘大好きマックでドライブスルーして午後はみんなでだらだら。
日曜日、娘は下痢をしたり吐いたりしてまだ調子が悪いらしい。でも機嫌はそんなに悪くなる、
「ゲロでちゃった。」
といってゲラゲラ笑っていた。ウンチはもらしてしまったりもして、娘はショックだったみたいだ。それでも布パンツをはきたがる。さすがにお漏らしはいけないこという認識はがっちりできているらしい。

大きな声ではいえないが、実はまだ夜は紙パンツをはかせている。私はそのことにすごく抵抗があるのだが、旦那はあまり気にしていない。今は産休に入っているが仕事で朝は慌しいので仮におねしょシーツを利用しても後片付けができるか自信がなく、衛生を保てるか自信がないからだ。それではおもらしはいけないことだという自覚が薄くなるのではという心配はあったが、最近は紙パンツがぬれない日がふえ、紙パンツをはいていても朝起きておしっこがしたくなるとトイレに行くようになった。うんちはもらしたことはない。夜眠くて早く寝てしまったときや、疲れているときは朝紙パンツが濡れている。本当は夜は9時に寝かせて寝る前にお手洗いに必ず連れて行き、朝も7時には必ず起こしてすぐにトイレにつれていけば紙パンツはいらない気もする。でも朝は毎日洗濯するのと、なるべく栄養バランスのいい朝ごはんを準備するのが精一杯だ。特に妊娠中は朝6時に起きるのがやっとだった。旦那はそんなことは一切気にしない人で、自分の中性脂肪値が高くなりさすがに運動しないとやばいと思うまでは7時に起こさないと起きなかった。以前はそんな旦那の態度がすごく無責任だと思っていたが、最近は旦那はだんなだからと気にしないことにした。自分でできる範囲でやることにした。

だいぶ元気になった娘だが、まだ缶詰の果物を食べるのが精一杯。もう病院の薬はなくなっていたが、頭が痛いというので眠れなかったりするとかわいそうなので市販の風邪薬を飲ませることにした。最初は旦那が、
「大人用の風邪薬が5歳から飲めるから大丈夫。」
といって飲ませてみたのだが、今年の9月に5歳になる娘は錠剤の風邪薬をのむことができなかった。病院でもらう子供用風邪薬が粉や液状である理由がよくわかった。土曜日ぐったりしている旦那をできるだけそっとしておいたので、日曜日は大分回復したらしく旦那に子供用の風邪薬を買いに行ってもらった。ついでにビオフェルミンも買ってきてもらった。私も胃腸が弱く、PLだけでも3日も服用するとお腹が大変なことになる。抗生物質はもっとである。娘の抗生物質にもちゃんと整腸剤がはいっていたのだがやっぱりお腹の調子が悪そうだ。(もちろん風邪の細菌自体がお腹にくるのだったのかもしれない。)ビオフェルミンを飲みだしてからは、大分お腹の調子もよくなってきたようだった。
月曜日、トイレ失敗するかもなと思いつつ熱も下がり、本人もすごく行きたがったので保育園に行かせた。一応紙パンツも持たせた。幸い保育園でトイレを失敗することもなく、元気に帰ってきた。それでもまだちょっと食欲がないみたいだった。久しぶりのひどい風邪だった。でも4歳ともなると回復も早い。以前だと保育園にいけるようになって、保育園では元気でも家に帰ると体調が悪い日が2,3日は続いた。今回はそんなこともなかったので助かった。

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2006/06/02

遠足のお弁当

今年もやってきました娘の遠足。最初の年と翌年は出張でいけず、昨年ようやく参加。
今年は臨月で不参加。遠足といえばお弁当。今年は娘がおしながきを書いてくれた。Sn340087_0001
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というわけでメニューは
・きゅうり
・ウインナー
・ミートボール
・ミニトマト
・アスパラ
・みかんの缶詰
・おにぎり
である。
今年はアンパンマンおむすびにしてみようかと思ったけど忠実に娘のメニューで行くことにした。今年は雨がふったらすでにいったことがある水族館、晴れたら動物園のあるファミリーパーク。でもお天気予報では雨が降りそうだった。
前日娘は
「保育園でてるてるぼうずつくったん。パパもママも作られ。」
といい娘にいわれたとおりに作り、部屋干しようにはった紐につけた。ちょっと傾いたうえ2個か・・・。てるてるぼうずさかさまにすると雨になるし2個だとケンカするっていうけど大丈夫かな。Sn340086_0001_0001
翌日曇っていたが雨は大丈夫そうだった。できあがったお弁当はこんな感じ。ソーセージはウサギにしたのだがわかってもらえたかどうかは定かではない。一応おかず交換しても大丈夫なようにたくさんつめたつもり。友人OにもらったSキャラクター福袋に入っていたばれんを使った。昼旦那からメール。
「お弁当のしきりはすべてお姉ちゃんたちに奪われた。」
そのお姉ちゃんたちは日ごろ割と遅くまで残っている子だったので、もしかして保護者どうはんじゃなかったのかな?うちに帰ってお弁当箱に使用済みばれんが入っていたら驚くだろうなと思い、
「お姉ちゃんたち保護者は来なかったの?使用済みのしきりなんてきたないでしょう?」
とメールすると、
「お姉ちゃんたちがペロペロなめてきれいにしていた。俺の分も全部もっていかれた。」
・・・・。
帰ってから話を聞くと、他の保護者の方からいちごや飴をもらったそうだ。やっぱりおすそ分け用にアメリカンチェリーを買うべきだったと後悔した。仕事がすでに休みに入っているからそんなに早起きしたわけじゃないのに、午後からは産院の母親教室もありなんだか疲れてしまった。なんかなかなかのんびりできない産前休暇である。
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2006/04/22

娘の生きざま・おうち

娘の生きざま・おうち

箱を並べて自分の家を作りました。某幼児教材がなくても勝手にごっこ遊びを楽しんでます。ただどうやら温泉の脱衣所や買物先、空腹時の食事の支度でテンパる私の姿をまねしているような気が…。

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娘の生きざま・砂場にて

娘の生きざま・砂場にて

娘の作品です。ようやく砂遊びとして成立するようになりました。

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2006/03/27

最近の娘

娘もおそろしい勢いで成長をとげている。すっかり女の子になってしまった。もう外見上赤ちゃんだった頃の面影はない。手足がすら~っとのびてきた。(本人比較。一般的にはずんぐりむっくり)ようやくバレエの効果がでてきたか?という体型になってきた。バレエは大好きだけど、あいかわらずレッスン中まじめにやらずパパに怒られながら帰ってくる。それでもつい最近のレッスンは先生にいっぱいほめられたらしい。
しゃべるのはいいんだけど、人のあげあしとったり、注意したり、命令したりなのが困りもの。お姫様というより女王様。毎日小鳥のようによくしゃべり、折り紙をしたりお絵かきをしたり字を書いたりしている。パパとママだけでしゃべっているとすぐにすね、自分の嫌なことはいっちょまえに理由をつけて拒否する。気が向くと食器をお湯で流したり、食事をテーブルに運んでくれたりする。なんでも自分でやってみたいのだが、まちがいを指摘したりうまくいかなかったりすると怒っている。
日に日に大きくなるママのお腹に耳をあて、
「赤ちゃん動いてる?」
と日に1度は聞いてくる。でも眠くなってくると毛布にくるまりパパに抱っこをせがみ、赤ちゃん抱っこしても
らっている。今や完璧なパパッ子でたまに旦那が忙しそうにしているのでママがやってあげようとすると、
「パパ。」
といってママは拒否する。でも、滞っていたプリキュアの衣装がようやく形になってきて、試しに着せてあげたら、一瞬
「ママと」
とママ指名になった。娘なりに何かを感じて、パパ指名なのかも知れないと思った。
そして最近さらに保育園でUNOを覚えてきたのだが、どうもルールがわかっていないかんじがする。UNOに限ら遊んでいて自分が思ったとおりにならないとすぐすねるし、自分のやりたいようにできないとすぐにやる気をなくす。それはママが小さいときと同じで(根気がない。)それで10代後半以降ものすごく苦労したママとしてはなんとか態度をを改めさせたいとお説教をしたり怒ったりするのだが、昨夜ついに、
「パパもママも嫌い。」
と言われてしまった。
私も幼少の折にできのいい父と母にガミガミいわれ、つらかったりなんでわかってくれないんだろうと寂しくなったことがある。大人になり改めてその父や母に愛があったことに気がつくのだが、娘は気がついてくれるだろうか?あんまり小さいころから寂しい思いもさせたくないし・・・・。結論がでないまま、娘は次のステージ難問をなげかける。ああ、静かなところで自分の好きなことだけ考えてぼんやりしたい・・・。

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2006/01/29

風邪ニモマケズ

木曜日、午前中なんか首の後ろの頭の付け根が熱をもっていた。金曜日、だるいな~と思いながらでも明日から週末だからと出勤したのだがどうも頭が痛くなったり、急に気分が悪くなったり。週明けも風邪で休んでいるからどうしようかなと思ったけど、これ以上いてもつらくなるだけのような気がしたので早退した。横になっていると大丈夫なんだけど起き出して何かしようと思うとものすごくだるい。娘は昨日から、
「土曜日は、豆まきの鬼作るからパパもママも保育園にくるんぜよ、先生いっとった。」
とはりきっていた。保育参観があるのか?最近送り迎えは旦那にまかせっきりなうえ、疲労感のあまり保育園のお便りも適当にしか読んでなかったため半信半疑だったが、本当だったらしい。
「明日は9時に行くんぜよ。」
とはしゃいでいた娘だが、その日は夕飯をほとんど食べずに寝てしまった。しかも、夜9時過ぎ寝室から泣き声が。
最近寝起きは私が様子を見に行っても、
「ママや、パパ。」
といって知らん顔するので旦那が様子を見に行った。娘は
「喉が渇いた。」
というので、
「お腹はすいてないの?」
と聞くと
「何もいらない。」
というので、りんごジュースを飲ませた。ジュースを飲んで歯を磨かせた後パパに抱っこされて再び寝てしまった。旦那がいうには、
「時計が9時になっているのをみて、保育参観に間に合わないって泣いてた。」
といってた。おかしい。どうも様子がおかしい。娘は風邪をひいているらしい。私も体調が悪いせいで眠りが浅く、娘がうなされ
「ママ・・・・、○ちゃんとパパ~。」と寝言を言うのを聞いた。
う~ん、最近怠慢なので嫌われたのだろうか?熱も出てようだし、明日は私も娘も保育参観に行けるんだろうか?でも、最近送り迎えもしてないから行かないのもかわいそうだなと思いながら眠りに落ちた。翌朝、私は思ったほど調子は悪くなく午前中はなんとかがんばれそうだった。娘は案の定なかなか起きてこない。普段の登園時間よりは遅くてよかった。そろそろ起こそうかと思ったそのとき、なんと自力で起きてきた。
よほど保育参観が楽しみらしい。
保育園では同じ年齢のグループの子たちと一緒に先生が絵本を読むのを聞いた後、娘のいっていたとおり牛乳パックを使った豆まきに使う豆を入れる鬼のポシェットを作った。牛乳パックに鬼の顔と手足とパンツと髪の毛と角をはり、紙で編んだ三つ編みをつけるというものだった。赤ちゃんクラスから一緒の同じ組の子達もすっかり大きくなっていて、赤ちゃんの頃とは違う一面がでていたりしておもしろかった。娘も左ききなのだた、娘のほかにも何人か左ききがいて意外といるものだなと驚いた。保育参観も滞りなく終わり、お昼に家に帰ってくるとなんだか娘の様子がおかしい。熱をはかると38度。
昨日の夕方は、
「明日は保育園に行ってバレエはいかん。」
といっていたのだが、今日は
「バレエも行く。」
といって聞かない。とりあえずお昼を食べた後、薬を飲ませて少し昼寝をさせた。娘は昼ごはんもあまり進んで食べなかった。私もお昼ご飯の後だるくなって寝てしまった。バレエの準備の時間になるとやっぱり娘は自分で起き出し、バレエの支度をして旦那とでかけていった。もしかして体調悪くなって早めに帰ってくるかなと思ったが、最後までやって帰ってきた。
「どうだった?」
と聞くと、旦那が娘に
「ママに教えてあげな。」
といったけど娘はだまっている。なんでもその日のクラスは途中までは娘1人でやっていたが、バーが始まってほどなくバーに寄りかかってまじめにやらなくなってしまったらしい。様子がおかしいことに気がついたバレエの先生が、
「どうしたの?」
と聞くと、娘は
「頭が痛くてできん。」
といったらしい。先生が、娘の額に手をあてると、
「あら、熱があるんじゃないの?じゃ、お父さんのとこ行く?」
と聞くと娘はうなずき、旦那の所にくると泣き出してしまったらしい。旦那が着替えようと誘っても、首を振って帰ろうとしなかったらしい。バーも終わり、センターでスキップが始まると、娘は旦那に
「○ちゃんもやるって先生に言って。」といったらしい。娘はどうしてもスキップだけはしたかったらしい。さすがに旦那はいえなかった。
「だって、今更いえないだろう。」
と旦那はいっていた。
その夜から娘は40度の熱をだしたが、翌朝は熱は下がらないものの割りと元気だ。今はDVDをみて、カルタをして遊びつかれて寝ている。おそらく周りの園児にしてみれば、迷惑な話かもしれないが、楽しみにしていた保育参観に出席できてよかった。そして、熱がでているにも関わらずがんばってバレエに行った娘がいとおしかった。これもバレエ教室の人にしてみれば迷惑なはなしだが。
私は小さい頃から怠け者傾向があり、体調が悪いとまず最初に「休みたいな~。」と思ってしまう方だった。幸い子供の頃は年1度くらいしか熱もださない丈夫な体だったのだが、小学校の頃熱があっても「学校が好きだから。」と無理して登校して結局先生にすすめられて早退した級友をみて、
「すごいな~。」
と思うような子だった。それでも学校やお稽古事はまじめに通うほうだったが、体調が悪ければともかく休みたいほうなわりにそれが悪いことだと自覚していて葛藤してしまい、そういうときでも学校やそのお稽古が大好きだからと体調が悪いのも忘れてしまう人がとてもうらやましい。私は悩んだ挙句、結局つらくなって「ああ、やはり休むべきだったか・・・?」とそのストレスで体調が悪いのではないかと思う踏ん切りのない性格だからだ。
これまで娘は遊びたいだけ遊んでも全然平気だったし、無理して頭打ちの大人の体力に合わせて遊ばせるのは、子供の体力がつかなくなるのではという危惧から、多少無理して遊びにつきあったりしたが、やはり度をすぎると体調に影響がでるのかもしれない。最近は口で、「大丈夫だ。」というからそれにあわせて遊ばしていたのだが、やはり子供は自分の限界も考えずに楽しいことを続けたがるものらしい。気をつけよう。これからは少し親も体力的に楽になるのだろうか?
金曜日、突然体調が悪くなったときは週明けにも風邪を引いているのにいったいどうしたことだ、私の体はどうなっているのかと思ったが、どうやら娘が保育園から運んでいたものに違いないと自分を安心させるママなのであった。

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2006/01/19

母、大失態

疲れやすくて頭がぼんやりするものの、体調は大分よくなってきた。土曜日、娘の今年の初バレエでの出来事。やってしまいました。自転車が使えるときはパパが付き添いでいっていたのだがその日は雨。しかもパパはその週自分が雇用した非常勤さんにまつわるちょっとしたトラブルがあり、かな~り心身共に疲労している模様。ものすごく元気なわけじゃないけど、車で行くと駐車場に困るのでパパで車で送ってもらい私が付き添うことにした。
あんまりテンションあげると今にも体調が悪くなりそうなギリギリの体調。
あまりテンションをあげず、ややぼんやりしながらギリギリの時間でバレエに行く準備をした。教室に入る前、娘に
「おしっこ大丈夫?」
と聞いたら
「大丈夫だよ。」
というのでそのまま教室に入った。娘のでない発表会も終わり、今日から踊りの練習を見学しなくていいと娘はすごく楽しみにしていた。クラスは始まり、その日はまじめに柔軟をやっていてよしよしと思っていた。バーレッスンが始まったそのとき、
お漏らしをしてしまいました。
私はパニック。娘は家ではやりたい放題で態度もでかいけど、外では割とおりこうさんにしている方だし、なんだかんだといいながら割といろいろなことが理解できているので恥ずかしさでいっぱいだったと思う。ぞうきんがあるのかと思ったら、先生が自分のポーチからティッシュを取り出したので慌てて自分のカバンに走る。最近妊婦になったためカバンをいろいろと変えているためティッシュが入っていたか確信がなかったがなんとか使いかけの街頭で配れたティッシュをみつけた。一緒のクラスのお母さん方も手持ちのティッシュを差し出してくれた。このクラス、私と紹介してくれた保育士さんとあと1人を除き専業主婦のようでどうも幼稚園も同じらしい。専業主婦のどうしの団結がとても強く、私はひきぎみであまり輪にはくわわっていない。保育士さんは娘を送り届けると退出してしまう。もう1人はお嬢さん1人でバレエに通っている。(どうももう小学生らしい)保育士さんのお嬢さんは娘より年上でかなりしっかりしているせいもある。12月に発表会でわかったことだが、このバレエ教室における母親の役割はかなり重要なようで、発表会の裏方は子供の身支度も含め母親の役割らしい。そしてこのバレエ教室の生徒達の踊りのレベルは相当高く、お母さん方もかなり気合いの入った人が多いということがわかった。私は
「ここは1つでしゃばらず、ながいものにまかれよう。」
と決めていた。それはともかくとして、おそらくは自宅でしっかりトイレトレーニングもしているに違いない教育熱心なお母さん方の前で、自分の娘がおもらしをしてしまうのはトイレトレーニングを保育士任せにしたうえ自宅でのトレーニングはつかれているといいかげんにしてしまう私としては相当痛い。
ああ、面倒臭がらずに無理矢理トイレにつれていくんだった。
出かけるときに、娘のトイレのことはすっかり忘れてしまったのは失敗だった。
おまけに小さい子供がいる場合に必須アイテムのポケットティッシュの携帯も怪しかった・・・。
娘のおもらしの後かたづけを手伝い、稽古着の替えなんてもちろんなかったのでその日は帰ることにした。家に帰り洗濯して部屋干した稽古着をみるたびに、ママがトイレトレーニングをいい加減にした上そのフォローもきちんとしなかったため娘の大好きなバレエで恥ずかしい思いをさせてしまったことが悔やまれてならなかった。

そんな娘ですが
成長著しい。文字や数字に興味を持ち始めました。今はカルタと折り紙が大好き。文字はあいかわらず右から左に書いてるが、自分の名前らしきものを何度も書いている。でも最近、ふざける・いじける・ぐずる・泣くで保育士さんからも、「赤ちゃんがえりではないか・・・。」とささやかれる今日この頃。知恵もついてきたので、「ここは厳しくやるべきか、気持ちをくんでやりたいようにさせてあげるか。」すご~く悩む。ただ元気にしていればそれだけでよかった赤ん坊の頃が懐かしい・・・。今でも人としてどうなのか怪しげな母なので・・・・。母のようなマイナー調の人生を送るのはあまりにも気の毒なので。060117_2154001


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