試しに褒めちぎってみる

上娘も下息子も通っている習い事がある。習い事としては割と珍しく、我が家はパンピーなのだが他のお家はなんか凄いバックグラウンドの方もいらっしゃる。
夏に成果発表があり、夏休み中の拘束時間が長く、高校になったら冬のプチ成果発表の準備が夏休み明けから始まり、おめ〜いつ勉強してんだ!って思ったら、ミラクル入学の一貫校で高校になった途端単位を落としそうな崖っぷち。
が、しかし、他のお子さんは娘よりさらにいい学校で、高校生も立派にやり抜きその後の進路も素晴らしい。
進学が全てじゃないけれど、うちの娘が希望する進路は大学が多いに関わりがあり、できれば高校卒業まで娘が全身全霊を注いでいる習い事にがっつりせいを出させてあげたいと思うが、進学のことを考えると全部は無理なのかなと思い始めていた。
私もそれなりの目標があり4年生大学に進学したかった。が出された条件は国立で、大学入試は失敗。
高校時代は部活に熱中していて、母にはそんなことで、時間を無駄にしたからだと責められた。
それでも20代から30代まで、やりたいこと興味のあることはなるべくがっつり体験できるようにしてきた。
けれど、いつも手を広げ過ぎるから一番肝心なものが手に入らないのではないかと疑っていた。
娘には同じ失敗をして欲しくないと思い、某基礎学力の塾に行かせてみたりしたのだが、JKになった娘は私と同じく数学で苦戦。
母と同じ失敗をしないためにはきっぱり習い事は諦め、早い段階から入試に集中した方が良いのではという思いが強くなっていた。
その習い事の保護者会があり、旦那が出席した。
娘が親しくしていただいてる先輩がいて、その先輩はがっつり習い事をしつつ、一流校で勉強もでき、課外活動でも成果を修めている。
その子の保護者も見えていて、その方曰く
「子どもがやりたいと言ったことを親は止めない。とにかく責任を持って最後までやらせることにしている。」
と仰ってていたそうだ。
もう1人、娘と同じ学年で、模試でとんでもない好成績を叩きだし、本人も日本一二を争う学校に進学を希望し、きっと受かるだろうという子がいるのだが、その子は習い事に対し、娘のようなわかりやすい情熱はなく、3年は勉強に専念するのだろうと思っていた。
ところが保護者の方は、
「勉強一本ではなく、この習い事を全うさせる。」
と仰っていた。
この時点で実力のある人とない人と、選択すべき方向は違うのかもしれない。
が、しかし、

娘がここまで情熱を捧げる習い事を全うさせ、さらには自分の希望する道に進めるよう努力させ、支えるべきなのではないか

という気がした。
そんな感じで習い事に没頭し、割と意識の高い学校なので、習い事で学校を休んだり試験準備が足りず成績の振るわない娘に、教員の風当たりも強いのではないかと思っていた。
娘と映画に行き、お茶した店で聞いたところによると、先生には

運動神経も頭も悪くはない。
ただ自己肯定が低い。

と言われたらしい。

私自身いろいろあって自分に全く自信がない。
大学入試の失敗も、自分を過信していい気になっていたのではないかと思っている。
自分に自信を持ったとたん、すぐさま勘違いで誇大妄想してしまい、足元からガラガラと崩れるのではないかという不安がある。
だから子供たちに対しては自分とは同じ過ちをしないようについつい褒めるよりもきつく注意してしまう。

上娘の自己肯定が低いのは、多分母親である私のせいだ。

娘JK。
今更遅いかもしれないけど、あと2年、とにかく褒めちぎって見ようと思う。

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気が滅入るわい!

PTA2018
上娘学校の委員長業もあと少し。
不安しかなかったが、上娘の学校は先生も一緒に委員会の保護者の方も、卒業生保護者までがいい方ばかりで大変ながらもいい時間を過ごせたと思う。
何より欲しいものがある時しか寄って来なかった上娘が馴れ馴れしくなり、JKになってなお見てもらえると直接感じられる大切さを思い知った。
昨年1年はびっしり上娘の学校に通い詰めたので、今年は最終学年の下息子の何かをやろうかなと思ってみたり、見なかったり。

でも上娘小学校では6年間、4年までいた下息子の小学校でも毎年何かしらの委員をやっていた。
(上娘は役員2年、卒対委員長までやったぞ。)

迎えた委員決めをすると連絡のあった保護者会。統合され、人数も増え、欠席すればバックれられるのかとも思わないでもなかったが、

そういうのは私の生き方に合わない
馬鹿でもいい、正直でありたい。

結局今日は委員決めはなく卒対委員決めだけ。
それもやってもいいかなと思わないでもなかったが、少数派の小学校出身なので、相変らず保護者の集団ではアウェイ感ハンパない。
そんな人が取りまとめなんてかえって足を引っ張るような気もするし。
おまけに私は悪意はないのだが、なんとなくうまく噛み合わない同じ小学校出身の母が役員会で影響力を持っているようで、

ここはあまり出しゃばらない方がいいような気がする。

と様子を見ていた。
結局違うクラスの卒対さんに元いた小学校から委員が複数名でて、アルバムの写真選びもあるので下息子とは違う学校の出身者に卒対委員を受けて欲しいということになり、今日のところは黙っていた。

それにしても違う学校の母たち、下息子のいた学校より人数が多く、ベラベラおしゃべりできる仲間もいて、時間も融通を利かせると言っているし、アルバムの写真選びという子供のためになるとわかっているのに、

「じゃあ私が…」
って言い出す人が誰もいないって凄いなと思った。
本当に

面倒くさい
やりたくない

それだけで生きぬけ、そして親が務まる人がいるんだなと。

私なんて、逃げる事は結局何も生み出さないと思いと痛感してばっかりなのだが。

私もこのまま逃げてしまおうかと思ったりもするのだが、委員をしている事で仕事と折り合いをつけながら無理やり学校に出入りすることで私にとってもプラスになる何かがあり、下息子はきっと学校に母が出入りすることにより安心感を得られるんだろうなと思い悩み中。

でも、上娘の時は自分を追い込み頑張れるだけ、いや、なけなしの力を振り絞ったが、次回委員決めもいきなり前のめりでは望まず、様子を見ながらにしようと思う。

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4度目の年女

年が明けた。
明けて以来どこかすっきりしない気分。
いろいろあった。
全てを洗いざらい吐き出したい気持ちもありながら、なんだかそれがとても面倒くさい。
結局、私自身が何かを発するより、何もしない方が上手くいくと気づいたが、何かを発してしまいたくなるのを抑えている。
何かを口にすれば相手をギョッとさせてしまうだろうから、人とは遠ざかりたいのに、寂しかったり。

30代までは、自分の人生を良くするためには全力で頑張らなければならないと思っていたが、そんなことをしていたら病気になってしまった。
だからなるべくでしゃばらず、淡々と生きていこうとしているのだけど、私の何かがでしゃばってきて、台無しにしそうで怖い。

しばらくはひっそりと過ごしたいのだけれど…。

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残りものだけど

グルメではない
白菜鍋の残りに豆腐も入っていて、上娘の朝ごはんの野菜とタンパク質に出しておいた。
私は上娘より1時間半早くでる。下息子はまさにスープの冷めない距離の1人暮らしの義母の家で朝夕ご飯を食べさせてもらっている。
スコーンも出しておいたら、スコーンだけ食べて白菜鍋の残り物スープは残していた。
仕方がないので私が夕飯に食べた。
これが完全に残り物のくせに白菜と豆腐が程よくはいり、温かくて美味して、なんだか幸せな気分になるくらいの勢いだった。
初期乳癌手術後ホルモン治療中。
野菜とタンパク質をバランスよく取りたいが、いかんせん通勤に時間がかかるため、そんなに何品も作れないし、下ごしらえに時間もかけられない。

野菜と肉か魚をグツグツ煮たスープを夜のうちに作って、冷蔵庫に保存して朝沸騰させてスープポットに入れてお弁当にしてみようかなと思った。

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なんだかな〜

旦那は自分の健康維持のために通っている某武道の昼から3次会まである飲み会に行ってしまった。
下息子は頭が痛いと言って寝込んでいて、私はやむえず引き受けた上娘の学校の委員会業務を片付けなければならないんだけどなんだか怠い。
それというのも上娘と映画を見てしまったから。映画の後もう外に出たくないから買い物も済ましたが上娘弁当のおかずを買い忘れ。
ふと、旦那が仕事の都合で平日すら深夜にしか帰宅できず、体調が悪くて休んだのに、どうしようもなく食事のための買い物に行っていたときのことを思い出し、

それでなくてもやや免疫力弱めで、ガンにだってなるよな

って思う。

親が病気になり介護が始まった友人がいて、その友人はカリスマがあり趣味関係で知り合いも多いのだが、たまたまたま目にした某SNSのコメントに、自分が大病したとき、どんなに体が動かなくても息子には介護して欲しくなかった、娘のあなたには頑張ってほしいてきなことが書いてあるのをチラ見してうんざり。

もし生まれ変わってまた女で生まれても、あんたみたいなやつとは結婚しない!

最近やはりチラ見したネット記事で、ガンは治らない、薬で抑えるだけで、ガン細胞の増殖が上回り肉体が維持できなくなったとき寿命を迎えるというのをみた。

その通りだと思う。

ガン細胞の巣になり手の施しようがなくなったとき、他人はもちろん身内にも大変な思いはさせたくない。

ギリギリまで最低でも家事をこなし、それすらできなくなったら、とりあえずホスピス的なとこに入れてもらい
生命維持ではなく意識かなくなり事切れるまでの間なるべく苦しくないようにしてもらい、息耐えたらおいておかれても迷惑だと思うのでそこは家族に始末してほしい。
私的には生ゴミに混ぜて、捨ててもらって構わないと思っている。(法律違反らしい。)

そんな私は密かに、軽度ADHDなのかもな、と感じている。
結局4度の年女までのらくらと生きてしまったからもうどうでもいいんだけど。

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PTA活動の意味

病気治療のためもあり、薬にてじわじわ来ていた更年期を強制終了し、一歩一歩確実に老人になりつつあるのに、相変わらず5人組の国民的アイドル(分裂してない)にさらに上娘の影響にて7人組の国民的アイドルまでもう一踏ん張りのグループの活動と歌に支えられ日々過ごしている。
少人数でPTA活動をシカトするにはあまりにも気まずい下息子の小学校はとうとう統合されてしまった。
そして中学年になり、流石に1人暮らしの義母が心配で都内旦那実家そばに自宅があり、それでなくても希望者が多い都内の事業所においてもらい続ける訳にもいかず、本社のある某地方都市に通勤することになり、人数増えたきっかけで小学校からはフェードアウトした。
私は素敵な人だと思っているのだけど、統合後の小学校でも引き続き役員をしている同級生のアユ的でアムロ的な母になんとなく目の敵にされているのもあり、とりあえず小学校から遠ざかりたい気持ちがあるのと、受験の願書に「親も積極的に学校に関わる。」と一筆書いてしまい、いつまでも尻込みしている訳にはいかないので上娘の学校で広報委員を受けた。
小さい小学校とは違い勉強ができる子、一芸ある子がたくさんいて、(習い事ではそこそこ成果をあげていても)ヒエラルキーも成績も下の方の上娘の母の私はたぶんできる保護者に従って体動かせばいいに違いないと思ったら、なんと委員長が決まらず、挙句の果て低学年の母が仕方なく名乗りを上げてくれたが、流石に1年生は無理だろってことでもう一か八かの勢いだけで委員長になってしまった。
生まれてこの方「長」とは縁が薄く、集団を仕切る経験などほとんどなく後悔したが、幸い副委員長を受けてくれた前述の低学年の保護者方が優秀で、まあなんとかここまで転がって来れた。
委員会も下半期に入り、2冊出す広報誌の2冊目作成もたけなわ、1冊目が出た時点ではページも増え、学校や生徒にお願いする記事も増える2冊目は不安しかなかった。
しかし2冊目の作成にあたり、委員さんが次から次にすごい才能を発揮してくれて、行事や記事依頼で関わる生徒さん達も改めてその素晴らしい素質を目の当たりにし、大変ではあるけれどだんだんと楽しさを実感するようになった。
委員会に出て何かをするのは実は子供の頃から嫌いではなかった。しかし人づきあいが嫌いな母が、「勉強ができるわけでもないのに。」と私が何かに選ばれて人前で何かをするのを嫌がった。
母は授業参観や面談など必要最低限の学校との関わりは仕方なくやっていたが、進んでPTAをやる保護者を快く思っていなかった。そして、「子供が優秀な人がやることだ。」と言っていた。
たから、仕事もあるのについついPTA活動にのめり込む自分は馬鹿なんじゃないだろうか?そんな後ろめたさを常に引きずっていた。
今、正直PTA委員会活動が心の底から楽しい。
もともと出版物を作るのは興味があったし、広報誌作成で学校に触れれば触れるほど、なんて素敵な生徒さん達なんだろう、なんて素敵な学校なんだろうと思うし、誌面作りに関わる委員さんも素晴らしい才能のある方ばかりだ。
それにひきかえ私ときたら、委員会をまとめるのも冊子を作るのもいまいちで、まあなんとか広報誌を出す感じだが、最近は自分が素晴らしいと感じた生徒さん達や学校活動や委員さんの活動が、少しでも多くの人に伝わる広報誌にしたいと思うようになった。
たけなわな広報誌の素材を整理しながら、例の国民的アイドルの学園ドラマを見ている。最初はちょっとピリピリしたが、今日の回は自分の学校のために熱くなる学生をみて、ああ、こういう感じ素敵だなと思った。
今自分の整理している素材からそういう熱さを生で感じて、最近すっかり冷め切ってる私の内側で仄かに熱さを思い出した。
小学校は流石にそんなことはないのだけど、上娘の学校は委員会で施設内にいると自分が保護者であることは忘れて、まだまだこれからと思っていた10代の自分になってしまいそうになる。
娘は6年間過ごす学校が、いろいろ悩みがありつつも楽しく、そして熱さを持ち充実して過ごした高校によく似ているせいもあると思う。
今更自分はあの時に戻れない。
でも、自分と同じ充実感や熱さを出来るだけ多くの子供達に、少なくとも自分の子供には感じてほしいと思う。

それを実現するのに、私は例の国民的アイドルのように先生になるのはなかなか難しい。

でも、PTA活動なら可能なのではないか?
というか、学校が子供達にとって子供達のために、私の思うようになるようにPTA活動があるのではないか?

と気がついた。

統合した下息子の小学校生活も来年1年で終わる。
このまま人数の多さに紛れてごまかすこともできる。

最後だからこそ関わるべきなのではという思いもあり、悩んでいた。

でも今日、
絶対やらなきゃだめという訳ではないけど、やれるならやろう。

と心に決めた。
そしてそのあとも遠巻きにせず、熱くならない程度に正面から向き合おうと思う。
たぶん子供達に必要なのは、一緒に熱くなるよりは冷静に見守り、支えることだと思うから。

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ほめるの〜?

上娘が
私、こんなに凄いのっ!
って言うことばかり話してウザい。
頑張ってるのは認めるけど、習い事は好きでやってるんだから、頑張れるのは当然だし、上娘みたいに熱い人ばかりじゃない。
いい加減にやってる人がずるいと思うなら、自分も不真面目にやればいいじゃないか?
いつもテンション上げて自己主張してくるところがウザい。
なぜ淡々とやるべききことをやってながせないんだろう?
自分がやっぱり若い時そうで、随分損をしたなと思うので、余計に鼻につく。
そういう気持ちをぐっとこらえてベタ褒めすればやむんだろうか?

私は親に褒められたことない。

就職してからも、自分が気にして頑張っているところは大多数のヤローには評価対象ではないらしく、ヤローと同じ土俵で勝負する事に疲れ、今はこなせる業務は最低ラインで女性の割には恵まれた処遇に甘んじている。
定年退職が見えてきた今頃、ようやく自分のできることではなく、求められたことを淡々とやるということが身についた。
母親の私が上娘にウザさをこらえて、「凄いね!」を連発できれば、私のような遠回りをしなくて済むのか?

自分はなかなか意思の疎通がはかれない義母の手はかりつつも、ほぼ1人で家事と育児をこなしギリギリで仕事をこなしても誰からも頑張ったって評価されなくても、上娘と下息子を褒めちぎろうと思う。

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なんなんだろう?

昨年手術した病気は、もうほぼなんともないのに、体に力が入らない。
何かやらなければいけないことがあるような気がするけれど、それが何か考えても思考がどんどん発散してしまう。
やらなければいけないことはたくさんあるのだけど、あんまり心身を追い込むと本当にやらなければならないことがいよいよ出来なくなりそうで不安になる。
そして何をしたと言うわけでもないのになんだか気だるい。
治療の薬の副作用の急な更年期症状のせい?
でももしかすると薬飲んでなくてもそんなものかもしれないし。
自分で自分がよくわからなくて苦しい。
考えすぎかな?
何に気にせず流されていても、これといって問題はないのかな?

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そんなおばあに私もなりたい

某国を代表するテレビ局が大好きだ。10代の頃は地方でもいいから国立大学に入り、入局試験を受け、入局のあかつきにはナンチャラスペシャルとか、朝のニュースの市井の市民を取材したほっこりするようなコンテンツを作るのが夢の一つだった。
(あまり勉強はできず、夢、敗れる。)
そんな朝のニュースの朝ごはんを取材したコンテンツで、沖縄の子供食堂が出ていた。運営は近所の市民(シルバーさん?)や家庭農園からの寄付、地元企業の寄付などで成り立っていた。食事を作るのは近所のおばあで、ネットのレシピには出ていないおばあならではの作り方のゴーヤチャンプルーやシリシリが出ていた。
うちも親が先に出てしまい、JKの上娘は私が作った朝ごはんをうちで食べて出るが小5の下息子はばあちゃんが朝から腕を振るった朝ごはんを食べている。上娘も小学生の時はそうだった。

ありがたいことだなと思う。
義母に感謝だ。

私も近所の子供たちに朝ごはんを作っていたおばあのようになりたい

と思った。
場合によっては命に関わる病気治療中で、短期的に命に別状はないけれど、治療薬の影響で何やら踏ん張りがきかなくなり、気概も持てずダラダラ生きるのってどうなのよって思っていたが、やっと理想のオババ像が見つかった気がした。

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戦争ってそういうことだと思った

国を代表するテレビ局のニュースで、兄を戦争で亡くした女性が話をしていた。
兄は自ら陸軍の飛行兵を志願し、爆弾のエンジンとなり無くなったそうだ。
兄から届いたハガキには怖いとか嫌だとかいう記述はなく、自分が目指したとおりになったことを誇らしげにしている様子が綴られていた。
妹である女性も、兄は自ら希望しており、母親は徴兵されることが決まった時、泣き崩れたと語っていた。
片寄った教育って怖いなと思った。
そういう教育を指示した人や、若者を国を守るという大義名分で爆弾がわりに敵国に突っ込ませた人はその時そしてその後どうしていたのか?
子を持つ母となり、せっかく生まれた命を命を奪う為に使うことは人として最低の行為だと強く思うようになった。

私は日本国憲法第9条を一部の人に都合がいいように変えることは絶対に反対だ。

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